Doll of Deserting

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水底の彩~みなそこのあや~(ギンイヅ:花標余章)

2005-11-05 23:27:36 | 過去作品連載(キリリク作品)
*連載「花標」の余章です。イヅルが女の子ですので苦手な方はご注意下さい。
*あとがきに少々補足を加えさせて頂きました。分かりにくい場面が多々ございますので。(汗)



 湖から水を汲んでくる時には、引きずり込まれぬようにときつく母に言わしめられていた。そのことは幼い子供や歳若い娘には皆に伝えられていた。それはよく近所の老婆などが話して聞かせる迷信などに似ており、イヅルははじめ少しも信じることが出来なかったが、しかしここは何が起きても不思議ではない世界であると言われれば、イヅルも否定はしない。いや、出来ないと言った方が正しくはあるのだが。


「いいわね、イヅル。湖に足を付ける時にはよく注意するのよ。」
 家には井戸が在ったが、水がどうしようもないほどに濁っていたので、それを使うよりも湖の水をこして使った方が幾分ましであった。水を買っても良かったが、たった少しの水のために金を惜しまぬほど裕福な家庭でもなかった。
「はい、母上。それは何故ですか?」
 幼い子供には似合わぬ訝しげな表情で尋ねると、母は柔和な顔を少しばかりひそめて言った。
「あそこにはね、私達とは違う生き物がいるのよ。」
「違う生き物?」
「そうね…化け物、と言えば分かるかしら。」
 違う生き物、といえば犬や猫もそれに含まれてしまうので、シヅカはなるべく畏怖すべきものを例えて言った。しかしイヅルは気丈な子供であったので、そう答えられても何故気をつけるべきなのかよく分からないようである。
「死神なんですから、そんなものを恐ろしく感じる必要もないでしょう?」
「ええ、そうね。死神じゃなくても大人は大丈夫なの。心配しなければならないのは、あなた達のような小さな子や年頃の女の子達なのよ。」
 シヅカは同伴すると言ったが、イヅルが一人で行くと言ってきかなかった。そう遠くもないところであったし、何より水汲みも一人で出来ない娘であると思われたくはなかったのである。シヅカは、化け物といっても未だ証明されたものではなかった上に、娘が一度決めると動かない子であると知っていたので、渋々行かせることにした。
「後ろからこっそり尾けるのもおやめ下さいね、母上。」
「…分かりました。」
 娘からそう言われようと、黙ってあとから付いていくつもりであった。しかし、何分聡い子であったので、イヅルは全てに気付いている。そしてあまりにも悲しげな顔を浮かべたので、シヅカは不安に思いながら黙って家を出る娘を見送った。


 確かに今は昼間であるのに、湖は既に薄暗く光っていた。その気味の悪さに一度は身を引いたが、イヅルはすぐに着物をたくし上げ、水面に足を付けようと試みる。いっそ早く終わらせてしまえばいいと思ったのである。草履を脱いで静かに足の指をそっと水に触れさせると、全身が震えた。まるでその蒼さが表面から身体を染め上げていくような、もしくは内から喰われていくような、そんな錯覚を覚えた。
(帰りたい…。)
 死神の子供であるのだから、と気丈に振舞ってはみるものの、そこはやはり子供であるのだから、恐ろしいものは等しく恐ろしい。
 出来れば草履を脱がずに桶に水を汲めるならばそれが一番いいのだが、生憎湖は浅く、湖の面した土手は足場が悪い。しゃがんで水を汲もうとでもすれば、それこそそのまま転げ落ちてしまいそうである。
 ようやく膝まで水に身を落としたところで、土手のところに置いた桶を掴む。一度息を飲んでからさっと桶に水を汲むと、それを持って湖から上がろうとした。しかし、片足を地につけた瞬間、もう片方の足をぐい、と引き摺られたのを感じ、目を剥いた。
「うわあっ!」
 叫んでみても、周囲に人影など見受けられない。ばしゃん、と思ったよりも鈍い音が響き、やっと自分が水の中に沈んだことを理解した。しかし水は温く、冷たさなどは感じられない。そろそろ息苦しいのではないかと思ったが、何ということか、水の中では息をすることが出来た。
 恐る恐る目を開くと、僅かに不透明な水の濁りが見えた。それは白濁とした泡のようで、イヅルはそのままはっきりと目を見開く。そこには、美しい女の顔があった。こう言っては何だが、母の顔に印象がよく似ている。艶やかな黒い髪を顔に貼り付けたその女は、笑った。
「あなたは…。」
 くぐもってはいるが、口が利けることに驚いた。冴えた水でぬめる手足を必死でばたつかせながら、イヅルが声を上げる。その女は化け物というよりも、もっと神聖な生き物に見えた。それはいっそ、精霊などという言葉で表現した方がむしろ正しいような気がした。
 一言も声を上げないまま、女がイヅルの顔に手をやる。そしてするりと頬を撫で上げると、腕を掴んだ。その力は恐ろしく強く、やや痛みを伴った。イヅルは今頃になって急に息苦しさを覚え、口を押さえてみるが、いっこうにそれは改善されることはない。


