Doll of Deserting

はじめにサイトの説明からご覧下さい。日記などのメニューは左下にございますブックマークからどうぞ。

こもごも。(色々)

2006-01-31 22:47:23 | 過去作品(BLEACH)
蓮比べし。(日乱)



 綻ぶような春の香りと、生い茂る冬の香りとが混在していた。十番隊の隊舎の裏には立派な池が存在したが、乱菊は常にそこを濠と呼んでいた。手入れもされていないそれは確かに水も穢れており、日番谷が近寄ることもあまりない。
 広くはあるけれどもむしろそれが仇となり、人二、三人ならば一度に飲み込んでしまえそうに見える。
 龍でも住んでいそうですねと乱菊が戯れに言うと、日番谷は何とも言えないような顔付きで唸った。
「怖いですね、隊長。」
「怖いか?」
「ええ、隊長なんて今にも連れて行かれそうだもの。」
「…俺かよ。」
 強くあれと、日番谷に対してそう願ったのは他でもない乱菊であるし、日番谷の方も最低限その願いに応えてきたつもりである。元より乱菊は幾度も日番谷の力ある場面を垣間見てきたし、日番谷の実力を誰より理解しているのも自分であると自負してもいる。



「だって、馬鹿みたいじゃありませんか。この池、あなたが来てから出来たんですよ?」
「…何だと?」
「だから、誰が造ったわけでもないんです。あなたがここの隊主になって初めて現れたんです。」
「そんな馬鹿みてえな話があるかよ。」
「だから馬鹿みたいだって言ってるじゃありませんか。」
 たった数年の間に、池というものはこれ程までに腐敗するのかと問うてみれば、乱菊がさあと肩を竦める。けれども出来たその日より、この池は腐敗しているのだとまたも信じられぬことを言うのであった。
 この池が清く美しくあった時代など存在せぬのである。ただ生まれ出でた瞬間より、まるで何れかが飲み込まれるのを待つようにして身を濁らせ、口を開いているのである、と。
「だから怖いんですよ。池が狙ってるのは多分隊長だもの。」
「…馬鹿か、両方に決まってんだろうが。」
 池の主が望むものは、美しい女であると相場は決まっている。そうして、主が狙うものは、他でもなくその身であるとも。けれどもその最奥に潜むものは情である。化け物は、愛だの恋だのといった、一見美しい情を好むものなのだ。
 自惚れではなく、この頃の乱菊は前にも増して旺盛であり、それがさも艶かしい。乱菊は、活発な姿が何より美しい女である。今この時、乱菊が副官としている姿を見越して、待ち構えるように現れたのではないかとも思う。
「…させるか馬鹿。」
「何か言いました?」
「何でもねえ。」
 ぽつりと呟くが、当然のように乱菊には聞こえぬようにする。すると池の中からすう、と蕾のようなものが抜き出し、見ていると艶やかにその肢体を開かせた。蓮の花である。
 けれども濁り水の中ではもはや目立ち過ぎるようにして佇んでおり、少しばかり痛々しい。それを見受け、十番隊の中の乱菊を現しているとでも言う気かと眉をひそめてみたが、乱菊と蓮をひっそりと見比べてみると、やはり乱菊の方が美しく見えた。なので勘弁してやることにしたが、花よりも乱菊の方が美しく見えるだとか、そのようなことは間違えても言うまいと固く思った。




降り染む。(ギンイヅ)



 朝からしとしとと雨が降り続いていたので、もしかするとと思い縁側に出るとやはり敷布が干してある。昨晩のうちに取り込んでいるものと思っていたのだが、とんだ失態である。
 僕としたことが、と少しばかり頭を抱えてはみるものの、済んだことは仕方がない。衣服までも干しておらぬことがせめてもの救いである。
 非番を満喫しようと考えていたのだが、これを洗い直していれば正午までの時間は確実に潰れることであろう。
 ギンも長期出張中であり、これを機会に掃除やらこもごもとしたことを全て済ませてしまおうと定めていた矢先である。幸先はあまり宜しくない。



「あらら、イヅル何しとるん?」
「たっ…隊長!?」
 一度は空耳と思い視線を背けていたが、やはり背後に気配を感じる。まさかと振り向けば、常としている表情を絶やさぬギンの姿がありありと浮かんでいた。何やってるんですか何やってるんですか何やってるんですかと、三度程問い質したい気持ちに駆られたが、敷布を掴んだまま押し黙る。
 するとギンが、するするとにじり寄り、敷布を奪った。
「外に干してもうたんか?」
「…そうなんですけど…隊長、あの、お仕事は…。」
「そんなん、どうせ虚退治やん。終わらしてきたわ。」
 そのお力をどうぞ他のところで発揮して戴けると大変嬉しゅうございますと言いかけてやめた。そうしてギンは、敷布の裾を緩く掴むイヅルの手をやんわりと解き、敷布を放る。
「こんなんしゃあないやろ。洗い直しなんてせんでええ。こんまま乾かし。」
「それじゃあ湿気の香りがひどいじゃありませんか。僕が神経質なのはご存知のくせに。」
「どうせ一緒に寝るんやったらボクは気にせえへんよ?」
「ですから僕が嫌だと申し上げているのです。」
「せやから、ボクの部屋で寝るんやったら変わらへんやろって。」
 咄嗟に射るような視線を向けると、おお怖、と僅かに反応が返って来る。ギンは茶化すような笑顔を浮かべた後、敷布を拾い上げて広げたところであったイヅルを、そのまま抱き締めた。
 まるで敷布を巻き付けるようにされたために、少しばかり肌を冷めた空気が掠める。
「たいちょ、つめた…。」
「こうしとると、匂いやなんてそない気にならへんのとちゃう?」
「それはそうですけど…。」
「そんならええやん。」
 どうせイヅルが一人寝することなんてないんやし、と笑むギンを忌々しげに見つめてから、花が綻ぶようにして口唇を緩める。
「こない天気やとどこにも行かれへんなあ…。」
 そのまま体制を崩し、イヅルを膝に乗せるような体制になってからギンが残念そうに呟いたので、ギンの袖を軽く掴み、胸に頭をもたげさせてイヅルが呟く。
「今日はこのまま、お休みしてしまいましょうか?」
 ふふ、と悪戯めいた笑顔を向けられ、ギンが困ったように眉をひそめて微笑む。全くこの子は、と、呆れるように呟いてイヅルを抱き直した。口付ければ、部屋の中はひっそりと雨の芳香に満ちる。



 そろそろと、気を配るようにして雨がぽつりぽつりと息を潜めた。




眠りを鬻ぐ。(369副官。修→イヅ)



 副官室というものはいつの頃より仮眠室に変貌を遂げたのであろうと顔をしかめると、伸ばしかけた手を恋次から制された。どこからも吹き込む風はないのに、傾けられた頭から定期的にさらりと髪が流れる。


「疲れてるんですって、コイツ。」
「例によって隊長の世話でか?」
「それもありますけど…まあ、隊長の世話ってことかな。アレも。」
「待て、それ以上言うな。」


 無理はさせてないみたいっスけど、と恋次は笑うが、無理をさせていなければどうしてこのようなことになるのであろう。


「先輩はちゃんと寝れてんでしょ?いいなあ、うちの隊長も意外とぼけーっとしてるから仕事あんま早くないんスよね。」
「まあ…東仙隊長はそこにかけては真面目だな。」
「吉良はいつも言ってるんスけどね、隊長はいつも優しいって。」
「…信用出来ねえな。」
「まあ、そりゃあそうっスよね。」


 これ以上甘ったるい話なんて聞けるかとばかりに修兵は視線を背ける。が、するとイヅルまで視界から外れてしまったので、やや不本意といった様子で顔の向きを戻した。恋次はそれを、可笑しそうに見ている。


「先輩が労わってやったらどうっスか。」
「そうだな、俺の睡眠を分けてやりたい。」
「無理言わないで下さいよ…てかそれイヤミっスか。」


 お前らの心労なんて俺にどうしろっつーんだ、と毒づきながらも、目前を染める金糸をさり気なく指で掠める。すると僅かに動きが見られたので少しばかり不味いと思ったが、ふとイヅルの目の色を拝みたいという衝動に駆られ、不覚にもそのまま肩を揺らしてしまいそうになった。




■あとがき■
 短文寄せ集め。勝手設定が飛び交っていてすみません。何か皆おかしくてすみません。(コラ)

護人の故。~分けいづる者の名は~:前編(ギンイヅ、日乱)

2006-01-29 17:31:53 | 過去作品(BLEACH)
*「百鬼夜行抄」のパラレルです。第一作目はこちらからどうぞ。





違うてはならぬ 違うてはならぬ
己のあるべきその場所を
隠してはならぬ 隠してはならぬ
我が御心の住む場所を





 旺盛な太陽であった。涼やかな空から、細く淡い光が差し開き、まるで空そのものが咲きゆくようである。このような日和ならばお隣の杉の木が肢体を照らし、さぞ美しかろうと思う。確かその向こうの家には大変立派な池があった。
 そのようなことに思いを巡らせつつイヅルが窓を開くと、いかにも眩そうに顔をしかめてギンが布団から顔を出す。自分の部屋の布団を片付けてからギンの部屋に赴き、換気をするのが数年前からの日課である。
 早くに父を亡くし、頼りの綱であった母も数年前に他界した。親類縁者もおらず、けれどもそれと入れ替わるように、障子の飾り絵としてひっそりと番を行っていたギンが実体として現れたのである。しかし妖怪というものは、なにか媒体がなければ人間のように実体化することが出来ない。何を媒体にしたのかは、あまり考えたくないものである。
「市丸さん、朝ですよ。」
「…何やの、一緒に寝よ言うてもすぐ嫌や言うくせに、こないな時はさっさと入り込んで来よってからに。」
「当たり前でしょう、冗談に付き合っている暇はないんです。」
「冗談言うてもちゃあんと頬染めてくれるとこが好きやで。」
「…冗談に付き合っている暇はないんです。」
 まるで自分自身に言い聞かすかのように繰り返す。
 母が亡くなってからはこの妖かしと二人で暮らしているのだが、何にしろ妖かしである。取り込まれぬように取り込まれぬようにと気を引き締めるが、喰われてしまえばそれも意味がない。けれどもイヅルは、それこそ隙あらば喰らおうという心持でいるギンに敵うかどうか自信はなかった。何せ相手は幾ら若く見えたとしても、うん百年人や妖怪問わず喰らい続けてきた老妖である。
 少しばかり霊力の才があるからといって、いかに自分が抗おうとも敵わぬということは知っていた。だからこそ歯痒くもあるが、今のところギンはイヅルを喰おうとは思っていないようなのでそれほど忌避してはいない。
 ギンの「喰らう」という意味合いとイヅルの「喰らう」という意味合いが全く異なっていることを知る者は、残念ながらギンのみなのであるが。





