雑記帳

日々の徒然をとにかく書き込んでおきます

2009年秋アラスカ・オーロラの旅

2009-10-30 20:50:11 | 旅行
2009年9月は大型連休が実現した。19日(土)~23日(水)までが連続休暇であり、世の中はこれを「シルバーウィーク」と命名した。

去年の9月にはハワイを訪問した
今年の計画については、当初、オーストラリアのケアンズを訪問しようと話していた。しかし、オーストラリアのガイドブックを購入して調べてみたところ、ケアンズは海と動物を見ることが主体であり、どちらもわが家の趣味には合わないということでボツとなった。
次に家内は、「オーロラを見に行きたい」と提案した。
調べてみると、オーロラ見学の観光スポットとしてまずはアラスカのフェアバンクスが有名であるらしい。季節としては、北極方面で夜が長くなるということで、8月下旬から3月までの間のようだ。
いろいろ調べた結果、ハートフルインターナショナル社の【夏のオーロラ紀行】という企画が見つかったので、これに申し込むこととした。

オーロラ観察の前準備(
9月20日(日)出発
 成田16:10-NW8-9:25シアトル12:55-NW7591-15:41フェアバンクス
 送迎バス
 チェナホットスプリングスリゾート泊(3泊)オーロラ観測
9月21日(月)
 昼間の行動、リゾート泊・オーロラ観測
9月22日(火)
 リゾート泊・オーロラ観測
9月23日(水)
 早朝出発・送迎バス
 フェアバンクス7:00-AS124-11:35シアトル14:05-NW7-(24日)16:40成田

赤祖父俊一「オーロラ―その謎と魅力」


旅人 家内と私

           以下、旅行記に続く
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

赤祖父俊一「オーロラ―その謎と魅力」

2009-10-18 10:17:32 | 旅行
今回のオーロラ紀行に際しては、まず「オーロラとは何か」について知識を身につける必要があった。「地球の歩き方」では赤祖父俊一先生という方が解説を書かれている。同じ赤祖父先生の著書で新書レベルの本として以下の書籍が見つかった。ただし現時点では古本でしか入手できない。
オーロラ―その謎と魅力 (岩波新書 新赤版 (799))
赤祖父 俊一
岩波書店

このアイテムの詳細を見る

赤祖父先生は1930年生まれ、1953年に東北大学を卒業し、61年からアラスカ大学に進まれた。そのまま同大学地球物理研究所の教授、そして所長となり、この本が執筆された2002年当時はアラスカ大学国際北極圏研究センター所長であった。

赤祖父先生が東北大学の学生の頃、地球の磁場と太陽から吹き付けるプラズマガス(太陽風)との相互作用により、地球の磁場の形が非常に変わった形になるということを、理論的に解明した先生がいた。チャップマン-フェラーロ理論といい、この理論を理解できないようではオーロラや磁気嵐の研究をする資格はないと言われていた。しかし、赤祖父先生にはこの論文が難解だったので、思い切ってアラスカ大学のチャップマン先生に手紙で質問を出した。すると思いがけなく、そのチャップマン先生から10日ほどですぐ返事が来た。「貴君の質問のいくつかは私自身も答えられない。アラスカに来て、大学院の学生として私の指導で研究を続けてはどうか」とあった。赤祖父先生が「申しわけないことだが、貧乏学生なので渡航費などない」と書いたところ、航空運賃のチェックが送られてきた、というのである。

おもしろい話である。日本の大学の権威たちは、「チャップマン-フェラーロ理論が理解できなければ研究者ではない」と言い合い、自分は理解しているつもりだった。しかし実は、「難解でよくわからない」と感じかつ質問を出した赤祖父氏が、「何がわかっていて何が分かっていないのか」を一番理解していたし、当のチャップマン先生もそのことに直ちに気付いたのであろう。

