Doll of Deserting

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ラストカーニバル(ギンイヅ+日乱+藍染)

2006-10-22 16:59:42 | 過去作品(BLEACH)
*パラレルです。そして当然の如く大人日番谷です。ご注意下さい。




 騒々しく肢体を揺らしていた鐘が、ぴたりと振動をやめる。同時にそれまで忙しく蠢いていた人間の群れもとんと歩を途切れさせた。その頭上には、飴細工のように綿密に、けれどもやや雑に張り巡らされた操り糸の姿がある。男はそれを指先の全てで一旦引くと、一気に落として叩き付けた。人形の大半は、それによって交差しながら崩れていく。
 つまらぬと思うが、さぞ小気味良いとも思う。この男にはそういうところがあった。何もかも思い通りになることはひどく手応えがなく、面白みのないことだと考えているが、だからといって自分の意向通りに動かぬものの存在も赦し難い。
 ただ言うなれば、自分の最期を任せることがあるとすれば、それを委嘱するのは後者であろうと思う。どこまでも己に従属する愛情を以って殺して欲しいとは思わない。己に対して仇のような憎しみと、愛や色情よりも深い殺意を込めて、刺し殺して欲しい。
「……まだそんなモンに精入れてはったんですか」
「ああ、まあね」
 にこりと人好きのする笑みを浮かべながらも、それは決して博愛を湛えているわけではない。動く度に僅かばかり揺れる鳶色の巻き毛が元よりのものでないことも知っている。書籍を熟読しすぎて視力を落としたのであろうと誰もが考えるその眼鏡も、その下にある鋭利な眼光を覆うためのものである。
「綺麗だろう?……尤も、僕が作ったわけではないけどね」
「そら、アンタがそこまで器用やないいうことは心得とります。実験の時かて、細かいとこは部下や院生に任せきりやったもんなあ?」
「……厳しいことを」
「まァ、アンタは創る過程よりも遊ぶことの方を楽しんどるみたいやから、そう煩くは言わへんけど」
 皮肉めいた口調でそう答え、造りもののような痩身を翻す男の名は、市丸といった。はるばる京都から引き抜いてきた逸材だが、藍染の尊厳をまるで顧みないところが癪でもある。それでも彼の聡さは、時と場合によってはひどく煩わしいが、非常に助かるものであるのだった。
 大学に隣接された研究室からは、常に何か得体の知れない香りがしている。決して悪臭ではないが、例えるならそれは消毒液のような、つんと鼻をつく匂いであった。藍染は元よりそこの大学の院生であったが、卒業後も研究室に残ることを選び、日々や見ようによっては怠惰とも言える生活を送っている。既に教授の資格を取得しているので難はないが、頑なに教鞭を取ろうとしないので、他の教授の中にはさも忌々しげな眼で見る者もいた。そもそも藍染の存在を知らぬ者もあるのだが、いかんともしがたい。
 ここの職員は、個性的というよりもむしろ奇怪であった。お世辞にも教鞭を取っているようには見えぬ人間もいれば、若いというよりも幼く、通常ならば考えられぬ年齢で教授の資格を取得した者もいる。事実は小説よりも奇なり。人工的な画面で踊っている道化たちよりも、眼前で栄えているこの空蝉の方がより面妖に見えた。
 当然、そのような者たちに指導をされる学生達にも、それを同僚とする教授達にも、面白く思わない者が多かった。けれども彼らはある日を境に、一様に口を閉ざした。忽然と消え去った者もいる。自ら去ることを望んだ者もいる。何が彼らをそうさせたのか、藍染には手に取るように分かったが、分かりたくもなかった。