 吉良家の隣には立派な杉の木を携える松本家があり、そのまた隣には広く美しい池を携える日番谷家がある。古くより仲睦まじくしていた両家であったが、ここのところどうやらあまり折り合いが宜しくない。聞けば松本家の杉の木が育ち過ぎたお陰で日番谷家の敷地を狭くしていたので、日番谷家が新しい塀を造ることになったのを機に切り倒してはくれまいかと頼んだが、松本家はそれに激怒した。そうこうしているうちに日番谷家の方も逆上し、取り返しのつかぬほどの仲違いとなったのだ。
 そうして、そのままの仲が続いていたある時、松本家の主人がふとしたことから命を落とした。何せ突如として倒れたこともあり、臨終の際残された言葉もない。
「…じゃあ、大人しくしてて下さいよ。」
「何やの。お隣と仲良うしはってたんは景清さんとシヅカさんやろ。なしてイヅルが葬儀にやら行かなあかんの。」
「仕方ないでしょう。家が近いとこんな田舎では色々あるんですよ。」
 山中の田舎などでは特にそうだ。住民全てが遠きところでは血縁関係にあるという場所で、遠方ならまだしもまして隣家の葬儀に出席せぬわけにもいくまい。確かに大学受験の最中であるイヅルにとって、学校を欠席するというのは多大な損失を買うのだが、こればかりは仕方がない。
 ぶちぶちと背後で呟くギンを尻目に、濃淡の見られぬ漆黒の背広を羽織る。しっかりと襟まで整えた後に鏡台の前に立つが、似合わぬことは百も承知であった。
「暑苦しい格好やなあ。」
「…今は春です。」
 けれども寒暖をまるで感じぬギンにとっては、二枚も三枚も重ね着をしているイヅルが信じられないといった様子である。布団の上であるということを除いたとしても、寝巻き一枚のギンは未だ見ていて寒い印象を受けた。
 喪服の上から軽く上着を羽織り、葬儀に持参するべくこもごもとしたものを持つと、念のため施錠を施してから家を出る。春といえど二月の終盤である。扉を開けた瞬間に頬を掠める風は依然として寒々しかった。





 葬儀の席では泣く者の姿も多く見受けられたが、当の家族達には一人として涙を流す者がおらず、どちらかといえば主人の死が未だ信じられないといった様子である。悲しみが連なると泣けぬとはよく言ったものだが、それともまた違う。主人が死んだことを、根底から訝しく思うような風情であった。
「この度は、ご愁傷様です。」
 イヅルが声をかけると、大層驚いた様子で夫人が顔を向ける。そうして、一瞬固まってから顔を綻ばせた。
「あ、申し訳ございません。ぼ…いえ、私は、」
 名乗らず分かるものかと、そこで気付いて少しばかり恥ずかしく思いながら謝罪し、名を告げようとするとそれを制される。
「吉良さんとこのイヅル君でしょう。シヅカさんによく似ておいでだわ。」
「はい、父母もこちらとは仲良くして頂いていたようで…。」
「まあまあ、ご丁寧にどうも。すっかり綺麗になったわねえ…。」
 綺麗に、という言葉に少しばかり曖昧に笑む。まるで女性を賛美するような言葉の連なりに昔は戸惑いを隠さなかったが、それを臆面に出すことはなくなった。それもこれも、この頃のギンのイヅルに対する文句に慣れきったお陰ともいえる。
「でも、ねえ…。未だに信じられないのよ。あんなに元気だったのにねえ。」
「…何が起こるか分からないものですね、本当に。」
 そう言って視線を周囲に向けると、日番谷家の主人があまり具合の宜しくない風情で俯いている。どうしたのかと思ってみれば、彼が耐えるように手を握り締めた途端に身体が傾いた。
「…日番谷さん!?」
 周囲の人間は皆走り寄って名を呼んだが、それすらも聞こえぬようにして穏やかに彼は目を閉じていた。





 日番谷家のご主人の急死に伴い、イヅルはやはり葬儀に出席せねばならぬであろうということになったが、丁度試験日であったために今回は免れた。けれどもその後日、先日葬儀の席で言葉を交わした夫人が吉良家を訪ねてきた。
 夫人は葬儀の時よりも数段痩せ衰えたように見え、顔の色は蒼白であった。するとこちらから事情を問う前に、夫人の方から口を開かれる。
「…ご免なさいね、突然訪ねてきてしまって…。」
「いいえ。」
「それでね、あの、こちらの亡くなったご主人…あなたのお父様は、お祓いなんかに詳しくていらしたでしょう?」
「ええ…まあ。でももう父は他界致しましたし、この家にはもうそのようなことに詳しい者は…。」
 言葉を濁らせると、嘘を吐けとばかりに傍らのギンが眉をひそめる。当然の如く夫人には見えていないが、何があるか知れないので、このような時ギンは常に傍らで息を潜めていた。最も、見鬼の才を持たぬ人間が相手ならば、だが。
「いいのよ、ただちょっと気になることがあって…。」
「え?」
「うちの主人が亡くなったすぐ後に、日番谷さんとこのご主人がお亡くなりになったでしょう?だからちょっと気味が悪くて…うちの主人はともかく、日番谷さんはもっとお若かったし。」
「そうお気を落とされずに…きっとただの偶然ですよ。」
「そうかしら。でもね、死ぬ間際、うちの主人のコートのポケットにいつも松の花が入っていて…。」
「松の花?」
「ええ…日番谷さんに聞いてみたんだけど、ご主人もそうだったって…。」
「でも松は、長寿の木でしょう?」
「ええ…でも、松の花の時期には少し早いのに不思議だと思って…それに松って、『神の寄る木』とも言うでしょう?だから祟られたんじゃないかって怖くて…。」
「神の寄る木…。」
 古来松というものは、神聖な木として珍重されていたらしい。確かに松竹梅というように、めでたい木だということは知っていたが、そのような曰くは初耳であった。この夫人は博識なのだなと感じるが、それとも、このような場所に長年住まっていれば自然と身に付くものなのであろうか。
「…僕も出来るだけ父の書物などを検分してみます。何か分かりましたらお知らせ致しますので、ご連絡先だけ教えて頂けますか?」
 ただの偶然と考えるにしては、確かにことが出来過ぎているような気もする。イヅルは用意した紙とペンに簡単な電話番号のみ記入してもらうと、腰を上げた夫人を門まで見送った。





 休日ではあったが、否、休日であるからこそと思いそのままになっている景清の私室を開き、それらしい文献を漁ってみる。けれども目ぼしいものがないばかりか、中には蚯蚓のように歪んだ文字が並ぶものまであり、解読し難い。そもそも日本語かどうか怪しいと思われるものまである。むしろ、果たしてこれは人間の使う言語なのであろうかと訝しく思っていると、影を潜めるようにして背後からギンが進入してきた。
「そないな本漁っても何にも出て来ぃへんよ。」
「…分からないじゃありませんか。それともこの本、あなたは読めるっていうんですか?」
「はっ…貸してみい。」
 そう言ってイヅルの持つ書物を奪うと、一通り目を通してからそれを放り投げる。そしてまた別の本を手に取ると、同じように検分してから再び投げた。何てことするんですかとイヅルは抗議の声を上げるが、何ら頓着した様子はない。
「駄目やね、ここの本には何も書いてへんわ。大体キミのお父上いうたらまじないやらの本ばっか残しとる。妖怪やら神さんと会うた記録なんて全然残してへん。お祓いもそうや。あの人はみんな独学やった。」
「…でも、じゃあそれでどうしろっていうんですか。」
 鋭い眼光をギンに向けると、ギンはイヅルの上着のポケットがやけに膨らんでいるのに気付き、ふっと口の端を上げた。その視線を浴びてイヅルが中を確認してみると、松の雄花がいくつも入っている。淡黄緑色のそれは、花らしい形状をしてはいないが、跡を残すようにして花粉を撒いていた。
「松の―…。」
「ほんまに捕まえよう思うんやったら、直に触れ合わんとあかん。」
「捕まえようなんて思っていません。ただ、この先何事も起こらぬようにしたいだけです。」
「どっちにしろ、それが入ってたいうことは目ぇ付けられたんよ。関係ない言うてはおれへん。今日は眠らんようにしとき。眠ってしもたらやられるで。」
「でも…。」
「部屋の外にはボクがおるやろ?」
 宥めるようにイヅルの頭を引き寄せてから、淡い色の髪に口付ける。するとギンの言葉を肯定するようにして、イヅルがそっと目を伏せた。





 布団に潜りつつ眠った振りをし、やんわりと息を殺す。襖の向こうから聞こえる音は何もなく、ぬらぬらと揺れる真紅の闇のみが辺りを支配していた。けれども微かに感じる力だけは確かだ。そうして暫くすると、ぎしぎしと鳴る音が僅かに聞こえてきた。
(来た…?)
 ゆっくりと瞳を開けば、目前に広がるのはぎょろりとした巨大な目である。それに驚き、慌てて身体を起こすと、幾つもの妖かしがこちらへ向かってくるのが分かった。想定外の数に、思わずギンの名を呼ぶ。
「いっ…市丸さ…市丸さーん!!」
「…そない大きゅう言わんでも聞こえとるわ。ご近所迷惑やないの。」
 すぱんと襖を開く音が聞こえ、すぐさま手でいとも簡単に妖かしを払い除ける。あのように数があったのに、と驚いていると、一掃したギンがこちらを向いて言った。
「あないまやかしに騙されるんやないよ。ほんまは一匹だけや。」
 また来るで、と言われ外を窺うと、今度は小さな妖かしではない。軽やかな足取りで駆けてきたものは、まるでギンの変化した姿と同じような獣であった。しなやかな肢体にはひどく艶かしい亜麻色の鬣が流れ、足は逞しいというよりも繊細で今にも折れそうにしている。少しばかり吊り上がった端正な瞳を見れば、おそらくあれは猫であろうとイヅルは思った。
「…やっぱりお前やったんやなあ。乱菊。」
 ギンの言葉に、イヅルが驚愕したような顔を見せる。ギンは夫人の話を聞いた段階で、それが何であるのか分かっていたに違いない。ましてそれが知り合いならば、書庫であのような態度を取ったのも頷ける。
 猫は肯定するかのように目を細めると、ゆっくりと姿見を変化させた。艶やかな風貌をした、獣の姿に勝るとも劣らぬ美しい女である。そうして、口唇に意味深な笑みを浮かべると、おもむろに答えた。
「随分とご無沙汰じゃないの…ギン。」
「せやかて、主人と一緒やないと仕える家から出られへんのやから仕方あれへんやないの。」
 人間に憑依すれば別だが、とイヅルに視線をやれば、いかにも不本意といった表情でイヅルが顔をしかめた。
「…お知り合いなんですか?」
「ええ、古い知り合いよ。」
「どうして人を殺めるようなことを?」
 見る限り、悪いものではなさげなのにも関わらず、何をしているのだろうと思い尋ねる。すると乱菊と呼ばれた妖猫は、哀れむような表情をしてイヅルの方を見据えた。
「殺めたわけじゃないわ。あの家の人間は、あの木を切り倒したから死んでしまっただけよ。」
「え…?」
「あたしはね、立派に育っている木を住処としている妖かしなのよ。だから松本家の先祖と契約して、あの木を貸してもらっていたの。その代わりに、あの家の人間を長年護り続けてきたわ…。でも、あの人達は容易く木を切り倒してしまった。別に恨みはなかったけど、妖怪との契約を破ればその家の人間は滅びるっていう仕来たりになってるから、こればっかりはね。」
「じゃあ、日番谷さんのところは…?」
「あたしは何もしてないわ。でもあそこには大きな池があったでしょう?旦那さんが亡くなって庭の相続税が大変だからって、庭を半分切り売りすることにしたんだそうよ。でもあれだけ大きな池だと手入れが大変で売りにくいだろうからって、池だけ埋め立てることにしたって…。」
「もしかして、あの池にも何か?」
「ええ、日番谷の人達も契約を裏切ったのよ。それもあたしみたいなただの妖かしじゃない…龍神との契約をね。」
 ギンや乱菊のような妖かしでさえ、長寿であることもあり大変強大な霊力を誇る。けれどもそれが神ともなれば、例え幼くあろうともギンほどの力はあると思われた。おまけに日番谷といえば屈指の旧家である。それを考えれば、どれほどの龍神が潜んでいるかなど恐ろしくて考えたくもなかった。
「…何や、ボクは日番谷のお人らもお前が殺したんやないかと思うとったわ。」
「あら、あたしは誰も殺めてないって言ってるじゃないの。大体何であたしが仕えてもいない家の人間なんて殺さなきゃいけないのよ。」
「何でて、よう言うわ。あの人の住処奪うた人間なんやから、てっきり乱菊も怒っとるんやないかと思うたんやけどなあ?」
 ギンの言葉に、乱菊が微かな嘲笑を見せる。それは肯定とも取れたし否定とも取れた。イヅルは話に付いて行けず少々不安げな顔を見せたが、ギンがこちらを向いて心配するなと言うように笑んだので、黙っていた。