赤祖父先生の上記図書では、オーロラについての科学がどのように進歩してきたのか、時代を追って解説している。

さきほどのチャップマン-フェラーロ理論が導き出したように、地球自体が磁石になっていることによって形成される地球の周りの地磁気の形は、決して地磁気軸の回りに軸対称になっていない。例えば、オーロラと磁気嵐の科学(5)に掲載されている図4を見ていただくとわかるように、太陽に向かう側は磁力線が閉じているのに対し、太陽の反対側は長い尾を引いているのである。
そしてこの磁力線のうちの特定部位の磁力線に沿って、太陽から地球に吹き付ける太陽風(プラズマ=荷電粒子)が地表に向かって降り注いでくる。この荷電粒子が高度500~100kmにおいて地球を取り巻くガス(分子や原子)と衝突し、そのときに蛍光を発するのである。これがオーロラである。

オーロラが発生する地球の特定部位とは、磁北極と磁南極を中心としてリング状(オーバル状)に形成される。オーロラ・オーバルとも呼ばれる。例えば、オーロラへの招待の中のオーロラ・オーバルを見てほしい。この中の図7は、人工衛星から観察した北極周辺のオーロラ・オーバルである。

赤祖父先生はアラスカ大学で、オーロラ科学に関するいくつもの貢献をしている。

フェアバンクスはオーロラ・オーバルの位置にある。そしてフェアバンクスで観察していると、オーロラは午後9時頃に北方から現れ、次第に近づき、12時頃にフェアバンクスの真上に来る。その後またオーロラは北に移動し、午前3時頃に北の空に去っていく。地球上の1箇所で見ているとこのように見えるオーロラが、地球全体から見るとどのようなメカニズムになっているのか、という点について明らかにしたのは赤祖父先生である。

赤祖父先生はまた、先生が「オーロラ・サブストーム」と名付けたオーロラ活動が、地球規模のオーロラ・オーバルにおいてどのように挙動しているのかについて、明らかにした。北極圏を囲む各地に設置された全天カメラのフィルムを3年がかりで詳細に検討した結果である。

最近の赤祖父先生は、地球温暖化に関し、「小氷期が1800年頃に終わった後から0.5℃/100年の温暖化が現在まで200年間持続している。この温暖化は大気中CO2濃度上昇のはるか以前から始まっており自然現象とみなすべきである。したがって20世紀に認められた0.6℃の気温上昇のうち少なくとも6分の5は自然現象である」と主張されているらしい(正しく知る地球温暖化―誤った地球温暖化論に惑わされないために)。

戻る
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

9月23日・帰国

2009-10-17 01:14:03 | 旅行
朝4時、部屋で待っているとノックの音がし、運転手が到着した。
外に出ると、何ということだろう。雪が積もっている。

「フェアバンクスの秋は9月上旬~中旬」とどこかに書いてあったが、確かに、9月下旬はもう冬である。

クルマは我々2人を乗せ、雪が降る真っ暗な道を走る。約1時間半、フェアバンクス空港についた頃にやっと東の空が薄らんできた。

チェックインに際し、係員に「シアトルから成田までの乗り継ぎも自動チェックインでOKか」と聞いたら「OK」というので、自動チェックイン機を使ったのだが、何故かシアトルまでの切符しか取れなかった。その旨係員に告げたら、カウンターに連れて行かれ、カウンターで再度切符を取り直した。預ける荷物の行き先は「NRT」つまり成田であることを確認した。

次のセキュリティーチェックでトラブルに見舞われた。ベルトも腕時計も外してチェックを受けたのだが、何回やってもチャイムが鳴る。最後はそばのブースに呼び込まれ、身体検査を受ける羽目となった。そして気付いた。シャツの胸ポケットにデジカメを入れたままでチェックを受けていたのだ。セーターを着ていたので全く気付かなかった。

家内が空港の免税店をのぞいたが、買うようなものは何も置いていなかったようだ。

アラスカ航空機でシアトルへ飛ぶ。

シアトル空港では、来たときと同様、構内電車を2つ乗り継いでノースウェストのゲートにたどり着く。
ここシアトルの免税店も、置いてある品が少ない。ハーシーのチョコレートを予定していたのだが、残念ながら置いていなかった。

