蓮比べし。(日乱)
綻ぶような春の香りと、生い茂る冬の香りとが混在していた。十番隊の隊舎の裏には立派な池が存在したが、乱菊は常にそこを濠と呼んでいた。手入れもされていないそれは確かに水も穢れており、日番谷が近寄ることもあまりない。
広くはあるけれどもむしろそれが仇となり、人二、三人ならば一度に飲み込んでしまえそうに見える。
龍でも住んでいそうですねと乱菊が戯れに言うと、日番谷は何とも言えないような顔付きで唸った。
「怖いですね、隊長。」
「怖いか?」
「ええ、隊長なんて今にも連れて行かれそうだもの。」
「…俺かよ。」
強くあれと、日番谷に対してそう願ったのは他でもない乱菊であるし、日番谷の方も最低限その願いに応えてきたつもりである。元より乱菊は幾度も日番谷の力ある場面を垣間見てきたし、日番谷の実力を誰より理解しているのも自分であると自負してもいる。
「だって、馬鹿みたいじゃありませんか。この池、あなたが来てから出来たんですよ?」
「…何だと?」
「だから、誰が造ったわけでもないんです。あなたがここの隊主になって初めて現れたんです。」
「そんな馬鹿みてえな話があるかよ。」
「だから馬鹿みたいだって言ってるじゃありませんか。」
たった数年の間に、池というものはこれ程までに腐敗するのかと問うてみれば、乱菊がさあと肩を竦める。けれども出来たその日より、この池は腐敗しているのだとまたも信じられぬことを言うのであった。
この池が清く美しくあった時代など存在せぬのである。ただ生まれ出でた瞬間より、まるで何れかが飲み込まれるのを待つようにして身を濁らせ、口を開いているのである、と。
「だから怖いんですよ。池が狙ってるのは多分隊長だもの。」
「…馬鹿か、両方に決まってんだろうが。」
池の主が望むものは、美しい女であると相場は決まっている。そうして、主が狙うものは、他でもなくその身であるとも。けれどもその最奥に潜むものは情である。化け物は、愛だの恋だのといった、一見美しい情を好むものなのだ。
自惚れではなく、この頃の乱菊は前にも増して旺盛であり、それがさも艶かしい。乱菊は、活発な姿が何より美しい女である。今この時、乱菊が副官としている姿を見越して、待ち構えるように現れたのではないかとも思う。
「…させるか馬鹿。」
「何か言いました?」
「何でもねえ。」
ぽつりと呟くが、当然のように乱菊には聞こえぬようにする。すると池の中からすう、と蕾のようなものが抜き出し、見ていると艶やかにその肢体を開かせた。蓮の花である。
けれども濁り水の中ではもはや目立ち過ぎるようにして佇んでおり、少しばかり痛々しい。それを見受け、十番隊の中の乱菊を現しているとでも言う気かと眉をひそめてみたが、乱菊と蓮をひっそりと見比べてみると、やはり乱菊の方が美しく見えた。なので勘弁してやることにしたが、花よりも乱菊の方が美しく見えるだとか、そのようなことは間違えても言うまいと固く思った。
降り染む。(ギンイヅ)
朝からしとしとと雨が降り続いていたので、もしかするとと思い縁側に出るとやはり敷布が干してある。昨晩のうちに取り込んでいるものと思っていたのだが、とんだ失態である。
僕としたことが、と少しばかり頭を抱えてはみるものの、済んだことは仕方がない。衣服までも干しておらぬことがせめてもの救いである。
非番を満喫しようと考えていたのだが、これを洗い直していれば正午までの時間は確実に潰れることであろう。
ギンも長期出張中であり、これを機会に掃除やらこもごもとしたことを全て済ませてしまおうと定めていた矢先である。幸先はあまり宜しくない。
「あらら、イヅル何しとるん?」
「たっ…隊長!?」
一度は空耳と思い視線を背けていたが、やはり背後に気配を感じる。まさかと振り向けば、常としている表情を絶やさぬギンの姿がありありと浮かんでいた。何やってるんですか何やってるんですか何やってるんですかと、三度程問い質したい気持ちに駆られたが、敷布を掴んだまま押し黙る。
するとギンが、するするとにじり寄り、敷布を奪った。
「外に干してもうたんか?」
「…そうなんですけど…隊長、あの、お仕事は…。」
「そんなん、どうせ虚退治やん。終わらしてきたわ。」
そのお力をどうぞ他のところで発揮して戴けると大変嬉しゅうございますと言いかけてやめた。そうしてギンは、敷布の裾を緩く掴むイヅルの手をやんわりと解き、敷布を放る。
「こんなんしゃあないやろ。洗い直しなんてせんでええ。こんまま乾かし。」
「それじゃあ湿気の香りがひどいじゃありませんか。僕が神経質なのはご存知のくせに。」
「どうせ一緒に寝るんやったらボクは気にせえへんよ?」
「ですから僕が嫌だと申し上げているのです。」
「せやから、ボクの部屋で寝るんやったら変わらへんやろって。」
咄嗟に射るような視線を向けると、おお怖、と僅かに反応が返って来る。ギンは茶化すような笑顔を浮かべた後、敷布を拾い上げて広げたところであったイヅルを、そのまま抱き締めた。
まるで敷布を巻き付けるようにされたために、少しばかり肌を冷めた空気が掠める。
「たいちょ、つめた…。」
「こうしとると、匂いやなんてそない気にならへんのとちゃう?」
「それはそうですけど…。」
「そんならええやん。」
どうせイヅルが一人寝することなんてないんやし、と笑むギンを忌々しげに見つめてから、花が綻ぶようにして口唇を緩める。
「こない天気やとどこにも行かれへんなあ…。」
そのまま体制を崩し、イヅルを膝に乗せるような体制になってからギンが残念そうに呟いたので、ギンの袖を軽く掴み、胸に頭をもたげさせてイヅルが呟く。
「今日はこのまま、お休みしてしまいましょうか?」
ふふ、と悪戯めいた笑顔を向けられ、ギンが困ったように眉をひそめて微笑む。全くこの子は、と、呆れるように呟いてイヅルを抱き直した。口付ければ、部屋の中はひっそりと雨の芳香に満ちる。
そろそろと、気を配るようにして雨がぽつりぽつりと息を潜めた。
眠りを鬻ぐ。(369副官。修→イヅ)
副官室というものはいつの頃より仮眠室に変貌を遂げたのであろうと顔をしかめると、伸ばしかけた手を恋次から制された。どこからも吹き込む風はないのに、傾けられた頭から定期的にさらりと髪が流れる。
「疲れてるんですって、コイツ。」
「例によって隊長の世話でか?」
「それもありますけど…まあ、隊長の世話ってことかな。アレも。」
「待て、それ以上言うな。」
無理はさせてないみたいっスけど、と恋次は笑うが、無理をさせていなければどうしてこのようなことになるのであろう。
「先輩はちゃんと寝れてんでしょ?いいなあ、うちの隊長も意外とぼけーっとしてるから仕事あんま早くないんスよね。」
「まあ…東仙隊長はそこにかけては真面目だな。」
「吉良はいつも言ってるんスけどね、隊長はいつも優しいって。」
「…信用出来ねえな。」
「まあ、そりゃあそうっスよね。」
これ以上甘ったるい話なんて聞けるかとばかりに修兵は視線を背ける。が、するとイヅルまで視界から外れてしまったので、やや不本意といった様子で顔の向きを戻した。恋次はそれを、可笑しそうに見ている。
「先輩が労わってやったらどうっスか。」
「そうだな、俺の睡眠を分けてやりたい。」
「無理言わないで下さいよ…てかそれイヤミっスか。」
お前らの心労なんて俺にどうしろっつーんだ、と毒づきながらも、目前を染める金糸をさり気なく指で掠める。すると僅かに動きが見られたので少しばかり不味いと思ったが、ふとイヅルの目の色を拝みたいという衝動に駆られ、不覚にもそのまま肩を揺らしてしまいそうになった。
■あとがき■
短文寄せ集め。勝手設定が飛び交っていてすみません。何か皆おかしくてすみません。(コラ)