奪うてはならぬ 奪うてはならぬ
天のお人の住む場所を
慕うてはならぬ 慕うてはならぬ
天のお人は遠き人


*後編に続く


■あとがき■
 次はギンイヅにとっても日乱にとっても意味ありげなお話になります。赤間藍染が出てくるのはいつだよ!(笑)そして司ちゃん桃が出てくるのはいつだろう…。
 そして次の話の後が、今拍手に入れてる番外編に続くわけですね。(早くしろ)あ、あまり面白くない理由ではあるんですが、乱菊さんや日番谷君がなぜ仕えてる家の苗字なのかは次の話で明かす予定です。いや、あんまり捻った理由じゃありませんよホントに。(笑)

イヅルの日ですってよ奥さん。

2006-01-28 18:06:32 | 過去作品(BLEACH)
 126(イヅル)の日ということで、今更ながらイヅルの日ネタ。(笑)

三やら四やらは席番号。「隊員」は三番隊隊員全員で。(笑)



 朝からガヤガヤ三番隊。何やってんだか三番隊。こういうときって大体隊長か三席が火種なんだよね三番隊。


 そんなわけで、朝早くから皆様ご出勤です。イヅルが出勤する前から皆様ご出勤です。(笑)


市「…どうしたらええと思う?」
三「とりあえず何か吉良副隊長が喜ばれそうなものを贈られたらどうですか。渡す係は私で。これだけは譲れませんから。
市「(無視)…ちゅうかな、それ以前に今日は去年のボクの誕生日から約150日記念やねん。
隊員「あんたのかよ!!!
三「せめて吉良副隊長のと仰れば宜しいのに…。」
市「何言うてんの、毎年イヅルがおめでとう言うてくれる貴重な日やぞ。ちゅうわけで、ボクとしてはそろそろこんなんどうかと思うとるわけなんやけどNE☆
隊員「却下。


市「イヅルが一番喜ぶもん言うたらコレしかないやろ!?」
隊員「婚姻届ならまだしも母子手帳ってアンタ。(アンタ呼ばわり)
三「大体どこからせしめてこられたんだか…。」
五「むしろここのサイトはそれしかネタがないのか…。」
市「せやけど結婚5年目、そろそろ子供が欲しいやん?」
四「いつ結婚したんだよコラ。

 既に礼儀なんて知りません☆態度。(コラ)


三「大体母子手帳というものは本来お子様がお生まれになった後に頂くものであって…。」
市「そうか!まず子供やね!せやったらプレゼントは子作っゴッフゥ!!
乱「朝から公共の場で何を言っているのかしらねコイツは?」


三「松本副隊長!そうですねはじめから貴方様に伺っていればこんなことには!」
乱「…何よ、あたしは久しぶりにすごい早く目が覚めたからご飯を食べに行くところなのよ。だけどここを通りかかった時にコイツがこっ恥ずかしいことを大音量で喋ってたからいてもたってもいられなかっただけよ。
市「こっ恥ずかしいレベルやったらお宅の隊長さんも張れるで。
乱「お黙り。煮卵にするわよ。
市「なして煮卵…。」
乱「丁度食べたくなったんだもの。」


乱「それで?アンタ達は何をしてるわけ?」
三「実はですね…今日は1月26日にございましょう?」
乱「そうね、それで?」
四「…略すと126っすよね?」
乱「ええ、だから?」
五「吉良副隊長のお名前はイヅルさんですよね?」
乱「そうよ、で?」
六「ですからそのお名前を数字で語呂合わせにすると126ですよね?」
乱「まどろっこしいから早く言いなさいよ。」
三「そのような理由から、三番隊では12月6日と1月26日は吉良イヅルデーと称されているのですよ。
乱「そこはかとなく電波な話題ね。
市「せやけどな、12月は色々ゴタついとって出来へんやったから、今月はイヅルに何かしたろう思うて…。」
乱「ここは常に吉良イヅル愛護デーみたいなもんなんだから今更いらないんじゃないの?全く恥ずかしいわね、もう…。」
市「恥ずかしい恥ずかしいて、もし乱の名前が数字で語呂合わせ出来るヤツやったら毎年十番隊には松本乱菊デーあるで絶対。
乱「そんなもしもはいらないわ。っていうか、お陰様で毎年菊の節句になると餌食にされてるけど何か?
市「主に隊長さんとか隊長さんとか隊長さんとかやね。」
乱「そうよ。しかも菊の節句の次の日があんたの誕生日っていうのが更に眉間の皺を増やしてるのよ。」
市「ああそう…。」


三「とにかく、吉良副隊長が喜ばれそうなものはございませんか?」
乱「そうねえ…酒とか。
市「明らかに飲めへんイヅルが自分とこ持ってくんの期待しとるやろ。
乱「ああもううるさいわね…。そんなのあんた達が勝手にやってる祝日なんだから休みでもくれてやりなさいよ。」
市「嫌や。ボクのおらん日に非番やなんてボクが耐えられへん。」
乱「そもそもアンタが吉良にやってる休みは全然休みになってないのよ。
市「なっ…ちゃあんと休みの日はボクが食事作るし家事するし庭の手入れもやりよるのに!!出かける時も着物新調したるし!
四「家族サービスしてるお父さんみたいっスね。
乱「そんなんだからここのサイトのアンタはへタレって言われるのよ!うちの隊長なんてねえ…うちの隊長、は…。」
市「どうせ同じようなモンやったんやろ?」
乱「うっ…うるさいわね!とにかく吉良なんてあと2ヶ月で誕生日なんだから何かやろうなんて思うんじゃないわよ!」


退場。(笑)


三「ああ、行ってしまわれた…。」
五「もうさあ、この際デパートの商品券とかでどうだろう。
四「いや、主婦じゃねえんだから。
五「そうかなあ。結構喜ばれると思うんだけどなあ…。」


イ「おはよう…わ、隊長いらしてたんですか!?おはようございます!」
市「おはよ。」←ヤバイなーと思っている。
三「お早うございます吉良副隊長。」←気付かれてないとは思うけど、結局何も用意してねえなーと思っている。
四「おめでとうございます吉良副隊長。」←何もかもが入り混じって錯乱。
五「おめ…お早うございます吉良副隊長、今日もバーゲン日和ですね!」←錯乱その2
六「お早うございます吉良副隊長!ダメじゃありませんかこんな早くから!もう一人のお身体じゃないんですから!!」←脳に母子手帳が降臨した。


イ「お、お元気なようで何よりです…。」
隊員(何かおかしいと思っててもツッこまないあなたが大好きです!!


 結局126デーは何も出来ませんでしたというオチ。まあ年中吉良イヅル愛護月間ですから。(笑)
 きっとイヅルはこの後「よしよしこんなヤツらほっといて俺と朝メシでも食いに行こうなー」と檜佐木先輩に攫われるに違いない。(コラ)

アニメ感想65話。

2006-01-25 19:44:20 | 過去作品(BLEACH)
*今週は完全に趣味に走ったシーンしか語っておりません。(汗)









 メー!(奇声)


 ちょっとちょっとちょっとおおお!!!!(落ち着け)


 えー、色々ありまして先週は見れていなかったのですが、何だあのオリキャラの女の子…!何だっけ名前!(最悪)
 スタッフさん、これ以上金髪碧眼を出してどうするつもりですか?イヅルと乱菊さんを出しておくれよー。


 乱菊さんとイヅルの姉妹っていうんだったら許してもいいです。(それ以前に何かに気付け)乱菊さんが現世に来た時お姉ちゃんと言ってみたり「あれ?イヅルお姉ちゃんは?」と言ってくれたりするんだったら許し(星へ帰れ)
 おっとっとイヅルお兄ちゃんと書くつもりがうっかり手が滑ってしまったYO!(明らかにわざとだろ)
 すみませんいつも以上に調子に乗りました。(死ね)


 
 というか、織姫の家にカップが二つあった時、素で十番隊が二人でお茶を飲んでいたんだと思ったアホがここにおります。(黙れ)
 しかも「織姫の顔見知り」という説にうっかり勝手に確信を覚え、「えええ向かい合わせでお茶飲んだの!?どっちが入れてあげたの!?←コラ)とか思った病人がここにおります…!!(自虐)
 でもあれじゃんか考えてもみれば顔見知り=織姫も一緒にいるってことなんだから二人ってありえねえじゃん…!(自分ツッコミ)orz



 どうでもいいことですが、近頃市丸さんがなかなか現れないのは、イヅルが現世に訪れる時を狙ってるんじゃないかなあと思い始めました。(レッツポジティヴシンキング)



 そしてシゲクニが「元五番隊隊長」だの「元三番隊隊長」だの「元九番隊隊長」だの言ってるのが居た堪れないのでやめて欲しいと思う今日この頃です。(涙)畜生むしろ藍染様やら市丸様やら日番谷様やら(?)とお呼びして下さいシゲクニ!(総隊長は呼び捨てにする女)
 シゲクニの有難みは分かっているつもりです。が…!!!(しかし尚もシゲクニ)いや、山本総隊長ってうちのパソコン一発で変換出来ないんですって!でもシゲクニは出るんですって!(謎)
 どうでもいいことですが、東仙さんは東仙さんがいいです。破面も東仙様とか呼ばないで欲しいんです。何となく要さんとかの方が好きなんです。(やはり謎)


 
 それにしても織姫の身の安全を気にするようなことを雨竜が言うたびに無駄にトキメキを覚えます…。このフェミニスト!このフェミニスト!(笑)
 でも鰤の男性キャラは基本フェミニストなような…。女の子にヒドイことする人あんまりいないような…いえ私は充分に覚えてますけどね!桃刺した人とかルキアの首根っこ掴んだ人とか!!(涙)←同一人物なところが痛い



 ED…本来死神が出るべきところで無駄にあの乱イヅジュニア(コルァ)が出張っているのが非常にウザ(好きですよ!好きなんですよ…!笑)
 いえ、あの子はとても可愛いですよ。ただアニメスタッフにもう少し死神を出して欲しいなって…!(笑)


 
 そんなこんなで、無駄に下らないところばかり語ったような気もしますが(今更)来週からは絶対観ようと心に誓ったのでした。(笑)だっていつ何があるか分からないんだもの…! 

