*折角のクリスマスなのだから何かしようということで、申し訳程度に上げたクリスマス祝いの品でございます。かぐや姫を心待ちにして下さっている方々には本当に申し訳ないのですが、いつも当サイトを楽しんで下さっている皆様への心ばかりの作品を書かせて頂きました。いつもより短文ではございますが、受け取って下さると幸いです。
乱れた蛍光の色が嫌いだ。深い燈篭色の髪が視界を霞め、それが手にしていた煌びやかな樹木を見てイヅルはそう感じた。否、樹木ではない。あくまでもそう見立てようとしているだけである。白々しい、と一言呟くと、彼女は眉を顰めてあからさまな不快を露わにした。
あの人がいつでも壊せるように、壊して中へ踏み入れるようにという思惑の潜んだ丸く薄い硝子窓は、至って和の香りを途絶えさせぬこの部屋において唯一異質である。ぽっかりと白く、僅かな光輝のみを滑らせるその空洞を、乱菊は月のようだと思った。
「それで、どうしたっていうんです。それは」
「現世ではね、こういうもので今日という日をお祝いするのよ」
「何のために?」
「西洋の宗教よ。それを広めた人の聖誕祭……だったような」
そうでなかったような……曖昧な文句をぼんやりと聞きながら、現世では随分と妙なものが流行っているのだなと慇懃に頷く。当然、信者達にすれば無礼極まりないことである。少なくとも普段の自分であれば、そのようなことは思わぬであろう。
「……自分で発光しているんですか」
「違うわ、電池よ。分かる?この開閉器」
「はあ……」
試しにそこを軽く押してみると、成る程確かにちかちかと存在を証明していた光輝は消えた。けれどもそうなると、何も飾らぬ人形のようでどこか味気ない。乱菊はイヅルの表情に僅かばかり苦笑し、再び灯りを燈した。
「ね、こっちの方がいいでしょう」
「……ええ」
輝くことを忘れたイヅルの瞳の蒼さが、翳ったように見えた。この頃そうあるのが常だ。あたかも温い美を愛でてはならぬと言い聞かせているかのように、その双眸は暗く沈んでいる。喪に服してでもいるつもりか、と乱菊は微かに思った。
「辛気臭い顔しないでよ。今日は聖夜だっていうのに」
「それならば、何か特別なことがあってもいいじゃありませんか。例えば……」
「恋い慕う人が会いに来るとか?」
乱菊が問うと、イヅルは神妙な面持ちで黙りこくった。イヅルの想いは理解しているつもりである。とはいえ、イヅルがどれ程ギンに懸想していたのか、どれ程思い悩んでいたのか、それを推し量ることまではできなかった。
今はただ、痛々しい。
「ねえ吉良、お願いがあるんだけど」
「何でしょう」
「アイツのことを、忘れてやってはくれないかしら」
ぞっとイヅルの背を悔恨が過ぎる。ともすれば激情を露見させてしまいそうな瞬間に、乱菊はするりと踏み入ってしまったのであった。口上としてはならぬことであると、理解した上での行動だからこそ始末が悪い。
「分かっている癖に、どうしてそう引き剥がそうとするんです」
「どうしてって、それがアイツの望んだことだもの。忘れた方がアンタは幸せになれる。あたしだってそう思うわ」
「……あなたは、何て狡い人だろう」
「そうね。でもあたしだっていつアンタになるか分からない。いつあの人を失うか、あたしだって分からないのよ。あの人だってそう、今にギンのように、あたしを失うかもしれない。だってそうでしょう、そういう世界で生きているんだもの。分かるわよね」
「……松本さんは、こちら側の人だと思ってました」
「そうね、きっとあたしも、今あの人を失ったらアンタと同じようになるでしょうね」
「だったら、」
「でもアンタは駄目よ。あたしはもう酸いも甘いも知り分けてる。これからの人生を全てあの人に費やしても構わない程に、存分に生きたわ。死んで、そうして生きた」
「それなら、僕だって」
「アンタはまだ、充分と言える程生きてはいないじゃないの。初めて自分を託した男にこれからを全て預けるつもりなの?……ああ、駄目だわ。心配してやってるつもりなのに、どうしても説教臭くなって」
「……有難く、受け取らせて頂きます。それでも一言宜しいですか」
「どうぞ」