 市丸は、廊下を抜けると向かいにある扉の前で足を止めた。頑なに閉じているにも拘らず、中から僅かばかり香るものがある。ああ、来ているのか。あれが訪ねて来る時、この助教授室は藤の芳香で満ちているのが常である。頑是無い、彼女の欲望だ。噎せるような花の毒で、狂ってしまえばいいのに、と。
 入るべきか入らざるべきか思案しているうちに、室内の音がぴたりと止んだ。これもいつものことである。市丸が一つ足音をさせるだけで、彼らは見通してしまうのだ。そういう場合には、わざとらしく扉を叩く必要もなかった。
「入るで」
「どうぞ」
 慣れた手付きで扉の握りを回すと、蝶番の軋む音がした。ここもそろそろ寿命か、と思うが、知らせる筋合いはない。自分がわざわざ知らせずとも、ここに訪ねて来る人間が自ずと告げるであろう。気心の知れた自分よりも、そちらの方が彼女も言うことを利くに違いなかった。
「……誰もおらへんの?」
「このやり取りにもいい加減に飽きたわ。分かっているんでしょう」
「そないなこと言われたかて、一応聞くんが礼儀やろ。ボクが分かってる思うんやったら、わざわざ隠れることもあらへんし」
「隠れてるわけじゃないわ。隠してるのよ」
「……そら、何でやろ」
「あの人をアンタに見せるなんて、勿体無いもの」
「何度も見とるんやけどなァ」
「そうじゃないわ。今のあの人を見せたくないのよ」
 はあ、と市丸は聞き流す体制になり、手元の資料を床に置いた。彼女にかかれば、市丸ギンともあろうものが形無しである。彼女に対する沽券など、あってないようなものだ。そうして彼女、松本乱菊は、今現在身を潜めている隣室の主に対してだけは、女である自分を最大限に利用する。普段はその美貌を武器にすることなどない彼女であるが、彼の前でだけは、一転して艶かしい女になるのであった。その変貌ぶりを間近にしたことはないが、少なくともそれを受けている本人が漏らしていたのだから間違いはないであろう。
「ちょっとギン、どういうつもりなの。貴重な資料をリノリウムの餌にするなんて」
「平気やて。そないに汚うしとるつもりなん?床」
「馬鹿にしてるの?」
「そないなわけあらへん。せやけど、それ渡す時にうっかり乱菊と手が触れ合うてしもたら、後ろの誰かさんが怖ならはるんやないか思て」
「そんなわけないでしょ。アンタが挑発するつもりでわざとらしく仕向けるんだったら別だけど」
「……まァ、そういうことやから。仲良うしいや」
 少しばかりの揶揄も含め、市丸は扉を閉めかけた。すると乱菊の声がそれを制止する。乱菊が扉に手をかけようと駆け寄ったところで、狼狽した表情の市丸が隙間を再び開き直した。乱菊がそのままの状態で外に出れば、それこそ怒りを買うことは目に見えていたからである。彼女は今、下半身こそ慇懃な状態であるものの、上は下着に白衣を羽織っただけの姿でそこに立っていた。
「何しとるん?乱菊」
 肌着を着ているだけいいが、それでも美しい肢体を晒した彼女の風体を他の職員の目に触れさせるわけにはいかなかった。市丸であれば別だが、乱菊に憧憬の念を抱いている職員、学院生は大層な数に上るのだから。
「アンタ、藍染教授に会った?」
「つい今しがた」
「……何か仰ってなかった?こう……何ていうか」
「新しゅう来はった助教授?」
「そう、それよ。あたしの学院生時代の後輩だから、丁重に扱って頂戴」
「何や、可愛がっとったん?」
「ええまあ。藍染先生のことだから、大丈夫だとは思うんだけど」
「黒髪のちいちゃい子?」
「違うわ。金髪で細い子」
「あァ、それやったら藍染さんのとこやない。ボクのとこや」
「あら、そうだったの。だったら話は早いわ」
 乱菊は、足元の資料を手短に拾うと、先程それを運んできたばかりである市丸の懐に押し付け、助教授室の鍵を握らせた。
「これ、その子の部屋の鍵よ。書きたがってた論文に関する資料が見つかったから、届けてあげようと思ってアンタに持って来てもらったんだけど……どうせ明日から顔合わせることになるんだし、挨拶のついでに行って来て頂戴。友好を深める第一歩よ」
 この大学の教授は、募集枠が恐ろしく少なく、一学部に一名と定められている代わりに、それぞれ秘書代わりの助教授が就くことになっていた。その分生徒の倍率も一流大企業の就職倍率と同程度に高く、学科人数もごく僅かであるので、人手に困ったことはない。
 市丸は、乱菊の言葉にやや憮然としつつ、不本意ながらも差し出されたものを全て受け取った。そうしておもむろに踵を返すと、肩越しに乱菊に手を振り、助教授室を後にする。乱菊は少しばかり溜息を吐き、扉を閉めてから背後を振り返った。
「日番谷教授、いいですよ」
「……ああ」
 扉に背を向けていた上等な椅子が、乱菊の声を聞いて間もなく翻る。助教授と言えど、こうして見れば豪奢な待遇を受けているものだ、と乱菊は思った。もしくは、彼が腰を下ろすことによって荘厳さを放っているのか。
 たった十四、五で半ば強引に連れて来られた場所であったが、今となっては悪くないと日番谷は思っている。この二、三年で随分と体躯も変化した。どうせ天子と呼ばれるならば、望み通り上に上がってやろうと手に入れた地位により、空蝉の無常も人間の容易さも知った。
 乱菊が愛してやまぬ美貌の少年は、年かさの教授陣にも勝る威厳をも手中にし、当たり前のように誂えられた壇上に座している。少しばかり不遜な眼差しも、時折見せる人を喰ったような表情も、情愛と厭悪を捌いて孕んだような、どこか幼く美しい危うさが他者を魅了する、そのような少年であった。
 日番谷は、しどけなく露にした襟元を直し、緩めたタイを細く締めてから立ち上がる。そうして机の正面にある長椅子の傍らから放られた白衣を拾った。
「相変わらず、気配を消すのがお上手なんですね」
「馬鹿。市丸には露見してたじゃねえか」
「いいえ、ギンじゃなければ分かりませんよ」
 くすりと口元に笑みを浮かべた乱菊が面白くなかったのか、日番谷は白衣に袖を通そうとした腕でそのまま乱菊を引き寄せ、唇に噛み付いた。引き離す際、掴まれた手によって白衣が乱れたが、何ともなしに整える。
「随分とご執心なんだな」
「執心だなんて。信用してるだけです」
 弟みたいなものですから、と乱菊は続けた。おそらく市丸の方も、乱菊のことを妹と表すのだろうなと日番谷は少しばかり可笑しくなった。
「教授、今日これから講義のご予定などございますか?」
「いや、お前は?」
「あたしが教鞭を揮うなんて、滅多なことじゃありませんよ」
 じゃあ何だ、と日番谷が訝しげに眉を顰める。乱菊は品良く整った鼻梁を日番谷の首筋に摺り寄せ、にこりと微笑んだ。
「宜しければ、これからお食事にでも参りませんか?」
 強請るような調子で続けた乱菊に、日番谷は苦笑で応える。
「……お前から誘っても、どうせ俺が払うんだろうが」
「ふふ、あたしが払うって言っても、払わせて下さらないのはどこのどなたです?女に払わせるなんて野暮な真似を許さないのは、あなたの方じゃありませんか」
 核心を突かれ、一層日番谷は笑った。敵わねえな、と一つ呟き、白衣を上着に取り替えると、眼前で用意をし出す乱菊にほとほと閉口しつつも車の鍵を彼女に放った。未だ免許を有さない彼は、こういった時ひどく自分が子供に思える。一度たりとも乱菊に金を使わせた経験がないのは、その所為でもあった。どこか乱菊に運転させるのが気恥ずかしく、それ程遠出したこともない。外泊するつもりで出掛けたこともなかった。
「そういえば、教授ももう一年で免許を取得出来るようになるんですねえ」
「ああ、だからもう一年待てよ」
「え?」
「お前が大人しく助手席に座るんなら、どこへでも行ってやる」
 乱菊は、常よりも更に白い相貌で口をぽかりと開けた。日番谷はそこで漸く自分が言ったことの意味に気が付いたらしく、さっさと準備しろと一声投げかけて部屋を後にする。おそらく車の傍で所在なげにしているであろう彼を思い、乱菊は堪えきれずに笑った。そうしてやっとのことで、恥ずかしいですよ、と、先程口にするはずであった揶揄の言葉を吐いた。