護人の故。(ギンイヅ)*パラレル注意

2006-01-15 21:02:48 | 過去作品(BLEACH)
*「百鬼夜行抄」のパロディーです。設定などは多少違いますが、話はほぼ同じです。女装、妖怪奇憚モノが苦手な方はご注意下さい。




散る花は浅はかに映ゆ。
保てば手折ってもらえるものをと、
散る花は浅はかに映ゆ。




 父は物書きである。特に怪奇を題材にしたものを手がけ、人間と妖怪の共存する日常を書くことに殊の外長けていた。小説の様子があまりに如実であり、まるで直に触れてきたかのような錯覚を読み手に覚えさせるので、幻想小説で高く名を上げている。けれどもそれが仇となり、事実妖怪と心を通わせたのではないかと噂をされたこともあった。しかし読者の数は減ることがなく、日々執筆に忙しくしている。
 それでも日に日に身体は衰え、この頃は本来の歳よりも二十は老いて見える。精悍で整っていた容貌は頼りなげになり、そのうち私はそろそろ寿命であると母やイヅルに触れ回るようになった。母であるシヅカははじめ取り合おうとしなかったが、実際に衰えてゆく夫を見ながら確信を持ったようだ。何があっても心配せぬようにと、とうとう母までイヅルに言い聞かすようになった。
 そうしてそれから一月が経過し、父が亡くなった。イヅルは細々と涙を流したが、驚きはしない。元より何かに魅入られたような父である。恋しくはあるが、なぜ死んだのか分からずとも仕方がないと諦めるよりほかなかった。
 イヅルはまだ七つであったが、それ程の子供にしては冷めていると言われることがままある。この時もそうだ。葬儀の席に現れた親類の皆々より、「お父さんが死んだのに悲しくないのかい?」という言葉を賜った。確かにイヅルは泣いたのだ。けれども皆にしてみれば、もっと泣き喚くものであろうと言いたいらしかった。
 



 父の初七日に七人の客が現れたのは、夕闇も過ぎた頃のことである。生前より自分が永くないことを知り、通夜に葬儀にと全て手配した父の残した、最期の遺言であった。軽い食事と酒を用意し、我が友人をきっちり七人、初七日の日に迎え入れてやってくれ、と。
 十二時の刻限が過ぎれば宴は終了するらしい。イヅルはその間、蔵の中で身を潜めることを強いられる。父の意図するところはまるで分からなかったが、母から「いい子に出来るわね?」と問われた時には聞き分けよく応じた。
 施錠まで施された蔵の中は、灯りが浸透しているために程好く温かい。今日この日は必ず紅い着物を身に付けるようにと、それも父の遺言である。そういえば、とイヅルは思いを巡らせた。今より幼き頃、父はよく口にしていた。「紅い着物は魔を退ける」と。
 囚われているわけではないので、手足は自由に動かすことが出来るし窓の外も充分に窺える。イヅルは格子のない部分を探し、そこから顔を覗かせると夜の様子を垣間見た。するとあちらから、黒い紋付袴を身に付けた者が歩んでくる。後方に見える黒い着物はおそらく女性であろう。
 けれども彼らがこちらへと近付いてくる度に、何やら違和感を覚えた。皆一様に首から上が人間ではない。否、よく見てみれば着物以外の部分はやたら爪が尖ってみたり、水かきが付いていたりで尋常とは言い難かった。
(うちのお客様…?)
 間違いかとも思ったが、この辺りで供養をしている家といえば吉良家しか存在しない。そうして確かに、異形はイヅルの家の門を抜けてくるのである。
 不審に思い、内鍵をそっと開いて外に出る。見つかれば叱責は確実なのではないかとも思うが、気にしてはいられなかった。そうして玄関の脇まで来ると、物陰から様子を窺う。
「いらっしゃいませ。」
 聞こえるは母の声だ。見れば異形の面々は、これまでとは異なり皆人の姿を見せていた。成る程変化か、と思うがいかんともしがたい。
 母に知らせるべきか迷いつつ家の中を散策していると、突如として目の前が暗く病んだ。はっとして目を見開くが、そこに何があるのかは判別し難い。しかしすぐさま辺りは明るみを取り戻した。どうしたのかと周囲を見回すと、目前に痩身の男の姿が見えた。
 今日招かれている客の層からしてみれば、やけに若い。同じように黒い紋付の羽織袴を纏い、いかにも寒そうに袖の中に手を入れ歩んでくる。そうして目を離さずにいると、向こうがイヅルの存在に気付いた。
「お譲ちゃん、この家の子?」
「はい、そうですが…あなたは?」
「景清さんにお呼ばれしとるんやけどなあ…。」
「…精進落としのお客様なら、お座敷はあちらです。」
 今日呼ばれる客は皆精進の後なのだと母は言った。肉を喰わず、身を清めるような生活を送っていたのであると。けれども父と懇意にあるからといって、そこまでするとはどのような知り合いなのであろうとイヅルは訝しく思ったのを覚えている。
「…あれ?」
 案内した先で、思わずイヅルは声を上げた。
「何や、席が埋まっとる。」
「…申し訳ございません。母に、」
「ええよ。」
 言いかけたところで口を阻まれた。元より精進落としが目的ではないという風である。すると男は、何か思いを巡らせるような様子で闇の中へと再び消えていった。
 イヅルは尚も障子の向こうを窺っていたが、話し声はよく聞こえない。けれども今日招かれた客達が、一様に只者ではないということは見受けられた。
『ああ腹が減った。』
『全くだ。景清は一体何を考えているのやら。』
『そういえばあれはどうした?』
『あれ?』
『ああ、化け狐の坊はどうした。』
『ああ、奴か。…ほんにどうしたものやら…。』
 招かれていないわけではあるまい、と、やや白髪の混じる頭を覗かせながら男が言う。するとまた別の者も、どうしたものやらと頭を巡らせた。




 イヅルは先程の男の姿を追いながら、昔のことを思い出していた。今より更に幼い、三つか四つの頃である。周囲に目ぼしい家もなく、イヅルは独りで遊ぶことに慣れていた。しかし、いつものように独りで庭の木などを弄くっていたところに、小さな異形が現れた。
 頭にちょこりと角を付けた、実に可愛らしい異形である。けれどもそれを見た父は触れようとしていたイヅルの手を制した。
「じっとしておいで、すぐにどこかへ行ってしまうよ。」
「父上、あれは何か悪いものなのですか?」
「そうだね…今は害がなくても、いつかは何かあるかもしれない。こちらが気が付かなければあちらもこちらに気が付かないものなんだが…見える人間はね、利用されることもあるし利用することもある。」
 あの頃は今より世を知らぬ子供であった。よって父の言うこともよく分からなかったし、分からなくとも支障はないと思っていた。すると、父は更に続ける。
「困ったなあ、お前は私に似たらしい。勿論私の傍にいれば何かあることもないが…私に何かあった時には、お前は誰が護るんだろう。」
 哀しそうな声で言う父を見つめながら、自分の身など自分で護れますと答えるつもりであった。けれどもあの時は、どうしてかそうすることが出来なかったのである。




 何かするでもなくひたひたと廊下を進んでいると、ようやっと前方に先程の男を見受けた。けれどもその様は、まるでイヅルのことを待っているようにも見える。男は細められた目を更に細めて顔を綻ばせた。
「…父は本当にあなたをお呼びしたのですか?」
「本当や。景清さんが何やご馳走してくれる言うからお邪魔しとるんよ。」
「あなたのお名前は?」
 イヅルが問うと、男は細めた瞳を一度開いてから、再び細め直すと口唇を吊り上げる。畏怖すべき表情であるのにも関わらず、どうしてかイヅルには人間にはない美しさを孕んでいるように思えた。
「お譲ちゃんのお名前、先に教えてくれはったら教えたるよ?」
「…教えませんよ。」
 おそらく異形であろうと分かっている男に名を知らせることは自殺行為に値する。けれども男が面白そうな表情を浮かべたので、イヅルは少しばかり溜息を吐いて一つ提案をした。
「こうしましょう、あなたが私の名を当てられたら、私はあなたの言うことを何でもききます。でも私が先にあなたの名を当てたら、あなたも私の言うことを何でもきいて下さい。」
「…ほんまに面白い子やねえ…ええよ。」
 不快に思っている様子はなかったが、男の表情は何か不思議であった。まるでイヅルの名を、遠い昔より既に知り得ているような印象を受けるのである。けれどもイヅルは今になって自分が言い出したことを曲げることが出来ず、背を向けた男に付いて歩き出した。




 男は客人の集まる座敷に再び戻ったかと思うと、そうっと襖を開けて中の様子を窺った。イヅルも同じく部屋の様子を覗いてみると、中の客人は全て異形の姿に戻っており、ひそひそと談笑を交わしていた。
『ああ、腹が減った。』
『たまらん、腹が減った。』
『この家の者が逃げ出す前に喰ろうてしまおうぞ。』
『待て待て早まるな。景清の供養も済んどらん。…狐の坊もまだ来ておらんことだしな。』
『狐なんぞ放っておけ。早う来た者から喰らうのが道理じゃ。』
 口々に言い合う妖かしの面々を一瞥し、男は密やかに笑みを深める。イヅルはそれを見て、初めて男のことを恐ろしいと感じた。
「…大分酒が回ってきたみたいやね。」
 呟くと、中の一人が堪らなくなってこっそりと腰を上げたのが見えた。
『ちょいと厠に行って来るぞ。』
 異形のものが厠などと、と訝しく思うところなのにも関わらず、酒の回った妖かし共は一様にころころと笑うばかりである。部屋を出た妖かしが、先に人間を捕まえて喰らおうと考えていることは一目瞭然であった。
 すると座敷から出て廊下を歩み始めた異形の頭を掴む手が見える。イヅルは目を疑ったが、確かにごつごつとした頭が、鋭い爪に裂かれる姿が見受けられた。
 恐ろしさに声も出せず、その場に膝をつく。先程の妖かしは確かにそれまで男であったはずのものの牙に噛み砕かれ、もはや塵のようになっていた。目前に見えるのは、長い手足を血に汚した巨大な狐である。細められた瞳は完全に見開かれ、赤黒い血色をしていた。
 狐は妖かしを始末した後、すぐさま人型に姿を戻し口元を拭った。
「…景清さんに招かれたんはボク一人なんよ。」
 狐は一言発すと、鋭い爪はそのままの手でイヅルの腕を引いて言い聞かせた。
「静かにせんとキミも喰うてまうよ?」
 イヅルはこくりと頷き、元より声の出ない口を更に押さえる。狐はそれを満足げに認めると、イヅルの腕を放す。するとイヅルは、呟くように言った。
「この家の人間に手を出すのはおやめ下さい…市丸さん。」
 市丸と呼ばれた男は、それを聞いておや、と眉をひそめる。驚いているようでもあったし、少しばかり悔しげでもあった。
「ようボクの名当てたね?」
「…父が、父の話に一番よく出てくるお名前でした、から。」
 契約だの何だのとそういったことはよく分からなかったが、父から異形の話を聞くのは好きであった。父の話はまるで自分が実際に妖怪と接しているようでとても不思議な気分にさせられたものだが、それはやはり全て本当のことであったのだ。
 そうして、父の話に最もよく出てくるのが、美しい銀糸の九尾の妖怪であった。こちらへ出てくる時には銀の髪をした背の高い男になっているんだよ、と聞いていたのに、なぜはじめに気が付かなかったのだろう。
「せやけど、市丸言うんは景清さんが足した名前なんよ。ほんまの名はギンや。」
「ギン…さん。でも父は、七ではなくて八が最も神秘的な安定した数だって…あなたもあの人たちのお仲間なのでしょう?」
「…そうやね、ボクも合わして皆お仲間やった。」
 イヅルが再び訝しい顔をしたのを見て、ギンが言葉を続ける。
「景清さんはな、自分の寿命使うて昔八匹妖怪呼び出したんよ。せやけど自分が死んだらどないなるか分からんて、ボクと死ぬ間際に取り引きしたんや。」


