1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

2017総選挙・争点の本質

2017-10-15 | 日本の未来を憂う
一週間後に実施される衆議院選挙について、個人的な意見を書きます。

政府与党が急に解散・総選挙に踏み切った今回の衆院選は、これまでの安倍政権の評価(安倍首相は消費税の使い道を国民に問う選挙と主張)だとか、争点がわからない選挙だとか言われていますが、じつは争点は明瞭です。
すなわち、平和を掲げる現行の日本国憲法を変えたいか否かを問う選挙です。

安倍総裁の自民党がこれまでやってきた総選挙は、いつも、
「安倍政権の使命は景気回復であります」
という大義名分を掲げた選挙でした。
そして、選挙が終わると、安倍政権が急に力を入れて法制化したのは、経済政策でなく、特定秘密保護法、共謀罪法、安保関連法など、国民を管理し、自衛隊の海外派兵を可能にさせようとする、いわば思想統制と軍拡路線の整備でした。選挙後にはまた、
「憲法改正はわが自民党の党是であります」
と、選挙前には聞かなかった公約(?)を連呼しだしました。

財政再建については、行政のむだを徹底的になくすという公約は無視され、税金シロアリの独立行政法人の整理や天下り阻止の方策はなにひとつ実施されませんでした。
経済のテコ入れについては、税金を湯水のようにつぎ込んで、一部投資家や大企業を喜ばせる低金利、株式市場振興策の道をひた走りました。
すると、富裕層にお金をあげれば、そのおこぼれが庶民にもこぼれ落ちるというトリクルダウン理論は蜃気楼と消え、現代の若者たちが将来に背負うべき借金をさらに上積みしただけという結果になりました。
経済状況が回復していないのは、日銀がいまだ低金利政策から脱却できないこと(銀行預金の利息がいっこうに増えないこと)、消費税増税を(安倍政権も経済政策失敗をしぶしぶ認めて)先延ばしにしたことみても明らかです。今回の選挙は、
「もう、わたしには消費税増税はできません。どうぞ、国民が勝手に決めてくれ」
という首相の心の叫びともとれます。

内政がうまくいかなくなった政権が、外敵ありと危機感をあおるのは、万国共通の政治手法です。いざ戦争になったとき、誰が死ぬのかは、政権の知ったところではありません。
極東で有事となれば、北朝鮮、韓国、日本にそれぞれ百万人単位の死者が出、負傷者や難民の数はその数倍です。欧米は直接的な被害はありません。

もしも、日本が世界的に尊敬されているのは、お金持ちの国だからとか、強い国だからとかでなく、世界で唯一、核攻撃された国なのにもかかわらず、もう70年も戦争をしていない平和国家だからと考えるのならば、大切にすべきものは明らかです。

「希望の党」という政治主義を掲げない(新興宗教のような)名前の小池新党は、憲法改定、思想統制法案を掲げる、自民党政権と似たり寄ったりの(ひょっとすると自民党よりさらに右翼的な)、平和憲法を否定する政党です。

個人の思想の自由、表現の自由を侵害する安保関連法案を撤廃し、平和憲法を維持しようとする公約を掲げる政党は、立憲民主党、共産党、社民党の、いわゆる第三勢力のみ。

個人的には、特定秘密保護法、共謀罪法をなくしてもらわないと、遠からず(思想上の理由で)刑務所に入れられるだろうと不安で、今回の選挙結果は自分の将来を決めるものとして目が離せません。
でも、残念ながら、いまの小選挙区制では、与党・自民党が圧倒的に有利です。野党は倍の得票がないと勝てないでしょう。

それにしても、現行憲法を守ろうとするのが本来革新政党であるはずの共産党で、憲法を変え、世の中を変えてしまえと、革命家のように訴えているのが本来保守政党であるはずの自民党とは。世の中、変われば変わるものです。

さて、どの政党を支持するしないにせよ、有権者の方は、投票日にはぜひ投票所へ行き、投票をお願いします。
独裁政権がいちばん歓迎するのは、思い通りに操れる国民、つまり投票しない国民です。
(2017年10月15日)