 陽の差し込まぬ室内で、唯一影が映えるのは現在市丸が佇んでいる場所だけである。第一棟から第二棟へと続く、硝子張りの窓が目に優しい。通常ならば痛ましい程の光源だが、ここに巣食う者達にとっては穏やかに見える。病的だ、と、そんなことはとうに知れていた。それでもこの場所に縋り付くことを強制されたのだ。元より居場所など存在し得ぬ才を与えられた人間に、道などこれ一つしかなかった。
 市丸がその場所を訪れるのに抱いた感慨は、案外遠い、とそれだけであった。扉の奥からはとりわけ目立つ芳香もなく、至って清い印象を受ける。表札に示された名を見るだけで、いかに几帳面な人間かがよく分かった。分かり合えそうもない、と、市丸は微かに諦めたような表情を浮かべる。
 軽く叩くと、中から聞こえたのは若い男性の声であった。細く特徴のある声色に、どこか脆弱そうな人柄が感じられる。
「ご免下さい」
「どうぞ……い、市丸教授……?」
「どうも、初めましてやね。明日からキミの上司になる、市丸ギン言います。あんじょう宜しゅう」
「はっ……はい、あの、吉良イヅルと申します。それで、あの……」
「あァ、今日は挨拶だけや。あとこれ渡しに来たんやけど、キミの先輩から」
「もしかして、松本さんですか?……わあ、ありがとうございます。入手は難しいと伺っていたので、半ば諦めていたのですが」
「せやろ?苦労したわ」
「市丸教授がこれを……?」
「うん、乱菊に頼まれてもうたから」
 にこりと笑うと、イヅルと名乗る彼は羞恥を抑えきれず俯いた。何しろここへ配属される以前から、市丸にひどく憧憬していたイヅルである。市丸はそれを窺い、どこか危なげだとも思ったが、可愛らしいとも感じた。資料を手放した手で頭を撫でてやると、一瞬びくりと怯えるような素振りを見せたが、すぐに頬を赤らめて嬉しげな表情を浮かべる。
「吉良君言うんや、イヅルて呼んでもええ?」
「は、はい。勿論です」
 懸命に頷く頭を、どうしてか離し難いと市丸は思った。男にしては華奢な体躯も、細やかな髪と声も、姉のように思っている女を思わせるその色彩も、全てが麗しく、懐かしい。はんなりと綻ぶその口元に、吸い寄せられそうになったのも事実である。けれども望むままに欲すことを、自我は許さない。
 今しがた邂逅を果たしたこの存在を、古より深く想っていたように感じるのは、この場所の妖艶さゆえか、もしくは己が懐古する何かを彼が持ち得ているのか、それを図ることは叶わなかった。