―…お前以外の妖かしを全て喰ろうてくれ。そうして、そうして―…


 迎えが来る間際の景清の表情は、穏やかなものであった。ギンはそれを思い出す度に、何やら不思議な心持になる。これから死のうという人間が、なぜあのような表情を見せたのか、と。けれども自分の目の先には、あの子がいるのだ。それを見れば、あの子の行く末に立ちはだかるものを取り去ることが叶って安心していたのかもしれぬと理解することが出来た。
「キミにもシヅカさんにも手なんて出さへんよ。それが約束や。」
「約束…?」
 きょとんと見上げるイヅルを目をやると、ギンはイヅルを抱き上げた。そうしてあることに気が付くと、忌々しげに呟く。
「…お前は女の子やないんやね、イヅル。」
「…え?」
「何が娘や景清さん…謀りよって。」
 益々イヅルの表情が疑念を深める。ギンはイヅルの背を一撫でしてから下に降ろしたが、イヅルの表情は変わらなかった。けれども何事もなかったかのように諭す。
「しゃあない、契約は契約や。引き換えに跡取り一生護る言うてしもうたからなァ。旧家の跡取りが女言うた時点で気付くんやったわ。」
 さも悔しげにギンが息を吐く。けれどもイヅルは何を言っているのか分からず、尚も大きく見開かれた瞳を湛えて首をこっくりと傾げていた。するとギンが更に言う。
「今夜のことは誰にも言うたらあかんよ。書いても駄目や。それがキミの約束。」
「…はい。」
 おそらく父から自分の名など聞いていたのだろうと思うと、馬鹿なことを言い出した自分を叱責したくなる。けれども何事もないようなので、先程の賭けはなくなったのかとほっと胸を撫で下ろした。言い当てたのは自分が先だが、知り得たのはギンが先であるのだから。
 ギンは知っていた。生ある人間が異形と接したことを他人に話せば、必ず寿命を縮めることになる。しかしそこまで考えて、否、イヅルは生涯人間であるわけではないのだから、あまり意味はなかったかと思い、ひっそりと口の端を上げた。
 
『そうして-…私の娘を一生涯護ってはくれないか。その代わり、成長すればお前の妻にしよう。人間の妻が欲しいと、お前は言っていたのではなかったか。』
『命があらはっても、化けモンの嫁なったら意味あらへんのやないの?』
『いや…いいんだ。生をまっとうしてくれればそれでいい…。それに、お前の嫁も悪くはないんじゃないかと思うんだよ。』
『…は、危篤なお方や。』

 何が嫁だ、とせせら笑うが、イヅルを見て感じた想いが変化することはない。時が来れば連れて行こう。必ず連れて行こう。そう思った。
 



 形だけの支度であったが、確かに七人案内をしたと母は言った。イヅルはそれを否定せず、ことの次第を説明してみたが、母は分かっていたようである。自分の夫が何をしたかったのか、あの日何が来るはずであったのか、だからこそイヅルを蔵にやったのである。そうして一言、「…仕方のない人」と呟いた。

 父は大層迷信深い人で、今年七つになるまで、イヅルは女子の着物を着せられて過ごしていた。翌年よりは男子として過ごすこととなる。
 ある時家の襖を見てみると、ひどく美しい銀糸の狐が描かれていた。それを見てギンを思い出したが、ギンはあれから「残りを喰ってくるわ」と言って去ったまま会っていない。しかし確かに、自分を取り巻くあまり宜しくないものが、いつの間にか喰われているのを感じる。
 そうしてイヅルは、時折襖を眺めては「ありがとうございます」と声をかけるのである。


 

咲く花は密やかに萌ゆ。
散れば離してやるものをと、
咲く花は密やかに萌ゆ。




■あとがき■
 青嵐が好きなんです。(黙れ)設定が美味しいと思ったら最期、書かずにはいられませんでした。(笑)
 青嵐は龍なんですが、市丸さんはやっぱり獣がいいなあということで狐にしました。多方面に同設定が見受けられるかもしれませんが、パクリではございません。(一応主張)
 実はこれ気長にシリーズ化というか、イヅルの成長した後を書きたいので第一部という感じです。
 おそらく次回は日乱が出てきます。妖かしで。(笑)

CPさんにくだらない質問。

2006-01-11 23:34:13 | 過去作品(BLEACH)
 本当は素敵な100質があるので、そちらを回答させて頂くつもりでいたのですが、とりあえず今回は適当にいくつか小ネタ程度に。(素直に時間がありませんでしたと言え)

 
 とりあえずご解答頂いているアンケで抜きつ抜かれつ(笑)な三番隊と十番隊を。


Q1:お互いの性別は?


~三番隊~

市「見たら分かるやろ。ボクは男でこっちは吉良イヅル16歳(大嘘)花も恥らう乙mや、軽いアメリカンジョークやてイヅル。
イ「乙女って何ですか乙女って!」
市「まだ最後まで言うとらんのに…見たまんまやないnイヅル!か弱い女の子が木刀とかあかんて!!
イ「誰が女の子ですか!誰が!!」


 
~十番隊~

乱「隊長が男であたしが女よ。見れば分かるでしょ?」
日「いや…実は逆だ。
乱「はぁ!?」
日「…と、言ったらどうする?
乱「隊長ギャグが分かりにくいんでやめて下さいよ。」


 相変わらずうちの乱菊さんはツッコミです。(コラ)



Q2:受が風邪ひいたらどうします?


市「そら、ボクも仕事休んで看病したるわv」
イ「…お仕事をされて下さい。
市「せやかてイヅル、一人暮らしなんやしボクがおらんとあかんやん。心配せんでもお粥はちゃんとふーふーして冷ましたるしリンゴはうさぎさんに切ったるし身体拭いたげるし夜は添い寝したるよ?…まあ元々二人暮らしみたいなモンやからええか。」
イ「そっ…そういうことは人前で言わなくていいです!」

 えっホントにそうなのかよ!?というツッコミはそのぅ…(笑)イヅルは猫舌だったら可愛いと思います。しかし別にふーふーしてもらわなくてもいいと思います。(書きながら流石にヤバイと思った。笑)
 さりげなくリンゴをうさぎさんに出来る隊長。(料理が出来なくてもこれは出来る←謎)可愛いとは思うけどホントはすりおろして欲しいイヅル。(笑)


~十番隊~

日「風邪か…。」
乱「ちゃんと看病して下さいよ?(笑)」
日「…とりあえず先に人肌で体温を確認ゴッフゥ!!!
乱「隊長さては酔ってるでしょ!?酔ってるってあたしは信じてますから!!!


 …いや、彼はシラフだけど乱菊さん(黙れ)つくづく変態ですみません。(土下座)これでもカッコいい日番谷隊長信者です。(説得力ねえー!)

茨の胸壁:全編(日乱、ギンイヅ)*パラレル注意

2006-01-07 22:05:01 | 過去作品(BLEACH)
*ラプンツェルの設定だけお借りしております。話は作り物です。




 あれを、あれを俺にください。
 ファウストだろうが何だろうが、今の俺の志向に勝るものはおそらくない。
 あれを、あれをボクにください。
 塔の上の魔術師も、まるで同じことを想っている。



 俗に王子と呼ばれる男がその声に誘われたのは、何ともはっきりしない日であった。聳える塔には見覚えがなく、空は霧で覆われ目前は棘の嵐である。さてどこへ行くべきかと思えども、道は塔の内部を辿るしかなさそうだ。塔を抜ければおそらくまともな道がある。けれどもそのよく通る美しい歌声は塔の上から響いていた。
 見れば塔の最も高い部分から、少しばかり癖のある亜麻色の艶めいた髪が流れている。訝しく思いつつも、もしやあれが梯子か、と考えそちらへ歩みを進めようとすると、背後から穏やかな声に呼び止められた。
「いけませんよ、あそこへ足をかけてはいけません。」
「…お前は?」
 塔から流れる金糸よりも、幾分薄い色の髪を持つ者であった。女かと思ったが出で立ちからすれば男のようである。片目を隠すように覆われた金糸からは、深い蒼の隻眼とか細い肩が覗いており、大層儚い容貌であった。
「この辺りの監査を職業としている者にございます。…貴方はもしや、行方知れずと噂の王子とお見受け致しますが…如何でしょう?」
「いかにも。行方知れずと噂されてるかどうかは知らねえが…日番谷 冬獅郎だ。」
「ならば尚のこと、あちらへご案内するわけには参りませぬ。」
「…案内されようとは思っちゃいねえが、あそこには何がある?」
 馬術中に馬が暴れ、終ぞここまで訪れてしまったのも宿命である。都市伝説の類であろうと構わぬので、せめてあれが何なのか聞かせろと尋ねれば、男は長い睫毛を翳らせて押し黙った。すると日番谷は、溜息を吐いて口を開く。
「お前が何も言わねえなら、自分で確かめにいくまでだ。」
「…それはなりません。宜しいでしょう。そこまで仰るのならばお応え致します。…あそこには、女性がおります。それも大層豊かな髪と肉体を持つ、とても美しいお方です。」
「…それだけなら何で隠すんだ。」
「彼女は、憑かれております。」
 憑かれる、とは、と再び尋ねれば、男は些か気まずげに顔を背ける。けれども日番谷が足を先に進めようと動かすと、それを制するように声を出した。
「…贄なのです、彼女は。化け物の生贄なのです…。」
「化け物…。」
「…人の形をした化け物と、皆は言います。」
 つまりは、『魔法使い』と呼ばれる類かと王子は眉をひそめる。けれども「生贄」と言っているのであるから、もしかすると人間を捕食する種族なのやもしれぬ。もしくは伴侶か、と王子は塔を仰いで再び眉根を寄せた。
「なら、あの髪は救いを求めているのか。」
「いいえ、あの髪も化け物の差し金です。」
「何のために?」
 尋ねてはみるが、男はいっこうに口を開こうとしない。此度ばかりは口を割るつもりがないらしく、日番谷もそれ以上追求することはしなかった。けれどもあの中に何があるのか、それは変わらず疑念として心の中に残ったままである。
「…とにかく助かった。お前、名は?」
「吉良…吉良イヅルと申します。王子、宜しければお城までお送り致しましょう。」
「構わん、方角さえ教われば充分だ。」
「…くれぐれも、道をお誤りになりませぬよう。」
 お城は西にございます、という言葉だけ賜り、王子は馬の手綱を引いた。一度慣れた道に出てしまえば、この馬が城までの道のりを覚えている。けれどもイヅルの言葉が、帰り道の意を表しているのではないということは充分に聞き受けられた。