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10月15日・ニーチェの自信

2017-10-15 | 思想
10月15日は、『言葉と物』を書いた哲学者、ミシェル・フーコーが生まれた日(1926年)だが、「神は死んだ」と言った哲学者、フリードリヒ・ニーチェの誕生日でもある。

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは、1844年、現在のドイツのリュッケンで生まれた。父親は元教師でルター派の牧師だった。
フリードリヒは20歳の年にボン大学へ入学した。神学と古典文献学を修めた彼は、25歳の年にバーゼル大学の古典文献学の教授となった。
28歳で『悲劇の誕生』を出版。ニーチェはこの処女作で、明るい夢的な「アポロ的なもの」と、妖しい陶酔的な「ディオニュソス(バッカス)的なもの」という対照的な概念を提議した。
35歳のとき、偏頭痛や胃痛や、ほかのけがや病気の後遺症が重なって、体調をくずしたニーチェは大学を退職し、以後は在野の学者として著述生活を送った。
1883年、イタリアのジェノヴァに近いラパロの入り江にニーチェは滞在していた。その土地で彼は午前と午後に散歩するのを日課にしていたが、散歩の途中でとつぜん『ツァラトゥストラ』第一部の全体の構想が心に浮かんだ。
ニーチェはとりつかれたように机に向かい、それから10日間で『ツァラトゥストラはかく語りき』の第一部を一気に書き上げた。
『ツァラトゥストラ』は、ツァラトゥストラ(ゾロアスター)を主人公とした物語で、山で修行していたツァラトゥストラが、山から下りてきて、各地を旅しながら、人々に生きる思想を説いてまわる。
ツァラトゥストラは「神は死んだ」とつぶやき、神のいない時代である現代では、人生は価値のないものとなり、人はニヒリズム(虚無主義)に陥る、と説く。それが永遠に繰り返されるのが「永劫回帰」であり、それが人間の運命である。これを克服するには、
「よし、人生とはこういうものか。ならばもう一度生きてみよう」
と運命を積極的に受け入れ、それに挑む能動的ニヒリズムの態度が必要で、こうして人間であることを克服した者を「超人」と呼ぶ、と。
この書物は世界に強烈な衝撃をもって走り、人類の思想と文学に多大な影響を与えた。
1889年のはじめ、44歳のニーチェは、イタリアのトリノに滞在していて、街の広場で馬車ひきが馬を殴っているのを見て憤慨した。彼は馬車ひきを怒鳴り、逆上して倒れ、病院へ運ばれた。彼は発狂し、それきり、生涯正気にもどらなかった。
1900年8月、ニーチェは肺炎のため、ヴァイマールで没した。55歳だった。

永劫回帰、ニヒリズムの克服、超人、ラクダ・獅子・小児の精神の三様などなど、ニーチェの思想にはとてもお世話になった。

ニーチェの文章は、直観的、断定的で、およそ古典文献学の教授だったとは思われない論理的飛躍の連続である。でも、そこがニーチェのニーチェたるゆえんで、彼の魅力である。また、ニーチェは自分を天才だと完全に信じきって疑わない。いつも自信たっぷりの書きぶりで、読んでいて楽しい。その辺の新興宗教の教祖などふき飛んでしまいそうなうぬぼれぶりで、人間、これくらいの自信をもって生きたいものである。
(2017年10月15日)



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古今東西の思想家のとらえた「生」の実像に迫る哲学評論。ブッダ、道元、ルター、デカルト、カント、ニーチェ、ベルクソン、ウィトゲンシュタイン、フーコー、スウェーデンボルグ、シュタイナー、オーロビンド、クリシュナムルティ、マキャヴェリ、ルソー、マックス・ヴェーバー、トインビー、ブローデル、丸山眞男などなど。生、死、霊魂、世界、存在、認識などについて考えていきます。わたしたちはなぜ生きているのか。生きることに意味はあるのか。人生の根本問題をさぐる究極の思想書。


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