シアトルからの便はビジネスクラスなので、空港のラウンジを利用した。受付で待たされた揚げ句に入ってみると、何か貧相な造りで、ビジネス以上のラウンジとしては非常に残念なものであった。近くに座っている乗客もとても上品とはいえない客であった。

シアトルからの飛行機は無事成田に到着、預けた荷物も無事に受け取ることができた。

いつものように、空港からは新宿行きのリムジンバスを利用した。

戻る                        続く
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

9月22日

2009-10-16 17:42:36 | 旅行
レストランで朝食をとる。オムレツ(Aurora)だったと思う。

天候は曇りである。
午前中は、リゾート周辺の散策に出る。本日は、リゾートの東方へ向かう「モニュメントクリーク・トレール」を往復する。

ロッジ近辺の散策路 提供 チェナ・ホットスプリングス・リゾート

 
リゾートのそばを流れる川の上流に向かう散策路である。散策路を折り返して帰ってくる途中、滑走路の先端が見える(右上写真)。
途中で雨が降るという悪条件となった。

散策から帰り、レストランで昼食をとる。パスタ(Smoked Salmon Pasta)である。

明日の朝は送迎バスがリゾートを早朝4時に出発する。朝3時まではオーロラ観察の予定であり、そのまま寝ずに出発する予定だ。そのため、この日の午後は何も行動せずに休養に充てた。テレビを見ながらうつらうつらして過ごしたように記憶している。

温泉に出かける。
2回目なので様子がわかっている。本日は念のためクォーターを2枚準備した。
温泉に浸かっていると、そのうちに雨が降りだした。

一緒に温泉に浸かっていた白人が話しかけてきた。何と言っているかわからなかったので、"It's rainy"と答えたら、今度は相手が理解しない。よくよく会話したら、相手は日本語を喋っていたのであった。相手は当方からの返事も日本語の筈だと思い込んでおり、それに対して当方が英語を喋ったので通じなかったのだ。
おしゃべり好きな人である。当初はここ(チェナ?)でスノウモビルのインストラクターをやっていた。そのときに日本人と多く知り合い、その後日本に滞在したとのこと。日本語を勉強した。日本人と同じ日本語を喋っているつもりであり、「外人にしてはお上手ですね」と言われたくないという。しかし、外人訛りは当然のように残っており、「外人が喋る日本語」から逃れることはできない。
延々と会話は続き、われわれはゆだってきた。「熱くなったし雨も降っているので、そろそろ上がります」と言うと、「逃げるのですか」と来る。しょうがないので、浅いところに移動してさらに相手になっていたが、今度は寒くなってきた。我慢できず、「もう上がります」といって退散した。白人はあんなに長い間湯に浸かっていて、苦痛ではないのだろうか。

レストランで夕食をとる。タラバガニ(Alaskan King Crab Legs)と、洋梨とリンゴのサラダを頼んだ。タラバガニ20オンス(560g)では二人でも多すぎるかと思ったが、取り敢えず頼んでみた。料理が到着すると、決して多くはなかった。二人で全部たいらげた。おいしいカニであった。52.75ドルの価値はある。

夜10時になったが、雨は上がらない。それからも諦めず、1時間ごとに外に出て天気を確かめた。12時を過ぎると、なんと雨が雪に変わっている。それでも諦めず、深夜3時まで確認を続けた。

いよいよ本日のオーロラ観察は不可能と諦め、4時出発を目指して帰り支度を始めることとした。

戻る                続く
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

9月21日・オーロラ観察2日目及び総括

2009-10-15 21:45:53 | 旅行
昨日は夜10時頃にアクティビティーセンターに移動したが、本日はやや遅く11時前に出発した。
昨日は真っ暗な中で三脚やカメラの準備をしたために手こずった。本日は、明るいアクティビティーセンターの中で準備をすべて済ませ、その後に観測地点に移動することとした。
フィルム一眼の装着レンズを、広角から魚眼(f=17mm、F4)に変更した。