 やはりというべきか、裏へと回ればあの髪を辿らずとも入り口が見つかった。どいつもこいつもはじめからこちらを使用していれば、あの束ねた繊細な髪で女が大の男を抱え上げる必要などなかったのに、と嘆息するが、後の祭りである。
 べったりとした血色の扉は、これまで欺かれてきた男達の血で彩色したのであろうかとつらつら考えてみる。けれどもいっこうに恐ろしさなどは沸いて来ず、神妙な面持ちで王子は中へと足を踏み入れた。そのまま確実な一歩を認識するように慎重な歩みを進めていると、突如として階段が浮き上がり、王子は最上階へと投げ出されてしまう。
「うわっ…。」
 あまりのことに声を上げるが、状況は改善されずそのまま一室へと放り出される。最上階には二部屋あるらしいとそこでようやく気付いた。鋭い眼光で見定めると、目前には長身痩躯の若い男が佇んでいる。
「どないしたん?裏の入り口から入ってくるやなんてキミが初めてや。」
「…髪を辿ろうとしたら吉良って男に止められたんだよ。」
 苦々しい表情で呟くと、化け物であるらしい男は可笑しそうな顔をした。確かに特徴的な顔をしている。細められた瞳といっこうに下がらぬ口の端が印象的であり、髪は王子と全く同じ色をしている。否、自分よりも青いか、と品定めをするようにして王子はそちらを見据えた。
「あの子も毎回毎回忙しいなあ。そないなことしても無駄やのに。」
「…無駄だと?」
「あの子が止めても、あの子がボクから逃げ回っとるうちに男は髪に縋ってここに来てまう。」
 キミみたいにボクでも厄介や思う子がおる時にはあの子を追いかけたりせえへんのやけどね、と男が笑みを深める。どういうことだ、と王子は思った。生贄はあの髪を持つ女のはずであるのに、何故吉良が追いかけられなければならぬのだ、と。
「なァ、キミは何しに来たん?」
「…隣の部屋にいる女を攫いに来た。」
 王子の返答に、はっと男が笑う。茶番だ、と男は思った。目前に迫るのは王子とは言えど幼い少年である。いかに剣の腕に長けていようとも、女を娶るような年齢には達しておらず、どうせただ美しいという話のみを聞きつけたのであろうと思った。
「…そんならええわ。ボクの言うこと聞いてくれたら会わしたるよ。」
「何だ。」
 即座に返された言葉に、男が満足げな瞳を浮かべる。出会いもしない女に何故ここまで執着しているのか、王子には見当も付かない。ただ、捕らわれの女を逃がしてやろうと思った。理も定かではない使命感にここまで突き動かされたのは、初めてのことである。


「―…あの子をボクに頂戴。」


 ひどく無機質な色をした壁からは、鬱蒼とした空気が漂っていた。王子が息を呑むと、目前の男は尚も薄い笑みを保っている。王子にはそれが誰なのか、もはや理解出来ていた。



 かたかたと、下のほうで淡い色の髪と共に、儚い風貌の腕が震えた音がする。



■あとがき■
 書いてみたかった真面目に童話パロ。三話くらいになりそうな予感が致します。

鋭利な無常。(日番谷+ギン)

2006-01-07 22:02:25 | 過去作品(BLEACH)
*日番谷君も市丸さんも大変人でなしです。
*大人日番谷が苦手な方はご注意下さい。





 人であるために男である自分というものは必要なく、けれども女である自分を発見する必要も
 ない。 
 ただ、欲す者が自分をどういうものとしているのか、それのみが漠然と遥かに沈む。
 ふとした瞬間に、抱いてみたり抱かれてみたり。
 嗚呼、実に馬鹿らしい。





 緩慢な動作で口の中の煙を吐き出せば、傍らに座る男も同じことをしている。顔を見合わせることなくそれが誰であるのか見受けて、日番谷は再び煙管を口に含んだ。すると男は、ふとこちらを向いて言葉を投げかける。
「奇遇ですなァ、十番隊長さん。」
「ああ。」
 日番谷は一言しか発さなかった。けれどもそれ以上の会話を煩わしいと言っている風もないので、ギンはおもむろに肌蹴た着物を肩まで上げる。が、見れば日番谷も珍しく着物を肌蹴させてしどけない風であった。非番であるから、という理由ではないのだろうなとギンは思う。
「…抱いてきはりました?」
「まあ、な。」
 女であるのか男であるのか、確証は持てない。けれどもこの過去に天童と呼ばれた男は、実に多彩な人付き合いをするようになった。突出した実力を持っているのは未だ変わることのない事実である。見目が成人したからといって、根底から性情が変化するというわけでもない。ただ、男や女に対する意識ががらりと変貌したのである。
 女のすることに一喜一憂してみたり、女からの好意に頬を熱くしてみたり、そのように可愛らしい少年はどこにもいない。ここにいるのは、艶やかな情交を知るただ一人の美しい青年である。慣れた手付きで煙管を扱う指先を見ながら、ギンは初めて女を知った頃の自分によく似ていると思った。
「汚いこと何も知らんて顔して影でそないなことしてはったら、今に後悔しはりますよ。」
「…やりたくてやってるわけじゃねえよ。」
「寄ってくるんやったら突き放せばええ。昔のあんたやったらそないしてはったやろ?」
「そういうお前は、」
 言いかけて、日番谷は黙り込む。そうして、そのまま煙管の先で肌蹴ていたギンの胸元を示した。するとギンは、くつくつと可笑しそうに笑ってから口を開く。
「こないなってしもたら終わりやいうことです。」
 そう言いながら、再び襟元を上げる。日番谷は背を柱に寄り掛からせ、煙をふう、と吐き出した。か弱そうな柱の背後には、寒々しい空が紙のように広がっている。どうやら本日の市丸の相手は男らしい、と、首に残る跡を一瞥しながら思った。
「…抱かれるってのは、どんな気分だ?」
 日番谷が尋ねると、ギンは些か細められた双眸を開き、その後何とも婀娜な微笑を浮かべた後にじっと日番谷の方を見据えながら言う。まるで哀れむような表情を浮かべたままにして、だ。
「…お薦めは出来まへんな。特に十番隊長さんには。」
「抱かれるなんて頼まれてもしねえよ…どんな気分なんだ。」
「そら、哀しいだけや。」
 そうやろ?とギンは意味深に答える。経験のない自分には理解出来ぬ、と日番谷が顔をしかめると、「分かるはずや」とギンが諭すように発した。けれどもやはり日番谷には、女を抱くことは想像出来ても抱かれることなど想い難い。
「どないしはってもボクらは男や。抱かれて楽しいわけあらへん。」
「そりゃ…そうだろうな。」
「おまけに、ほんまは抱かれるんやのうて抱きたいんや。…せやろ?」
 確信を突かれ、日番谷ははっと馬鹿にしたように笑った。確かに、そんな想いを抱えておきながら抱かれてみたりするのはひどく、虚しい。しかし、ならばなぜ市丸は抱かれるのだろうと思い尋ねてみれば、何とも哀しい答えが返ってきた。
「あんまり阿呆なことしよったら、あの子が気にしてくれるんよ。」
「…吉良ならそんなことしなくてもお前のこと気にしてんだろ。」
「あの子はボクのことが大事なんやない。『三番隊隊長』が大事なんや。」
「馬鹿か。」
 そんなことがあるはずないだろうと言ってはみるが、ならば乱菊はどうだと問われれば確かに口を噤んでしまうに違いない。女を抱き、酷い時には男すらも厭わず、そのように無様な自分を、果たして乱菊は一人の男として見ているのであろうか。ただ、十番隊隊長が大事なだけではないのか。ああ、だから自分はそれを確かめようとしてこのように馬鹿げた生活を送っているのかと考えて、堂々巡りだと苦笑する。
「…ほんまは、男も女も要らんのに。」
「…ああ。」
 この世界は儚いものであると、はじめに定めた人間は果たして誰なのであろうか。この世というものは、確かに儚い。けれどもひどく、ひどく鋭い。時折刀で貫き、貫かれ、それでも尚、己の全てを渇望する。男である己も女である己も、まるで必要ではない。ただ、あれだけを欲しているのだ。まして酸素のように、あれだけを欲しているのだ。
「あの子だけでええのになあ。」
「…ああ。」
 日番谷はただ相槌を打っているだけで、けれども意思だけはありありと伝わっている。気が付けば雨が辺りを包み、剥き出しにされた屋外は蒼く染まっていた。しかし二人とも中へと踵を返そうとはせず、黙って柱に寄りかかったまま煙管を吹かしている。そうするといつしか、煙が消えた。


 
 本日は非番であるので、番傘を下げた副官など訪れぬということは知っている。けれども雨に染め替えられながら、いつしか平日のように紅い傘が視界を掠めるのを待っていた。傍らのギンもおそらく、心持は同様である。
 ひどく幼い想いに内を掻き乱され、まるで昔に戻ったようだと日番谷は静かに思う。美しい日だ。拭い去れぬ行いすらも白く去り過ぎるような、何とも美しい日である。



 遠い木の幹の角から、密やかな呼び声が聞こえたような気がした。




■あとがき■
 永い間片思いな二人。大人日番谷君。そうして大変な人でなし。そんな話が浮かんできた時はどうしようかと思ったのですが(笑)意を決して出すことにしました。
 市丸さんのお相手は藍染隊長などではございませんよ。(笑)

白炎。(修イヅ←ギン?)

2006-01-07 01:41:47 | 過去作品(BLEACH)
駆け走る白金の色
たゆたう草の淡
まみえる双眸は
大地と同じく紅色をしている





 駆けていくものは目に煩かった。けれどもイヅルはそちらを見据えながら、そんなことして楽しいんですか、とぼやく。修兵は相も変わらずそれに跨り、一言呟いた。イヅルは微かに動く修兵の唇を、余すことなくじっと見つめている。
「楽しいか楽しくないのかなんて問題じゃねえんだよ。」
「じゃあ何が問題なんですか。」
「たまには走らせてやらねえとこいつが可哀想だろ。」
 お前は馬になんて乗れねえし、だから俺が乗ってんだ、と言い訳のように修兵が言う。イヅルはへえ、と返事をしたまま、どちらともなく空虚な瞳を向けた。一面の草である。辺りからは湯気のような空気の香りが漂い、モンゴルみたいだ、とイヅルが呟けば、修兵が訝しげな表情を見せた。
「どこだよ、モンゴルって。」
「知らないんですか、モンゴル。」
「知る必要もねえけど。」
 ここにいりゃあな、と、答えを聞かぬまま修兵は馬の手綱を引いた。そうしてそれをイヅルに持たせると、いかにも乗ってみろといった風である。イヅルはやや顔をしかめ、そのまま鞍に足をかけてみるが、やはり経験もないのでそこからどうすれば良いのか分からない。
 鞍に足をやったままもう一度辺りを見回し、よく自分の上司の自宅の裏にこのように広大な草場があったものだと感心する。まず馬があったことからして驚愕の事実であった。けれどももはやそれも昔のことである。趣味趣向には何も惜しまぬ男であったと、ただそれだけのことだ。すると見かねた修兵は、イヅルの傍に寄って腰から上を支えてやる。
「いいですよ、乗せてもらっても走らせることは出来ないし。」
「肉体能力は大したもんなんだから乗ってみりゃ何とかなるだろ。」
「そんな無茶な…わっ。」
 無理に押し上げられ、小さく声を上げると馬が不快そうに鳴く。けれども一度イヅルが腰を落ち着ければ大人しくなった。修兵は共に乗ってやろうかと思ったが、イヅルを抱いて乗ることに恐れを感じたのでやめておいた。振り落とす心配ではない。イヅルを抱くようにして乗れば、振り払おうと必死になっている己の情念が再び芽吹く。否、今も芽吹いたままの情念にそのまま縋り付くような真似は、あの男の跡に陥るようで心持ちが宜しくない。
 イヅルはゆるゆると動き出した馬の流れに沿って手綱を取り、暫くすると大分慣れた様子である。段々と早くなる馬の足を見ながら、修兵は瞼を伏せた。しかし逃げてはならぬと再び押し開ける。
「檜佐木先輩、こういうのって気持ちいいんですね。」
「ああ…だろ?」
 答えながら修兵は、険しい顔でそちらを見つめている。快い面持ちで手綱を引くイヅルの姿を一瞥し、その後に白金と言っても過言ではない美しい色の馬を窺う。イヅルと共にこんな厄介なものを残して、あの男は一体どういうつもりなのであろう。いずれ再び攫うと、そういうつもりか。




