ぴかりんの頭の中味

主に食べ歩きの記録。北海道室蘭市在住。

【本】百鬼園随筆

2008年12月11日 08時00分04秒 | 読書記録2008
百鬼園随筆, 内田百, 新潮文庫 う-12-1(6837), 2002年
・"百" → "ひゃっけん" と読みます。え? 常識?? 私は読めませんでした。その内田百による随筆集。三十編強収録。初出は1933年。著者が自らをなぞらえた "百鬼園先生" の日常や空想など独自の世界が繰りひろげられる。
・「漱石の弟子」と、その名をちょくちょく目にし、気になる作家ではありましたが今回が初読。日本の作家にまだこんな天才がいたことを知り、驚くやら嬉しいやら。そして自らの読書の幅の狭さを痛感しました。「お気に入り作家リスト」に追加!
・表紙の落書き(?)は芥川龍之介の手による "百先生図"。
・「今晩の主人は、盲人の宮城道雄氏なのである。宮城さんは高名な音楽家だから、足音のタクトによって、近づいて来る相手を鑑別するくらいは、何でもないかも知れない。」p.24
・「本を読むのが段段面倒くさくなったから、なるべく読まないようにする。読書と云う事を、大変立派な事のように考えていたけれど、一字ずつ字を拾って、行を追って、頁をめくって行くのは、他人のおしゃべりを、自分の目で聞いている様なもので、うるさい。目はそんなものを見るための物ではなさそうな気がする。」p.51
・「飛行機がいくら危険でも、布団の上で人が死ぬのに比べれば、遥かに安全である。」p.82
・「寧ろ、飛行機に乗って安全なる事を求めるよりは、之を自殺の具に供する方が趣がある。海のように広広とした飛行場の芝生の上に伸び伸びと寝転んでいる。一人でなくても二三人の道連れがあっても差支えない。頚には、ゆるく綱を巻き、その綱を長く長く延ばして、向うの方に着陸している飛行機に結びつけて置く。その内に飛行機が爆音を轟かし、滑走を始めて、間もなく離陸すると、自然に綱が張って、芝生に寝ている二三人の厭世家を空中に吊るし上げ、ぶらりぶらりと東京の上を飛んで海に出たら、適当な所で綱を切り、垂下物を海に捨てて帰る事にすれば何の面倒もない。」p.83
・「越天楽変奏曲の作曲者宮城道雄氏は、盲人である。彼は点字の楽譜を指尖で読んで、バハの序楽を自作の八十絃の筝で弾じた。(中略)寝床に這入ってから本を読む際は、特に目明きの人は始末がわるい様ですね。私などは目で読むのでないから、第一電気をともして置く必要もなく、従って寝る前に消すと云う面倒もありません。(中略)仰向けに寝て、点字の紙を布団の中に入れ、おなかの上あたりにのっけて置いて、ぬくぬくと温まった手で、その上を撫でて行けばそれで解るのです。」p.85
・「堅いこつこつした箱の中から、いきなり人間の声がわめき出す蓄音機でさえ少少不気味で、あまりいい気持のしない私は、九官鳥などと云う化物は大きらいです。」p.106
・「小生の収入は、月給と借金とによりて成立する。二者の内、月給は上述のごとく小生を苦しめ、借金は月給のために苦しめられている小生を救ってくれるのである。  学校が月給と云うものを出さなかったら、どんなに愉快に知英のことに従事することが出来るだろう。そうして、お金のいる時は、一切これを借金によって弁ずるとしたら、こんな愉快な生活はないのである。」p.142
・「汗水たらして儲けたお金と云うのも、ただそれだけでは、お金は粗(あら)である。自分が汗水たらして、儲からず、乃ち他人の汗水たらして儲けた金を借金する。その時、始めてお金の有難味に味到する。だから願わくは、同じ借金するにしても、お金持ちからでなく、仲間の貧乏人から拝借したいものである。なお慾を申せば、その貧乏仲間から借りてきた仲間から、更にその中を貸して貰うと云う所に即ち借金の極致は存するのである。」p.146
・「生きているのは退儀である。しかし死ぬのは少少怖い。死んだ後の事はかまわないけれど、死ぬ時の様子が、どうも面白くない。妙な顔をしたり、変な声を出したりするのは感心しない。ただ、そこの所だけ通り越してしまえば、その後は、矢っ張り死んだ方がとくだと思う。とに角、小生はもういやになったのである。」p.157
・「百鬼園先生思えらく、金は物質ではなくて、現象である。物の本体ではなく、ただ吾人の主観に映る相(すがた)に過ぎない。或は、更に考えて行くと、金は単なる観念である。決して実在するものでなく、従って吾人がこれを所有するという事は、一種の空想であり、観念上の錯誤である。」p.170
・「私と云うのは、文章上の私です。筆者自身の事ではありません。」p.242 なんという書き出し。衝撃的。
・「「何、見なくったって美人かどうかは、解りますよ」(中略)この、盲人の世界と云うものは、また特別ですよ。どう説明していいか、あなた方には解らないかも知れないが、目がないから見えないと。それは確かですが、しかし、あなた方が見える目をふさいだ場合とは違いますよ。我我には視野はないと。そうです、我我は視野を欠くとは雖もそこにはまた、何と云いますか、要するに、説明の出来ないある感覚が、美人を認識するのです」p.293
・「百鬼園氏は「ぐふん」と一つ陰鬱な咳き払いをした。そうしていきなり大きな声で始めた。  「ルスン、セレベス、パプア島。西に偏してボルネオ、スマトラ、ジャワ島等の島島。星の如くに打ち列び、何れも、椰子、砂糖、煙草、珈琲などを産す」  それだけ、一息に朗読調で云ってしまうと、百鬼園氏は、ひょっこりとお辞儀をして、坐った。」p.310
・「「覚えたことは忘れまいとする下司張った根性がいけないのだ。ただ覚えさえすればいい。忘れる方は努力しなくても、自然に忘れる。忘れる事を恐れたら、何も覚えられやしない、第一、我我がもし忘れる事をしなくても、生まれてからの事をみんな覚えていたら、とっくの昔に気違いになってしまってる」」p.327
・「「参考書には色色あるさ。今までにも、もう幾度か話したことだけれど、要するに参考書などに頼る必要はない。又読んでも役に立たない。語学の初歩は強迫に限る。強迫する役目は僕が引き受けている。相手は君等だ。参考書は脅かさないから、駄目だ」」p.327
●解説(川上弘美)より
・「内田百に、「イヤダカラ、イヤダ」という名文句がることはご存知の方も多いだろう。芸術院会員に推薦された時の、これは百が口にした辞退の理由の言葉とされている。」p.354
・「常識的な世界からのごく自然な逸脱。現実から遠く離れてはいないのだが、必ず背後に漂っている幻想性。直截な表現。」p.354
・「自分で規則を作る。それには必ず従わねばならない。ただし規則は必ずしも世間の常識とは一致しなくともよい。整合性もなくてよい。いったん決めたものは、守る。百の文章が、非現実的でありながら決して不協和音を聞くような不愉快さをもたらさないのは、おそらく百世界の規則が、その世界では正しく守られているからではないかと、つねづね私は思っている。」p.356
・「「イヤダカラ、イヤダ」の単純な面白さに比べて、このメモの、ねじれて皮肉な味さえ湛えた面白さは、どうだろう。  やはりこれこそが百である。誰も追随できない。頑固、という簡単なものでもないのだ。筋は通っている。けれどその筋はたとえば幼児のものである。たとえば娑婆っ気のまるでなくなった老人のものである。それでいて、どこか意地悪なところもある。油じみた意地悪ではなく、乾燥してふっと吹けばどこかへ適当に飛んでいってしまいそうな、無目的なあかるい意地悪である。」p.360