 その時である。白く焔を上げる水面から、浅い光が差し込んだ。


「げほっ…げほっ…。」
 喉を押さえ、軽く指の爪を立てる。何とか感触があることを確認すると、目の前に背の高い影が見える。細い足をたずさえたその男は、先程見た女よりも希薄に思えた。男は、日頃イヅルが見慣れている黒い装束を着ていた。
「あかんなあ。」
 特徴的な抑揚のある口調であった。男はそう言ったかと思うと、イヅルの濡れた頭をくしゃりと撫でる。それから湖に目を向けた。気付けばイヅルは、土手の上に出ていたのである。水面を軽く見据えると、そこには女が俯いていた。
「この子は水もらいに来ただけやで?何もせえへんよ。」
 女がぱくぱくと口を開ける。すると水の中にいた時には気が付かなかった鰓が開いた。イヅルは驚き、僅かに身を退かせた。
「あれは…あの人は、何ですか?」
 お兄さん、と問いかけると、男はあァ、と思い出したように言ってから、主や、と答えた。
「よう言うやろ?池の主やら何やら。そういうのんの類や。あの子はえらい弱い子やから大人は相手にせえへんけど、いっとう悪さする子供やら、洗濯や何やで水汚しとるお譲ちゃんやらが入ってくると足掴むんよ。こないな曇りの日は特にそうやね。殆ど晴れた日しか人来えへんから見たお人はおらへんやろうけどなあ。お譲ちゃん、一番乗りやね。」
 飄々とした笑みを向けながら、男はイヅルに言った。イヅルはまだあまり声を出すことが出来ない。背は震え、体温がどんどん失われていくようである。男がそれを眺め、こらあかん、と一言呟いてイヅルに何か掛けてやろうとしたが、生憎今は袴一枚の姿で何も羽織ってはいない。男は仕方なしに、イヅルの背を抱いてやった。よしよし、と擦ると、遠慮がちに縋り付いてくる。
 先程の男の言葉に了承したのか、女はいつの間にか消えていた。あとにはただ着物を濡らしたイヅルのみが残され、男がそれを宥めてやっている。イヅルは、静かに目を閉じた。


「あら、イヅルお帰りなさい。…どうしたの!?その着物…。」
「ええ、と…。」
「申し訳あらしまへん。ちょおボクとぶつかってうっかり湖に落としてしもうて…。」
「あら、市丸さん。お久しぶりね?」
「母上…お知り合いだったのですか!?」
「ええ、まあ…。」
「いや、せやからそういうことで、堪忍したって下さい。」
「そういうことなら仕方ないわねえ。」
 シヅカの言葉に、イヅルが嬉しそうな顔を見せた。駄目な子だと思われることがイヅルにとって何よりも畏怖すべきことなのである。どれ程悪さをしようとシヅカや景清がイヅルを嫌うことなど有り得ないのだが、イヅルは何もかも完璧でなければ気が済まないらしい。
 イヅルは、あれから男に汲んでもらった水を持って家に入ろうとした。が、その前にあることに気付き、振り返って男に向かい「ありがとうございました」とふわりと微笑んで言った。それから置いてきますね、とそこを後にした。
「…ご免なさいね、市丸さん。こんなことを頼んでしまって。」
「ええですよ。丁度任務も終わったとこやったし。」
「だってあの子私が付いていったりしたら絶対に気が付くんだもの。」
「シヅカさんに似はりましたなあ。アンタもえらい鋭いお人やから。」
「まあ…。とにかくあなたがいてくれて良かったわ。ありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ。」
「…こちらこそ?」
「えらい別嬪さん拝ましてもろうてご馳走さんでした。あの子ほんまに可愛えですねえ。」
「…まだお嫁にはやりませんよ。」
「まだ、いうことはあと十年もしたらええんですかねえ。」
「…その時までにあなたが隊長にでもなっていればね?」
「相変わらず厳しいお人や。」


