Doll of Deserting

はじめにサイトの説明からご覧下さい。日記などのメニューは左下にございますブックマークからどうぞ。

移転のお知らせ。

2007-12-22 21:54:19 | サイト説明
 急で申し訳ございませんが、検索避けなどの問題から移転することに致しました。こちらのページは過去ログとして残しておきますので、消えることはありません。リンクをして下さっている管理人様方は、お手数ですがお時間の空いた際に変更して頂けると幸いです。尚、ヘタリアに関する作品は全て下記のURL先に移動させ、こちらの作品は全て消去致しました。ご了承下さい。ブックマークも全てそちらへ移しております。


 新サイトURLはhttp://kiriya3182.blog.drecom.jp/となります。


 サイト名が微妙に変更されておりますが、意味は今のサイト名と全く変わりませんので、これまでのものを明記して下さって構いません。また、バナーも変更しておりませんので、どうぞそのままお使い下さい。
 これからの更新は新サイトの方で行いますので、慌しくはございますが、これからも見守って頂けると嬉しいです。どうぞ宜しくお願い致します。


 新サイトのお知らせ
 12月22日:小説更新

メルヒェン?第3弾:後編

2007-07-08 19:53:04 | 過去作品(BLEACH)
 昔々あるところにそれはそれは美しい…アレ?このくだり終わったっけ?


恋「じゃあいっちょ日番谷隊長、主役なんですからこれまでのストーリーを解説して下さいよ。」
日「このサイトの女装萌えを補足するために俺が身体を張らされた背筋も凍る残酷童話だ。
修「解説してねえ!全く解説してねえ!!そもそもこれ文章だし!女装萌えとかそんなん毎回軽くスルーだし!!」
日「ごちゃごちゃうるせえ。お前らは黙って俺について来い!」
二(顔と台詞だけは男前なんだけどな…。)


 ~そんなこんなで~


 キャラの略称紹介。

藍…藍染
浮…浮竹
阿…阿近
恋…恋次
市…市丸
乱…乱菊
修…修兵
イ…イヅル
日…日番谷


 など。


日「…もういいじゃねえか。一人残らず一斉にかかって来い。相手してやる。
藍「君は何でそう常に最強キャラ気取りなんだい?
※このサイトにおいては最強そのものなので致し方ない。
恋「いや、だから恋愛ものなんですって…。」
修「何で臨戦態勢なんスか。」
日「いや俺と結婚してえんだろ?」
一同「いや、特には。
日「黙れ。うっかり本音を口にするな。ええと…斑目は終わったよな、無理難題押し付けんの。」
阿「いや無理難題とか何も聞いてないどころか攫われただけなんですけど。
日「(無視)分かった。とりあえず浮竹、お前はアレを取りに行って来い。」
浮「蓬莱の枝?それとも燕の子安貝かな。」
日「いや、ロマンサリポリゴン。
浮「ロマッ…?」
恋「アンタ今テキトーに作っただろ!!
日「馬鹿言え。ロマンサリポリゴンはな、とある星では希少価値の財宝なんだぞ!!」
修「…どこの星っスか?」
日「夢で見たオレの星。
藍「さっさと故郷に帰りたまえ。
日「…お前がそう言うと本気で空に故郷があるような気がしてくるだろうが…。」


イ「かぐや姫ー!!!このようなところに!!!!
日「は?お前は一体…ていうかその後ろのヤツは誰!!??
市「あ、どーもぉ。帝いいますー。
恋「うわ軽っ!!!明らかにやる気ねー!!」


~そうこうあって~


日「…それで?どういうことだ。俺は何も聞いてねえぞ?」
イ「それが…事前にお伝えするつもりだったのですが、よりにもよって姫の生誕日に求婚者の方々がお見えになるとは思わず…。」
日「えっ今日俺の誕生日だったのか?おめでとう俺。今年こそマッチョマンになれよ。」
乱「いやそれはちょっと…。ていうか、帝はどうしてここへ?」
市「一応ボクかぐやさんと文通しとったんや。せやから求婚の仲間に入ろ思て来たんやけど…。」
日「けど?」
市「間違いなくこの子がかぐや姫や!と思うて声かけた子が何か月の使者とか言うもんやから、本物はどこにおるんやろ、て。まァ今となってはかぐや姫なんて過去の幻影やけどな…。
日「本人目の前にして言ってんじゃねえ。大体何だ、何でこのサイトの俺は男受けが悪いんだ?」
市「せやなあ…。」


Q:どうしてこのサイトの小ネタにおける日番谷君は男受けが悪いのですか?
ヒント:見た目と中身のギャップ。


攻めだから、とか言おうよ。


修「つーか、文通なんてしてたのか。どんな内容っスか?」
市「見せたげてもええよ。」


◎帝から


~拝啓、かぐや姫~

 
 如何お過ごしでしょうか。この頃の私はといえば、全身全霊を込めてタップダンスを踊りながら、岩場の陰を散策する毎日です。

 なかなかいいですよ、タップダンス。

 かぐや姫も先日、筋肉が付かないと嘆いておられましたね。身長も伸び悩んでおられるとか。

 死ぬ気で牛乳飲め。

 草々(結び方間違ってたらゴメンね☆)

 あなたの帝より


修「何スかこの何かにとり憑かれたような書簡は…。
乱「それでかぐや姫、何て返信なさったんです?」


◎かぐや姫から


~拝啓、キツネ男~←何で分かったby修兵

 貴殿、ますますご健勝とのこと、誠に忌々しい限りでございます。おっと失礼。
 体付きや身長について、度々ご相談に乗って頂きましたが、今日ではどうやら漸く成長期が訪れたのか、三月程で理想とも言えるスタイルへ変化致しました。

 誰が豆粒ドチビか。失礼。間違えました。

 いえ、まあ…もうチビとは言わせません。モヤシとも言わせません。あとは口説き落とすだけ、といったところです。
 いやむしろ、きっともう心はこちらに向かっているに違いない。昨日のグランマは今日のマイワイフ。昨日のグランマは今日のマイワイフ、なのですから。

草々(もはやこのまま結び切りたい。)

未来の乱菊の伴侶より。


恋「悪質なストーカーみたいなんですけど。
修「まだいたのか阿散井…。つーか絶対文通とかする気ねーだろ。筋肉の話持ち出してきた時点で何かに気付け、帝も。」


修「他の人はどうしたんだ?」
恋「大半は馬鹿らしくなって帰りました。浮竹隊長はロマンサリポリゴン探しに行きました。
修「マジでか。どんだけ素直なのあの人!てかあの後の話聞いてたの?」


市「まァそういう若かりし頃のロマンスやけど…。」
乱「いやまだそんな経ってないでしょ。」
市「せやけどボクはもうええねん…。月からの使者さん、かぐや姫月に売っぱらって一緒に暮らさへん?
イ「いっ…いえ、あの、僕の使命は姫を無事月に送り届けることであって…。」
日「売っぱらう言うな。いんじゃね?俺がばあちゃん連れて月に帰ればいいことだし。
修「いや勝手に決めんな。
乱「あら、いいじゃないv楽しそうだわvv」
恋「オーイ、既婚者ー。あんな手紙見た後でよく付いて行く気になるっスね…。」
乱「細かいこと気にしてたらかぐや姫の育ての親なんてやってけないものv」


イ「でも私は仕事が…。」
市「ええてそんなの、かぐや姫もああ言うとるんやし…。」
日「いいから無理矢理にでも妻にしちまえばいいだろ市丸。そんでその惰性で次に「天女の羽衣」すればいいじゃねえか。
恋「マジすか。」
修「そうかその手が…。」←妻のことは既に失念している
イ「えっ許されるんですか!?そんなオチ!!!



*あとがき*
 許されません。(笑)この後結局かぐや姫は両親とも連れて月へ帰り、


乱「かぐや姫、お帰りなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも牛乳にする?
日「第4の選択肢:お前。
修「いや、違うだろ。色々と。


 相変わらずこんな日常を送っている模様。(笑)


 イヅルさんは市丸さんがとうとう離してくれなかったので、月に帰らず奥さんやってます。(笑)


市「ハー。幸せやなあ…。ちゅうか、イヅル。あの後かぐや姫さん達はどないしとるんやろうな?」
イ「あ、この前ハガキが届いておりましたよ。結婚しましたって。かぐや姫の字で。」
市「変わってへんな。本当やったとしてももう分からへんわ…。」


 誰か浮竹さんの心配をしてあげて下さい。(笑)

花籠。(ギンイヅ。捏造侘助+藍染)

2007-04-28 20:38:22 | 過去作品(BLEACH)
 やかましい翅の音に鼓膜を導かれ、ふと視界を定めればいとおしい顔がある。



 いとおしい、死に顔がある。



 ぞっとして瞼を開いた。よくあるまやかしだ。近頃はとりわけこのような夢に額を打擲され、はっと目を覚ますことがあった。眼前にじっと近付いてみる。常に痛々しい程細められた瞳は、暫しの休息か大人しく閉じられていた。口唇に迫り、思わず息の音を確認するが、危ぶむまでもなくそこからはすうすうと安寧が吐き出されている。
(今更何を懸念すると言うのか)
 幾世紀前より繰り返されてきたこの世界の決まりごとが、そう容易く崩れるわけもない。すたすたと響く耳障りな侵入者の合図、離散する人々、貫かれる、臓の匂い。その全てがただの夢物語である。莫迦らしい、と一言で一蹴して、銀糸を掻き分けると顔を傾け口付けた。
(大丈夫。ずっと一緒ですよ)



「……お前さ、一回医者に診てもらった方がいいんじゃねえの?」
「失礼な。至って正気だよ」
「そんなはっきりした夢見んのなんて、この世界じゃお前くらいだ」
「君にだってあるだろう。そういう突拍子もない夢を見ることくらい」
「そこまで血生臭えのは一度もねえな」
 嘆息した恋次の表情には、明らかに呆然とした色が見て取れた。イヅルはううんと僅かな同意を感じさせつつ、このところ日常的に垣間見せられている惨劇の一端を思う。確かに現在の死神からすればそれは単なる夢物語に過ぎぬであろう。けれどもイヅルには、どうしても夢として納得できない部分があった。
「そもそも考えてみろよ。藍染隊長が実は悪人だなんて、雛森に言ったら張り倒されるぞ。それともお前、『吉良君、藍染隊長のことそんな風に思ってたの?酷い!』とか何とか詰られたいのか?」
 いささか似合わぬ友人の口調に嘲笑を隠しきれずにいると、あからさまに気分の悪い表情を浮かべられた。
「ご免ご免。まあ普通に考えればそうだよね。普通に、考えれば」
 しかしてその紅は眼前で反射する。幾度も幾度も、思い知らせるように。その度に閃光は口走るのだ。決して離すなと。その白い手を、その白い背を、その白い眼差しを、決して離すなと。そうして己は頷くのだ。離すものかと、言われるまでもなく離すものかと。けれどもその閃光の正体も、留めるべき対象も、何も知らされぬままに夢は終わる。否、知らされぬままで幸せなのやもしれぬと思う。



 夢の果てを待てども待てども、同じところで覚醒する日々を送りながら考えあぐねていると、三席からどうされました、と問いかけられた。曖昧にはぐらかし、用件を問い返せば、どうやら客人らしい。はて、と思う。よくよく聞いてみると、客人でなく進物だという。とはいえ、疑問視するのは変わらぬのだが。
「差出人の名が書かれておらぬのです」
「ううん……ところで真に私宛てなのかい?」
「ええ、それは間違いございません。吉良副隊長殿、と確かに」
「それで、何を贈って頂いたのかな」
「あらかじめ不審物等のなきよう確認されているはずですが、そういった申告はございませんでしたし、吉良副隊長に宛てられたものとなれば私どもは関与できませんので、申し訳ありませんがこの場でご開封をお願い致します。……個人的なものでしたら、そのまま自室へお運び下さって構いませんので」
 失言でございました、と三席はあらかじめ付け加えた上で謝罪した。何しろイヅルには、故意に匿名で記された進物が時折贈られて来るのである。大抵が市丸からで、やましいものは一切ないがこの場で開封するのは気恥ずかしい。その点を三席は弁えているはずなのだが、つい口を突いてしまったらしい。
「構わないよ。どうやらこれはいつもの進物ではないらしいから……やけに可愛らしい大きさだし」
 面長の箱は市丸が贈ったものにしては軽く、容量も小さい。イヅルは、余計に緊張した様子でその紐を解いた。これが市丸からでなければ、誰からであるというのだろう。この世界においては、軽量なものをより恐れる必要がある。形状をもつものならば対処のしようがあるが、鬼道により何らかの術を施されたものであった場合は、何れかの死神が己を貶めようとしているという可能性もでてくるからだ。三番隊に在籍する限り、そういった悪意は付き纏う。己が定めた道を歩み切るためにも、このような際には適切な機微を見せなければならないのである。
「これは……やはり隊長からだろうか」
 封を開き切ると、イヅルは開口一番にそう述べた。三席が訝しく思い箱の様子を窺う。するとそこには、縦開きになった籠に、惜しげなく満たされた藤の花があった。それも藤色ではなく、紅と純白の二房である。
「……白い藤は存じておりましたが、紅の藤というものがあるのでしょうか」
「ああ……僕もこのような色は終ぞ拝見したことがない」
 やはり何らかの鬼道が成されているのだろうか。否、それにしても麗しゅうございますね。そのような会話を忍びつつ、イヅルは三席の言葉に重く頷いた。確かに麗しいが、贈り主の名がなければ花の美貌も忌避すべきものに変わってしまう。
「……これは一先ず、僕が預かることにしよう」
「しかし、何ぞ害が及ぶものであったならばどうなさいます」
「案ずることはない。提出を迫られるようなものではないようだし、君達に任せるより、普通は副隊長である僕が管理すべきだろう?それに、火急の際を考えれば、隊長に最も近しい者が預かった方がいいのではないかな」
 そこまで一息に申し立てると、イヅルは突如としてはっと口を押さえ押し黙った。驕っているつもりはない。隊長に最も近しい者となれば、誰しもが副隊長を挙げることであろう。けれども己の口振りにどうも別の意思が含まれているような錯覚を覚えて、ふと恥じ入ったのだった。その様子を、三席は微笑ましげに見つめている。
「でしたら、もし何か不都合がおありになるようでなければお願い致します」
「ああ」
 こくりと頷くと、互いに職務を遂行すべく翻る。それでもイヅルは、手中の籠をじっと注意せずにはいられなかった。
 その日はそういったことで事無きを得たはずだったのだが、花はその後も、幾度となく贈られてきた。初日の藤をかわきりに、梅、牡丹、百日草に曼珠沙華、木蓮の枝。定められたように紅白の色をしているのが酷く印象的であり、またそれが人為的なものであると思うと、ぞっと不気味でもあった。
 しかし、幾度目であったか、血色と雪色の椿が贈られてきた折に、贈り主が知れた。