 すう、と縺れた糸を直すのに、藍染は一手間工夫を凝らした。じっと見つめた先に幾重もの金糸と銀糸がまぐわっている。それを矯正させるのは容易であったが、故意にその中の数本を結び、頑丈に更なる糸をかける。それらが再び絡まってゆく様を、彼は可笑しそうに哂った。静かなる彼の鼓動が人形に漏れ聞こえることはない。永遠に、今この時を偲ばれる未来にも。
 


空蝉の行方を
夕霧が断たれる様を
厭世の幕間を
華筵が途切れる様を
彼は知る 終はりを知る
彼は知る 己を知る
彼は知る カアニバルの夜更けを



*あとがき*
 旧サイトにて既に出来上がっていた作品が見つかったので、上げてみました。何というか日乱が本当に恥ずかしい。ギンイヅも本当に恥ずかしい。
 ええと、パラレルワールドなので魔法ちっくなところもあります。十代で教授にはなれても、車の免許は取れない摩訶不思議ワールド。(ホントにな…)
 日乱のバカップルぶりとギンイヅの中学生日記ぶりが書けて楽しかったです。(笑←笑い事じゃない)
 大人日番谷はどこまでも恥ずかしい男で一つ。(コラ)
 最後の詩もどきでかなり迷いました。カアニバルとカルナバル。(どっちでも同じですが)

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