 身内の思惑をよそに、イヅルの思考は夜の闇に溶けていく。自室に戻ると、すぐに睡魔に襲われ、泥のように眠ってしまった。瞼を閉じる瞬間、あの時見た深海のような蒼を思い出す。そこはひどく白濁とした妖しさを秘めており、鮮やかな色をしていた。その色は、この日出会った男が纏う色とよく似ていた。

 そしてまた、精霊の過ぎた跡には。





■あとがき■
 連載のリクエストを下さったこはく様が、子供時代のイヅルも見てみたいと仰って下さいましたのでややシリアスバージョンで書かせて頂きました。イヅルの子供時代のネタは明るいのがもう一つありますので、近々UPさせて頂きますね。
 しかし分かりにくい話ですね…!(汗)果たしてイヅルの生きる時代が井戸とか水汲みとかそこまで古いのかはよく…。(泣)
 そして、修正を入れるはずだったのですがご指摘頂いてから初めて気が付きましたので補足。(汗)
 私はとりあえず、霊術員の教員は死神時代を経て、引退するか現役のまま異動したかのどちらかだと思っております。ここでの吉良夫妻は大分お若いので、自主異動したばかりの頃だと思われます。アニメなんか見てるとお若い先生も見受けられますので、もしかすると死神にならずにまっすぐ教員になる道もあるのかもしれませんが。
 それから、舞台裏としては、元々シヅカさんが頼んだとはいえ確かに市丸さんはイヅルの命を救ったわけでして、この時点でご両親は将来結婚させることなどを考えておいでなのですが、丁度イヅルがこのことを忘れた辺りにまた市丸さんがイヅルの命を救い、イヅルの中で市丸さんは改めて恩人として印象付けられましたので、これは好都合と婚約を取り付けたわけなのです。解説しないと分からない番外編って一体。(汗)

花標~はなしるべ~:第二話(ギンイヅ14800HITキリリク連載)

2005-10-22 19:01:47 | 過去作品連載(キリリク作品)
*このお話は、必ずカテゴリーから「キリリク連載」を選択し、最下部にある記事の注意書きをお読みになってからご覧下さい。
*吉良夫妻健在ですが、「氷上の蒼」とは人物設定が多少異なりますのでご了承下さい。