 名残雪が白く発光する。未だ春待ちの風情を絶やさぬ邸は、主人であるイヅルにとって密かな誇りであった。どのように美麗な精神世界を繰り広げる刀であろうとも、侘助ほど立派な邸を持つ斬魂刀はない。というよりも、屋敷らしい屋敷を持たぬ刀が大半であるという意味合いなのだが。
 この邸は、いかなる火急であろうとも緩慢とした時節を巡る。そのような性情が屋敷の主にも及んだのであろうかと考えてみるものの、瞬時に改めた。常ならばこのように回りくどい真似はしない。
 きしきしと軋む廊下を進み、冷えた邸の中を迷いなく歩いていくと、イヅルが顔を見せるより先に、奥から女性が二人歩み出でた。
「ほう、これはこれは……珍しいこともあるものだな、主よ」
「まあ、ようこそいらっしゃいました。けれども本当に……稀有ですこと」
「呼び付けた側がよくもまあ」
「呼び付けなどするものか。主が忙(せわ)しい身であるのは心得ている故、どれ程恋しさに苛まれようともお呼び立てなどせぬであろう?我等は」
「然様ですとも」
 わざとらしい口上を並べ立てる侘助を一瞥し、イヅルは重く息を吐いた。
「まあ、いいだろう……。僕も丁度顔を出したいと思っていたからね」
「それでこそ我が君」
「こちらとて、決して意図もなく行ったわけではない……参られよ」
 ああ、と返事であるような溜息であるような声を発し、後に続く。平素ならば主人に逆らおうなどとは露程にもない、従順な刀達なのだが、いざ意を決した際には仮にも男である自分が気圧されてしまう。元来女とはそういうものなのやもしれぬ、とも思うが。
 導かれた書院の間には、人ひとり映ったとしてもまだ余分であるような、広大な三面鏡が置かれていた。未だ足を踏み入れたことのない部屋で、イヅルは暫し立ち竦んでしまう。そこには、目にも鮮烈な世界が広がっていた。己ではない。三面全てに異なる風景が並んでいるのだ。
「これは……」
「昔日、現世、そうして将来。左方から右方へ、渡り歩く生の姿……当然ここは主の精神世界であるからして、主を軸に映し出されておるがな」
 成る程、それならば己は映し出されずとも当然である。イヅルは、じっとその先を見つめた。友が笑んでいる。父母が笑んでいる。そうして、やはりというべきか、左方ばかりに視線を向けている己を嘲笑いたい思いがした。
「それで、これがどうしたと言うんだい?」
「否、貴方様は近頃、頻繁に迷い込んでおられるようでしたので」
「迷うだって?僕が?」
「ええ、この先の、知らずとも良い可能性と頻りに通じて、毎夜魘されておられます……思い違いを致しましたか?」
 ぎくりとした。一体何をご覧になっているのですか、と暗に述べる白を見付りながら、事実と寸分違わぬ指摘に辟易する。安穏とした声音が酷く虚ろで、腹を抉られているような気配さえした。
「……可能性なんかじゃない。おそらくこれは夢なんだ。幻想でしかない」
「幻想などではない。この世界では起こり得ぬことだが……こちらとはまた別の尸魂界で、別の主が同様の目に遭っている」
「一歩道を違えれば、貴方様が歩むことになっていたやもしれぬ局面でございます」
 三者の瞼が一様に瞬きを止め、しんと静まり返る間で、息吹のみが嫌に生を感じさせた。胸が何かに怯えるように早鐘を打っている。目を見開きたいと思うが、それすらも出来ぬ状況であった。眼前の鏡を不思議と眩しく感じたのだ。しかし、同時にそう感じてしまったら終わりだ、とも薄っすら考えた。目も当てられぬ程に神々しいのは、他でもなく過去が輝いているからであろう。けれども、今の現実を映す鏡まで光輝に満ち溢れさせてはならない。現在の日常すら過去の輝きとなって、消え去ってしまうような錯覚を覚えるからである。
「道を違えれば……?ならばこれより先にも、こういった事態に陥る可能性が存在しているということかい?」
「存じません。……それは、貴方様ご自身の導きによるものですから」
「ならばどうして今日僕をここに呼び寄せ、突き付けるような真似をしたんだ。忠告のつもりかい?」
「そう思うか?……主よ」
 紅は、重い調子で呼び掛ける。決まって言及をする際の声だ、と思った。
「畏怖すべき未来を案じたのではない。このような道を歩まずに幸いであったと、安著させるためでもない。ただ知らせたかったのだ。主にとって最も優先すべき存在を、心に想う存在を、知らせたかった……少なからず、癪ではあるがな」
「失うか、失わぬかの決断を迫られる窮地の際にならねば、そういったことには気付かぬもの」
 そもそも花を贈られた時、誰の名を考えた?と呟かれ、憚らず苦笑する。進物を贈られた際、瞬時に名を思い浮かべるということは、それは即ち大事に思われている自覚があるのだと言う。愛されている自信がおありなのだろうとも迫られたが、それは違うと否定する間もなく眼前に薔薇が差し出された。
「……その顔を見る限り、こんなことをするまでもなかったようだが」
 白薔薇の女王を一瞥し、手で薔薇を飾るような繊細な仕草を見せてそれを受け取る。
「……今更だよ。優先すべきものも、愛すべきものも、随分以前から理解している。己の生よりも、むしろそちらの感情をより深く感じているくらいだ」
「それでも、認めて置きたかったのです。使命や義務といったものに乱された感情ではないのか。貴方様が真実にご決断なさったことなのか。……真摯に、あの方を想っていらっしゃるのか」
「まるでそうでなければ良いと言っているようじゃないか」
 二人は口唇を左右に吊り上げるばかりで、否定する様子も見せない。イヅルは深く息を吐いて再度鏡を見つめた。先程までの白光は既にない。
「真摯なんて、そんな感情じゃあない。僕は抉られたいんだ。いっそ砕かれて、飲み込まれたい。……壊して下さっても構わない。こんなことを言ったらあの人はきっと僕を詰るだろうけれど、孤独を強いられるよりは、殺して行って下さった方がどんなにか救われるだろう」


“だってゆくゆくは必ず、あの人はどこかへ行ってしまうんだからね”


 そのための覚悟はあるつもりなんだ、と嘯くと、侘助は複雑な瞳をして黙り込んだ。
「……いけません、貴方様がそのようなお覚悟でいらしては」
「死神の言霊はまやかしのように緩く、また広がり易くもある。確かに声は幻想だとも言えるが……真になるぞ。殊に、今のような脆い状態では」
「だからって、他にどうすればいいというんだ。心からあの方を信頼して、寄り添って、依存した後に斬り捨てられてしまったら?」
「今の主はただの自暴自棄だろう。何も人と人との間に美しいものばかりがある訳ではない……それは誰よりもご存知ではないか」
「そうなればいいと思っているのではないよ。僕は……突如として眼前の幸福が損なわれることもあるのだと、幼少より知っている」
 ずく、と息を呑む。捻じ込むようにしてそれを嚥下させると、剣呑とした表情を崩さぬ刀達を見やった。怯えさせたいとは微塵も思わない。けれども知らせたい。己がどれ程までに夢心地になることを戒めているのか。どれ程までに、愛情というものを穢しているのか。
「道が別たれること、棄てられること、棄てること、ふと消えてしまうこと、どちらかが堕ちてゆくこと、斬り合うこと、殺されること、殺すこと、もしくはその他何らかの状況で死別すること……全ての可能性を、常に思い描いていなければならない。一瞬たりとも酔ってはならないんだ。己が殺し殺される立場であること、既に死んでいることも、考慮に入れた上で人を愛さなければならないんだよ」
 己のギンに対する愛着や情愛の類は真実だ、と断言することができる。それでも、身の内に宿る疑念は拭えない。そのうち内包されたどちらかの狂気が染み出して、現在のような幸福は紛い物になってしまうやもしれぬ。けれどもそれは、誰にとっても言えることである。この世界に、息衝く限り。


「僕達に安息はない」


 悲痛となって流れ出た言葉を最後に、侘助は言葉を発さなくなった。しかしそれは見限ったのでも、発す言葉を捜していたわけでもなく、離れた我が子を懸念するかのような面差しであった。
 そこで目を覚ました。はて、と思う。確かに今の今まで精神世界で侘助と言葉を交わしていたというのに、覚醒した場所は自室であった―否、自室かと考えたそこは、見知らぬ邸であった。鬱蒼としているように見えたものは縁側を境にした杉の枝で、あたかも夢想していたかのような錯覚を覚える。仰臥の体勢からおもむろに上体を起こし、傍らを見た。すると、そこには信じられぬ顔がある。
「やあ、起きたかい」
 柔和な鳶色を輝かせた頭部が、ふとこちらを振り向いた。眦も髪と同じく穏やかな風情を湛えている。この頃常にイヅルの瞼の奥で不敵に笑んでいた顔が、深い眼差しでこちらを見付かった。
「藍染、隊長……」
「驚いたよ。雛森君と一緒に隊舎に帰ったら、廊下に君が倒れていたのだからね」
 まさか、という言葉も続かせぬまま、藍染が続ける。
「吉良君、近頃疲れているんじゃないかな。彼女も気遣っていたよ。君の様子がおかしいと」
「雛森君が……?」
「うん」
 ただの幻影であるはずはなかったが、侘助が自室に座していた自分を隊舎の前に放り出すとは考え難い。それも自隊ではなく五番隊の、だ。むしろ己が精神世界に訪れている間、夢遊病のように場を移したと推測した方がそれらしかった。
「あの、申し訳ございませんでした。ご迷惑をお掛け致しまして……」
「いや、自室に連れ帰って、後は寝かせていただけだ。魘されるでもなく、君は眠り込んでいたのだから、何も世話をすることはできなかったよ。これくらいのこと、迷惑のうちにも入らないさ」
 にこりと人好きのする笑顔を見せる藍染には、疚しい点など少しも見られなかった。恋次の言っていた通り、むしろ疑心暗鬼に駆られていた己の方が可笑しくなってしまったような気がして、僅かながら恥じ入ってしまう。
「それにしても、妙なことを言うものだね」
「え?」
「目覚める前、君がぽつりと呟いたんだよ。寝言と言った方が正しいかな。『覚悟はできてる』『安息はない』って。それから何度も『行ってしまう』と、何かを追いかけるみたいに……魘されている様子ではなかったけれど、やっぱり仕事で何か思い詰めていることがあるんじゃないのかい?」
「……決して、そのようなことは」
「僕で良ければ聞くよ。それとも信用できない?」
「いえ、無論そういう訳ではありませんが……藍染隊長だけでなく、どなたにも申し上げることはできないのです。市丸隊長には、特に」
 意志の強い眼差しに、藍染は嘆息するようにそっと苦笑した。聞き出すのは諦めたようだったが、洗い浚い打ち明けてしまおうかという気持ちもあった。藍染は、元来他人にそういう意識を持たせる男である。けれども幻想の中での藍染の行動を説明しようにも、それは憚られた。たかだか夢の中での事象を打ち明けることで、印象を下げたくはなかったのである。
「藍染隊長、一つ伺っても宜しいでしょうか」
「うん?どうぞ」
「己が命を捧げたお方と生き別れてしまったら、どうすれば良いのでしょう」
 あまりにも断定的であるという自覚はあったが、尋ねずにはいられなかった。何の覚悟もなく突然に姿を消されれば、どうなるものなのであろう。そういった覚悟もなしに他人を愛して、果たして救いはあるのであろうかと、それが知りたかった。
「……そうだな。どうするか、それは状況にもよるけど……ただ一つ言えることは、少なくとも別れというものはそう悪いものじゃないってことだ」
「悪いものではない?」
「そう。確かにできるなら経験したくないことではあるけど」
 藍染は、でも、と一息ついて続ける。
「『然様なら』という言葉には、『そうならねばならぬなら』という語源もあるんだ。思いの深さを感じるじゃないか。別れの際になってその人の重みを知るというのは、あながち嘘じゃない」 
 諦めたようなその言葉は、今の己の心情に近しいとイヅルは思った。例えば今、ギンとの別れを強いられたならば、その言葉で己を締め括るやもしれぬ。別れを享受しながらも、共に在りたいという思いは永遠に、腫瘍を残してゆく。おそらくは心臓の中心に、重苦しい毒を残してゆく。
「実に、美しい話だと思うよ。もし僕が愛する人と別れることになったら、その言葉を残したいとも思う。どのような状況になったとしても、『然様なら』と、それだけは伝えていきたい」
 きっと叶うでしょう、という言葉を差し出しかけて、そうっとしまった。未だに差し掛かった痞えがそうさせたのである。
「そうですね……本当に。僕も是非それが良い」
 うん、と藍染は笑みを深くする。イヅルは複雑な心持ちであった。こちらとはまた異なる世界で、ギンや藍染との離別を余儀なくされている吉良イヅルは、このようにして藍染と談笑することができないばかりか、尊敬の念まで悉く踏み躙られているのである。
「可笑しな話をしてしまったね。君ももう戻った方がいい。皆心配しているよ」
「ええ。では失礼致します。お気遣い有難うございました」
「いや、またいつでも来るといい。今度は是非美味しいお茶を用意して待っているよ」
「痛み入ります」
 二度とこの男性の悪辣な顔を見ることがないように、イヅルは祈りながら隊舎を後にした。



 三番隊の隊舎に到着すると、ギンが扉に凭れていた。そうしてイヅルの姿を見るや否や、待ち構えていたように視線を動かし、眉を顰める。けれども霊圧は畏れなければならぬものではなかったので、ほう、と一つ息を吐いた。
「市丸隊長、申し訳ございません。ただ今戻りました」
「うん、ええけど。けどな、確かに人のこと言えた義理やあらへんけど、休憩中に一旦自室に戻ったまんま帰って来おへんて。それも部屋に行ってもおらへんかったし。そういうんはどうかと思うなあ」
「真に申し訳ございませんでした。時間内に戻るつもりでいたのですが、手間取りまして」
「何に」
「侘助に、呼ばれたものですから」
 本来ならば、非番の日に赴くつもりであった。けれども職務が思うようにいかず、已む無くの逢瀬であったのだ。イヅルは、侘助との逢瀬、藍染からの配慮を、包み隠さず打ち明けた。隠蔽しようとしたところで、何れは知れることだと分かっていたからである。けれども、夢の話や、精神世界での出来事は広言を控えた。何にしても、ギンにはとるに足らぬことである。
「ふうん、そらまたえらい大事になったんやなあ。まあはじめからイヅルが職務を放棄したとは考えてへんかったけど」
「恐れ入ります」
「それで、倒れてたんやろ?身体の方はええの?」
 言いながら、イヅルの頭をぽんと長い指で覆う。ギンのこういった気遣いは、傍目にはお遊びにも映りやすいが、心からの行為であるということをイヅルは知っていた。
「ご心配有難うございます。ですが、元より意識のない状態での行動でしたので、別状はございません」
「ほんならええわ」
 イヅルにしか見せぬやんわりとした笑みを浮かべ、そこで漸く「お帰り」という言葉を聞いた。
 仮にこれより先の世界で、二人目の己に出会うことがあったならば、その時には籠に言霊を提げて贈りたい。『然様なら』と、一見怜悧にも思えるその言葉に込められた熱が、幾重にも咲む花となり、そうして実になればいい。豊かな実に込められた思いが更なる種を成し、その時こそ己の想いを形成したならば、また再び、それは花開くのだから。





*あとがき*
 かぐや姫に切羽詰りつつ、「せめて今度こそお誕生日更新だけは……!」という思いから、本当は一月前、イヅルのお誕生日記念に更新しようと思っていたもの……。(汗)『然様なら』が昇華されると、『愛している』になると思ってます。恋でなくとも、例えば親愛や友愛であったとしても、『お誕生日おめでとう』に込められている意味と同程度の意味が、『然様なら』もとい『そうならねばならぬなら』には込められていると考えているのです。因みにこの語源の話、とある演劇で聞いた話を簡潔化したものです。初めて聞いた時からいつか使おうと思っていて。意味などはほぼ主観ですので、正しいのかどうかは分かりません。突っ込まずにいてやって下さいませ。(汗)それにしても市丸さん甘い。相変わらず市丸さんじゃない。(今更)「人に厳しく自分に甘く、吉良イヅルにはとことん甘く!」がうちの市丸さんの心情かと…。(いや、むしろ自分にも厳しいかも。汗←それこそ市丸ギンじゃない)

華茶忌憚(乱イヅ・ギンイヅ・日乱前提)

2006-12-24 17:44:08 | 過去作品(BLEACH)
*折角のクリスマスなのだから何かしようということで、申し訳程度に上げたクリスマス祝いの品でございます。かぐや姫を心待ちにして下さっている方々には本当に申し訳ないのですが、いつも当サイトを楽しんで下さっている皆様への心ばかりの作品を書かせて頂きました。いつもより短文ではございますが、受け取って下さると幸いです。





 乱れた蛍光の色が嫌いだ。深い燈篭色の髪が視界を霞め、それが手にしていた煌びやかな樹木を見てイヅルはそう感じた。否、樹木ではない。あくまでもそう見立てようとしているだけである。白々しい、と一言呟くと、彼女は眉を顰めてあからさまな不快を露わにした。
 あの人がいつでも壊せるように、壊して中へ踏み入れるようにという思惑の潜んだ丸く薄い硝子窓は、至って和の香りを途絶えさせぬこの部屋において唯一異質である。ぽっかりと白く、僅かな光輝のみを滑らせるその空洞を、乱菊は月のようだと思った。
「それで、どうしたっていうんです。それは」
「現世ではね、こういうもので今日という日をお祝いするのよ」
「何のために?」
「西洋の宗教よ。それを広めた人の聖誕祭……だったような」
 そうでなかったような……曖昧な文句をぼんやりと聞きながら、現世では随分と妙なものが流行っているのだなと慇懃に頷く。当然、信者達にすれば無礼極まりないことである。少なくとも普段の自分であれば、そのようなことは思わぬであろう。
「……自分で発光しているんですか」
「違うわ、電池よ。分かる?この開閉器」
「はあ……」
 試しにそこを軽く押してみると、成る程確かにちかちかと存在を証明していた光輝は消えた。けれどもそうなると、何も飾らぬ人形のようでどこか味気ない。乱菊はイヅルの表情に僅かばかり苦笑し、再び灯りを燈した。
「ね、こっちの方がいいでしょう」
「……ええ」
 輝くことを忘れたイヅルの瞳の蒼さが、翳ったように見えた。この頃そうあるのが常だ。あたかも温い美を愛でてはならぬと言い聞かせているかのように、その双眸は暗く沈んでいる。喪に服してでもいるつもりか、と乱菊は微かに思った。
「辛気臭い顔しないでよ。今日は聖夜だっていうのに」
「それならば、何か特別なことがあってもいいじゃありませんか。例えば……」
「恋い慕う人が会いに来るとか?」
 乱菊が問うと、イヅルは神妙な面持ちで黙りこくった。イヅルの想いは理解しているつもりである。とはいえ、イヅルがどれ程ギンに懸想していたのか、どれ程思い悩んでいたのか、それを推し量ることまではできなかった。
 今はただ、痛々しい。
「ねえ吉良、お願いがあるんだけど」
「何でしょう」
「アイツのことを、忘れてやってはくれないかしら」
 ぞっとイヅルの背を悔恨が過ぎる。ともすれば激情を露見させてしまいそうな瞬間に、乱菊はするりと踏み入ってしまったのであった。口上としてはならぬことであると、理解した上での行動だからこそ始末が悪い。
「分かっている癖に、どうしてそう引き剥がそうとするんです」
「どうしてって、それがアイツの望んだことだもの。忘れた方がアンタは幸せになれる。あたしだってそう思うわ」
「……あなたは、何て狡い人だろう」
「そうね。でもあたしだっていつアンタになるか分からない。いつあの人を失うか、あたしだって分からないのよ。あの人だってそう、今にギンのように、あたしを失うかもしれない。だってそうでしょう、そういう世界で生きているんだもの。分かるわよね」
「……松本さんは、こちら側の人だと思ってました」
「そうね、きっとあたしも、今あの人を失ったらアンタと同じようになるでしょうね」
「だったら、」
「でもアンタは駄目よ。あたしはもう酸いも甘いも知り分けてる。これからの人生を全てあの人に費やしても構わない程に、存分に生きたわ。死んで、そうして生きた」
「それなら、僕だって」
「アンタはまだ、充分と言える程生きてはいないじゃないの。初めて自分を託した男にこれからを全て預けるつもりなの?……ああ、駄目だわ。心配してやってるつもりなのに、どうしても説教臭くなって」
「……有難く、受け取らせて頂きます。それでも一言宜しいですか」
「どうぞ」
「大丈夫ですよ、僕の内にはまだ空きがあるんです。市丸隊長以外のものも、きちんと納められるだけの空白が……今はなくても、必ず作りますから」
「吉……」
「それでも」
 諌めるように放たれた乱菊の声を、イヅルの一言が遮った。