?かいちょく【戒飭】 人に注意を与え慎ませること。また、自ら気をつけて慎むこと。
?そうこう【倉皇・蒼惶】 あわただしいさま。いそぐさま。
?かさん【加餐】(食を加えるの意)よく食事して養生すること。身体を大切にすること。相手の健康を願う時などに用いる。

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4 コメント

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Unknown (罪子)
2008-12-11 13:45:30
内田百、わたしもすきです。
身近で内田百の名を耳にすることがないので
嬉しくなってついコメントしちゃいました。

『東京日記』『サラサーテの盤』がとりわけ印象に残ってます。
静かにぞくりとさせてくれますよね。
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コメントありがとうございます。 (ぴかりん)
2008-12-11 19:48:27
こんにちは、はじめまして。
これを機に同著作を買い漁ろうと思いますが、何分BOOKOFFの105円コーナーが行きつけなもので時間がかかりそうです。まだ見ぬ小説作品を読むのが楽しみです。

短篇の題名がサラリと出てくるあたり、いろいろ読んでらっしゃる雰囲気。上記の他「コイツはいいぜ!」てな本など、もしありましたら情報よろしくお願いします。
返信する
おすすめ (罪子)
2008-12-11 20:25:55
冥途・旅順入城式 (岩波文庫)

前のコメントで挙げた短編と似たテイストです。
もしよろしければご一読を。。。

105円コーナー、なかなか掘り出し物いっぱいですよね。
わたしは図書館の内田百全集で読んでました。
こういう静かに現実から離れていくお話が
どうもすきなようですw

これから度々お邪魔させていただきます
よろしくです☆
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オススメ (ぴかりん)
2008-12-11 21:06:32
早速の返信ありがとうございます。
購入リストに追加!
実は、『ユリシーズ』でも勧められたらどうしようかと内心ドキドキしましたが、ホッとしました。

> こういう静かに現実から離れていくお話が

過去ブログ掲載分で近い雰囲気なのは、

【本】タイムスリップ・コンビナート
http://blog.goo.ne.jp/picarin2005/e/131e94874cbeb3bb9c8851d37cd5bc10
【本】笑う月
http://blog.goo.ne.jp/picarin2005/e/6fb8746324c9cfff44b324d94c484ee2

あたりでしょうか。
最近は読書が滞り、本の記事が少ないですがどうぞ気長に御覧くださいませ。
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