第二話

 贅沢な造りではないが、見る目には整った奥ゆかしさを感じさせる民家の客間で、目立つ色をした髪を持つ男女と、家の主であると思われる黒髪の男が談笑をしている。黒髪の男と金糸の女はおそらく夫婦なのではないかと思わせた。その夫婦の前に静かに座した銀糸の男が笑う。
「ほんに逢瀬にはええ日和でございますなあ。」
「ええ、特に伴侶との逢瀬には宜しいお日和でございましょう。」
「あなた様に我が娘を娶って頂けるとは、夫婦共々幸甚致しておりまして…。」
 黒髪の男が言葉を続けようとして、ふと声を抑えたかと思うと、そのまま吹き出した。それに続いて金糸の女も銀糸の男も、朗らかに声を上げる。
「ははははっ!」
「やはりわたくし達にはこういった堅苦しいご挨拶は似合いませんわね。」
「ほんまに、景清はんが急に真面目な顔しはるもんやからボクまで焦ってもうたわ。」
 銀糸の男―ギンと、その夫婦は元から面識があった。しかし今日は大事に温めてきた話が実行に移される日であったので、形式ばった挨拶から始めるべきかと景清が言い出したのが事の発端である。なるほど、とギンやシヅカが同意し、改めて丁重な挨拶を交わしてみれば、やはりこの有様であった。
「うん、まあそんなことはいい。兎にも角にも今日はイヅルにお前を紹介する大事な日だからな、何というか花嫁の父らしきことをしてみたかったんだ。」
「イヅルとはもう会うたことあるて言いませんでしたっけ?」
「そうでなく、お前を伴侶として紹介したことはないだろう?大体あの子は、私達と市丸が友人であるということすら知らないんだ。あの子にはあの子なりの誇りがある。理由もなしにいきなり嫁に行けと言われても戸惑うばかりだろう?そういう意味では、丁度お前がイヅルの命を救ってくれて有難かったよ。」
「イヅルが襲われて良かったというのですか、あなたは。」
「いやシヅカそうじゃない。断じてそんなことはないぞ。前々から市丸のところへ嫁に出すと決めてはいたがいざそうなるとイヅルは初対面の相手といきなり結婚させられるということになるだろう?だからせめて市丸が命の恩人だということにしておいた方があの子も納得しやすいだろうと…。」
 しどろもどろに景清が説明すると、シヅカはふふ、と微笑んで黙った。母親というものはこと子のことになると性情すら覆す。シヅカは景清と婚姻を結んだ当時、慎ましやかで気立てもよく、常に夫を立てる妻として評判であった。しかしここまで長く連れ添うと、自然と女は強くなってゆくものである。
 そう考えると、何から何までシヅカと瓜二つであると名高いイヅルも時を経ると自分を組み敷くまでになるのだろうか、とギンは顔を引きつらせずにはいられなかった。
 それにしても、とギンは思う。イヅルは今霊術院にて勉学に励んでおり、寮住まいであると聞いている。しかし今日は景清が無理を言ったために帰宅するのであると。ギンは強引な父親を持ったイヅルをいささか不憫に思った。
「で、イヅルはどこにおりますの?」
「ああ、今着替えに出ているから、そろそろ…。」
 言うなり、襖が開いた。白地に淡い清涼色の花をあしらった着物に身を包んだイヅルが顔を現す。髪を短く散髪してはいるが、女独特の色めいた雰囲気は抜けてはいない。しずしずと足を動かし、音も立てずに腰を下ろすと、ギンの方を軽く見てから、頭を下げた。
「市丸副隊長、この度は我が家においで頂き有難く存じます。また、先日は我が身を救って頂き、真にありがとうございました。」
「あァ、そないなことはええねん。顔上げ。」
 ギンに言われ、イヅルがそっと顔を向ける。着物と合わさった碧眼が水のように揺れ、目に鮮やかである。これが少しすると自分のものになるのだ、とギンは笑みを深めた。
「それで、今日はどのようなご用事で…。」
 イヅルが問うと、景清とシヅカが顔を見合わせ、ギンの方を同時に向いたかと思うと、うん、と僅かに頷く。つまり洗いざらい説明してしまえと言っているのだと理解は出来たが、その役目を全てギンに任せようとしているのかと思うと、恨み言の一つも言いたくなった。
「ええと、な。実はボク吉良君のご両親とお知り合いやったんよ。」
「え、それは何故…。」
「あんな、景清はんは元々霊術院で教員やってはったやろ。そん時ボクの担任やったんよ。シヅカはんと結婚しはる前やからもう大分昔になるんやけど…。」
 父が特進クラスで指導を行っていたことがあるというところまでは知っていたが、まさかギンの担任だとは思わず、イヅルは瞠目した。しかも父が母と婚姻を結ぶ前のこととなると、ギンは本来一体幾つなのであろうか、と少々懸念した。
「はあ…。つまり、父と母にお会いになるべく訪ねて下さったのですね?」
「いや、そうなんやけどそうやのうて…。」
 ここはご両親が説明せなあかんやろ、と視線を向けると、景清が一度唸ってから口火を切ろうとする。しかし上手く行かず、そうこうしているうちに痺れを切らしたシヅカが口を開いた。
「イヅル、あなたは将来この方の元にお嫁に行くのですよ。御身を救って下さったから、と言えば聞こえは良いでしょうが、全てはこの方々の企ての下、あなたはこの世に生を受けたその日から市丸の姓を名乗ることを定められていたのです。」
「はあ…は!?」
 ギンと景清の方をぴんと伸ばした指で示しながら、シヅカが厳格に言い放つ。それほどまでに市丸が来る日まで婚約のことを知らされていなかったことが気に入らなかったのか、と景清が顔を背けた。
元はイヅルが生まれる前に景清が冗談交じりに言い出したことなのだが、とうとうここまで発展してしまった、というだけの話なのである。なのでわざわざシヅカに告げることもなかろうとずるずる事を引き伸ばしていたところ、最終的に今日ギンが訪れることを知らせるのと同時になってしまった。突如としてイヅルを婚約させる、と言われたシヅカの心持はといえば、確かに良いものではない。
「あの、それでぼ…私はどうすれば良いのですか?」
 まだ話がよく理解出来ていないイヅルに向かって、ギンがふと微笑む。思わず頬を赤らめたイヅルを見て気分を良くしつつも、やや簡略化された説明を続けた。
「つまり、ボクんとこにお嫁においで、いうことやね。」
「い、市丸副隊長のところへ、ですか…!?」
 そのままやや紅かった頬を更に紅潮させ、イヅルが驚愕した。しかしその声には決して不快に思っているという様子は見られない。むしろ歓喜を露にしており、ギンは悪い返事はなさそうだ、と内心でほっと胸を撫で下ろしていた。
 イヅルがまだ幼かった頃には可愛らしいと思うばかりで、特に何も感じなかったギンであったが、成長するにつれて母とはまた違った美しさを放つようになったイヅルから目が離せなくなった。丁度この世界には年齢差などあってないようなものであったので、是非イヅルを妻に、と望んだのである。数十年を経ても変化することのない自分の容姿に、これほど感謝したこともない。
「嫌か?ボクは吉良君が好きやから嬉しいんやけど、そらいきなり好きでもない男と結婚せえ言われたら嫌やろなあ。」
 ふと陰りを見せるギンの表情に、イヅルの顔色が少しずつ戻っていく。一度落ち着いてから、イヅルは至極嬉しそうな表情をして、ギンの方に向き直った。
「いいえ、私も副隊長のことをお慕いしておりました。」
「…そら、おおきに。」
「不束者ですが、宜しくお願い致します。」
 再度頭を下げるイヅルに見えないようにして、不覚にも泣きそうになった顔を隠した。そしてイヅルの顔を上げさせると、幸せそうな顔をしてギンが笑った。いつもの飄々とした笑顔とは全く異なる笑顔を間近で拝み、イヅルはまた顔を赤らめた。
 私達は邪魔だろうか、と景清が呟く。ギンは色町通いが激しいだの冷酷だのと噂を立てられている男であったが、大事に思うものは何に変えても護ることの出来る男であると景清は知っていた。だからこそギンにイヅルを明け渡そうと思ったのである。しかし何分そのような噂の絶えない男であるので、イヅルの反応は懸念していたのだが、杞憂に終わったらしい。
 久々にイヅルの幸福に満ちた表情を拝んだかもしれない、と思いシヅカの方を見ると、彼女も同じことを思ったらしく顔を綻ばせていた。妻の美しい笑顔を拝むのも久々だ、と景清も笑った。