―…馬が靡かせる鬣の、あの色はあの人の携えた色によく似ている。




■あとがき■
 夜中突発でSSを書きたくなる衝動に襲われる時がありますが、そんな時は大抵修イヅでしかもわけ分からん話です。(汗)
 馬に乗れる修兵。っていうか馬術場とか持ってたらしい隊長。つうか乗馬が趣味だったらしい隊長。(いい加減にしろ)
 何というか後に改変を加えるかもしれません…。すみません。(汗)

神々の庭。(日乱多め)

2006-01-05 19:59:38 | 過去作品(BLEACH)
―主よ、悪しき者はいつまで、
悪しき者はいつまで勝ち誇るでしょうか。―          
                         引用…詩篇:第九十四篇(聖書)          




 大地が狼狽したのと、日番谷が刀を抜いたのとはほぼ同時であった。一度に放出を図られた霊圧がゆるゆるとその場の空気を震撼させ、けれども握られた刀は始解すら成さずにいる。日番谷はといえば刀を抜きながらも足を踏み出し、相手が瞬歩を使うのを元ともせずに一心不乱に向かってゆく。向かわれた相手は、自分の刀を抜きながらもこちらを射抜くような鋭い眼光を黙って見ていた。
 刀の触れ合う音は、終ぞ聞き取ることが出来ない。一度確かに刀を微かに触れ合わせておきながらも、両者とも瞬時に次の体制に構えたのでもはや動きを追うことすら叶わぬ。日番谷は絶えず息を吐き相手の隙を窺うが、決して容易ではなかった。相当の手垂れであることは知っていたものの、これ程までに差を突き付けられればあまり良い気持ちはしないものである。
 再び空気が変貌し、大地の変わりに草木が揺れる頃になると、そろそろ勝敗は見え隠れする。日番谷と対峙している彼の足場が少しばかり震え、それに伴い彼が足をふらつかせると、これ幸いとばかりに日番谷が足音だけを響かせて向かう。

―…日番谷が刀を振り上げた瞬間、日番谷の鼻先に刀が突き付けられた。 

 刀を振り上げたまま日番谷が動かずにいると、相手はすうと日番谷から刀を引いた。すると日番谷は刀を鞘に収める。どちらも斬魂刀ではない。始解もせずに、刀そのままの風体で手合わせを望んだのは、日番谷であった。兼ねてから日番谷を見込んで可愛がっていた彼と、護廷の隊長である彼と、是非刀を交えてみたいと言ったのは日番谷なのだ。
「…お見逸れ致しました、浮竹隊長殿。」
「よせ日番谷、似合わん。」
 からからと笑いながら、浮竹が日番谷の肩を叩く。存外強い力であったのか、日番谷が少しばかり顔をしかめた。すると日番谷の内を読んだかのように、浮竹が呟く。
「お前はまだ若い、日番谷五席。」
「……。」
「今、こんなところで俺に勝つ必要はないさ。」
 浮竹の言葉に、日番谷の眦が段々と吊り上がっていく。それは怒りを露にしているわけではなく、力なき己への絶望に近い。未だ幼き心を忘れぬ幼馴染を護るため、何より高みへと昇る自分のために、限りない勝利を望む必要があった。けれども道は高い。自分が踏み上がることの出来る限界より、ずっと高く土が折り重なっていて歩みを進めることが出来ずにいる。
「…俺は、強くならなきゃいけないんです。」
「急ぐことはない。時間なんて幾らでもある。」
「ありません!」
 日番谷の叫びに驚き、浮竹が目を見開く。すると日番谷ははっと同じように瞠目すると、「すんません」と謝罪した。けれども浮竹はその怒気を孕んだ様子を気にして、疑わしげに尋ねる。
「どうした日番谷。そりゃあ、俺みたいな年寄りはともかく、お前はまだ五十そこらだ。時間も、歩む道もたんまりと残されてる。」
「…しかし、俺達は死神です。」
「死神だからこそそれだけの時間があるんだ。」
「違う。俺達は神であって神でない。」
「神になる必要もない。」
 神でなくともこれだけの命を持ってるんだ、という浮竹の言葉に、日番谷がぐっと押し黙る。死神は死を司る神ではない。その名の通りに、人間と同じく死ぬことを強いられる神である。否、許されるといった方が正しいのかもしれない。人と同じく、死ぬことを許される神だと。けれども首を刈らねば死ねない死神は、限りなく神に近い。不死であろうとすれば幾らでも生を全うすることが出来るのだ。
 けれども刀を掲げ、常に自分以外の魂と斬り合わねばならぬので、千年も二千年も生き永らえる死神など一握りほども存在しない。それほどまで生き永らえた者は、それこそ神の末族のように見られることであろう。
「…しかし日番谷、お前はきっと千年は生きられるだろうと俺は踏んでるんだ。」
「何故ですか、俺はまだ弱い。」
「その歳でそこまで上り詰めたんだ。弱いなんて言っちゃ何十年も勤続しておきながら未だ末席の奴らに白い目で見られるぞ?」
 茶化すように言って、浮竹は慈しむような、まるで父親のような瞳で日番谷を見据えている。日番谷の方はやはり挑むような目付きである。今にも浮竹に喰らい付かんばかりの双眸を向け、それでも必死に何かを模索しているようで浮竹から見れば好ましい。
「…超えたい女がいるんです。」
「女?男じゃなくてか。」
「ええ、女です。」
 護りたいのではなく、超えたいのだと言う。けれども浮竹から見れば、むしろ男と見て欲しいと、そう言っているように聞こえた。日番谷は頬を赤らめる様子もない。
「…して、それは一体誰かな。雛森君か。ホラ、五番隊の。」
「いや、雛森じゃありません。」
 だったら誰だ、と浮竹は尋ねてみるが、日番谷はいっこうに答えず黙ったままである。どうやら黙秘を決め込む気らしく、浮竹は肩を竦めながら溜息を吐いた。十三番隊の隊舎の傍らにある池を渡ったそこには、広い敷地がある。けれどもこういった雰囲気の中に、それはやたら寒々しい。
「つい最近知り合った女なんです。今の俺からすれば、『女』なんて言える人じゃありませんが。」
「成る程、席が上の女か。」
 はい、と短く返事をした日番谷を口の端に笑みを浮かべながらまじまじと見れば、彼はいかにも面白くないというような顔をして目を伏せている。
「いい女なのか?」
「…そんなことはどうでもいいでしょう。」
 まるで京楽のような素振りでそんなことを聞くものだから、日番谷はこれだから親父は、と心の中だけで溜息を吐く。けれどもそんな様子は浮竹にはお見通しのようで、「京楽よりはしつこくないぞ」と言われるが、「同じようなものでしょう」と返してやった。歳の問題云々は別として、特に親しくしている友ならば似ることもあるのだろうと思いながら。





 再び手合わせの約束を取り付けて浮竹と別れるが、時刻は未だ早朝である。非番の日には暇がないからと浮竹に言われ、それならば業務の前にと申し付けたが、今思えば隊長格に対して大層無礼な願いであったと少しばかり反省した。浮竹でなければ斬り殺されていたところかもしれぬが、それでも受け入れる彼の器量の大きさを改めて痛感する。
 一旦部屋に戻り湯殿を使って衣類を着替えると、そこを出た時には先程なかった影があることを見受けた。おまけにその影は、おおかた結い上げてきた髪を再び整えている。日番谷は一度呆けたように口を開け、すぐに声を上げる。
「…おい、も…雛森。」
「あ、お早う、日番谷君。」
 学院を出てすぐに、二度と桃と呼ばず雛森と呼ぶことにしようと決めていた。それは成長したからというのもあるが、日番谷は心のどこかで分かっていたのかもしれない。死神という職業に就く以上、『家族』という枠組みの中では共に生きられぬと。
 だからといって男女の仲になるわけでもないのだが、目の前で着々と身支度をしているこの娘は何か。便宜上は桃の方が姉になるのやもしれぬが、明らかに自分の方が兄ではないかと日番谷は思った。気付けば台の上からは芳しい朝餉の香りが漂っている。
「…何しに来た、雛森。」
「今日あたし遅く出ていいのに早く起きちゃって。朝餉が余ったからおすそ分け。」
「いらねえ。」
「もう!だって日番谷君自分で作らないくせに外にも食べに行ってないじゃない!!放っとくと餓死しちゃうよ?」
「食ってねえはずねえだろ。少なくとも腹が減れば食う。」
 体躯は幼いが、男として決して食の細い方ではない日番谷である。自炊することはあまりないが簡単なものならば料理出来るし、もしくは食堂に赴き食事をとる。けれども確かに近頃は食事時に食堂へと向かうこともなかった。これまではずっと顔を合わせていた桃が懸念するのも当たり前なのかもしれない。
「ああ…まあ、昼は外で食ってたからな。」
「外って瀞霊廷の外?」
「そんなとこだ。」
 そう答えるものの、桃は訝しい顔をやめない。仕方なしに台の前に座して未だ微かに湯気の立っている朝餉を食そうと箸を持ってやると、彼女が機嫌を直したようににっこりと笑った。そうして、余ったらしい和え物を口に運ぶ。
余ったというよりも、白飯や味噌汁は勿論、和え物や煮物を一人分だけ作るのは難しいのではないだろうか。もしかすると桃なりの気遣いであったのやもしれぬと、胡麻の味を口内に感じながら日番谷は思う。
「美味い。」
「昔よりは上手になったでしょ?」
 嬉しそうに、しかし誇らしげな様子で桃が笑う。
「しかし、朝餉を一人で食うってことは、まだ憧れの藍染とそういう関係にはなっちゃいねえらしいな。」
 意地の悪いことを言ったつもりだったのだが、「そういう関係?」と純粋に首を傾げられてしまったので、自分だけがおかしな知識を身に付けたようで一人恥ずかしい気持ちになる。「何でもねえ」と半ば言い訳のように答えながら掻き込んだ朝餉は、少々苦かった。





 五席としての書類業務をあらかた終え、後は午後の業務を残すのみとなった。けれども昼餉を食そうと向かう先は食堂でもなければ他の店でもない。日番谷が足を赴かせたのは、十番隊の隊舎を横切り、少し行ったところにある木陰である。隊舎の窓からは丁度死角であり、そこを通る者もなければ、ましてそこで昼食をとろうなどと考える者もおらぬうら淋しい場所であった。
 しかし近頃、昼餉時にそこを赴くと亜麻色の髪が見える。やや多めの昼餉を漆塗りの重箱に詰めて、けれども昼食を食す様子もない気だるげな美しい女性だ。首飾りの下には開け広げた胸元が覗いているが、そこを気にしたことはない。
「アラ、また来たの?」
「…来いっつったのは…じゃねえ来いと仰られたのはどこのどなたですか。」
「いいわよ無理してそんな言葉遣い。似合わないわ。」
 その言葉に、日番谷が顔をしかめる。基本的に不遜な態度を取っている日番谷ではあるが、目上の者に対する礼儀はわきまえているつもりである。けれども浮竹といい彼女といい―随分前に桃にも言われた気がするが―近しい者は皆自分には敬語が似合わぬと言う。人の下に就くのが似合わぬと言えば聞こえは良いが、やはりあまり良い気持ちはしない。
「まあいいわ。どうせ余ってるんだし…どうぞ?」
 重箱を突き付けながら乱菊が促す。桃といい乱菊といい、自分の周りには気を遣ったと思われたがらない女が多いな、と溜息を吐きながら、日番谷が箸を割る。もしくはただ意地を張っているだけか。どちらにしろ、重箱の中を見れば二人分としても余る程である。明らかに自分が来ることを見越して作ったのであろうことが目に見えて分かり、少しばかり口の端を上げながらだし巻きを食んだ。
 どのような巡り合わせか鍛錬中に執務室に飾るらしい花を摘んでいる乱菊と出会い、大層な量であったそれを届けてやったことから始まる。幼い少年の体躯をした日番谷をはじめは「こんな小さいのに大変ねえ」というような目で見ていた乱菊も、席次を聞いた時から既に彼の尋常ではない霊圧を感じていた。
 三席である自分すらも凌駕されてしまう程の大きさであり、そこで初めて彼が一番隊の日番谷であるということに気が付く。入隊時から近い将来隊長就任も確実であろうと名高く聞いていた、天童である。
 しかしそれを噫には出さず、運んでもらった御礼にと翌日昼食を作った。何が良いかと尋ねれば良かったのであろうが、隊舎までの道のりの間に自炊をあまりしないことや、手料理というものを長い間口にしていないことなどを聞き受け、それならば、と重箱に料理を詰めて手渡す。礼など要らぬと日番谷はなかなか受け取ろうとしなかったが、乱菊がその場に座し、隣に座るよう促すと大人しく従った。
『いいんスか?ご友人なんかは。』
『ああ、あたしお昼は落ち着いて食べたいから誘われても断っちゃうのよ。』
 流石に食堂などで誘われれば有難く受けるが、大抵は弁当を持ち込んで一人で食べている。誰とでもそつなく付き合い、男女問わず友人も多い乱菊であるが、だからこそ思うところもあるのであろうと日番谷は茶を飲み込んだ。
 そうして、半ば食べ終わったところで「ご馳走さんでした」と去ろうとすれば、乱菊が言うのだ。
『何なら、明日からもいらっしゃい。』
『…お一人で召し上がられたいのでは。』
『いいのよ。どうせ一人で食べたって余っちゃうし。』
 ならば、とそれから昼食を共にしている。日番谷からすれば、このように重々しい重箱を常に持参しているとは考えられなかったし、明らかに「余る」というのが虚偽であることは見て取れた。けれども良いと思ったのだ。少しでも彼女の好意に預かれるのならば、それで良いと思った。
 乱菊の方はといえば、ただただ興味があったのである。その華奢な身体に膨大な霊力を蓄え、五席として刀を振るその少年に興味があった。もしくは、彼があまりに美味そうに食してくれるものだから、純粋に嬉しく思ったのかもしれなかった。
 そうして初めて乱菊の料理を食した時と変わらぬ表情で鰆の塩焼きを箸で割る日番谷を見ながら、乱菊がおもむろに口を開く。
「ねえ、あたし今度昇進するのよ。」
「…え?」
「十番隊の、副隊長になるの。」
「そりゃ…おめでとうございます。」
 けれども彼女は答えなかった。殉職した十番隊の副隊長は、あと五年も勤務すれば隊長になるであろうと囁かれていた女傑である。長らく欠員となっていた十番隊隊長という席は未だ埋まっておらず、後釜はおそらく彼女であろうと言われていた。けれども思わぬ失敗で殉職してしまい、そこには三席であった乱菊が就くこととなった。
 しかし副隊長は乱菊と懇意であったそうなので、乱菊も気が気ではなかろうと日番谷は眉間に皺を寄せた。
「…でも、またあんたは離れていくんだな。」
 ぽつりと呟けば、乱菊は哀しそうな目を向ける。ああそうだ、彼女はまた自分よりも遠い高みへと昇っていく。そうして彼女は自分より更に高いところにいるあの男に想いを馳せるのか。そう思うと無性に吐き気を覚え、全てを忘却したくなった。
 現在既に三番隊隊長として任に就いているあの市丸ギンという男は、未だ彼女の中に深く巣食っている。男女の関係があるのかないのかは見当もつかなかったが、彼女の中で最も高いところにいる男はおそらくあれだ。今の日番谷より、ギンの方が乱菊と近しい位置にある。
「…遠いな。」
 一言、ただ一言発した言葉は何より乱菊の心に痛い。うなだれて首に腕を回した日番谷の目には、それでも尚鋭い眼光が宿っていた。





 夕刻になると空は枯れ、あちらの方角から薄っすらと闇が陰る。すると日番谷は潜むように隊舎から離れたところへ出で、鞘から抜いた斬魂刀を目上に掲げた。どちらかといえば蒼く緩やかな光を放っているように見えていた氷輪丸であるが、夕凪を受けて些か血色に姿を変貌させているように感じる。
「霜天に座せ―…。」
 そこまで言いかけて、名を呼ぶことをやめる。そうして日番谷は、数日前氷輪丸から知らされた、彼の第二の名を静かに呟いた。
「―…大紅蓮氷輪丸。」
 荘厳に名を呼べば、氷輪丸はその肢体を更に変貌させる。日番谷の背には何重にも氷柱のようなものが咲き、それがまるで一種の世界のようなものを創り出しており大層美しい。やや冴えた感触を背に感じながらも、日番谷は憂えたような瞳を空へと向けた。
 乱菊と出会い、彼女が副官へと就任してからもはや幾年もの月日が経った。その間に桃は副隊長へと昇進し、彼女の友人達も着実に出世を果たしている。幾度も昇進する機会はあったが、未だ十番隊の隊主、十三番隊の副隊主のみの席次しか欠員がなく、日番谷は副隊主としての昇進を蹴った。全てはこの日のためである。


 



 新たな厳令が皆に触れ回ったのは、それから数日後のことであった。十番隊の隊主が次の者へと着任する。けれども隊主の方は未だ隊長試験が済んでおらず、就任するかどうかは判明しておらぬので名は明かせぬ、と、そういうことである。
 けれども明かせぬとは言えど、各隊長には名と顔が知れ回っており、卍解を会得したと総隊長に申し出た時から日番谷は度々隊長格から声をかけられる結果となる。昨日は浮竹と京楽から激励を賜り、卯ノ花なども彼らに次いで優しげに声をかけてきた。未だ隊長試験を受けておらぬとはいえ、卍解を会得しているというその事実のみでほぼ合格したことは確定である。
 そうして朝から藍染からも声をかけられたが、おそらく元より面識のない隊長や、新任に声をかけることをしない隊長などは来ぬであろうと思われた。けれども特徴的な声に親しげな声をかけられ、誰かと思えばギンである。日番谷は、やや瞠目しつつも低い声で答えた。
「何用でしょうか、市丸隊長殿。」
「嫌やなァ、同じ隊長同士やないの。」
「…就任してはおりませぬ故。」
 普段より数段硬い口調で応対すれば、ギンはふうと溜息を吐いて日番谷の方を見据える。否、細められた目はどちらへ向いているか定かではないため、見据えられたような気がしたという方が正しいのかもしれなかったが。
「あんな、キミの副隊長になる松本乱菊て、ボクの昔馴染みなんよ。」
「存じております。」
 即座に答えれば、ギンが笑みを深める。ああ、やはり、と、答えを知っていたような素振りを見せ、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「…せやから、宜しゅうしたってな。」
「…俺がもし副官として彼女を迎えられるような立場になりましたら。」
「や、キミは多分隊長になるやろなあと思うて。」
「お気持ちだけ頂戴致します。」
 きっぱりと言ってのけるが、日番谷は自分でも驚いていた。自分がこのように高尚な言葉を使って人をここまで遠ざけようとするのは初めてのことである。おそらく今時分は射るような視線を向けているに違いないと思いつつギンの方を見れば、変わらず飄々と口の端を上げていた。
 この表情が嫌いだ、と日番谷は思ったが、そう思ったところで何というわけでもない。ギンは相変わらず表情を変えぬし、変えたからといって日番谷がギンのことを気に入るという保障もない。否、そのような可能性はないと自覚している。
「隊長になるんやったら、副官は大事にせなあかんよ。まあ、キミは大丈夫やろうけど。」
 再び「キミ」と言われ、ああ、この男は自分の名など知らぬのだと気付く。ギンが人の名を覚えぬということは知れ渡っていたので気にもしない。酷い時には、数年連れ添った副官の名すら覚えぬ男である。そういえばギンの副官も代替わりしたばかりであったな、と思考を巡らせると、それを読んだかのように口を開かれた。
「…うちのイヅルも、キミとは顔見知りみたいやし。キミが隊長なったら嬉しいんちゃうやろか。試験頑張りや。」
 何か含んだような言い回しであったが、そうか、吉良、と日番谷が答える前にギンが早々に去った場所を見つめながら思う。桃の同期である吉良イヅルは、学院時代に何度か顔を合わせたことがある。自分が隊長になれば嬉しがる程の仲ではないのだが、今度の副官の名は覚えたんだなと、それのみを感じていた。





 ただ彼女の上に立つためだけにここまでしたと言えば嘘になる。けれども明日乱菊と対面した時、果たして自分は正気でいられるだろうかと、日番谷は問いかけた。乱菊が副隊長に就任したその日から、昼食を共にすることはなくなり、暫くすると疎遠になってしまったが、彼女は覚えているだろうかと、鞘に収めた氷輪丸を握り締めながら思う。
 悪しき者をこの手で殺めるために隊主になるのではない。けれども自分の懐にある大事なものを傷付け、汚す者すらをも悪しき者と譬うならば、それを殺めた時自分は正義と賛美されるのであろうか。否、それすらも私利私欲であるのに、そのようなことはあるまいと日番谷は目を伏せた。


「ご就任おめでとうございます、日番谷隊長。」
「ああ、宜しく頼む―…松本。」


 この刀に賭して、神というものの尊厳を問う。死を以ってしてそれを侵すというのならば、我々は神ではない。善悪というものの善のみを携えるものが神ならば、我々は決して神ではない。
 けれども、神というものが一重に人の名を冠す者ならば、我々はそれを否とせぬ。


むべなるかな、むべなるかな、愛と覚えることすら知らぬ。


―主は彼らの不義を彼らに報い、
彼らをその悪のゆえに滅ぼされます。
われらの神、主はそれを滅ぼされます。―
 



■あとがき■
 本当は一気にガーっと上にのし上がっていく日番谷君がいいんですが(笑)時系列を考えるとこうなりました。話の流れ云々に間違いが見られるかと思いますが、気にしないでやって下さい…!(涙)
 相変わらず敬語の日番谷君を書いていると別の人を書いているような気分になります。(笑)
 ダイジェストのようになりましたが、これ以上書くと本や「燐光」に書くことがなくなるので割愛。(笑)