1日1話・話題の燃料

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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

4月17日・畑正憲の魂

2023-04-17 | 文学
4月17日は、米国金融界の巨人・J・P・モルガン(1837年)が生まれた日だが、作家で動物研究家で雀士の畑正憲(はたまさのり)の誕生日でもある。

「ムツゴロウ」畑正憲は、1935年、九州、福岡で生まれた。父親は医者だった。父親の赴任先の旧・満州国で幼少期を過ごしたころから、彼は様々な動物と近しくしていた。
第二次大戦中に帰国し、正憲は中高の学校時代を大分の日田(ひた)で送った。
その後、東大に進み上京。理学部で動物学を専攻した。文学か動物かで悩んだ末の決断だったが、父親には医学部へ進んだと伝え、帰郷した折には父親の往診に同行したという。
畑は大学院(運動生理学)に進んだが、研究者生活を放りだし小説家を目指した。しかし芽が出ない。パチンコ、麻雀打ちなどしながら放浪する一時期を過ごし、一時は自殺しようと死に場所をさがしたが、行った先々でなぜか救い励ましてくれる人に出会い、思いとどまった。それで出版社の映像部門に就職し、まじめに働きだした。そのサラリーマン時代の32歳のころ『われら動物みな兄弟』を書き、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。会社を辞め、動物をテーマに据えたノンフィクション作家として活動しだした。
『ムツゴロウの博物志』『ムツゴロウの青春記』など「ムツゴロウ」シリーズで人気作家となり、37歳のとき、北海道に「ムツゴロウ動物王国」を開園。道産子の馬一頭と14人の仲間で始めたこの王国で、数多の動物を育てながらの文筆、講演生活を送る。
45歳のときに、彼の動物王国を紹介するテレビ番組「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」が放映されだし、動物愛の人「ムツゴロウ」の名は一躍世間に響き渡った。
以後、北海道を拠点としつつ、海外を広く飛び回って世界各地の動物と触れ合い、また、動物愛護、自然保護の運動に尽力し、プロ以上の腕をもつ雀士としてマスコミに顔を出し、多彩かつ個性的な活動を展開した。
82歳のころに心筋梗塞を発症し、手術、入院を繰り返していたが、2023年4月に容態が急変し、北海道中標津町の自宅から救急搬送された先の病院で没した。87歳だった。

初めて畑正憲を見たのは、昔放送されていた深夜テレビ番組「11PM」でだった。司会の大橋巨泉が解説する麻雀コーナーのレギュラーとして、小島武夫、古川凱章といった強者たちと卓を囲む「麻雀の神々」のひとりだった。その後、彼が作家で、動物研究家だと知った。自分の認識は順序がさかさまだった。それから彼の著書を読むようになり、一連の動物ものや自伝的エッセイに感服した。『ムツゴロウの放浪記』はいまでも時々読み返す、わが人生のバイブルのひとつである。

畑正憲の生き物に対する愛情、生の把握、そして生命に向かい合う覚悟には脱帽した。どこで読んだか忘れたが、彼が、子熊のころから育てたヒグマが大きくなったときに対峙する場面には衝撃を受けた。可愛がっていたヒグマが、許すべからざるいたずらをした。親として叱ってやらなくてはならない。しかし、いまや相手は自分の何倍もある巨大な熊である。手の一振りで自分は殺されるかもしれない。しかし、自分が叱らなくては、誰もこの子をしかってやれない、親の責任がある、そこで彼は死を覚悟してヒグマに対峙し「そんなことをしてはだめじゃないか」と叱責するのである。
そんな畑正憲だから全身傷だらけだし、手の指はライオンに食いちぎられて欠けていた。細い華奢な人だったが、その透徹した知性、魂の大きさともに絶大だった。
(2023年4月17日)



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