「大丈夫ですよ、僕の内にはまだ空きがあるんです。市丸隊長以外のものも、きちんと納められるだけの空白が……今はなくても、必ず作りますから」
「吉……」
「それでも」
諌めるように放たれた乱菊の声を、イヅルの一言が遮った。
「僕に祝福を教えて下さるのは、永遠にあの方だけなんです」
室内を、冷えた光が差した。乱菊は軽く首を擡げて薄っすらと笑う。窓の外では闇が雲母を食んでいた。咲笑う表情を改めると、緩やかな寒気が躯を蝕む。ああ、また冬なのか。茹だるように己の暖を主張する夏よりも、根底から抉るような寒さを湛える冬の方がより人肌を恋しく思わせる。虚空、と表すのが正しいような空中に彼の姿を感じるのは、あの掴みどころのない姿見ゆえであろうか。
乱菊が何を返して良いものか戸惑っていると、イヅルはうっとりと微笑んでみせた。そうして必ず乱菊の持って来る上物の酒の傍らに、とろとろと甘露茶を注ぐ。薄っすらと美しい飾り模様があしらわれ、甘い色で彩られた茶器はおそらくギンから贈られたものなのであろう。飴色の水面の上に、緩やかな弧を描いて菊の花が覗く。その中に、鮮やかな色をした覚悟が見えた。
「あら、じゃあこっちはいらないのかしら」
酒瓶をちらつかせながら、乱菊が嘯く。イヅルは僅かばかり苦笑し、小さく「頂きます」と言ったが、その後で再び改めるように「でも、今はこっちにしませんか」と呟いた。品の良い香りが立ち上ったかと思うと、乱菊の前に差し出された茶器の上にも、同様に大輪の花が咲む。乱菊はそれを見て快く了承した。やはり彼女も一角の女であるのだ、とイヅルも頷く。
「綺麗ね」
「ええ」
「ねえ吉良、仮初ではあるけど、良い夢を見せてあげましょうか」
言ってから、乱菊は先程持参した緑青の樹木を取り出し、茶器の傍らで揺るがせ始めた。それと同時に、室内の灯りを全て消し去る。何を、と声を上げたその頃には、時既に遅しであった。
さらさらという清冽な音が聞こえてくるかのようであった。光と光が反射し合い、普通では考えられぬ幻想を見せている。茶器の中の甘露茶は浅く高揚し、ふらふらと揺らぎながら花を崇めているようであった。すると光の加減により、菊の花がさながら白金のような色に変わる。
乱菊がぴたりと静謐を取り戻しても、具合はそのままであった。
「……駄目もとだったけど、上手い具合にいったわね」
「鬼道ですか?」
「いいえ、自力よ。アンタ、魔法にでも見えたの?」
あんな子供だまし、と乱菊がのたまう。イヅルは何か狂おしいものを感じて押し黙った。
「綺麗だったでしょう。……想い人のように」
「ええ……」
「あたしにとっても、悪いもんじゃなかったわ。あれはあの人の色でもあるもの」
「ええ……」
その後は、もう声にもならなかった。一生分の祝福を身に受けたような錯覚を覚える程に、乱菊の作り出した幻影は現の宵夢であった。そうしてイヅルはやはり思うのだ。己が祝福を与ることができるのは、ただ一人だけであると。
嘲笑うように、けれども機嫌を窺うように、茶器の中の花はそろりと崩れていった。ああ、好きなだけ捨て置くがいい。この聖夜に、偽ることができるものは何もないのだから。好きなだけ嘲笑うが良い。この聖夜に、彼の人を待ちわびるのはおそらく己だけなのであろうから。
じっと見つめた先で、萎れた花は尚も鋭く瞬いていた。
澄み渡る雹
咲笑う現人
然る夜に惑うのは
己か人か、彼の人か
*あとがき*
……というわけで、どうにかこうにかで仕上げたクリスマス短編です。ツッコミどころは多々おありになるかと存じますが(汗)生暖かい目で見て頂けると……。
青朱白玄のような雰囲気にしたかったので、話も大体そんな感じに纏まっております。時折イヅルの部屋で呑んでいるうちの乱イヅ。(仲良し推奨)
とうとう今回は乱菊さんがイヅルに忘却を薦めてしまいましたが、それもイヅルのことを想うが故です。ちなみにうちの乱菊さんは、もしイヅルのように日番谷隊長を失うことがあったとすれば、待つよりも追いかけます。(笑)死別した場合は今のイヅルのようにじっと想い続ける覚悟が出来ている模様。
この調子で年始には捏造斬魂刀スペシャル(主人も巻き込んで宴会騒ぎ)が出来ればいいなあ。小説で落ち着いて出来なさそうな場合はギャグで。(笑)
かぐや姫の第3話も頑張らねば……!