しかしである。空は曇っている。真っ黒ではなく、まだら模様に見えるので、雲の薄いところと濃いところがあるのであろう。その辺に僅かな望みを託す。

デジカメについては、ISO800、f=24mm(35mm換算)、距離=∞は昨日と同じだが、絞りが知らないうちにF=2.9となっていた。シャッタースピードは写真の下に記載した数値である。

↑30秒

↑60秒

↑60秒

次はフィルム一眼を用いた写真である。ISO1600、シャッター速度は30~60秒を用いたよう記憶している。

↑f=17mm、F4

↑f=17mm、F4

結局、雲が一時でも切れたのは北の空の低いところのみであり、その部分のオーロラのみが見えたのであった。またオーロラの光も弱く、昨日よりもシャッター開放時間を大幅に長くしてやっと撮影することができた。それでも、パソコン上で再生する画像はコントラストが弱く、フォトショップでコントラストを大幅に修正してやっと見られる写真となった。
昨日の写真では、左上に赤い模様が入っていたのだが、本日の写真にはそのような異常が見られなかった。原因は不明のままである。

この日、アクティビティーセンターでオーロラ観察のために待機するグループは、日本人グループが何組かと中国人グループが1組であった。白人グループは一組がちょっとのぞきに来たた程度であったか。
日本人グループのうち、長崎からいらした方に声をかけていただいた。その方は、ニコンのフラッグシップと思われるデジタル一眼を3台も持ち込んでおり、レンズの中には魚眼も含まれている。しばし写真談義をうかがった。


後述するように、3日目の夜は曇り → 雨 → 雪という天候だったため、若干でもオーロラを見ることができたのはこれが最後だった。

日本に帰ってから、宇宙天気ニュースで9月24日付け予報を確認した。われわれが旅行していた間の太陽風速度の推移を抜粋して以下に示す。

太陽風速度の推移 出典 宇宙天気ニュース(情報通信研究機構宇宙環境計測グループ)

われわれが観測した日を含む1週間の間では、第1日である現地時間9月20日の太陽風速度が最も高く、宇宙天気的にはベストコンディションであったことがわかった。この日の快晴があと3時間続いてくれたら、真上の空にオーロラの乱舞を見ることができたのであろう。
現地時間9月21日は太陽風速度が落ち始めていた。
現地時間9月22日(日本時間9月23日)は、太陽風速度のグラフが著しくハンチングしている。これは解説によれば、「太陽風は、プラズマの密度が大きく減少しています。」「この影響で、速度の値が大きくばらついています。全体的な雰囲気から、速度は300km/秒程度に下がっている様です。」ということであり、太陽風の密度も速度も低下しているようである。従って、現地で23日の地球天気がたとえ晴れたとしても、オーロラが見えたかどうかは定かでない。

なお、聞いた話では、われわれが到着する前日の現地9月19日は、天気は晴れたがオーロラが現れなかったということだ。上記太陽風速度のグラフがやはりその日は低速かつハンチングしており、オーロラが現れなかったことと付合している。
また、上述の長崎からいらした方に後でうかがったところ、現地9月24日は、天気は快晴だったもののオーロラの光は弱かったとのことで、太陽風の鎮静化の影響であろう。

今回のオーロラ写真は、デジカメとフィルムカメラのいずれも、露出をもっとオーバーにした方が良かったようだ。今回の露出は、オーロラ観察テクニックを参照して定めた。今になって考えると、オーロラはその日の状況によって明るさが大幅に相違する。標準的な露出表は、オーロラが活発な場合を想定しているかも知れない。それに対しわれわれが観察したオーロラは、活発な場合と比較して明るさが足りなかったのだろう。そのような場合には、露出を増やすと良いように思う。
また、ロッジに飾ってあったオーロラ写真では、周囲の木々が黄色く光っている。これは、周囲の木々が人工光で輝く光を拾っているのであり、今回私が採用したよりはよほど露出をオーバーにしていることになる。

戻る                続く
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする