Doll of Deserting

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人形即興曲:Ⅷ~second story~

2005-09-08 20:46:12 | 過去作品連載(パラレル)
Ⅷ~second story~:淡い城跡
 イヅルが彼女の何かに捕らわれたとするならば、棄てられたようなその瞳だろうと思う。それまでどんな不幸も知らず生きてきた彼女が、あの瞬間から見せた、絶望の色。それは少なからずイヅルの心を惹きつけた。我ながら悪趣味なものだとも思うが、それに何らかの既視感を感じてしまったのだから仕方がない。だからこそイヅルは、昔は桃と仲睦まじくすることが出来たのかもしれない。一種の罪の意識を覚えてからは、それすらも出来なくなったのだが。
『ご免、ご免ねー…。』
 願わくは、許しを請うてみたい。しかしそれすらも、今のイヅルには許されないような気がした。桃は別段何とも思っていないような顔をしていても、イヅルにとっては充分追い詰められる要因になり得たのだから。


 鐘の鳴る音が、聞こえる。


 イヅルと桃は、互いが人形だということを知らなかった頃より面識があった。引き取られた家が近かったこともあり、日番谷も交えてよく三人で遊んだものだ。イヅルはその頃から桃に淡い想いを抱いていた。女のような顔立ちに悩んだこともあったが、自分は完全な男であると信じていた頃の話だ。
 ある時、嫁入り行列を見ながら桃が言ったことがあった。
「将来はやっぱり、あんな風に綺麗な白い着物を着て好きな人と結婚したいなあ。」
 イヅルはそれを聞き、おそらく期待したことだっただろうと思う。今となってはもう覚えてもいない。共にそれを聞いた日番谷が、どんな表情をしていたのかも。ただ、ともかくも彼女の願いが叶えばいいと、それだけを思っていた。
 それなりに幸福に暮らしていたはずだった。それぞれの両親が、一人、また一人と消えていくまでは。
 三人全ての両親が死んでから、それぞれ散り散りになるかと思いきや、同じ場所に引き取られた。元より教職も副業として営んでいた藍染の家へと。三人共両親を失うまでは共にそこで勉学に勤しんでいたので、藍染には親しみがあった。桃など特に、彼に焦がれていたので尚更だ。
「良かったね、一度は路頭に迷うかと思ったけど。」
 イヅルは純粋に、心底感謝する気持ちでそう言った。皆の両親には、親戚と言えるようなところが僅かしかなく、しかもどういうわけか自分達は恐ろしく忌み嫌われていた。明らかに、人間を見るものではないような視線を向けられ、とてもその場にいられなかったのを覚えている。今となってはそれにも納得がいくが。
「ああ、藍染には感謝しねーとな。」
「もう!シロちゃんったら、藍染先生でしょ!?」
「藍染がこれでいいって言ったんだよ。『その方が君らしい』とかって!」
 イヅルが二人のやり取りにクスクスと笑い、最終的には三人分の笑い声が響いた。藍染は慈悲に満ちた表情でそれを見つめていた。―…その時は。


 事の発端は、三人がある程度成長してからだった。どういうことなのか分からなかったが、日番谷だけが身体的な成長を見せなかったのだ。精神的には三人の中で最も良識ある人間に育っていたが、身体だけは子供のままだった。藍染は言った。
「そうか、君だけは成長しないように造ったんだったね。」
 何を言われているのか、初めは理解することが出来なかった。藍染の思い出したような口調に、日番谷の心臓がざわざわと蠢くのみだ。そして三人は、全ての真相を知らされることとなった。
「人形だからといって特別何が出来ないというわけではないんだ。食事も運動も成長も人並みに出来る。それだけ僕は君達を精巧に造り、そして売った。」
「…っ。」
 イヅルの脳裏には、その時唇を噛んだ日番谷の表情が、まざまざと残っている。日番谷の望みは、成長し、桃を護り、それを貫くことだった。それを思い、イヅルは不覚にも目尻が熱くなった。
「日番谷君、どうだい。君が望むなら。」
―…新しい身体を、あげようか?
 やたらと甘美な声だった。それに引き込まれることを恐れたのか、これ以上自分の身体を藍染にどうこうされるのを拒んだのかそれは定かではないが、日番谷はをれを拒否した。このままでいい。時が来るまでは、と。
 イヅルが男ではなく、そしてまた女でもないと知らされたのもこの時だった。身体は男であったが、なろうと思えば女にもなれるのだと言われ軽い絶望を覚えた。当然だ。イヅルとて逞しく桃のことを護りたいと思っていたのだから。


 それからどうしたことか、桃の姿が消えた。自分達が人形だと知らされた直後のことだった。日番谷は藍染と桃が所謂男と女の関係になったのだと言ったが、それにしても姿を消すのはおかしいと思った。イヅルはとにかく周辺を探してみたが、どこにも見当たらない。座敷牢の前まで来て膝をついていると、突如として開かずのはずの中から物音がした。
 その時のことを思い出すと、今でも背筋が凍る。男と女の関係、というものを知らなかったわけではない。しかしそのことに関して自分は蚊帳の外の人間だと思っていたので、まして馴染みの女性のこととなると抵抗を隠せない。しかもその女性は、今でも自分が恋焦がれている人なのだ。
「雛森くっ―…。」
 声は、最後まで発されることはなく、そのまま嗚咽にまみれて聞こえなくなった。唇を手で押さえて泣きながら、なぜ自分は泣いているのだろうと問う。それすらも不確かなほどに、イヅルは涙というものを知らなかった。


 むしろこんなことになるのならば自分が身代わりになれば良かった。藍染がそれで満足するとも思えないが、桃に手を出されず済むのならば喜んで受け入れたことだろう。藍染には桃でなければならない。そんなことは百も承知なのだ。それでも、幼い頃からあれほど桃を護るのだと自分自身に誓約しておきながら、何も出来なかった自分を責めた。あれが桃自身望んだものだったということは、嫌というほどに分かる。だからこそ自分はもしかしたら口惜しいのかもしれない。そうも思った。

 彼等が築いた脆弱な城が、足元から音を立てて崩れていく。

「将来はやっぱり、あんな風に綺麗な白い着物を着て好きな人と結婚したいなあ。」

 
 彼女の言葉が、再び視界を掠める。


 今の彼女は、果たして幸福であるだろうか。



 …うちって健全サイトだったはずなんですがアレ?何ていうかそういう描写を書いたことはありませんが、毎回毎回それを匂わせるようなことばっか書きやがって。(笑←笑いごとじゃないよ)
 何かこう…桃は確かに好きな人と結ばれたわけだから幸せではあるのだけれども、彼女を大事に思っている男は客観的に見て桃を幸せではないと思ってる。だから自分は護れなかったって悔やむんです。