乱れた蛍光の色が嫌いだ。深い燈篭色の髪が視界を霞め、それが手にしていた煌びやかな樹木を見てイヅルはそう感じた。否、樹木ではない。あくまでもそう見立てようとしているだけである。白々しい、と一言呟くと、彼女は眉を顰めてあからさまな不快を露わにした。
あの人がいつでも壊せるように、壊して中へ踏み入れるようにという思惑の潜んだ丸く薄い硝子窓は、至って和の香りを途絶えさせぬこの部屋において唯一異質である。ぽっかりと白く、僅かな光輝のみを滑らせるその空洞を、乱菊は月のようだと思った。
「それで、どうしたっていうんです。それは」
「現世ではね、こういうもので今日という日をお祝いするのよ」
「何のために?」
「西洋の宗教よ。それを広めた人の聖誕祭……だったような」
そうでなかったような……曖昧な文句をぼんやりと聞きながら、現世では随分と妙なものが流行っているのだなと慇懃に頷く。当然、信者達にすれば無礼極まりないことである。少なくとも普段の自分であれば、そのようなことは思わぬであろう。
「……自分で発光しているんですか」
「違うわ、電池よ。分かる?この開閉器」
「はあ……」
試しにそこを軽く押してみると、成る程確かにちかちかと存在を証明していた光輝は消えた。けれどもそうなると、何も飾らぬ人形のようでどこか味気ない。乱菊はイヅルの表情に僅かばかり苦笑し、再び灯りを燈した。
「ね、こっちの方がいいでしょう」
「……ええ」
輝くことを忘れたイヅルの瞳の蒼さが、翳ったように見えた。この頃そうあるのが常だ。あたかも温い美を愛でてはならぬと言い聞かせているかのように、その双眸は暗く沈んでいる。喪に服してでもいるつもりか、と乱菊は微かに思った。
「辛気臭い顔しないでよ。今日は聖夜だっていうのに」
「それならば、何か特別なことがあってもいいじゃありませんか。例えば……」
「恋い慕う人が会いに来るとか?」
乱菊が問うと、イヅルは神妙な面持ちで黙りこくった。イヅルの想いは理解しているつもりである。とはいえ、イヅルがどれ程ギンに懸想していたのか、どれ程思い悩んでいたのか、それを推し量ることまではできなかった。
今はただ、痛々しい。
「ねえ吉良、お願いがあるんだけど」
「何でしょう」
「アイツのことを、忘れてやってはくれないかしら」
ぞっとイヅルの背を悔恨が過ぎる。ともすれば激情を露見させてしまいそうな瞬間に、乱菊はするりと踏み入ってしまったのであった。口上としてはならぬことであると、理解した上での行動だからこそ始末が悪い。
「分かっている癖に、どうしてそう引き剥がそうとするんです」
「どうしてって、それがアイツの望んだことだもの。忘れた方がアンタは幸せになれる。あたしだってそう思うわ」
「……あなたは、何て狡い人だろう」
「そうね。でもあたしだっていつアンタになるか分からない。いつあの人を失うか、あたしだって分からないのよ。あの人だってそう、今にギンのように、あたしを失うかもしれない。だってそうでしょう、そういう世界で生きているんだもの。分かるわよね」
「……松本さんは、こちら側の人だと思ってました」
「そうね、きっとあたしも、今あの人を失ったらアンタと同じようになるでしょうね」
「だったら、」
「でもアンタは駄目よ。あたしはもう酸いも甘いも知り分けてる。これからの人生を全てあの人に費やしても構わない程に、存分に生きたわ。死んで、そうして生きた」
「それなら、僕だって」
「アンタはまだ、充分と言える程生きてはいないじゃないの。初めて自分を託した男にこれからを全て預けるつもりなの?……ああ、駄目だわ。心配してやってるつもりなのに、どうしても説教臭くなって」
「……有難く、受け取らせて頂きます。それでも一言宜しいですか」
「どうぞ」
「大丈夫ですよ、僕の内にはまだ空きがあるんです。市丸隊長以外のものも、きちんと納められるだけの空白が……今はなくても、必ず作りますから」
「吉……」
「それでも」
諌めるように放たれた乱菊の声を、イヅルの一言が遮った。
「僕に祝福を教えて下さるのは、永遠にあの方だけなんです」
室内を、冷えた光が差した。乱菊は軽く首を擡げて薄っすらと笑う。窓の外では闇が雲母を食んでいた。咲笑う表情を改めると、緩やかな寒気が躯を蝕む。ああ、また冬なのか。茹だるように己の暖を主張する夏よりも、根底から抉るような寒さを湛える冬の方がより人肌を恋しく思わせる。虚空、と表すのが正しいような空中に彼の姿を感じるのは、あの掴みどころのない姿見ゆえであろうか。
乱菊が何を返して良いものか戸惑っていると、イヅルはうっとりと微笑んでみせた。そうして必ず乱菊の持って来る上物の酒の傍らに、とろとろと甘露茶を注ぐ。薄っすらと美しい飾り模様があしらわれ、甘い色で彩られた茶器はおそらくギンから贈られたものなのであろう。飴色の水面の上に、緩やかな弧を描いて菊の花が覗く。その中に、鮮やかな色をした覚悟が見えた。
「あら、じゃあこっちはいらないのかしら」
酒瓶をちらつかせながら、乱菊が嘯く。イヅルは僅かばかり苦笑し、小さく「頂きます」と言ったが、その後で再び改めるように「でも、今はこっちにしませんか」と呟いた。品の良い香りが立ち上ったかと思うと、乱菊の前に差し出された茶器の上にも、同様に大輪の花が咲む。乱菊はそれを見て快く了承した。やはり彼女も一角の女であるのだ、とイヅルも頷く。
「綺麗ね」
「ええ」
「ねえ吉良、仮初ではあるけど、良い夢を見せてあげましょうか」
言ってから、乱菊は先程持参した緑青の樹木を取り出し、茶器の傍らで揺るがせ始めた。それと同時に、室内の灯りを全て消し去る。何を、と声を上げたその頃には、時既に遅しであった。
さらさらという清冽な音が聞こえてくるかのようであった。光と光が反射し合い、普通では考えられぬ幻想を見せている。茶器の中の甘露茶は浅く高揚し、ふらふらと揺らぎながら花を崇めているようであった。すると光の加減により、菊の花がさながら白金のような色に変わる。
乱菊がぴたりと静謐を取り戻しても、具合はそのままであった。
「……駄目もとだったけど、上手い具合にいったわね」
「鬼道ですか?」
「いいえ、自力よ。アンタ、魔法にでも見えたの?」
あんな子供だまし、と乱菊がのたまう。イヅルは何か狂おしいものを感じて押し黙った。
「綺麗だったでしょう。……想い人のように」
「ええ……」
「あたしにとっても、悪いもんじゃなかったわ。あれはあの人の色でもあるもの」
「ええ……」
その後は、もう声にもならなかった。一生分の祝福を身に受けたような錯覚を覚える程に、乱菊の作り出した幻影は現の宵夢であった。そうしてイヅルはやはり思うのだ。己が祝福を与ることができるのは、ただ一人だけであると。
嘲笑うように、けれども機嫌を窺うように、茶器の中の花はそろりと崩れていった。ああ、好きなだけ捨て置くがいい。この聖夜に、偽ることができるものは何もないのだから。好きなだけ嘲笑うが良い。この聖夜に、彼の人を待ちわびるのはおそらく己だけなのであろうから。
じっと見つめた先で、萎れた花は尚も鋭く瞬いていた。
澄み渡る雹
咲笑う現人
然る夜に惑うのは
己か人か、彼の人か
*あとがき*
……というわけで、どうにかこうにかで仕上げたクリスマス短編です。ツッコミどころは多々おありになるかと存じますが(汗)生暖かい目で見て頂けると……。
青朱白玄のような雰囲気にしたかったので、話も大体そんな感じに纏まっております。時折イヅルの部屋で呑んでいるうちの乱イヅ。(仲良し推奨)
とうとう今回は乱菊さんがイヅルに忘却を薦めてしまいましたが、それもイヅルのことを想うが故です。ちなみにうちの乱菊さんは、もしイヅルのように日番谷隊長を失うことがあったとすれば、待つよりも追いかけます。(笑)死別した場合は今のイヅルのようにじっと想い続ける覚悟が出来ている模様。
この調子で年始には捏造斬魂刀スペシャル(主人も巻き込んで宴会騒ぎ)が出来ればいいなあ。小説で落ち着いて出来なさそうな場合はギャグで。(笑)
かぐや姫の第3話も頑張らねば……!