1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

4/9・真実の詩人、ボードレール

2013-04-09 | 文学
4月9日は、仏国の俳優、ジャン=ポール・ベルモンドが生まれた日(1933年)だが、仏国の詩人、ボードレールの誕生日でもある。
自分がボードレールの詩を読み出したのは、中学生のころからだった。中学生当時に買ったボードレールの文庫本を、いまでも持っている。
なぜ読み出したのかというと、芥川龍之介が『或阿呆の一生』の冒頭で、
「人生は一行のボオドレエルにも若(し)かない」
と言っているのを読んで、
「そうかぁ。そうなんだ。じゃあ、読まなくては」
と思ったのが、ひとつのきっかけだった。

シャルル・ボードレールは、1821年、仏国パリで生まれた。父親は司祭で、シャルルの誕生したとき、すでに62歳だったという。母親は28歳だった。
シャルルが5歳のとき、父親が没した。
母親は、シャルルが7歳のときに、軍人と再婚し、リヨンへ引っ越していった。
ボードレールは、放蕩好きの不良少年となり、中学を退学処分となった。女優と同棲をはじめ、亡き父親から相続した遺産を景気よくつかう生活をはじめた。この浪費ぶりをとがめられ、彼は23歳のとき、準禁治産者と認定された。
以後は、それまでのような放蕩の生活を送ることがむずかしくなり、彼は詩や評論を書き、政治運動に身を投じ、みずから新聞を発行して政論陣を張った。
36歳のとき、詩集『悪の華』を出版。この詩集は、風紀上問題ありとして、6編の詩の削除が命ぜられ、罰金刑をも課せられた。
窮乏した生活のなか、39歳のとき、アヘン体験をつづった『人工楽園』出版。
43歳のとき、エドガー・アラン・ポーの『ユーレカ』の翻訳を出版。その後も、ポーの短編小説を仏訳したり、散文詩を書いたりしていたが、しだいに梅毒によりからだをむしばまれだした。
45歳のとき、ベルギーのナミュールの寺院を見物中、卒倒。駆けつけた母親に伴われて、仏国パリにもどり入院。
その翌年、1867年8月、パリにて没。46歳だった。没後、散文詩集『パリの憂鬱』が出版された。

自分がボードレールが好きなのは、彼が、自分が体験して身をもってつかんだ「ほんとうのこと」を言ってくれるところである。
没後に発表された散文詩集『パリの憂鬱』のなかに「酔え」という詩がある。これは、自分がもっとも好きなボードレールの詩で、自分はこの詩に、放蕩詩人ボードレールの誠実さを感じる。その詩はこんな調子ではじまる。

「常に酔っていなければならぬ。すべてはそこにある。これこそ唯一無二の問題である。君の肩をめりこませ、地上へと身を傾がせるかの「時間」の怖るべき重荷を感じないためには、休みなく酔っていなければならぬ。
 しかし何によって? 酒であろうと、詩であろうと、徳であろうと、それは君にまかせる。ただひたすらに酔いたまえ。」(福永武彦訳「酔え」)

まったく同感である。ここに、人生の、ほとんど唯一と言っていい真実があると思う。芥川が言っていたのは、ほんとうだった。
(2013年4月9日)


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ボードレール、ヤン・ティンバーゲン、ミラン・クンデラ、ダ・ヴィンチ、ブッダ、カント、ウィトゲンシュタイン、ランボルギーニ、吉田拓郎、忌野清志郎など4月誕生の30人の人物論。短縮版のブログの元となった、より長く、味わい深いオリジナル原稿版。4月生まれの存在意義に迫る。


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