「僕に祝福を教えて下さるのは、永遠にあの方だけなんです」


 室内を、冷えた光が差した。乱菊は軽く首を擡げて薄っすらと笑う。窓の外では闇が雲母を食んでいた。咲笑う表情を改めると、緩やかな寒気が躯を蝕む。ああ、また冬なのか。茹だるように己の暖を主張する夏よりも、根底から抉るような寒さを湛える冬の方がより人肌を恋しく思わせる。虚空、と表すのが正しいような空中に彼の姿を感じるのは、あの掴みどころのない姿見ゆえであろうか。
 乱菊が何を返して良いものか戸惑っていると、イヅルはうっとりと微笑んでみせた。そうして必ず乱菊の持って来る上物の酒の傍らに、とろとろと甘露茶を注ぐ。薄っすらと美しい飾り模様があしらわれ、甘い色で彩られた茶器はおそらくギンから贈られたものなのであろう。飴色の水面の上に、緩やかな弧を描いて菊の花が覗く。その中に、鮮やかな色をした覚悟が見えた。
「あら、じゃあこっちはいらないのかしら」
 酒瓶をちらつかせながら、乱菊が嘯く。イヅルは僅かばかり苦笑し、小さく「頂きます」と言ったが、その後で再び改めるように「でも、今はこっちにしませんか」と呟いた。品の良い香りが立ち上ったかと思うと、乱菊の前に差し出された茶器の上にも、同様に大輪の花が咲む。乱菊はそれを見て快く了承した。やはり彼女も一角の女であるのだ、とイヅルも頷く。
「綺麗ね」
「ええ」
「ねえ吉良、仮初ではあるけど、良い夢を見せてあげましょうか」
 言ってから、乱菊は先程持参した緑青の樹木を取り出し、茶器の傍らで揺るがせ始めた。それと同時に、室内の灯りを全て消し去る。何を、と声を上げたその頃には、時既に遅しであった。
 さらさらという清冽な音が聞こえてくるかのようであった。光と光が反射し合い、普通では考えられぬ幻想を見せている。茶器の中の甘露茶は浅く高揚し、ふらふらと揺らぎながら花を崇めているようであった。すると光の加減により、菊の花がさながら白金のような色に変わる。
 乱菊がぴたりと静謐を取り戻しても、具合はそのままであった。
「……駄目もとだったけど、上手い具合にいったわね」
「鬼道ですか?」
「いいえ、自力よ。アンタ、魔法にでも見えたの?」
 あんな子供だまし、と乱菊がのたまう。イヅルは何か狂おしいものを感じて押し黙った。
「綺麗だったでしょう。……想い人のように」
「ええ……」
「あたしにとっても、悪いもんじゃなかったわ。あれはあの人の色でもあるもの」
「ええ……」
 その後は、もう声にもならなかった。一生分の祝福を身に受けたような錯覚を覚える程に、乱菊の作り出した幻影は現の宵夢であった。そうしてイヅルはやはり思うのだ。己が祝福を与ることができるのは、ただ一人だけであると。
 嘲笑うように、けれども機嫌を窺うように、茶器の中の花はそろりと崩れていった。ああ、好きなだけ捨て置くがいい。この聖夜に、偽ることができるものは何もないのだから。好きなだけ嘲笑うが良い。この聖夜に、彼の人を待ちわびるのはおそらく己だけなのであろうから。
 じっと見つめた先で、萎れた花は尚も鋭く瞬いていた。



澄み渡る雹
咲笑う現人
然る夜に惑うのは
己か人か、彼の人か

 

*あとがき*
 ……というわけで、どうにかこうにかで仕上げたクリスマス短編です。ツッコミどころは多々おありになるかと存じますが(汗)生暖かい目で見て頂けると……。
 青朱白玄のような雰囲気にしたかったので、話も大体そんな感じに纏まっております。時折イヅルの部屋で呑んでいるうちの乱イヅ。(仲良し推奨)
 とうとう今回は乱菊さんがイヅルに忘却を薦めてしまいましたが、それもイヅルのことを想うが故です。ちなみにうちの乱菊さんは、もしイヅルのように日番谷隊長を失うことがあったとすれば、待つよりも追いかけます。(笑)死別した場合は今のイヅルのようにじっと想い続ける覚悟が出来ている模様。
 この調子で年始には捏造斬魂刀スペシャル(主人も巻き込んで宴会騒ぎ)が出来ればいいなあ。小説で落ち着いて出来なさそうな場合はギャグで。(笑)
 かぐや姫の第3話も頑張らねば……!

ラストカーニバル(ギンイヅ+日乱+藍染)

2006-10-22 16:59:42 | 過去作品(BLEACH)
*パラレルです。そして当然の如く大人日番谷です。ご注意下さい。




 騒々しく肢体を揺らしていた鐘が、ぴたりと振動をやめる。同時にそれまで忙しく蠢いていた人間の群れもとんと歩を途切れさせた。その頭上には、飴細工のように綿密に、けれどもやや雑に張り巡らされた操り糸の姿がある。男はそれを指先の全てで一旦引くと、一気に落として叩き付けた。人形の大半は、それによって交差しながら崩れていく。
 つまらぬと思うが、さぞ小気味良いとも思う。この男にはそういうところがあった。何もかも思い通りになることはひどく手応えがなく、面白みのないことだと考えているが、だからといって自分の意向通りに動かぬものの存在も赦し難い。
 ただ言うなれば、自分の最期を任せることがあるとすれば、それを委嘱するのは後者であろうと思う。どこまでも己に従属する愛情を以って殺して欲しいとは思わない。己に対して仇のような憎しみと、愛や色情よりも深い殺意を込めて、刺し殺して欲しい。
「……まだそんなモンに精入れてはったんですか」
「ああ、まあね」
 にこりと人好きのする笑みを浮かべながらも、それは決して博愛を湛えているわけではない。動く度に僅かばかり揺れる鳶色の巻き毛が元よりのものでないことも知っている。書籍を熟読しすぎて視力を落としたのであろうと誰もが考えるその眼鏡も、その下にある鋭利な眼光を覆うためのものである。
「綺麗だろう?……尤も、僕が作ったわけではないけどね」
「そら、アンタがそこまで器用やないいうことは心得とります。実験の時かて、細かいとこは部下や院生に任せきりやったもんなあ?」
「……厳しいことを」
「まァ、アンタは創る過程よりも遊ぶことの方を楽しんどるみたいやから、そう煩くは言わへんけど」
 皮肉めいた口調でそう答え、造りもののような痩身を翻す男の名は、市丸といった。はるばる京都から引き抜いてきた逸材だが、藍染の尊厳をまるで顧みないところが癪でもある。それでも彼の聡さは、時と場合によってはひどく煩わしいが、非常に助かるものであるのだった。
 大学に隣接された研究室からは、常に何か得体の知れない香りがしている。決して悪臭ではないが、例えるならそれは消毒液のような、つんと鼻をつく匂いであった。藍染は元よりそこの大学の院生であったが、卒業後も研究室に残ることを選び、日々や見ようによっては怠惰とも言える生活を送っている。既に教授の資格を取得しているので難はないが、頑なに教鞭を取ろうとしないので、他の教授の中にはさも忌々しげな眼で見る者もいた。そもそも藍染の存在を知らぬ者もあるのだが、いかんともしがたい。
 ここの職員は、個性的というよりもむしろ奇怪であった。お世辞にも教鞭を取っているようには見えぬ人間もいれば、若いというよりも幼く、通常ならば考えられぬ年齢で教授の資格を取得した者もいる。事実は小説よりも奇なり。人工的な画面で踊っている道化たちよりも、眼前で栄えているこの空蝉の方がより面妖に見えた。
 当然、そのような者たちに指導をされる学生達にも、それを同僚とする教授達にも、面白く思わない者が多かった。けれども彼らはある日を境に、一様に口を閉ざした。忽然と消え去った者もいる。自ら去ることを望んだ者もいる。何が彼らをそうさせたのか、藍染には手に取るように分かったが、分かりたくもなかった。



 市丸は、廊下を抜けると向かいにある扉の前で足を止めた。頑なに閉じているにも拘らず、中から僅かばかり香るものがある。ああ、来ているのか。あれが訪ねて来る時、この助教授室は藤の芳香で満ちているのが常である。頑是無い、彼女の欲望だ。噎せるような花の毒で、狂ってしまえばいいのに、と。
 入るべきか入らざるべきか思案しているうちに、室内の音がぴたりと止んだ。これもいつものことである。市丸が一つ足音をさせるだけで、彼らは見通してしまうのだ。そういう場合には、わざとらしく扉を叩く必要もなかった。
「入るで」
「どうぞ」
 慣れた手付きで扉の握りを回すと、蝶番の軋む音がした。ここもそろそろ寿命か、と思うが、知らせる筋合いはない。自分がわざわざ知らせずとも、ここに訪ねて来る人間が自ずと告げるであろう。気心の知れた自分よりも、そちらの方が彼女も言うことを利くに違いなかった。
「……誰もおらへんの?」
「このやり取りにもいい加減に飽きたわ。分かっているんでしょう」
「そないなこと言われたかて、一応聞くんが礼儀やろ。ボクが分かってる思うんやったら、わざわざ隠れることもあらへんし」
「隠れてるわけじゃないわ。隠してるのよ」
「……そら、何でやろ」
「あの人をアンタに見せるなんて、勿体無いもの」
「何度も見とるんやけどなァ」
「そうじゃないわ。今のあの人を見せたくないのよ」
 はあ、と市丸は聞き流す体制になり、手元の資料を床に置いた。彼女にかかれば、市丸ギンともあろうものが形無しである。彼女に対する沽券など、あってないようなものだ。そうして彼女、松本乱菊は、今現在身を潜めている隣室の主に対してだけは、女である自分を最大限に利用する。普段はその美貌を武器にすることなどない彼女であるが、彼の前でだけは、一転して艶かしい女になるのであった。その変貌ぶりを間近にしたことはないが、少なくともそれを受けている本人が漏らしていたのだから間違いはないであろう。
「ちょっとギン、どういうつもりなの。貴重な資料をリノリウムの餌にするなんて」
「平気やて。そないに汚うしとるつもりなん?床」
「馬鹿にしてるの?」
「そないなわけあらへん。せやけど、それ渡す時にうっかり乱菊と手が触れ合うてしもたら、後ろの誰かさんが怖ならはるんやないか思て」
「そんなわけないでしょ。アンタが挑発するつもりでわざとらしく仕向けるんだったら別だけど」
「……まァ、そういうことやから。仲良うしいや」
 少しばかりの揶揄も含め、市丸は扉を閉めかけた。すると乱菊の声がそれを制止する。乱菊が扉に手をかけようと駆け寄ったところで、狼狽した表情の市丸が隙間を再び開き直した。乱菊がそのままの状態で外に出れば、それこそ怒りを買うことは目に見えていたからである。彼女は今、下半身こそ慇懃な状態であるものの、上は下着に白衣を羽織っただけの姿でそこに立っていた。
「何しとるん?乱菊」
 肌着を着ているだけいいが、それでも美しい肢体を晒した彼女の風体を他の職員の目に触れさせるわけにはいかなかった。市丸であれば別だが、乱菊に憧憬の念を抱いている職員、学院生は大層な数に上るのだから。
「アンタ、藍染教授に会った?」
「つい今しがた」
「……何か仰ってなかった?こう……何ていうか」
「新しゅう来はった助教授?」
「そう、それよ。あたしの学院生時代の後輩だから、丁重に扱って頂戴」
「何や、可愛がっとったん?」
「ええまあ。藍染先生のことだから、大丈夫だとは思うんだけど」
「黒髪のちいちゃい子?」
「違うわ。金髪で細い子」
「あァ、それやったら藍染さんのとこやない。ボクのとこや」
「あら、そうだったの。だったら話は早いわ」
 乱菊は、足元の資料を手短に拾うと、先程それを運んできたばかりである市丸の懐に押し付け、助教授室の鍵を握らせた。
「これ、その子の部屋の鍵よ。書きたがってた論文に関する資料が見つかったから、届けてあげようと思ってアンタに持って来てもらったんだけど……どうせ明日から顔合わせることになるんだし、挨拶のついでに行って来て頂戴。友好を深める第一歩よ」
 この大学の教授は、募集枠が恐ろしく少なく、一学部に一名と定められている代わりに、それぞれ秘書代わりの助教授が就くことになっていた。その分生徒の倍率も一流大企業の就職倍率と同程度に高く、学科人数もごく僅かであるので、人手に困ったことはない。
 市丸は、乱菊の言葉にやや憮然としつつ、不本意ながらも差し出されたものを全て受け取った。そうしておもむろに踵を返すと、肩越しに乱菊に手を振り、助教授室を後にする。乱菊は少しばかり溜息を吐き、扉を閉めてから背後を振り返った。
「日番谷教授、いいですよ」
「……ああ」
 扉に背を向けていた上等な椅子が、乱菊の声を聞いて間もなく翻る。助教授と言えど、こうして見れば豪奢な待遇を受けているものだ、と乱菊は思った。もしくは、彼が腰を下ろすことによって荘厳さを放っているのか。
 たった十四、五で半ば強引に連れて来られた場所であったが、今となっては悪くないと日番谷は思っている。この二、三年で随分と体躯も変化した。どうせ天子と呼ばれるならば、望み通り上に上がってやろうと手に入れた地位により、空蝉の無常も人間の容易さも知った。
 乱菊が愛してやまぬ美貌の少年は、年かさの教授陣にも勝る威厳をも手中にし、当たり前のように誂えられた壇上に座している。少しばかり不遜な眼差しも、時折見せる人を喰ったような表情も、情愛と厭悪を捌いて孕んだような、どこか幼く美しい危うさが他者を魅了する、そのような少年であった。
 日番谷は、しどけなく露にした襟元を直し、緩めたタイを細く締めてから立ち上がる。そうして机の正面にある長椅子の傍らから放られた白衣を拾った。
「相変わらず、気配を消すのがお上手なんですね」
「馬鹿。市丸には露見してたじゃねえか」
「いいえ、ギンじゃなければ分かりませんよ」
 くすりと口元に笑みを浮かべた乱菊が面白くなかったのか、日番谷は白衣に袖を通そうとした腕でそのまま乱菊を引き寄せ、唇に噛み付いた。引き離す際、掴まれた手によって白衣が乱れたが、何ともなしに整える。
「随分とご執心なんだな」
「執心だなんて。信用してるだけです」
 弟みたいなものですから、と乱菊は続けた。おそらく市丸の方も、乱菊のことを妹と表すのだろうなと日番谷は少しばかり可笑しくなった。
「教授、今日これから講義のご予定などございますか?」
「いや、お前は?」
「あたしが教鞭を揮うなんて、滅多なことじゃありませんよ」
 じゃあ何だ、と日番谷が訝しげに眉を顰める。乱菊は品良く整った鼻梁を日番谷の首筋に摺り寄せ、にこりと微笑んだ。
「宜しければ、これからお食事にでも参りませんか?」
 強請るような調子で続けた乱菊に、日番谷は苦笑で応える。
「……お前から誘っても、どうせ俺が払うんだろうが」
「ふふ、あたしが払うって言っても、払わせて下さらないのはどこのどなたです?女に払わせるなんて野暮な真似を許さないのは、あなたの方じゃありませんか」
 核心を突かれ、一層日番谷は笑った。敵わねえな、と一つ呟き、白衣を上着に取り替えると、眼前で用意をし出す乱菊にほとほと閉口しつつも車の鍵を彼女に放った。未だ免許を有さない彼は、こういった時ひどく自分が子供に思える。一度たりとも乱菊に金を使わせた経験がないのは、その所為でもあった。どこか乱菊に運転させるのが気恥ずかしく、それ程遠出したこともない。外泊するつもりで出掛けたこともなかった。
「そういえば、教授ももう一年で免許を取得出来るようになるんですねえ」
「ああ、だからもう一年待てよ」
「え?」
「お前が大人しく助手席に座るんなら、どこへでも行ってやる」
 乱菊は、常よりも更に白い相貌で口をぽかりと開けた。日番谷はそこで漸く自分が言ったことの意味に気が付いたらしく、さっさと準備しろと一声投げかけて部屋を後にする。おそらく車の傍で所在なげにしているであろう彼を思い、乱菊は堪えきれずに笑った。そうしてやっとのことで、恥ずかしいですよ、と、先程口にするはずであった揶揄の言葉を吐いた。



 陽の差し込まぬ室内で、唯一影が映えるのは現在市丸が佇んでいる場所だけである。第一棟から第二棟へと続く、硝子張りの窓が目に優しい。通常ならば痛ましい程の光源だが、ここに巣食う者達にとっては穏やかに見える。病的だ、と、そんなことはとうに知れていた。それでもこの場所に縋り付くことを強制されたのだ。元より居場所など存在し得ぬ才を与えられた人間に、道などこれ一つしかなかった。
 市丸がその場所を訪れるのに抱いた感慨は、案外遠い、とそれだけであった。扉の奥からはとりわけ目立つ芳香もなく、至って清い印象を受ける。表札に示された名を見るだけで、いかに几帳面な人間かがよく分かった。分かり合えそうもない、と、市丸は微かに諦めたような表情を浮かべる。
 軽く叩くと、中から聞こえたのは若い男性の声であった。細く特徴のある声色に、どこか脆弱そうな人柄が感じられる。
「ご免下さい」
「どうぞ……い、市丸教授……?」
「どうも、初めましてやね。明日からキミの上司になる、市丸ギン言います。あんじょう宜しゅう」
「はっ……はい、あの、吉良イヅルと申します。それで、あの……」
「あァ、今日は挨拶だけや。あとこれ渡しに来たんやけど、キミの先輩から」
「もしかして、松本さんですか?……わあ、ありがとうございます。入手は難しいと伺っていたので、半ば諦めていたのですが」
「せやろ?苦労したわ」
「市丸教授がこれを……?」
「うん、乱菊に頼まれてもうたから」
 にこりと笑うと、イヅルと名乗る彼は羞恥を抑えきれず俯いた。何しろここへ配属される以前から、市丸にひどく憧憬していたイヅルである。市丸はそれを窺い、どこか危なげだとも思ったが、可愛らしいとも感じた。資料を手放した手で頭を撫でてやると、一瞬びくりと怯えるような素振りを見せたが、すぐに頬を赤らめて嬉しげな表情を浮かべる。
「吉良君言うんや、イヅルて呼んでもええ?」
「は、はい。勿論です」
 懸命に頷く頭を、どうしてか離し難いと市丸は思った。男にしては華奢な体躯も、細やかな髪と声も、姉のように思っている女を思わせるその色彩も、全てが麗しく、懐かしい。はんなりと綻ぶその口元に、吸い寄せられそうになったのも事実である。けれども望むままに欲すことを、自我は許さない。
 今しがた邂逅を果たしたこの存在を、古より深く想っていたように感じるのは、この場所の妖艶さゆえか、もしくは己が懐古する何かを彼が持ち得ているのか、それを図ることは叶わなかった。



 すう、と縺れた糸を直すのに、藍染は一手間工夫を凝らした。じっと見つめた先に幾重もの金糸と銀糸がまぐわっている。それを矯正させるのは容易であったが、故意にその中の数本を結び、頑丈に更なる糸をかける。それらが再び絡まってゆく様を、彼は可笑しそうに哂った。静かなる彼の鼓動が人形に漏れ聞こえることはない。永遠に、今この時を偲ばれる未来にも。
 


空蝉の行方を
夕霧が断たれる様を
厭世の幕間を
華筵が途切れる様を
彼は知る 終はりを知る
彼は知る 己を知る
彼は知る カアニバルの夜更けを



*あとがき*
 旧サイトにて既に出来上がっていた作品が見つかったので、上げてみました。何というか日乱が本当に恥ずかしい。ギンイヅも本当に恥ずかしい。
 ええと、パラレルワールドなので魔法ちっくなところもあります。十代で教授にはなれても、車の免許は取れない摩訶不思議ワールド。(ホントにな…)
 日乱のバカップルぶりとギンイヅの中学生日記ぶりが書けて楽しかったです。(笑←笑い事じゃない)
 大人日番谷はどこまでも恥ずかしい男で一つ。(コラ)
 最後の詩もどきでかなり迷いました。カアニバルとカルナバル。(どっちでも同じですが)

メルヒェン?第3弾:中編

2006-10-08 21:04:08 | 過去作品(BLEACH)
 ~前回までのあらすじ~

 黒髪でも長髪でもないのに、何かうっかりかぐや姫にされてしまった日番谷冬獅郎さん(自称華の17歳)と、気苦労の絶えない修兵翁と、よく分からんけどかぐや姫から求婚されてる乱菊おばあちゃんとの、ひとつ屋根の下、略奪系痛快ラヴ☆コメデーです。


修「アレェ!?何かおかしくね?なんかおかしくね?特に最後のあたりが!!」
日「……まあ、とりあえず、ばあちゃんが俺に大人しくもらわれてくれりゃー中編だの何だの言わずにさっさと終われたわけだな」
修「あんたはちょっと黙ってろ。


 まあ、そんなこんなで、今日は求婚者の皆様が訪ねて来られる日取りとなっておりました。(まとめ)

 今回人数が多いため、キャラ省略名紹介をさせて頂きます。

角…一角(一護と区別がつかないため。汗)
弓…弓親
藍…藍染
浮…浮竹
阿…阿近
恋…恋次
市…市丸



日「…まあ何だ、お前ら結局何がしたいんだ?」
角「今このタイミングでそれを聞きますか。あんたに求婚しに来たんでしょうが…」
藍「とりあえず、せっかくようやっと僕もマトモな役が回ってきたんだから、さっさと話を進めてくれないかな。
日「…何だ藍染、機嫌悪ィな。おおかた黒髪という共通点だけで、かぐや姫が雛森だとでも思ったんだろ?」
藍「ハイハイ(無視)とにかく早く無理難題、無理難題」

浮「…ああそうだとも、俺だって黒髪美人といえば卯ノ花に決まっているだろうと思っていたさ…」

日「暗っ!!!大丈夫か浮竹、尿瓶ならここにあるぞ。
浮「…日番谷、あいにくまだ介護は必要ないよ。
日「…あとはアレだな、黒髪美人という固定観念に騙された馬鹿どもか。朽木やら涅やらじゃなくて悪かったな?阿散井、阿近」
恋「俺は別にいいっスよ。ここのサイト恋ルキだけじゃねえし
日「そういう大人の事情はいらねえ。…災難だったな、阿近も」
阿「全くですよ。もう俺なんてこのサイトじゃ可哀想なキャラ街道まっしぐらじゃないスか。最近。
日「だからそういう製作者サイドの事情はいらねえって。…俺はてっきり阿近じゃなくて京楽辺りが来るもんだと思ってたんだがな」
阿「京楽隊長はああ見えて吸いも甘いも知り尽くした伊達男ですからね…」
日「そう簡単には騙されなかったか…」


~そんなこんなで無理難題~


角「(台本)ええと…かぐや姫、私はあなたのためならば火の中水の中…」
日「なら一回ホントに火の中水の中沈んで来い。褒めてやるぜ?
角「えっ、違くね?台本とか見てなくね?
日「俺は人の敷いたレールの上を歩まされるなんてまっぴらなんだよ!!
角「いや普通はカッコいい言葉ですけど今この場で言うセリフじゃねえだろ、それ!!!

 …と、その時、場面の都合によりバーンと襖が勢いよく開きました。

弓「一角!!僕という妻がありながらそんな小娘に手を出すなんて…」
角「いつお前が俺の妻になったー!!!しかも何だその配役!!ちょっと普通っぽい!!(←失礼)」
日「よーし綾瀬川、俺の呼び名に「小」という漢字を使うとはいい度胸だ。
角「どういう着眼点!?普通「娘」の方に着目するでしょうが!!」
日「罰としてそれ運んでけ。お前の家にな。
弓「勿論ですv」
角「ちょっ…俺何かしました!?むしろしたのコイツの方っしょ!?ってうわああああ!!!!

日「…許せ斑目、お前の犠牲を無駄にはしねえ…」
修「結局何がしたかったんだあんた」

日「…とりあえず、さっさと終わらせるか。俺はアレだ、早くばあちゃんの誕生日を祝わねえといけねんだよ。
修「遅っ!!作者の都合じゃないスかそれ!!」
日「ああそうだとも、馬鹿な管理人のせいだとも!!市丸の誕生日はどうでもいいけどな。
修「それはアンタの私情でしょうが。管理人は祝いたいんですよ。そりゃもう全身全霊で祝いた…アレッ今俺何か乗り移った?」

 ものすごく管理人の私情で申し訳ございません。(汗)

市「今誰ぞボクのこと呼びはりました?」
日「呼んでねえ。そもそもお前何の役だ、まだ出ちゃいけねえ役じゃねえのか!!」
市「十番隊長さんこそ、十二単なんぞ着て何してはるんですか?…まさかヒロイン気取りやないやろな。
日「ヒロイン気取りっていうか、ヒロインですがそれが何か?(超不本意)
市「嘘やろ!!??今度こそイヅルがヒロインや思て管理人を信じたボクの立場は?
日「知るか。今更管理人の配役に期待なんてしてんじゃねえよ」
市「今度こそイヅルがヒロインや思てご丁寧に平安衣装まで着込んだボクの立場は?
日「だから知るか!!…つうことはまさかお前が…!!」


 どうなる後編。ていうか放り出された求婚者は一体。そもそも登場していないおばあさんはどこへ。更にどうなるギンイヅ。つうか市丸さんの正体やいかに。(バレバレ)


 大してオチもないまま後編に続きます。(もうグダグダですな)

メルヒェン?第3弾:前編

2006-08-02 19:39:26 | 過去作品(BLEACH)
 何だかんだでやっぱりかぐや姫パロです。
 *3部形式の前編になります。
 *日番谷君をはじめ、その他キャラほぼぶっ壊れてますのでご注意下さい。
 *相変わらずサイト傾向を無視したミスキャスティングです。ご注意下さい。
 


 昔々あるところに、竹取の翁というお爺さんが住んでいました。お爺さんはお婆さんと一緒に暮らしているのですが、この日はお爺さん一人で竹を刈りに山へ向かいました。


修「あー重…つーか何で俺がお爺さんなんだよ…普通せめて求婚者とかにするだろ…。」
日「オイ。
修「…何だ?今何かふてぶてしい声が…。
日「誰がだ。まあいい、さっさと済ませるぞ。大体何で俺がかぐや姫なんだよ…朽木(兄)がやるんじゃなかったのか?」
修「そもそも竹から稀代の美少女が…っつう設定はどこに行ったんスか?
日「知るか。あんな狭えとこに入れるわけねえだろ。いくら俺がチビだからってバカにしてんのか?
修「いやそうじゃなく…。」
日「とにかく、だ。さっさとお前ん家に連れてけ。」
修「はあ…。(釈然としねえ…)」


 どうやら自らかぐや姫と名乗ったその美少女(棒読み)は、身寄りがないようだったので、修兵お爺さんは自分の家にかぐや姫を招き入れることにしました。するとどうでしょう、かぐや姫を招き入れてからというもの、竹を割る度、そこから小判が現れるようになり、お爺さんとお婆さんは見る見るうちに長者となりました。
 それと時を同じくして、かぐや姫も見る見るうちに美しい青年…(アレ?)女性へと変貌を遂げ、その美貌ときたら、都にまで風聞が渡るほどでした。


 で、そろそろかぐや姫にも嫁…ではなく、婿を取らせるべきではないかという話になりました。


日「いらねーよ、婿なんぞ。」
乱「そう申されましても…あなた様もそろそろお年頃なのですから」
日「いやだから、俺はお前と結婚するって。
修「えっ…日つが…かぐや姫、そんな目で俺を…。
日「違ぇよ。だから、俺は一目この家で垣間見たその日から、婆ちゃんと結婚するって決めてたっつの。」
乱「私は既に結婚してますしねえ…。」
日「そんな男やめて俺にしとけよ、少なくとも俺の方が甲斐性はあるぞ。
修「うわ、痛え!何かいろんなとこが!!」


日「育ての親だからって容赦しねえぞ?檜佐木。」
修「この設定からいくとアンタも檜佐木だっつの。てか、育ての親と子が結婚出来るわけねえでしょうが!」
日「いや…何かその辺はこう…時代背景が全部誤魔化してくれるんじゃね?
修「誤魔化せるか!少なくとも俺の目は誤魔化せませんからね。」
乱「いつの間にこんな手の早い男に育っちゃったのかしらねえ…。ていうかちょっと、どこ触ってんですか。
修「ちょっ、パロじゃなかったらただの上司のセクハラじゃないっスか!」
日「ごちゃごちゃ言ってんな檜佐木、略奪愛は昼メロの基本だろうが!!
修「誰だよこの人に昼メロとか見せたの!」
乱「アタシだけどv」
修「アンタかよ!!!


 そんなこんなで話にならないので、お爺さんは仕方なく、かぐや姫を娶りたいと希望してきた方々を寄り集め、かぐや姫と対面させることにしました。
 明日はいよいよ、求婚者達がこの邸に並ぶ日です。


≪続く≫

小ネタこまごま。

2006-07-31 13:15:49 | 過去作品(BLEACH)
 ~何かちょっくら銀魂パロ~(下品注意)

※パロと言いつつ、かなり脚色しております。あしからず。


藍「……君も往生際の悪い子だねえ日番谷君」
日「往生際が悪ィのはどっちだ藍染。そろそろ折れやがれ大人げねえ」
市「……さっきから何言い争ってはるんですか?」

藍「何度言ったら分かる!いいかい日番谷君、雛森君はウン○とかそういうのはしない!全部可愛いタマゴで出てくるんだ!!ウズラみたいな
日「馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、ここまでとは……」
藍「じゃあ君は松本君もそういうその…何か…アレを…」
市「ハッキリせえ。
日[俺はお前と違って現実的なんだよ……人並みにするに決まってんだろ、ただし松本の場合ピンクの煙で出てきます。
市「ドコが現実的やねん!!もう何かアンタらボクに近付かんといてや!!」


 市丸さんの場合、人間の生理的欲求は当然イヅルにもあると思っています。しかし、イヅルはウン○とかそういう下品な言葉は絶対口にしないって、フェアリーだから。などと思ってます。(←充分ヤバイよ)



~メルヒェン?会議~


藍「えー…本日の議題は、とりあえず意外に好評を走していた小ネタ『メルヒェン?』から更新再開を始めてみようということで、次は何の童話をパロったらいいか、というものですが……何か意見は?うちの主だった攻男ども」
市「ヘンゼルとグレーテルはどうです?」
日「ダメだ、ロマンスの欠片もねえ」
市「…ロマンスが期待できる童話にしたところで、まともにイチャつけた試しがある言いますの?
日「いいか市丸、こういう時は必殺「聞こえないフリ」っていう…
市「やっぱまともにイチャつかせる気ないんか!!
白「というかお前らうるさいぞ。進まんではないか」


日「…アレッ?
白「どうした?」
市「いや、何で六番隊長さんがいてはるんやろ思て……」
藍「ここには主だった攻しかいないはずなんだけどなあ……」
日「いつの間にお前はレギュラーになった?
白「……こんなメンバーの中に入ってレギュラー呼ばわりされるのも複雑だと思うがな……というか藍染に出番が少ないだの言われたくはないんだが」
藍「ハハハ朽木君、それ以上言うとブタの餌だよ?

白「いや、お前らだけではどうも話が脱線するだろうということで、私が呼ばれたわけだ」
市「……やけに饒舌ですなァ……」
日「つうかお前も基本的にダメだろ、ボケだから。(最重要事項)何でせめて檜佐木とか阿散井を連れてこねえんだよ」


~そんでまあ、とにかく議題に戻りまして~


日「人魚姫はどうだ、まだ出てねえだろ」
市「そんなんやったら十番隊長さん、また王子の婚約者とか姉にされるだけやで?
日「人魚姫っつったらどう考えても松本だろうが。お前バカか?そんで俺が王子やるから。意地でも」
藍「百歩譲って姫が松本君でも、王子は吉良君とか雛森君になるんじゃないかな。このサイトのことだし
日「くっ……」


白「……かぐや姫はどうだ?」
日「かぐや姫……?」
白「それならキャストも多いし、どうにか出来るだろう」
藍「…………(白哉以外のメンバーに耳打ち)」


藍「よしよし朽木君、君のかぐや姫にかける情熱はよく分かった!!
白「そこまで熱弁した覚えはないぞ。
日「まあ…ガンバレよ、姫!!
市「最前列で見とったるからな、姫!!

白「……何の話だ?」

藍「……どうでもいいけど、君たちも出るんだよ?」
市&日「えっ。



 どうなるメルヒェン第3弾、再び白哉姫が拝めるのか!?ていうか市丸や日番谷はまともに求婚者役とか出来んのか!?そもそもかぐや姫になるのか!?乞うご期待!!(続く?)

衆生の終焉。

2006-06-30 17:05:07 | 過去作品(BLEACH)
 安寧とした風がある。混沌のような緑がある。その先は言うなれば虚構だ。現世という、虚構だ。長いこと不規則にばらけていてぼんやりとした人間の魂などを扱っていると、果たして彼らの妄想から勝手に生み出されたのが自分達なのか、それともこちらの妄想から飛び出したのが彼らなのか、掴みにくくなってくる。既にどちらも現実のものであるというような仮説は己の中には存在しない。
 自分がそのような妄執の中の一つであった時の話は少しも覚えていないが、別段哀しいとも思わなかったし、疑問を抱いたこともなかった。こと日番谷という男は、一つの場所にしか留まれぬというように頑なな面差しをしておきながら、臨機応変に物事を渡っていくような人間なのである。





 霊子による壁が、これ程冷ややかに見えたこともなかった。思えば数年前まではぴったりとこの壁に張り付くようにしか歩くことが出来なかったのだから、仕方のないことかもしれない。それ以前は常に低い目線から壁を感じていた。どちらにしろ、今よりは暖かく見えていたのであろう。
 独り歩きに興じるのは、非常に久々である。昔は身軽でもあったせいかちょろちょろと散策して回るくせがあり、一部では放浪癖と頭を抱えられていたようであったが、今となってはそれも懐かしい。妻もよく自分を置き去りにして逃げ回ることがあり、こちらも大分手を煩わされたものであったが、傍観している側から見れば似たもの同士にしか思えなかったらしい。
(意外と、寂しいところだったんだな……)
 妄執を抜けたかと思えば、再び妄執である。人間である自分を放棄すれば救われると思っていたのか知れないが、結局また自分は、奪う側に回ってしまった。死神という、傍目に見ればやはり人間でしかない生命として、再び出でてしまったのである。
 日番谷は、じっと食い入るように白壁を見つめてから、隊舎へと戻る道筋を一歩一歩確かめながら進み出した。
「おや、日番谷隊長。とうとうご復帰なさるんですね」
「ああ……お前は?」
「己も顧みず不躾なお声をおかけ致しまして申し訳ございません。……三番隊の三席としてお勤めし、もう百年近くになります。名を存じて頂くような者ではございませんが」
「済まねえ。他隊の人間にはどうも馴染みが薄くてな」
「いいえ」
 三席と名乗る男は、目立たぬ眼光を更に下に向けて薄く笑った。そのまま押し黙る男に何と声をかけてやれば良いのか分からず少しばかり戸惑ったが、躊躇いがちに重い唇を上げる。
「……明日、だったな」
「ええ、吉良副隊長が隊長に就任されたのが昨日のことのようにも思えるのですが……明日、新任の隊長がお見えになります」
「そうか。俺はまだ、市丸が隊長として勤務していた頃が一番色濃く残ってるな」
「でしょうね、あの方は顔を合わせればあなたと弱味をつつき合っておられた」
「違いねえ」
 針金のような光沢ある睫毛が翳り、懐かしむように眦が下げられる。三席は、あれだけ手酷い目に遭うてもなお美貌を失わぬ男を、ひどく感慨深く思った。同時に、彼と共に歩けば四季もなお香り立つと謳われた彼の妻は、もしかするとこういった表情を最も好んでいたのではないかと感じる。
 彼は、愛刀と同じく冬の期を思わせる。陰鬱なわけではないが、纏う色、表情の一つ一つが重々しく、まるで冬の朝に下がる氷柱のようであった。市丸が雪と称され、彼が氷と称されたのは、決して斬魂刀の性情を詠まれたのではない。実にその通りなのである。市丸は月光を孕んで白く輝いたかと思うと、すうと溶けて姿を消してゆく。対して日番谷の消え方はといえば、粒子となるまで砕かれ、己の生きた姿を、まざまざと見せ付けてから溶けてゆく。市丸のように何事もなかったかのようには済まさぬ、鋭い激しさが垣間見られた。
 そうして、譬うならば彼の妻は夏のようであった。朗らかで、纏う色も表情も、全てが軽快で鮮やかに見えた。だからこそ二人並べばいかにも似合いであったのだ。彼女は、言うなれば極寒を揺るがす陽のような笑い顔をしていた。
「市丸と吉良が消えて、もう幾年になる?」
「二十年に、なりますね」
「随分と長いこと、新任が現れなかったもんだ」
「卍解を会得される方はそうおりません。それに何しろ、吉良隊長が姿を消されてから暫くは私がお断りしておりましたもので。吉良副隊長が隊長に就任されるまでは隊長の席が、吉良隊長が就任されてからは副隊長の席が、元よりそれまで空いておりましたし」
「……吉良が隊長に就任した折、どうしてお前が副隊長にならなかった?」
「まあ、実質は私が副隊長のようなものでしたが。どうしても副隊長という名を就任する覚悟が、私にはなかったんです。副隊長といえば、隊長のために存在し、隊長のために命を捨てる覚悟を持たねばなりません。当然その覚悟はありましたが……副隊長という名を、私が冠してはならぬ気がしたのです。あの方のためにそうまでする人間は、私では務まらぬ気が、したのです」
「そうだな……俺には何とも言えねえが、事実吉良はあの男と消えてる」
「ひどい、戦乱でしたね。どちらが正しくあるのか、どちらが現実のものなのか、どちらがより、神としての器を有しているのか……今思えば誰もが皆私情のために剣を振るっていた。敵も味方も、他者は誰も必要とせぬような顔をして」
「私情のために、か。それにしちゃあ、失ったもんが多すぎるな」
 日番谷は、吐き気をもよおすような表情で憎憎しげに嘲った。誰一人として護れなかった。あの頃隊長、副隊長として任に就いていた人間は、もう一握りしか残っていない。忌々しかった人間も死んだ。けれどもそれには、長い間半身のように大事にしていた兄弟のような女も、共に連れ立っていった。
 そして、人として死に至った時ですら感じなかった喪失を、幾度も味わった。
「日番谷隊長……皮肉にしか聞こえないかもしれませんが……よく、生き延びられましたね」
「労わりとして捉えといてやるよ」
 日番谷が三席の脇をすり抜けると、三席は深くかぶりを下げた。日番谷はそれに全く頓着しなかったが、それはいつまでも、彼が去りきった後まで続けられていた。





 夕闇が執務室の窓から溢れ、凄惨な色で染め上げている。数年来にお目にかかった机上は数年前と少しも変わっていない。彼の妻が愛用していた長椅子も、未だそのままの形で残されている。けれども温もりまでは残さぬその長椅子は、横たわる人間がいなければぽっかりと不自然に見えた。心なしか色の方も少しばかり黄ばんだように感じられる。
 時刻を窺い、これはいよいよ明日からしか復帰出来ぬと思いながらも、静かに椅子に身を沈める。昔に比べれば、随分と椅子の上背を低くして座ることが出来るようになった。
 日番谷は、先程の会話を思い出し、同時に希薄となった記憶の中から最も陰惨な場面を探り出す。この目でその姿を窺ったわけではないのに、含んだように笑う市丸の姿や、手を差し伸べる吉良の姿まで垣間見えるような気がした。生きているのか死んでいるのか、それすら未だ知れてはいない。
 そうして、己にとって最も残酷な場面まで辿り着いたところで、躊躇するように視線を背ける。もう二度と、あのように無様な己の姿を映したくはない。あのように無惨な、無惨な、姿も。
 記憶の中ばかりには、彼女の美しい姿のみを留めておきたかった。原型が残るような姿か否かではなく、あのような場面での彼女を胸にしまっておくのは、非常に申し訳ないことのような気がしたのだ。
 日番谷は、ゆっくりと椅子から身を立たせ、隊舎裏へと向かった。





 朱墨で荒らしたような色の樹木が軒を連ねる中、羞恥に濡れたような花を横切ってすうと身を留める。石に翳った陽光の陰影がゆらゆらと不安定に揺れ、まるで彼の思いを汲み取っているようであった。
 生前の姿とは裏腹に、ひっそりと慎ましい趣で佇むそれは、母のような表情でじっとこちらを見据えているように見えた。だからこそ日番谷は、死んでなおこの場所に彼女を縛り付けてしまった自分を、もどかしく思うのだ。幾度すまないと言ったところで、それは無機質に全てを受け入れるばかりで、罵ることも膨れ面をすることもない。許されているのとも違うような気がして、ただもどかしいのである。
「……松本」
 その名で彼女を最後に呼んだのは、何十年前になるだろうか。他人行儀な呼称を使うのは彼女を妻に迎える前の晩以来である。
『乱菊って、呼んで下さらないんですか?』
 妻に迎えた日の晩を、克明に思い出す。懐かしいという思いはない。虚しいだけだ。戦乱というもの、神と呼ばれてなお、死する運命にあるという事実。
 友を失った。姉のように慕った女を失った。妻を、失った。人としての生涯を終えるためにこの場所へ赴いたというのに、このひどい裏切りは何なのであろう。友を奪われた。姉のように慕った女を奪われた。妻を、奪われた。
 生の先に死があり、死の先にまた生がある。何ということはない。輪廻する度失うものが増えるだけだ。奪われるものが、増えるだけだ。
 いっそ己が、衆生によって虚像された妄執の代物であればまだ良かった。





 けれども、この世界の全てを憎らしく思うわけにはいかなかった。友を与えたのも、雛森桃という存在を与えたのも、松本乱菊という存在を与えたのも、この冥界とも言える場所に違いなかった。少なくとも乱菊ならばそう考えるであろう。そういう女であった。





 霞がかった空の割れ間から、幾多の声が覗いているような気がした。





別離ひとつ
邂逅ひとつ
鉛の飛沫が舞い踊る
別離ひとつ
邂逅ひとつ
約した秘事が舞い上がる
 



*あとがき*
 おそらく本編は短い期間にがーっと終幕を迎えると思うのですが、えらく長い間今の対立が続いたとするならば、と仮定して。
 日乱はその数十年の間で夫婦になったのだと思ってやって下さい…orz
 今回の作品は「VENUS GARDEN」としての最後の小説ということで、主人公を誰にして進めるか迷ったのですが、最も全体的に状況を観ることが叶っていそうなのが日番谷君だったので、日番谷君にしました。
 バッドエンドな雰囲気ですが、流石に誰も死なずに終わるというのも不自然な気がしたので…不快に思われた方、いらっしゃいましたら申し訳ございませんorz
 

 さて、上で申し上げたように、この「衆生の終焉」を、このサイトでの最後の作品にしようと思います。詳しくは日記の最新記事をご覧下さい。
 これまでのご愛顧、本当に救われる思いでございました。皆様、お声をかけて頂き本当にありがとうございました!
 それでは、また宜しければ新たな場所でお会い致しましょう。

簡易アニメ感想。

2006-06-29 21:23:50 | 過去作品(BLEACH)
 とりあえず書かずにはいられなかったので(笑)箇条書きで、数話分の感想です。



*イヅル…!!!!!!

*乱菊さーん!!!!

*「僕は…かけがえのない人を失ったことがある」ギン←イヅはもう公式であると公言しましょうよ先生。(コラ)

*何というか、イヅルはこのためにこの漫画にいたのね…!!と一瞬思ってしまったくらい、一護でさえ苦戦した相手を苦しめたイヅルがカッコよかった…!!!!

*「それに僕はね、見た目ほど非力ではないんだよ

*吉良イヅルは自分が非力に見えるということを自覚しています。

*檜佐木先輩!!

*ダメだよそんなルキアを殺すことを助長しちゃダメだよ!!!(今にも千本桜が飛んでくるのではないかと。笑)

*それにしてもフェミニスツ…ミスターフェミニスツ…(←何で複数形なんだ)

*「大体今回のことはうちの隊長の支持でしょ!?隊長に言いつけてやるんだから!!」(←みたいなことを…)(ドリーム入ってるかもしれない)

*言いつけちゃって下さい。

*「お前ら何ウチの松本困らしてんだよ!介錯すっぞ介錯!!!」(←大河か)

*ウチの日番谷君なら言うんじゃないかな。(コラ)

*ノバが乱菊さんに照れたシーンが可愛かったです。(そりゃああんな綺麗なお姉さんに接近されればな…!!)

*というかあの、DVD特典がものすごいって本当ですか。

*藍染隊長と市丸さんと東仙さんが、3人で好き勝手言いまくってるって本当ですか。

*おまけに市丸さんが「イヅルも連れてきてやりたかったんやけど、虚にイジメられそうやもんな…」とか言ったってホントですか。

*一大スクープだよ…!!!同人のデフォが今ここでDVDに(落ち着け)

*落ち着いたらちゃんと感想を書きたいです…。

千代の華:予告

2006-06-23 22:12:38 | 過去作品(BLEACH)
 じっと見ているだけで心裏深くに開き入ることの出来る場合はそうない。ことこの男に対しては、こちらが見透かしているように思えて実は見透かされているような、背筋のぞっとなるような瞬間がままあった。



「私にそのような煤けたご忠告をなさるより、もっと他の、よく言うことをきく可愛らしい娘がいるでしょうに」


      

     「あの人は、一人の娘に捕らわれてはいけないご職業なのだわ。何せ絵師なのだもの。一生一人の女を描き続けるだなんて、そんな不毛なことがあるかしら」




「姐さん、僕は、あなたに苦渋を味わわせたいわけじゃない。そんな、まるで僕が昔噛み付かれたような悲劇を、あなたは歩んじゃいけないんです」




      「いけません、あなたが一人に捕らわれてはいけないように、私とて幾多を相手に生きてゆくことを強いられた女です」





          「俺のどこが不満だ?若輩なところか、大店を抱えていないところか、それとも―……」






             「いらっしゃい、こらまたお若い旦那やね」




 逃げることも、受け入れることも、全てが虚構のように思えた。いっそこのまま視線すら動かさずに座り込み、そのうち元のように束縛されるのを待つ方が幾分ましのように感じられる。おそらくまともに笑みを取り繕うことが出来るようになる頃には、この虚構が花影となって鈍く身を潜めることであろう。




           「辛抱強く、待っていなさい。そうして君は出来るだけ極彩色の色を使って、まるで珠玉のように目立って朗らかなものを描くといい。そうすればきっと、すぐに知れるさ」





―それは灯篭のやうに、それは宝飾のやうに、それは金色のやうに、それはあえかな媚態のやうに。





*****


 とりあえず、描けるものから書いてゆこうと思い、前々から頭の片隅に留めていた遊郭パラレルをやってみようかな、と。しかし復帰早々コレはどうなんだ…と思いますけれども(笑)
 かなり長くなりそうなので、アホっぽいギャグやアホっぽい感想なんかが先に来るかもしれません…(汗)  

ええとご主人様でしたっけ。

2006-04-15 16:36:47 | 過去作品(BLEACH)
*隊長と副隊長逆転ネタを書こうとしたところまではまだマシだったんですが、何をとち狂ったのか執事とお嬢様ネタです。(コラ)
*しかし全体的になりきれてません。(汗)
*何でも許せると言って下さる方のみどうぞ。↓




~吉良家~


市「失礼さしてもらいます。」
イ「どうぞ。」
市「…いつも言うとりますけど、ボクが起こしに来る前に綺麗に起きてもろたら仕事がのうなってまいますよ、お嬢さん。それから襲う隙もないんで寝とって下さいお願いします。」
イ「…いつも申しておりますが、僕は男です市丸さん。あと襲うって何ですか、クビになりたいんですか。」
市「そないなこと言わんと…可愛えやないですか、お嬢さんいうの。」
イ「でしたらお嬢様のいらっしゃる家にお勤めなされば宜しいでしょうに。
市「そないないけず言わんといて、お嬢さんv」
イ「ほらまた!あなたのせいで「実は男装の麗人なんじゃないか」って噂まで立ってるんですよ!他家のお坊ちゃまから縁談まで届いてるんですよ!

市「女と思われるんは都合ええけど、縁談はあきまへんなァ。ボクの青田買い計画が水のアワや。
イ「何のお話ですか。
市「まァ、気にせん方がええんとちゃいますか。ホラ、とりあえず着替えはって下さい。今日は学校行かなあかん日でしょ。」
イ「市丸さん…何でしょうねその煌々と輝く女子の制服は。
市「気にしたらあきまへん。名家の男子やからこそ贅沢言わんで、勉学出来れば何でもええてハラくくるもんです!しかもコレ普通の布やのにお嬢さんのだけ防水加工付きや☆
イ「いらんサービスですから!大体名家の男子だからこそ誇りとかそういう…そういうっ…。」
市「お嫁に行かれへんとかそういうことやったら、僕の嫁に来るいう手もありますよ?
イ「それもいらん世話です。そもそも父上が許しません。」
市「そしたら何やろ、この証明者欄に「吉良景清」いう署名捺印付きの婚姻届。
イ「父上!!???


*父親公認のギンイヅはもはやうちのセオリーですので…!(コラ)



~雛森家~



藍「お嬢様、お着替えは済まされましたか?」
桃「あ、はい……。」
藍「お食事をお運びして参りました。今朝の朝食は小麦胚芽を使用したカンパーニュにシーザーサラダ、シーフードのソテーにプレーンヨーグルト、お飲み物はオレンジジュースを用意させて頂きました。最高級の食材を使用し、全てにおいて程よく媚薬入りですので安心して召し上がられて下さい☆
桃「はっ…ええっ!?
藍「大丈夫ですお嬢様、安ずるより産むが易しと申します。人間誰しも経験してみなければ分からぬ大人の壁というものを抱えているのですから!
桃「はあ…。」

日「オイコラ藍染んんん!!!!!!お前先月クビにしたばっかだろうが!何度クビにしても舞い戻ってきやがって!!!」
藍「おやおや、これはこれはお義父さん。相変わらず銀色の口髭がさも痛々しいお義父さん。
日「畜生うるせーお義父さん言うな!!大体何だお前そろそろ犯罪だぞ!?」
藍「お爺様である重国殿が、やはり執事はポッと出の若造には任せられぬと仰られましてね。義父であるあなたが何を仰っても、あの方には敵われぬでしょう?」
日「くっ…そもそも何だ!何なんだその設定は!!義父って何だどういう関係なんだ!!
藍「それは僕に聞かれても日番谷君…。
桃「あの、遅刻しちゃうんですけど二人とも。」


*実の父は流石に無理があるかなーと思ったので義父にしたんですが、それなら何だどういう関係なんだ!と。(笑)


~松本家~


日「失礼させて頂いても宜しいですか?…失礼します。」
乱「…ぐー。」
日「ホラ、目を覚まされて下さい。…お嬢様。(超不本意)
乱「…あと五分寝かせて下さいよー。」
日「…お嬢様。お嬢様、お嬢様ー、オイコラ松本ぉぉぉぉぉ!!!!!さっさと起きて仕度をせんか!」
乱「何の仕度ですかぁ?」
日「仕事だ!仕事の用意だ!!いくら育ちがいいからってそれだけじゃ食っていけねーぞコラ!


 そんで乱菊さん、それからまた何度か怒鳴られてささやかにべしべし叩かれた挙句にやっと起きます。(笑)


日「……。(疲)それで、今日の朝食はどうされますか。」
乱「朝は食欲ないんでいりません。」
日「そんなんだから乳しか肥えねーんだよちゃんと食え。
乱「失礼な!ちゃんと身長だって育ってますよ!!ていうかそれセクハラですかそれとも身長に対する恨みですか!!?
日「黙れ。(明らかに後者)…お嬢様のお身体に差し支えますので。」
乱「…いつも思ってたんですけど、その『お嬢様』っていうのやめません?」
日「は?」
乱「似合いませんよ、あたしにお嬢様っていうの。長い付き合いですし、もっと気安く呼んで下さい。」
日「…そうか…じゃあお言葉に甘えて…「乱菊」、とか。
乱「そこまで気安いのも執事としてどうなんですか。
日「じゃあ他にどういう呼び方があるっていうんだよ!この家全員松本だろうが!!それとも何か!?「お前」とか「妻」とか呼ぶか!?人様に「うちの家内だ」って紹介してやろうか!!??
乱「話飛んだ!今明らかに話飛ばした!!



*何かもう、執事のくせに皆旦那になる気満々ですみません。妻にする気満々ですみません。(コラ)

青若葉の。(ギン+藍+日)

2006-04-02 13:56:46 | 過去作品(BLEACH)
 すらりと姿を現した桃源郷は、未だその手をしっかりと繋いだままである。細やかに絡めた指の隙間を更に埋めるように、抱いた腕に頭をぎゅうと押し付け、さも心地よさげにしているので、寝巻きの襟元を片手で直しながらふと微笑んだ。
 惜しくはあったがその手を放してやり、立ち上がってから無造作に放られた死覆装に手をかける。陽は薄暗く落ちており、夜明けは未だ来ず、月は張り付いたようにしてそこに身を留めていた。対して陽は空と闇との離別を今か今かと待ち望んでいるのだろうが、そうことを急がれてはこちらが困る。
 ギンは、昨晩糊付けをするかのようにぴたりと畳まれた隊長羽織をするりと肩から掛け、最後に傍らで淑やかに寝息を立てている顔を僅かに一瞥してから、自室を去った。





 皐月ならではの、甘やかな風が吹いている。明け方であるというのに、まるで寒風とは異なる穏やかな流れぶりであった。どっしりとした趣を持たせる椅子は、痩身であるギンが腰掛けようと少しも傾く気配がない。けれどもこの気候は大変具合が良かった。一昨年辺りから、この期日になると深夜よりここでひっそりと陽が昇るのを待っているのだが、今年の他はいずれも随分と肌寒かったのを覚えている。
(……にしても、ヒマやなあ。)
 試しにとばかりがくんがくんと椅子を揺らしてみるが、何かが起こる様子など全くなく、重苦しい息を吐く。すると少しばかりして視線の端に暖色光がぽっかりと芽吹いたので、訝しげな表情で見やれば厚い硝子の壁に覆われた瞳がこちらを向いていた。
「…何してはるんですか。」
「いや、何。どうも眠気が来ないからぼちぼちと廊下を歩いていたんだけど…こんな時間に空き部屋から灯りが見えれば、施錠のし忘れかと思って気になるじゃないか。」
「そらえろうすんません…けど、分かってはりましたやろ?」
 ボクがおること、と荒んだ笑みをやれば、藍染は馬鹿にするような素振りでくすりと返した。
「毎年毎年、この日になると君はいつもここで夜を明かすね。」
「せやねえ、することもあらへんのやけど。」
 ギンがなぜ決まった日になるとここで一夜を明かすのか、藍染は知っていた。現世の風習に色濃く携わるようになってきた尸魂界において、近年ようやく出回った新たな行事の中にエイプリルフールというものがある。この日ばかりは誰も彼もたった一つだけ嘘をついても良いという行事らしいのだが、ギンは興じず、そればかりか四月一日には副官とも顔を合わせようとしない。
 存在そのものが偽りであるかのような振る舞いが常であるのに、年に一度罪を許される日、なぜそれにあやかろうとせぬのか、藍染には不思議でならなかった。
「…他愛ない冗談を、言っている余裕はないということかな。」
「せやかてそうですやろ。取り返しのつかへん嘘、イヅルにつかなあきまへんの。それやったらこないなところで阿呆みたいに何度も泣かせられるわけないやん。」
 自分の発す一言が、イヅルにとってどれだけ価値のあるものなのか、もしくは罪深いものなのか、理解している。そもそも近いうちにイヅルを裏切り、この場を去らねばならぬのに、それまでの間になぜわざわざ軽口を叩いてイヅルを度々追い込まなければならないのだ。
 自分の行く末を知るまでは、幾たびも奔放にイヅルを裏切り、追い込み、冗談だと軽くかわしてやる日々が愉快で、大事であった。その度に見せるイヅルの反応、表情一つ一つが堪らなく可愛らしく、またいとおしくもあった。この日が訪れる際には気分が目まぐるしく、どうすれば新たな顔がお目見えするのかと、そればかりを模索していた。
けれども今、己の行く末を知った今、限られた時のあるまま、僅かばかりでも目尻の下がった表情を拝みたいと思う。濡れた目尻を、造り上げている暇はない。
「せやけど、今でもイヅルはこの日を怖がっとるんです。何もせえへんでも、ボクがそこにおるだけで何ぞ企んどるんやないかて思うとる。眦下げて困ったように笑って、今年は何もせえへんのですか、て聞くんや。」
「…それは、おそらく違うよ。ギン。」
 気まぐれに何かを仕掛けてくるギンに騙され、ころころと表情を巡らせる生活を楽しんでいたのは、イヅルとて同じであろうと思う。常に毅然とした態度を心がけ、息を抜く暇も持たぬイヅルが表情を和らがせていたのは、ギンを追い回していた時分のみであったのだ。
それが近年突如として落ち着き、以前のような勝手をやめた。イヅルにしてみれば助かったというよりむしろ、他の人間と遊戯に興じているのではなかろうかと、少しばかり寂しく思っているのやもしれぬ。
「吉良君は、どれだけ偽られようと虐げられようと、お前のことが好きだったんだよ。だからそう尋ねられるのは、彼なりに期待してるんじゃないのかな。彼は、お前に好きに生きて欲しいと思ってるんだからね。」
「…好きに、生きとるんやけど、なあ。」
 途切れ途切れに返すと、藍染が苦笑する。この男も変わったものだ、と。五番隊でギンの上に就いていた頃は、目を伏せる様など早々お目にかかれるものではなかった。けれどもイヅルとの交際の中、ほんのりと色のない頬が彩りを見せ始めたと思う。
「…そろそろ朝になる。今年は少し部屋の外にでも出てみたらどうだい?」
 穏便に薦めているようだが、その声色にはどこか催促するようなきらいがあった。おもむろに眉をひそめると、無理にとは言わないが、と再び苦笑が漏れる。そうして藍染は眼鏡を押し上げてから、灯篭を提げて部屋を出て行った。
 




この日に隊主会というものが存在しないのは救いである。年に一度訪れる風習ではあるが、過去に一度たりとも、エイプリルフールと隊主会が重なった日はなかった。
 ならばお望み通りに、と、藍染が出て行った後一目をはばかるようにしながら廊下を歩く。僅かながら陽光が芽吹く中、出勤し就業を開始している者は未だいない。これならば、と散歩をするような気持ちで足を速めると、あちらから人影が見受けられ身構えたが、どうやら三番隊ではないと認識し身を竦めた。
「十番隊長さんやないの。こない早うから結構なことですなァ。」
「…声を慎め、市丸。」
「何ぞ聞かれたないことでもあらはりますの?」
「まあ、そんなところだ。」
 常ならばギンと鉢合わせただけで霊圧を上昇させ、顔をしかめている日番谷であったが、どうしたことかいやに大人しい。ギンはにこりと清浄ではない笑みを浮かべ、日番谷の方へ向き直った。
「…逢引きでもしはりますの?」
「馬鹿言え。大体こんな早ぇ時間からアイツが起きてくるわけねえだろ。」
 以前までは茶化す度目くじらを立てていた日番谷であったが、少しばかりあしらいというものを知ったらしく、乱菊との関係を僅かに仄めかしながら上手くかわした。面白くないとは思わぬが、子供は子供らしいところが重宝がられるものを、残念だとは感じる。
「そんなら、なしてこないな時間から起きてはりますの?」
「お前に関係ねえだろ。」
「教えてくれはりませんと、あることないこと乱菊に吹き込むで。」
 ギンの言葉全てに乱菊が欺かれるとは思わぬが、ギンと乱菊の絆というものは想定するより深い。日番谷は暫し不本意というような表情を浮かべ、眉をひそめながらようやく口火を切った。
「…毎年この日には、現世の下らねえ遊びがあるらしくてな。」
「あァ、エイプリルフール言いますねん。」
「ああ、それで毎回毎回松本が張り切りやがって、要らん世話まで増やされてるからな。今年は誰より早く俺が騙してやろうと思ったわけだ。」
 それだけのことだといかにも不味そうな顔をしたので、ギンが微かに苦笑の色を見せる。すると日番谷が何が可笑しい、と気に障ったような素振りをした。ギンは、細められた目尻を僅かに下げ、笑みを広げる。
「…若いなァ。」
「若い、だと?」
「そうや、大事にしい。そないなこと、そのうちよう出来へんようになるんやから。」
「…松本もお前と同年代じゃなかったか?」
「乱菊は性格や。余計なこと考えへんですぐ動きよる。せやけどボクらみたいな歳になったらな、すぐ余計なこと考えてまうからあかん。」
「…ジジィみてえなこと言いやがって。」
「ジジィやもん。」
 歳で言うたらキミもジジィやろ、と茶化すように言ってから、やや目を伏せる。歳のことを指摘されると、常のギンならば何かと理由を付けて抗ってくるのにも拘らず、容易く肯定を返した様子に日番谷は訝しげな表情を浮かべた。
 奪われれば奪い返し、欺かれれば欺き返し、突き落とされれば突き落とし返す。そのように容易い、当たり前のことが、歳を経るにつれて叶わぬようになる。奔放で、縦横無尽であったギンですら、このところ僅かではあるが落ち着き払った素振りを見せるようになった。
 それを嬉しく思って良いはずなのに、日番谷は少しばかり哀しかった。





 青い、青い大地である。若い芽が次々と陽光に翳り、青鼠色の影を量産している、青い青い大地である。若齢の象徴であるかのようなそれは、今日という期日を覆うように重なっている。
 ギンは、諦めたような様子で自室へ戻った。すると中では、イヅルが出勤の際の身支度をしている。ギンが襖を開くと、イヅルはひどく驚愕したようであった。けれどもすぐに表情を和らげ、「朝餉のご用意が出来ておりますよ」と笑う。
 消えぬようにと手を握って休んだものを、やはりギンは消えていた。だが、再び自分の元へと帰結した様を見て、この男の影を懸命に追った頃のことを追憶する。ふと、懐かしい気持ちになった。
 ギンは、眦を下げてイヅルの方を一瞥すると、何を思ったのか口を開いた。


「さいなら、イヅル。」
「え…?」
「ご苦労さん、今までおおきに。」

 
 一瞬耳を疑ったが、先ほどまで失念していた風習を思い出し、ふと微笑む。


「はい、ありがとうございます。」
「さいなら、イヅル。」



 偽りになればいいと思う。今日という日に呟いた言葉ならば、全て偽りになればいいと。




『さいなら、イヅル。』





 この翳りに浮かされ、若かりし罪と共に、偽りとなれと。 




*あとがき*
 本当はエイプリルフール当日に上げる予定だったのです。(汗)
 藍染隊長達があちらへ行ってしまうのが、あと数十年ほど遅れていたらというパラレル。
 その間に愚かな遊びをし尽くしてひどく落ち着いてしまった大人と、大人らしい遊びばかりを覚えてしまった子供と、とうの昔に落ち着いてしまって新しい遊びを模索している大人。

告解、先には夢路ばかり。(乱イヅ)

2006-03-31 21:56:35 | 過去作品(BLEACH)
*姉弟設定ですのでご注意下さい。(汗)







瞼の下で嘲笑うのです
少しの偽善も許されぬと
少しの罪も許されぬと
指の先で押しやるのです
少しの密事もあるまいと
少しの情けもあるまいと





 歳の離れた姉がいるらしい。常に淡い蜜色の髪を揺らしている一族の中でも、際立った濃い色の金糸を持つ姉には珊瑚の飾りがとりわけよく似合った。けれどもその美しさをはがゆく思ったのか、直系であるにも拘らず同じ色彩を持たぬ姉を母方の祖母は罵り、制する母の言い分も聞かずに流魂街へと堕としたそうである。
 両親が死する前に聞かせた姉の話は、たったのそれだけであった。





 春らしいとも思えぬ熱気が袖の奥を突く。手合わせの後はいつもこうである。この頃進級が決定し、胸を撫で下ろしたのも束の間、再び稽古の日々が返ってきた。昨年霊術院へ入学を果たした頃には幼さを隠せずにいた利発そうな顔立ちが、僅かに凛とした艶かしさを帯びている。
 剣を振るい、鬼道を極め、白打を高めて素早い身を持とうとも、二年目ということもあり己の力に満足出来ずにいる。そもそもイヅルはそういう子供であった。どれ程までに身体を酷使し、勉学に励む日々を送ろうとも、いっこうに知識欲、地位欲というものが満たされぬ子供であった。
(まだ甘い。)
 水で清めた汗を拭い、鋭利な視線を上げる。
(まだまだ甘い。)
 幾度心の奥底で呟いたか知れぬ言葉は、誰に聞こえるものでもない。ただ、儚げに佇む己の信念というものを、更に高く押し上げてやりたいだけなのだ。自覚しなければならない。己より高いところにある者の存在を。己の脆弱さを。
―…未だ見ぬ、美しい姉に報いることの出来る強さを。
 姉が流魂街などで今も慎ましい生活をしているのならば、探し出して助けてやりたいと思っていた。けれども、姉を捜索するにも、姉を養うにも、それなりの資格と富が必要である。それだけの地位を、イヅルは一心に欲していた。
 そのようなことを青ざめた木々の中でぼんやり思っていると、目前の窓から垣間見える廊下から、濃い金糸の美しい面影が窺え、ふと目を見張る。まるで話に伝え聞いていた姉のようである。緋色に近しいその色濃い髪は柔和な陽光に映え、波打つ髪からちらりと蒼い双眸が覗いていた。
「姉上…?」
 そのようなことがあるはずはないと知りながらも、ぽつりと呟く。すると窓が浅く開いていたことに気付いておらず、イヅルの言葉が聞こえたらしいその女性から訝しげな視線を向けられた。けれども途端に花の綻んだような笑みを見せ、窓から頭を覗かせてイヅルへ声をかけてくる。
「吉良君でしょう。」
「…僕の名前を、ご存知なんですか?」
「知ってるわ。去年…そうね、去年の今頃から。」
「失礼ですが、どこかでお会い致しましたか?」
「いいえ、でもあなたの見目と名前は知ってるの。とある男が吉良君吉良君ってうるさいから。」
「はあ…。」
 本当はもう随分昔から知っている。そのような言葉は濁して、含んだような笑い顔を見せる。艶やかな人であるとイヅルは思った。肉感的なその美貌は、周囲で姦しく笑い声を上げている同級の女子達にはないものである。
「…ご両親を、亡くされたんですってね?」
「ええ、それもとある方から?」
 イヅルが含んだような笑みを浮かべると、女の方も面白そうな顔をした。だがそれには曖昧に返し、哀れむようにイヅルの頭をひと撫でしてから、ふわりと髪を波打たせた。髪を梳いた跡から、快い花のような芳香が僅かばかり流れる。
「強くなりなさい。そうして、そうしてここまでいらっしゃい。」
 戒めるその声は、まるで母のようであると思った。けれども全てにおいて母のものとは異なる見目に、はっと意識を取り戻す。
「あの、お名前は何と―…。」
 淡い色の髪から先程の感覚が消え失せた頃には、女の姿は塵と去り、舞う花弁のように芳香のみが散乱した。





 潤いを秘めた薄い唇から、浅い溜息が漏れる。それは既に癖のようなものであり、周囲は皆慣れてしまい不快に思う者もない。燦々と照りすさぶ熱風は、まるで若かりし頃の手合いの後のようだ。ふと懐かしく思い、そのまま目を伏せた。
 護廷へと入隊する折、配属されたのは五番隊であった。既に三番隊の隊主として実権を握っていたギンの元へ就くことが出来ぬのは残念ではあったが、同時に少しばかり安著する。未だ不安定で、未熟な自分の姿を見せたくはなかった。
 数十年前、手合いの折に顔を合わせた女性のことを忘れたことはない。そもそも、彼女の名は既に存じ上げていた。護廷へと入隊し、暫くすると自然に上官の名は滑り降りてくるもので、その女性の名もよく風聞に上がったので覚えていたのである。しかしながら、その名があの時の女性を表すものであるということを知ったのは随分と後になってからだったのだが。
 そうして、永らく名のみ記憶していた彼女とようやく再会したのは、同僚となってからであった。松本副隊長、吉良副隊長、と、同じ官位で呼ばれることを許された後のことである。





 学院生の頃より親しくしていた修兵と恋次、そうして桃と共に酒を煽るのは、珍しいことではない。桃が出席しているのは少しばかり物珍しいが、彼女がこの場に座しているというその事実は、これが何らかの祝杯であるということを表していた。他でもなく、イヅルの出世祝いである。
 随分と陽は落ち窪んでいるが、未だ翳る様子はない。譬うならば夕べといったところか。そのような思いで杯を傾けていると、少しも酔った気配のない修兵が、突如として浅く口を開いた。
「吉良、もう一人来る予定なんだけどよ、いつの間にお前乱菊さんと知り合いになったんだ?」
「え、松本副隊長、ですか…?」
 自分が彼女の名を知っているならば、彼女も自分の名を知っている。それを考えれば知り合いと言えるのやもしれぬが、出世を祝われるほど親しくなった覚えはない。
「へえ、あの松本さんと。お前もなかなかやるじゃねえか。」
「やめてよ阿散井君、知り合いといっても何十年も昔に話したことがあるだけで…。」
「何十年も昔!?吉良君すごい、よく覚えてるね。」
「うん、たった一回のことなのに覚えてるんだ。何でかは分からないけどね。」
 おそらく彼女の容姿が話に聞いた姉と酷似していたからであろうと分かってはいたが、そのような話を出したところで驚かれるだけだ。朗らかな場で、生々しい家庭の醜聞を晒すのは避けたい。
「まあ、乱菊さんに聞いてみりゃ分かるだろ。そろそろ―…来たぜ、ホラ。」
「えっ―…。」
 彼女は、はじめに出会った時分と同じく美しい見目をしていた。相変わらず自分より幾らか色濃い色素を纏っており、存在そのものが希薄で儚く見えるイヅルとは違い、匂い立つように鮮やかな美貌を孕んでいる。
「松本副隊長…。」
「やあね、アンタももう副隊長でしょう。吉良。」
 圧倒されるような艶かしさからは、想像も出来ぬほどの気さくな声が流れる。やはり似ている。会う度に気付かされるのだ。母が、父が語った姉の麗しさと、特徴と、似ているどころではなく、それはもはや等しくあった。
「乱菊さん、いつ吉良と知り合いになったんスか?」
「ちょっとね…内緒よ、内緒。」
 曖昧に仄めかし、修兵の疑わしい眼をやんわりとかわす。そうしてイヅルの方を向いたかと思うと、何の贈り物もなくてご免なさいね、と悪びれぬ笑みを浮かべた。いえ、と慌てて発した後、杯の方に視線を戻し白皙に紅を零す。その様を見て、乱菊は少しばかり苦笑を表した。
「ちゃんとここまで来れたじゃない。」
 讃えるような、けれどもどこか安著するような、やはり母のような声であるとイヅルは思う。決してイヅルの実力を軽んじているような素振りはなく、ただ言葉の通りに意味を伝えることが上手い人であると、漠然とした印象しか持たなかったが、柔らかい確信がそこにはあった。





 暗雲のようにぐったりとした闇が辺りを覆う。周囲の料理屋が店を畳み、代わりに灯篭を持ったさも懐暖かそうな風体の男が通りを闊歩するようになると、女性を交えた酒宴は自然にお開きになった。とはいえこのような時刻である。はじめは恋次とイヅルが桃と連れ立ち、修兵が乱菊を送るというあんばいになっていたはずなのだが、いざそういう頃合いとなったところで乱菊が口を出した。
「いいわよ修兵、アンタと恋次で雛森を送ってあげなさい。」
「え、そりゃあ乱菊さん…。」
「だから、あたしは吉良に送ってもらうって言ってるのよ。」
「はあ?松本さん、そりゃやめた方がいいっすよ!」
「…どういう意味かな、阿散井君。」
「どういう意味、って…。」
 淡い微笑を浮かべたイヅルを見て、唐突に恋次が押し黙る。桃は何事か分からぬ様子であたふたと視線をあちらこちらに巡らせていた。修兵は僅かに困惑し、心ばかりの溜息を吐く。
 イヅルとて護廷を担う死神の一人であり、確かに男性である。けれどもその見目はお世辞にも頼り甲斐のある若者とは言いがたく、傍目に見れば上背が乱菊と少しも違わぬというのもあいまってより薄らげに見える。そもそも何を思ったのか数年前より儚い色をした髪を長めに伸ばしており、暗がりでは女が二人歩いているように見えなくもないと思われた。
「…分かった、よし阿散井。お前雛森を送ってやれ。俺が乱菊さんと吉良を送ってくから。」
「なるほど、そうっスね。それなら―…。」
「檜佐木先輩もどういうことですか?松本さんだけならともかく僕まで送って下さるとか。」
 結構な紳士でいらっしゃるんですね?と、四番隊隊長を思わせるような慈悲深い笑みを浮かべつつ、地の底から這い出るような声を発すイヅルにいささか不味いと後ずさりする。すると、傍らで苦笑していた乱菊が突如としてイヅルの腕を掴み、呆然と視線をやる三人へ意味ありげにくすりと笑った。
「あたしは吉良だけに送ってもらいたいって言ってるのよ、野暮な男共ねえ。」
「ほら、松本さんもこう言って下さってることですし。僕にだって女性の一人や二人護れるんですよ?馬鹿にしないで下さい―…行きましょうか、松本さん。」
「ええ、でも二人も護ってくれちゃ困るわ。あたしだけ護ってくれないと。」
 また何を言い出すんだこの人は、と流石にイヅルも目を見開いたが、必死に毅然とした姿勢を崩さぬよう努める。そうしてまたにこりと微笑を交わし、背後にあるあっけない表情にわざとらしい視線を返した。
「…どうなってんだ?」
「酔ってたんじゃないっスかね、二人とも。」
「そうよね、きっとそうよ。」
 未だ状況が理解出来ぬ様子の桃すらその場を取り繕おうと笑い顔をそのままに同意する。修兵と恋次は、もはやそのまま再び店に居座ってもう一杯やろうかという思いが頭を掠めたが、桃がいるのだと懸命に己を落ち着けた。





 そこかしこに、豪奢な女を携えた男達の姿が見られる。蝶の艶やかさと、大店の遊郭や灯される燈篭の光で仄かに色付いた闇の円は、逃げ場を与えぬようにして荘厳に張り巡らされていた。その隙間を縫うように、イヅルと乱菊は身を寄せ合い歩を進めている。その姿は微笑ましいようでいて、か細い肢体が互いに集束し補い合っているようでひどく虚しい。
 元より携えている色彩が酷似しているので、尚更だ。
「…どういうおつもりですか、松本さん。」
「自分に気があるんじゃないかとか、そういう素直な考え方は出来ないの?」
「出来ませんね、どう考えても僕はあなたの理想に合致するような男ではございませんから。…おありになるんでしょう。わざわざこうして二人きりで、身を潜めるようにしてしなければならぬようなお話が。」
「あんたって、嫌なところで聡い男ね?」
「よく言われます。」
 皮肉なほどに純然たる微笑を返すと、乱菊はさも面白くないというような顔をした。そうして、遊女を従えながらも、先程から毛色が物珍しいのか、乱菊やひどい折にはイヅルまでをもじろじろと品定めするように眺めていた男の群れも消えたところでふと足を止める。
「気付いてるんでしょう?あたしがあんたの何なのか。」
「…数十年前、市丸隊長伝いで僕の名を知ったと仰っていたあなたのお話が偽りであると理解出来るまでには。」
「あら、あたし市丸隊長が教えてくれたなんて言ってないわよ。ただとある男が、って。」
「あの頃、僕の名をご存知でいらっしゃる男性の死神は市丸隊長―…いえ、市丸副隊長のみでございました。少なくとも、こちらからお伝えした限りでは。」
 成る程ね、と含んだような微笑を放り、真摯に言葉を紡ぐイヅルを哀れむような瞳で見つめる。ほんのりと香るような色をした優しい灯りは、和らぐ気配などなくどちらの顔をも照らし続けている。乱菊は、珊瑚色をした橋に腰掛けて所在なげに言葉を模索しているように見えた。それを見て、やはり似合いであるとイヅルは確信を深くする。
「…恨んでおられるのですか、僕、いえ―…吉良の一族を。」
「まさか。どうしてあたしが吉良家を恨まなくちゃならないの?…あたしは自分を捨てた祖母のことを恨んじゃいないし、まして一族を恨む理由なんて持ってないわ。まあ少しは、少しはね、どうしてこんなに色濃く生んで下さったのかしらって、思うこともあるけど。」
 それこそ神様なんかに、と冗談めいた笑みを零し、深く嘆息する。とうとう観念したかのような姉の様に、イヅルは嘆くことも謝罪することも出来ず、ただその場に佇んでいた。乱菊は、その様子に呆れたかのような素振りで歩み寄り、イヅルを抱き締める。
 突然のことに目を見開くことしか出来なかったが、慈しむような指の動きにいつしか込み上げるものがあり、小さく呟いた。
「姉う―…姉さん。」
「なあにそれ、わざわざ言い直さなくたっていいのに。」
 くすくすと苦笑する乱菊を、あやすように抱く。けれども奔放で、なだらかな美しさを持つ彼女には、古風で格式のある呼び名よりも、響きが柔らかく、自由な呼称の方が似合いであるような気がしたのだ。そう返そうとしたが、やめた。
本心などおそらく乱菊には知れている。知れていなくとも、同等の血色の中には、大方のことを許容するおおらかさが大なり小なり含まれているものであろう。理解されなくとも、血縁であるという事実が真実として残るならばどうとでも構わなかった。





 薫風が昼の風に混じるようになり、そろそろ梅雨に入ろうかとしているように思える。けれどもそのように穏やかな時節とは相反して、身辺の雲行きは怪しい。この頃はとりわけそうである。隊長職に就く者達は誰も彼も皆良識的に飾っているか、他人に関心を持たぬよう見せているがそれは偽りであり、本心では常に互いを訝しく観察していた。
 だからといって、イヅルにはそれを正す権利もなければ術もなく、またそうしようとする意志もなかった。ただ剣呑と目前で軽やかに跳ねて回る上司の動向を掴むべく疾走しているだけであり、同僚には常にその姿を哀れまれ、また危ぶまれてもいる。
 副官に就任し既に幾年か経過したが、未だ過去を懐かしむ思いは変わらず、ともすればすぐに初心を模索していた。だが、護廷内の対人関係が著しく蠢き、そこかしこで硝煙が立つようになると、初心、などという艶かしい感情はふいに消えた。
 わけても、イヅルの仕える市丸ギンと、姉である乱菊の仕える日番谷冬獅郎の不仲が如実に現れてきた頃であったと思う。これまで以上に鮮明に身の振り方を迫られたその時、初心などというものは消えていた。否、消したのだ。
 そう思いながらも、待ち合わせた木陰へと歩を進める。乱菊との逢瀬は、実に幾月ぶりかであった。乱菊は、燦々と振り被る葉の群れと生温い風に髪を攫われ、少しばかり顔を顰めながらもそこに佇んでいる。そうしてイヅルが訪れたことを確認すると、にこりと笑い、久方ぶりの挨拶を交わしたのも束の間、常では見られぬ厳格な表情を浮かべ、イヅルに問うた。
「これからどうするの。あいつは―あたしが捨てられた時の話からしてみたら、あんたには優しい人間に聞こえたかもしれないけど―ギンは、そんなに出来た男じゃないわよ。このまま付いて行ったら、誇りなんて全く尊重されない死に方をするかもしれないわ。」
 他でもない姉の言葉に、少しばかり心を濁す。けれどもどうしろというのだ。イヅルは既にギンの下に就いている。一度与えられた職を捨てるなど、それこそ誇りに欠けると密かに唇を噛んだ。そもそも、イヅルは魅入られてしまっている。あの男の性情に、あの男の振る舞いに、否、あの男そのものに魅入られてしまっているのだ。
 肉親と知り得た後も崩すことのなかった敬語を、初めて切り崩して微笑み返す。
「姉さん…僕は、あの人が好きだよ。」
 乱菊は、これ以上ないほどに哀しげな表情を見せた。時代や環境といったものに、いとも容易く苛まれるような弟であった。けれどもひどくいとおしかった。そうして、凛とした脆弱さが事もなげに手折られる日を、常に恐れていたのである。
 そのような乱菊の思いを知る由もなく、イヅルは更に非道な問を投げかけた。
「僕はあの人のために死ぬでしょう。いえ、死にます。その時あなたは―…姉さんは、どうします?」
 薫風は尚も嘲笑うかのように、けれども時代というものに、使命というものに翻弄される者の先を、僅かに慰めるようにして空を戦慄かせた。乱菊は、常に紅色を絶やさぬ麗らかな唇を震わせながら開く。
「じゃあ、その時はあの人のためにあんたを殺してあげる。他の誰にも譲っちゃ駄目よ。あたしがあんたを殺すの。」
 先に死ぬのはイヅルではなくギンだと、乱菊には分かっていた。イヅルに護られるなどということは、あの男には出来ない。ならばその際には、潔くイヅルも逝かせてやろうと思う。自分が何者かを殺めることを頑なに阻む上司も、僅かばかりの意志は汲んでくれるのではないかと、そう思った。
 すると乱菊の言葉に、イヅルが尚も凄艶に笑う。硬質な風に揺られた髪のお陰で、潤いを増した目元は気取られずに済んだ。けれども目に潤いを宿していたのは、イヅルだけではない。だがそれを互いに悟らせぬように、色めいた風は殊勝にも細やかな雨を運んだ。





―誓うならばそう、互いが崇めるたった一つの神に。





*あとがき*
 やはりと申しますか、ギンイヅ日乱を織り交ぜつつ、微妙に乱→イヅっぽい。(汗)というか最後のフレーズが使いたかったのですが、別に姉弟設定はいらなかったんじゃないか、な…!
 こういう絆で結ばれた乱菊さんとイヅルも何となくいいなあ、と思いまして。
 しかしアレですね、最後辺りの文を読み返してみると、うちの市丸さんと日番谷君は本当どうなっているのだろう、と…orz

孵らずの雪。(ギンイヅ。イヅルお誕生日記念フリーSS)