「…まあ、そんな感じだったんだ。」
「そうか、で、何で俺は昼飯を食いながらそんなことを聞かなきゃならねえんだ?」
「阿散井君が僕と市丸さんの馴れ初めを聞きたいって言ったからじゃないか!」
「そうじゃなくて俺は何でお前が市丸のことを好きになったんだって聞いただけで、惚気を聞いてやるとは一言も言ってねえじゃねえか!!」
「だからさっきの話に全て集約されてるじゃないか。つまりは市丸さんがどれだけ見た目に反して繊細な人かということだよ。」
 得意気に言うイヅルをよそに、恋次は米を頬張る。つまりはギンのことをそう思えるようになるまでの過程を聞きたかったのだが、幸せの絶頂にある友人には何を尋ねても惚気に持っていかれてしまう。幸せそうな友人の顔を見るのは嫌いではないが、ここまで来るといっそ今すぐにでも嫁に行けばいいと思ってしまう。学院にはこのまま通えばいい。とにかく嫁にでも行ってしまえば少しは落ち着くのではないだろうか。ああ、でも更に新婚生活についての惚気が増えそうだ、と恋次は遠くを見つめた。
「いや、まあいいんじゃねえか。お前が幸せなら。」
「何その投げやりな言い方。」
「どうでもいいけど暫く檜佐木先輩には会いに行ってやるなよ。」
「何でさ。」
「いいから。」
 可愛い後輩をまるで娘のように猫っ可愛がりしていた修兵である。むしろそれにはもしかすると恋愛感情も含まれていたのかもしれなかったが、今となっては迷宮入りである。とにかくそんな彼の気も知らずある日突然に「先輩、僕お嫁に行くんです。市丸副隊長のところにv」などとイヅルから言い放たれた修兵は、近頃顔を見せない。おそらく彼なりに精神統一が必要なのだと思われたが、イヅルはそれに気付かず気軽に声をかけようとするので、恋次は寸でのところで止めてやっている。
「お前なんかさっさと嫁に行っちまえばいいんだ。」
「そんなこと言って、僕がお嫁に行ったら泣いちゃうでしょ?」
「泣くか!」
 大声で否定してやると、イヅルが含んだような顔で笑った。




 すこぶる明るい吉良ご夫妻にございます。そしてやはりカカア殿下です。(汗)ギンイヅはバカップルで将来的にはバカ夫婦ですごめんなさい。(土下座)
 恋イヅではない…と思って書いておりますがどうなんでしょう。そう見えてもいいかな、とは思いますが。(コラ)あくまでも友情ではありますが、過保護な恋次がお気に入りなのです。(汗)

花標~はなしるべ~:第一話(ギンイヅ。14800HITキリリク連載)

2005-10-10 18:01:01 | 過去作品連載(キリリク作品)
*このお話は、必ずカテゴリーから「キリリク連載」を選択し、最下部にある記事の注意書きをお読みになってからご覧下さい。



第一話

 適当に切り分けられた和菓子の断片を見つめているように思わせておいて、ギンは事実どこにも焦点を合わせてはいなかった。目の前の教員には、ギンが先程からずっと和菓子を眺めているように見えているであろう。しかし教員はギンのことを卑しいなどと思わず、むしろお気に召さなかっただろうかと懸念しているようであった。
「市丸副隊長、練り切りはお嫌いでしたか。」
「あ、あァ、ちゃいますよ。頂きます。…大海原先生、聞いてもええでしょうか。」
「はあ。」
「先生のクラスにおる吉良イヅルは、どないですか。」
 ギンの言葉に、大海原はああ、と息を吐く。入学する以前に、吉良イヅルの両親からは広く言い渡してあった。五番隊副隊長市丸ギンは、吉良イヅルの許婚であるのだと。イヅルがそれを聞かされたのはつい最近のことであったので、ギンが自分の命を救ったためだと両親から言われているらしかったが、何しろ聡い子である。自分の両親が前々からギンと面識を持ち、あまつさえ自分と婚姻を結ばせたかったということは承知していることであろう。
「良い生徒ですよ。成績も優秀ですし、人望もある。」
「そういうことやありまへん。…人望がある、いうことやのうて、どないな子と仲がええんですか。」
 つまりは、自分の許婚に悪い虫が付いているか付いていないかということか。大海原はそれを察し、イヅルが最も懇意にしている相手が男子生徒であるということを言うべきか言わざるべきか思案したが、後々判明することであるのだし、と口を開いた。
「何せ、男子生徒として生活しておりますので…特に懇意にしているのは阿散井恋次という男子でしてね、しかし阿散井には決めた相手がおるようですので、それほど懸念されることもないかと。」
「そんならええわ。」
 心底ほっとした様子とは言い難かったが、とりあえずは妥協したらしい。イヅルは元々男児として生きてきたので、突如として女子と親しく接するのは難しい。女子の方はイヅルのことを男子生徒として見てはいないようなので問題ないかもしれないが、イヅルとしては不本意なのであろう。
「さ、そんなら視察も終わりましたんで、お暇さしてもらいますわ。」
「お帰りですか。ありがとうございました。」
 頭を下げながら、大海原は厳めしい顔立ちを更にきつく歪めた。おそらくこのまま踵を返しはしないでろうと分かっていたからである。鬱陶しいなどとは毛頭思わないが、いささかイヅルの同様振りがうかがわれて不憫な思いがする。イヅルとギンは周囲から何と言われようと明らかに好き合っているのでその点問題はないが、イヅルはまだこういったことに不慣れであるので、ギンが赴いたことを知ればさぞ狼狽することであろうと思ったのだ。
 ギンの背を見送りながら、大海原はこの先波乱に見舞われるのだけはご免だと再度一つ息を吐いた。


***


「市丸副隊長が、来てる…?」
「おい、吉良お前大丈夫か…?」
「どうしよう…。」
「お前そんなに市丸が怖いのか?」
「そうじゃなくて!」
 イヅルがすっくと立ち上がったところを、恋次が驚きを隠さずに見つめる。まあ確かに、イヅルが周囲に何と言おうとも二人が好き合っているということは一目瞭然であったので、今更ギンを拒むつもりがないことだけは分かる。というか恋次としてはむしろ、先程からのイヅルのギンに対する拒絶具合の方を信じられなく思っていたが、やはりそれは杞憂であったらしい。
「はばかりに行って来る。」
 次が教室移動であるということは既に頭にないらしい。一時限はサボリか、とタカをくくる。平たく言えば厠なのにも関わらず、あえて友人等の前でも丁重な言い方を崩さないイヅルに、何となくではあったが何やら下らないものを感じ取って、「お前やっぱお貴族様だよ。」と恋次がやや悪態をついた。しかしイヅルは、それすらも聞こえていないかのように鏡台を求めて厠へと足を向けた。
 

***


 わざわざ教室などを探し回らなくとも、霊圧を探れば容易にイヅルの居所を掴むことが出来る。ギンはふと足を止めてイヅルの居場所を探ってみるが、どうもこの近辺には姿はないようである。暫く歩いてから再度気配を探ると、どうやら後方にイヅルらしき者の霊圧を感じ取ることが出来た。
(どんだけ行ったらええんやろなあ…。)
 イヅルのいる方角は分かるが、どうもイヅルとの距離感を掴むことが出来ない。どれ、もう一度探ってみるかと意識を集中させたその時、丁度厠から姿を見せたイヅルが目の端を掠めた。
「イヅルッ…。」
 思わず声を上げると、淡い色の金糸が顔をこちらに向ける。
「市丸さんっ…。」
 何か言い知れぬ不安にいても立ってもいられず、イヅルを追いかけてきた恋次が、逢瀬を果たした二人を目に留めた。しかし次の瞬間、なぜだかこのまま帰ってしまいたい衝動に駆られる。
「イヅル…学校上手くやっとるか?心配で堪らんやったんよ。おかしな男がついとらんやろかーとか。でももうええわ。一週間ぶりやな。会いたかったで。」
 お前等既に一週間前に会ってたのかよ。近!というような突っ込みをしてやりたくなったが、あいにく恋次は二人に気付かれてはいない。というか今二人の間に割って入るようなことをすれば呪われそうだ。そう思いつつ、恋次は尚もしっかりとその様子を眺めている。
「はい、大丈夫です。僕も早くお会いしたかったのですが、生憎今日は少し身だしなみがおろそかになっておりまして…このまま顔を合わせるのも忍びないと思い、避けるような真似をしてしまい申し訳ございません。」
「ええんよ。授業あんのにご免な。」
「いえ…。」
 ええお前そういうことだったの?だからあんなに必死に会いたくないって言ってたわけ?身だしなみがいつもよりおろそかになってたとか俺全然気付かなかったけどな。違いの分からない男ですみませんねー。などと心の奥で毒づきながら、恋次はこれ以上見ているとその内二人でどこかへしけ込むのではないだろうか。そして見つかってしまうのではないだろうかと懸念し、そのまま視線を離した。


 親友の前途は、今のところ先行き上々のようである。



あとがき
 この前のシリアスっぷりが嘘のようだ!(汗)序章でイヅルがなぜ市丸さんを頑なに避けていたのか。理由は至って下らないものになりました。第二話では吉良夫妻ご登場でまた一波乱ありそうです。次の犠牲者は恋次なのかはたまた修兵か。(笑)

花標~はなしるべ~(ギンイヅ14800HITキリリク連載):序章

2005-09-26 21:08:31 | 過去作品連載(キリリク作品)
*この小説をお読みになる前に、必ず下記記事の注意書きをご覧下さい。


 序章

 微かに香る芳香がここらにも昇ってきたような錯覚を覚えて、イヅルは眉をひそめた。その香りは、正しく彼の香と同じものだ。少しばかり顔をしかめ、鼻を鳴らすと、今度は芳香とは違い、やたらと強大な霊圧が感じられる。どうか間違いであれ、とイヅルは不安に喉を鳴らした。
(全く、これ程恐ろしいものだとも思わなかった…。)
 よく知らぬ男に蹂躙されるのではないかという恐怖は、すぐそこにまで危機が迫った今、あながち他人事でもなくなってきている。しかしもしそうなってしまった時には、自分は抗うことなど出来ないに違いない。家のため、面目のため。そういった煩わしいものに、イヅルは今も尚縛られたままだ。
「阿散井君、何やってるのさ。早く行こうよ。」
 教室移動という名目があるにしても、とにかく早くここから離れてしまいたい。そんなイヅルの表情を読み取ったのか、おかしなところで聡い友人は訝しげに口唇を結んだ。
「…なあ吉良、お前、本当にアイツと結婚する気なのかよ。」
「何を今更。」
 真央霊術院一回生である吉良イヅルは、女子であるのにも関わらず男子の制服を着用しているという少々変わった生徒だった。しかし肉感的という言葉からは程遠いが、全体的に華奢でしなやかな身体を持ち、日本人離れした色彩を母から譲り受けた彼女の中世的な美貌に、憧れる者が多いというのもまた確かだ。
「お前、嫌だって言おうと思えば幾らでも言えるだろ!ここでだって、我侭言って男として生活出来てんだ。今更親の決めた結婚相手を振ったって…。」
「どうでもいいさ。」
 イヅルの口から出た言葉に、恋次の背筋が凍る。まるでイヅル自身がそれを望んでいるかのようで、恋次は、大事にしていた幼馴染が大貴族に引き取られた時と同じような疎外感を感じた。
「そんなことはどうだっていい。どうだっていいんだよ。自分のことはどうにでもなるさ。しかし阿散井君、そこに他人が交わるとそうもいかない。それに僕は、このことを後悔などしていないんだよ。」
 男のような口調で話し、一人称は僕を使う。そんな些細なことであっても、男として友人と付き合うためには大事な要素だったのだ。しかしそれも、おそらく彼と結婚するにあたり必要なくなる。女として、生きなければならなくなる。
「彼は何にしろ父と母から授かった僕の命を救ってくれた。両親はそれを名目にしているけど、本当はそんなことがなくとも昔から僕と彼を結婚させたがっていたんだ。嫌でも分かる。それに、僕は―…。」
 結局、彼のことを愛しているんだよ。消え入るように放たれた言葉が本心から出たものなのかは読み取ることが出来なかったが、恋次はそれ以上何も言わなかった。本当に苦しいのは自分ではなく、本気でイヅルのことを恋愛対象として見た上で愛していた人間なのだとも思ったからだ。
「とにかくきちんと学校は卒業するさ。彼も―…市丸さんも、それを了承してくれてる。」
「…そうか。良かったな。」
 ギンは、むしろイヅルには一刻も早く死神になってもらい、ゆくゆくは自分の副官にするのだと語ったらしい。そのことを嬉しくはないと言えば嘘になる。何よりも、彼に期待をされることがイヅルは嬉しいのだ。
「…幸せか?」
「…分からない。でも、うん…幸せだよ。」
 イヅルが紡ぐ言葉の一つ一つを、風の音でも聞いているかのように空間に耳を寄せて聞き取る。ささやかな声ではあったが、後悔はしていないという言葉通りに、柔らかな声色だった。


 暫く教室移動のことも忘れてそのままにしていると、声高らかに同窓の声が鳴った。
「なあ!今、市丸副隊長が来てるらしいぜ!!」
 イヅルの背筋がびくりと震えたのを、恋次は見逃さなかった。視察ならばついこの間五番隊二人で訪れたばかりだ。例え視察とは言えども、それがただの偽りであるということは、嫌にでも分かった。



 とりあえず最初はシリアスですが、これから明るくなる予定です。

花標~はなしるべ~(ギンイヅ14800HITキリリク連載)

2005-09-26 21:05:49 | 過去作品連載(キリリク作品)
 この作品は14800HITのキリ番リクエストによります連載です。リクエスト頂いた方のご希望になるべく沿うように書かせて頂きますが、中には管理人が勝手に作り上げた捏造なども含まれますので(汗)以下の注意点をお読みになられてからご覧下さい。

*イヅルが女の子でも許せる。
*市丸さんとイヅルが許婚でも構わない。
*イヅルの両親が健在でもいい。
*あらゆる夢見すぎな描写(今更)なんて気にしない。


…などなど。(まだあるんかい)とりあえず今のところはこんな感じです…。頂いたリクエストはとても素敵なものだったのですが、どこまで私が表現出来るかがすこぶる不安です。(汗)宜しければ最後までお付き合い下さい。

*この小説は、キリリクを取得された方のみお持ち帰りなさって結構です。それ以外の方は申し訳ありませんが、ご遠慮下さい。