綻ぶような春の香りと、生い茂る冬の香りとが混在していた。十番隊の隊舎の裏には立派な池が存在したが、乱菊は常にそこを濠と呼んでいた。手入れもされていないそれは確かに水も穢れており、日番谷が近寄ることもあまりない。
広くはあるけれどもむしろそれが仇となり、人二、三人ならば一度に飲み込んでしまえそうに見える。
龍でも住んでいそうですねと乱菊が戯れに言うと、日番谷は何とも言えないような顔付きで唸った。
「怖いですね、隊長。」
「怖いか?」
「ええ、隊長なんて今にも連れて行かれそうだもの。」
「…俺かよ。」
強くあれと、日番谷に対してそう願ったのは他でもない乱菊であるし、日番谷の方も最低限その願いに応えてきたつもりである。元より乱菊は幾度も日番谷の力ある場面を垣間見てきたし、日番谷の実力を誰より理解しているのも自分であると自負してもいる。
「だって、馬鹿みたいじゃありませんか。この池、あなたが来てから出来たんですよ?」
「…何だと?」
「だから、誰が造ったわけでもないんです。あなたがここの隊主になって初めて現れたんです。」
「そんな馬鹿みてえな話があるかよ。」
「だから馬鹿みたいだって言ってるじゃありませんか。」
たった数年の間に、池というものはこれ程までに腐敗するのかと問うてみれば、乱菊がさあと肩を竦める。けれども出来たその日より、この池は腐敗しているのだとまたも信じられぬことを言うのであった。
この池が清く美しくあった時代など存在せぬのである。ただ生まれ出でた瞬間より、まるで何れかが飲み込まれるのを待つようにして身を濁らせ、口を開いているのである、と。
「だから怖いんですよ。池が狙ってるのは多分隊長だもの。」
「…馬鹿か、両方に決まってんだろうが。」
池の主が望むものは、美しい女であると相場は決まっている。そうして、主が狙うものは、他でもなくその身であるとも。けれどもその最奥に潜むものは情である。化け物は、愛だの恋だのといった、一見美しい情を好むものなのだ。
自惚れではなく、この頃の乱菊は前にも増して旺盛であり、それがさも艶かしい。乱菊は、活発な姿が何より美しい女である。今この時、乱菊が副官としている姿を見越して、待ち構えるように現れたのではないかとも思う。
「…させるか馬鹿。」
「何か言いました?」
「何でもねえ。」
ぽつりと呟くが、当然のように乱菊には聞こえぬようにする。すると池の中からすう、と蕾のようなものが抜き出し、見ていると艶やかにその肢体を開かせた。蓮の花である。
けれども濁り水の中ではもはや目立ち過ぎるようにして佇んでおり、少しばかり痛々しい。それを見受け、十番隊の中の乱菊を現しているとでも言う気かと眉をひそめてみたが、乱菊と蓮をひっそりと見比べてみると、やはり乱菊の方が美しく見えた。なので勘弁してやることにしたが、花よりも乱菊の方が美しく見えるだとか、そのようなことは間違えても言うまいと固く思った。
降り染む。(ギンイヅ)
朝からしとしとと雨が降り続いていたので、もしかするとと思い縁側に出るとやはり敷布が干してある。昨晩のうちに取り込んでいるものと思っていたのだが、とんだ失態である。
僕としたことが、と少しばかり頭を抱えてはみるものの、済んだことは仕方がない。衣服までも干しておらぬことがせめてもの救いである。
非番を満喫しようと考えていたのだが、これを洗い直していれば正午までの時間は確実に潰れることであろう。
ギンも長期出張中であり、これを機会に掃除やらこもごもとしたことを全て済ませてしまおうと定めていた矢先である。幸先はあまり宜しくない。
「あらら、イヅル何しとるん?」
「たっ…隊長!?」
一度は空耳と思い視線を背けていたが、やはり背後に気配を感じる。まさかと振り向けば、常としている表情を絶やさぬギンの姿がありありと浮かんでいた。何やってるんですか何やってるんですか何やってるんですかと、三度程問い質したい気持ちに駆られたが、敷布を掴んだまま押し黙る。
するとギンが、するするとにじり寄り、敷布を奪った。
「外に干してもうたんか?」
「…そうなんですけど…隊長、あの、お仕事は…。」
「そんなん、どうせ虚退治やん。終わらしてきたわ。」
そのお力をどうぞ他のところで発揮して戴けると大変嬉しゅうございますと言いかけてやめた。そうしてギンは、敷布の裾を緩く掴むイヅルの手をやんわりと解き、敷布を放る。
「こんなんしゃあないやろ。洗い直しなんてせんでええ。こんまま乾かし。」
「それじゃあ湿気の香りがひどいじゃありませんか。僕が神経質なのはご存知のくせに。」
「どうせ一緒に寝るんやったらボクは気にせえへんよ?」
「ですから僕が嫌だと申し上げているのです。」
「せやから、ボクの部屋で寝るんやったら変わらへんやろって。」
咄嗟に射るような視線を向けると、おお怖、と僅かに反応が返って来る。ギンは茶化すような笑顔を浮かべた後、敷布を拾い上げて広げたところであったイヅルを、そのまま抱き締めた。
まるで敷布を巻き付けるようにされたために、少しばかり肌を冷めた空気が掠める。
「たいちょ、つめた…。」
「こうしとると、匂いやなんてそない気にならへんのとちゃう?」
「それはそうですけど…。」
「そんならええやん。」
どうせイヅルが一人寝することなんてないんやし、と笑むギンを忌々しげに見つめてから、花が綻ぶようにして口唇を緩める。
「こない天気やとどこにも行かれへんなあ…。」
そのまま体制を崩し、イヅルを膝に乗せるような体制になってからギンが残念そうに呟いたので、ギンの袖を軽く掴み、胸に頭をもたげさせてイヅルが呟く。
「今日はこのまま、お休みしてしまいましょうか?」
ふふ、と悪戯めいた笑顔を向けられ、ギンが困ったように眉をひそめて微笑む。全くこの子は、と、呆れるように呟いてイヅルを抱き直した。口付ければ、部屋の中はひっそりと雨の芳香に満ちる。
そろそろと、気を配るようにして雨がぽつりぽつりと息を潜めた。
眠りを鬻ぐ。(369副官。修→イヅ)
副官室というものはいつの頃より仮眠室に変貌を遂げたのであろうと顔をしかめると、伸ばしかけた手を恋次から制された。どこからも吹き込む風はないのに、傾けられた頭から定期的にさらりと髪が流れる。
「疲れてるんですって、コイツ。」
「例によって隊長の世話でか?」
「それもありますけど…まあ、隊長の世話ってことかな。アレも。」
「待て、それ以上言うな。」
無理はさせてないみたいっスけど、と恋次は笑うが、無理をさせていなければどうしてこのようなことになるのであろう。
「先輩はちゃんと寝れてんでしょ?いいなあ、うちの隊長も意外とぼけーっとしてるから仕事あんま早くないんスよね。」
「まあ…東仙隊長はそこにかけては真面目だな。」
「吉良はいつも言ってるんスけどね、隊長はいつも優しいって。」
「…信用出来ねえな。」
「まあ、そりゃあそうっスよね。」
これ以上甘ったるい話なんて聞けるかとばかりに修兵は視線を背ける。が、するとイヅルまで視界から外れてしまったので、やや不本意といった様子で顔の向きを戻した。恋次はそれを、可笑しそうに見ている。
「先輩が労わってやったらどうっスか。」
「そうだな、俺の睡眠を分けてやりたい。」
「無理言わないで下さいよ…てかそれイヤミっスか。」
お前らの心労なんて俺にどうしろっつーんだ、と毒づきながらも、目前を染める金糸をさり気なく指で掠める。すると僅かに動きが見られたので少しばかり不味いと思ったが、ふとイヅルの目の色を拝みたいという衝動に駆られ、不覚にもそのまま肩を揺らしてしまいそうになった。
■あとがき■
短文寄せ集め。勝手設定が飛び交っていてすみません。何か皆おかしくてすみません。(コラ)