2006-03-27 01:16:02 | 過去作品(BLEACH)
未だ春は訪れず
凍る先は粛然の間
未だ孵化せぬ昨夜の雪は
警鐘の音も浅く掻き消し





 立春が過ぎ、少しばかりしてから訪れる独特の生温い風が吹いていた。イヅルは新しい木の香りが漂う桶を揺らしながら、柄杓で軽く水を撒く。職務へと出かける前に庭の花々の世話をするのは、もはや日課であった。
 元より園芸などの細やかな作業は好んでいるが、ここ数年はとりわけ見事に草木や花が育つので、一層慈しんでいる。最も、このような場所であることもあって狂い咲きをするものも少なくはないのだが。
 以前は起き抜けに寝巻きの上から適当に羽織を掛け、朝餉を用意するより先に水をやっていたのだが、それを見受けたギンがせめてきちんと着てからにしろと制したのであった。イヅルからしてみれば、死覆装を着用した後にやるよりは汚れぬであろうと思ったのだが、ギンはそんなことよりも体調を気にしろと言う。
 常に体調管理など少しも気にせぬギンにそのようなことを諌められるのは釈然としなかったが、抗う理由もないので素直に従った。なので今は、全て手はずを整えてから行うようにしている。
(雪が溶けないな…。)
 春を迎えようとも、霜が残っていることはある。けれどもこれは霜ではない。それより随分と重苦しく、厚みを帯びているように見えた。それも、常ならば狂い咲いている水仙や梅などの蕾が未だ膨らまず、百合や時計草などは蕾を携える様子さえ見せない。
 けれども本来ならばとうに枯れているはずの山茶花や椿には、花弁を落とす片鱗すらなく、イヅルは首を傾げた。
「…君はまだ休みたくないのかな?」
 いつぞやにギンが早く綺麗になれと声をかけていた山茶花へ、ぽつりと言葉を投げかける。その頃よりギンに懸想していたらしく、この花はギンが訪れる度淡い肢体を色濃く変貌させたものである。するとイヅルの問いに対して微かに身を震わせたので、少しばかり苦笑した。まるでこの花々は、人間の言葉を常に理解しているように見える。
(ああ、そうだ―…僕もあの人に会いたい。)
 昨日も一昨日もその前も、執務室では顔を合わせているものの、ギンの部屋に呼ばれることなどなければイヅルの部屋へ赴かれることもなかった。これほど日を空けられたこともないので、厭きられたのかとも思う。男でありながら髪や肌を大事に手入れしたことも、もしくはされたことも、全て無駄になったということか、と。
 時刻を確認すると、暫くで出勤時間となるようなので、柄杓を急かして桶を早々に片付けた。そうして僅かに翳った表情を浮かべるが、それを引き締めるように帯を直す。けれども帯から襟へと走らせた指は、いささか震えていた。





 十一番隊の隊舎には、常に甘い香りが紛れている。そこから更木が出でると大抵の者はたまげるのだが、その肩から幼い体躯の愛らしい髪色をした少女が顔を出すと、成る程、と溜息を吐く。しかし一たび隊舎へと足を踏み入れれば、そこは荒々しい領地である。
上位席官達はまだ態度をわきまえているが、下位席官の中にある不遜な連中と顔を合わせると、ただ書類を届けに来ただけとあってもまるで自分が何かの贄のように思える。十一番隊とはそのような場所であった。
 だがギンは、自分とはまるで異なった空気を持つ十一番隊を殊のほか気に入っていた。乱雑ではあるが、一つの偽りもなくただ群がり合っている。幾度となく誰も彼もを偽り、その全てを裏切ってきたギンには到底真似出来ぬ芸当を見せられているようで、ひどく落ち着くのだ。
「…あれ、市丸隊長?どうなさいました。」
「あァ、斑目君?やったな。阿散井君やらと話しよる時と違うてえらいしおらしゅうしとるんやねぇ。」
「当然ですよ…毒でも盛られちゃ堪りませんから。」
「そらキミらしゅうて結構なことや。」
 いつもながら掴みどころのない笑みを向け、けれどもしっかりと畏怖の念は感じさせる様を見ながら、一角は僅かにぞくりとした。だが一角は、更木の前などで見受けられるギンの駄々やあどけない姿を間近で拝見したことがあるために、それほどまでには不安を感じない。
 知っているのだ。ギンの人を慈しむ姿を、人を護る姿を、知っている。
「更木さん、おる?」
「どうぞ。」
 見知らぬ仲でもない。容易く通されたことにいささか拍子抜けするが、更木に忠実な一角ならば納得出来る。知らぬ者ならばまだしも、市丸ギンである。怪しいか怪しくないかで言えば大変怪しい人間であるが、追い返すか返さぬかは、自分が決めることではないとわきまえているのだ。
「おおきに。」
 優美な仕草で礼を述べられ、軽く会釈を返す。けれどもおそらく、更木の前に出れば繊細そうな見目も一掃されるに違いない。そんなことを思いつつ、執務室を後にした。





 執務室にはあまり穏やかでない空気に満ちており、隊主机には見るからにしっかりとした体躯の男がじっと座っている。しかし座っているだけである。元より更木に書類仕事などさせぬようにしているらしく、机上には何の紙片もなければ筆も印鑑も存在しなかった。何とも羨ましい。
「…何しに来やがった、市丸。」
「相変わらずつれないお人ですなァ。」
 仕事もしとらんのやったら世間話くらいええやないの、と悪びれぬ笑みを見せ、客人を迎え入れるために一応用意されているらしい長椅子に腰掛ける。更木は一度顔をしかめたが、それほど不快には思っていない様子で向かいに腰を下ろした。
 すると声でようやっと気付いたのか、先程まで高い机上に頭を隠しながら落書きなどをしていた少女が威勢よくギンの名を呼んだ。
「ギンちゃん!」
「やちるちゃんやないの、お菓子あげよか。」
 そう言って、常に何かしら粗品が入っているらしい懐に手を入れて砂糖菓子のようなものを取り出す。すると更木が呆れたような声を上げた。
「ジジィかお前は。」
「アンタかてボクと歳はそう変わらへんやないの。せやったらお爺ちゃんと孫くらい離れとりますやろ、やちるちゃんと。」
「ギンちゃん、ありがと!」
「ええよ。」
 見目と年齢のそぐわぬ死神ではあるが、おそらく百以上は離れているに違いない。けれども就任するまでの過程が分からぬので、もしかするとやちると同程度の年齢やもしれぬと、そこまで考えて少しばかり恐ろしさを感じた。
「それで、何だよその世間話っつーのは。」
 わざわざギンが相談をしに来る内容といえば限られている。そもそも職務を放棄するのは珍しくないが、副官から離れてみたり、もしくは副官がここまで追わぬのは珍しい。
「…イヅルがな。」
 そら来た、と小さく呟き、更木は投げやりな視線を向ける。だがギンには話を留めようという気がないらしく、目を伏せてそのまま続ける。
「明日、誕生日やねん。」
「それがどうした。」
「何したらええと思う?」
「知るか。」
 これ以上ないほど簡潔に答えてやると、ギンは目前で冷たいだの人でなしだの勝手なことを喚いている。それはいつもお前が言われてることだろうが、と黙らせ、長椅子に深く腰掛けなおしてから堪らず煙管を取り出した。
「大体俺よりマシな答え方してくれそうな奴が幾らでもいるだろうが。」
「せやかて乱菊も藍染さんも朽木さんも皆阿散井君経由とかでイヅルに知れてまいそうやん。」
「そりゃあそうだが…。」
「ほんまに困っとるんよ。なァ剣やん。」
「剣やん言うな。」
 抗ってはみるものの、やはりといったところかギンに反省する様子は見られない。仕方なしに相談とやらに付き合ってやることにし、初歩的な質問を放った。
「自分の時は吉良の奴に何もらったんだ?」
「なあんも。」
「嘘付け。あの吉良が律儀に用意してねえわけあるか。」
「ほんまやて。当日まで知らへんかったんよ、イヅル。」
「…なら何でお前も返してやろうと思うんだよ。」
 更木が問うと、ギンは一度何に例えるか模索するように唸ってから、適当なものを見つけたのか常である軽々しい笑みをやめ、表情に朗らかな綻びを帯びさせた。更木は物珍しいものを見るようにしていたが、いつもならば必ず口を挟んでくるやちるはじっと黙っている。
「剣やんも自分の誕生日にやちるちゃんから何ももらわれへんかて、やちるちゃんの誕生日には何や買うてやりはるやろ?それと同じやん。」
 確かに更木は、何の見返りがなかろうともやちるの生誕日には何かしらの物を買ってやるという、傍目に見れば似合わぬことをしている。否定しかけてそのまま口を噤んだ更木を一瞥し、ギンが苦笑した。するとこれまでギンに賜った砂糖菓子をじっと手に乗せたまま黙っていたやちるが、初めて口を開く。
「ギンちゃん、明日はさくらの日だよ!」
「さくら…?」
「乱ちゃんが言ってた。だからお花見するんだって。」
 どうやらやちるの話によると、それは藍染から桃、桃から乱菊へと伝わったものらしかった。宴好きと名高い乱菊のことであるから、何かしら酒を呑む口実が欲しかったのかもしれない。
けれどもギンは、いい話を聞いたとばかりにやちるの手に菓子をもう一つ乗せてやった。
「…甘やかしてやるなよ。」
「そう言う思たから控えめにしとったんやけどね、ええこと教えてくれはったご褒美や。それにやちるちゃんも甘いもんがお目当てで教えてくれたんとちゃいますやろ。」
「ギンちゃん、頑張ってね!」
「うん、おおきに。」
 これ以上ないほどに満面の笑みを浮かべ、やちるが激励をした。ギンから受け取った菓子は、まるで宝のように机上にそっと置く。その仕草から、甘味というものが彼女にとってどれだけ尊いものか見受けられ、ギンは遠い時代を思い出したようにしてふっと自嘲気味に笑った。
 それでも、やちるの頭を最後にふわりとひと撫でしてやる際には、常の表情を取り戻していた。





 重苦しい瞼を、そっと押し上げる。しっかりと閉じられた襖の外からは微かに花の気配がした。けれどもそれほど数がないというのに、なぜここまで花の香が鼻腔をくすぐるのであろうと思っていると、微かに匂い立つ別の香りがある。それは明らかに人工的な香の芳しさであった。
 昨日、ギンは執務室にすら顔を見せなかった。わざわざ三席へ理まで言付けていたために、イヅルは追うことも出来ず職務に没頭するしかない。ここまでするということは、やはり自分に会えぬ、否、会うことを望まぬ理由があるのだろうと思う。とうとう棄てられるのかと、思う。
 たった半年の間であった。けれども市丸ギンという人間が一人に飽きるまでには、充分な時間であるのやもしれぬ。一時だけでも大事に慈しまれた。あれはきっと、夢を見せて下さったのだ。遊びで買った女にも見せる、少しばかりの愛執を、己に見せて下さった。
 考えれば考えるほど、涙より先にえもいわれぬ寂しさが込み上げ、どうにもやりきれない。そのような想いがあるからこそ、このような夢を見るのだ。僅かに漂う芳香は、おそらく夢の続きであろう。
『イヅル、起きたん?』
 瞳を開いたつもりでいようとも、未だ覚めてはおらぬのだ。
『おはよ。珍しやろ?ボクの方がはよ起きてんの。』
 ならば覚めねばならぬ。覚めねば、ならぬのだ。
 幾度か視線を合わせつつも、瞬きを繰り返す姿に、ギンが少しばかり訝しげな表情を見せる。それを見受け、目前に佇む男が本物であると分かると、いつしか庭から抜け出でた雪が頬を伝っていた。否、伝っているように思えた。
「何泣いとんの、イヅル!?」
 慌てた素振りで歩を進め、こちらへ向かってくる。そうして寝床まで辿り着くと、イヅルの肢体をおもむろに起こして背に腕を回してやった。まるで赤子をあやすようであると、イヅルは僅かに気恥ずかしく思ったが、そのまま大人しくギンの肩に頭を委ねた。
「厭きて、しまわれたのかと…っ。」
 震えた声音で呟くイヅルを、いとおしいとは思うが厭きたと思うことはない。思ったこともない。暫く顔を合わせぬだけでこれほど追い詰めてしまったのかと、イヅルの脆弱さを再確認する。けれども同時に、それだけ頻りに顔を合わせ、依存していたのかとも気付かされた。
「阿呆やなあ…そないなことあるわけないやろ。」
 イヅルが時折不安定になり、ひっそりと泣く際には常にこうである。ギンがイヅルの背を擦ってやり、イヅルは身を任せて一頻り縋るのだ。けれども声だけは、慎ましく上げずにいる。
「そうやった、ご免な。昨日イヅルが寝た後来てもうたから、勝手に部屋入って…。」
 そう言うと、大人しくしがみ付いていたイヅルが、抱き込んだ中でふるふると微かに首を動かした。今に始まったことではない。もはやそれは暗黙の了解であった。断りもなく自室へと足を踏み入れられようとも、イヅルが抗う理由などない。
 ギンは、一たびそれに苦笑を返し、イヅルを立ち上がらせて壊れ物を扱うかのように手を引いた。





 襖を開けば、おそらく昨日と同じ光景が広がっているのであろうとイヅルは思う。微かに雪がその身を落ち着け、山茶花や椿は冬の頃より変わらず狂わしい見目を咲き誇らせ、本来咲きゆくはずである春の豪奢な花々は身を潜めるようにして蕾を閉じている。
 けれども、ギンがそろそろと襖を開き、その姿が露になってゆく度、次第に瞳を大きく見開かずにはいられなかった。
 雪が冬から孵化し、その姿を淡い春の風へと変貌させている。蕾を開かせる気配も感じられずにいた百合や時計草、桜も梅も、桃すらも、時節を超えて好き勝手に咲いている。だが、目に麗しい花々の中には、随分と以前からこの庭の主であるかのように腰を落ち着けている山茶花や椿の姿もあった。しかし全てが調和し、皆それぞれの立ち位置を知る役者のようである。
「綺麗やろ?」
「はい…でも、どうして…?」
「ボクも驚いたんよ。昨日久しぶりにここ来たら、全然咲いとらへんかったのに一気に育ったん。」
「一気に…?」
「ボクが少うし襖開けたらな、蕾やったんが一気に。」
 やちるの話から、イヅルの庭の桜の木が大層美しかったのを思い出し、上等な酒と肴を携えて二人きりで花見をしようと、そう思っていた。けれどもいざ赴き、その姿を確かめてみれば、膨らんですらおらぬ蕾が一斉に開いたのである。それを聞き受けると、イヅルは少しばかり思い当たる節があり、ギンの方を向いてくすりと笑った。
「庭の花は、皆あなたが好きなんですよ。」
「あァ、何やこの前言うとったなあ。山茶花がボクに懸想したの何のて。」
「ええ、しかし山茶花だけではなかったようですね。」
「ちゃうよ、イヅル。それやったらここにおる花全部女いうことになるやないの。」
「分かりませんよ。僕とあなたのような関係もあることですし。」
「…冗談言わんといて。せやからな、ここにおる花、皆お前が好きなんよ。」
 毎朝のように欠かさず、甲斐甲斐しく世話をする主人の姿を見て、嫌う動植物はまず存在せぬであろう。山茶花や椿が未だ美しいまま懸命に身を咲かせているのも、この日を謀ったかのように一斉に開いた春の花々も、狂い咲いている夏の花々、秋の花々も、全てはイヅルのためにこの舞台を作り上げたに違いない。
「天竺牡丹、篝火草、女郎花…綺麗に咲いとる。」
「そうですね…。」
 何かを促すようにしてうな垂れる木々の枝を見受け、そもそもの主旨を思い出してギンは部屋の片隅に置いた酒と心ばかりの肴を携えてきた。
「今日は花見や、ええ酒もあることやし。」
「朝からお酒だなんて…職務はどうされるおつもりですか?」
「そんなん、明日の楽しみにとっとけばええ。」
 ギンの言葉に、イヅルが悪戯めいた笑みを見せる。そうして僅かばかりそれを崩し、苦笑したかと思うとギンの傍へ寄ってきた。襖を広く開け放し、極彩色の園となった庭に再び視線をやる。鮮やかであるはずの光景だが、寿命を早めて咲く花々の様がどこか寂しく、イヅルは杯を薦められる前にギンの腕へしがみ付いた。
 ギンは珍しいと笑い、イヅルの細やかな肩を抱く。戯れに重ねた口腔からは、僅かに酒精が漂った。





早し春は幼く
溶けゆく先は鮮明の夜
艶浄化せぬ今朝の風は
重ねた跡すら色濃く残し





*あとがき*
 イヅルさんお誕生日おめでとうございます…!
 さり気なく十一番隊を書いたのは初めてかもしれない…。(汗)どうしたことかお花さんシリーズということで(笑)本当よく出てきますね、イヅルさん宅のお庭…orz
 今回わざと「お誕生日おめでとう」なやり取りを省いてみたのですが、うわーもう何が何だか…ハハ!(誤魔化すな)
 やちるちゃんは砂糖菓子とかを大事に持ってたら可愛いなあと。いや分かってます!金平糖一気食いするような子だって分かってます…!(笑)
 市丸さんはいつもやちるちゃんにお菓子なんかをあげてるといい。三番隊におやつ食べたりしに来るといい。その場合イヅルさんが用意してあげるんです。(お母さんか)
 いつもながら夢身がちで申し訳ございません。(汗)


 そしてこれ、いつもの如く無駄にフリーですので(汗)お気に召した方がいらっしゃいましたら、どうぞお持ち帰り下さい…!
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