た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

古典

2005年05月18日 | 写真とことば
昔、越の国に伝尤(でんゆう)という独り者がいた。桃の花が好きで庭に桃の苗を丹念に育てていた。その年の夏は日照りが続き、草木は枯れ果て、人々は今日の飲み水にさえ苦労する有様だった。伝尤は自分の飲み水まで苗に注いだ。ある人がこれを見て、「せっかく苗が育って桃の花を咲かせても、自分が乾いて死んだら花を愛でることもできないではないか。愚かなことだ」と言った。伝尤が答えて言った。「私は独り者である。生きながらえても後世に子孫を残すことができない。しかしこの桃は樹になれば種を落とす。種は次の樹になる。長生きする方を取ろうではないか」と。

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この話を、私は古本屋で立ち読みした。何とも後味の悪い話である。伝尤のとった行動をいったいどう受け止めてよいのか、いまだに決めかねている。彼は明らかに間違っていると思うのだが、それを上手く説明できないでいるのだ。                                    
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6 コメント

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人生訓 (オンリーワン)
2005-05-18 01:36:49
この話、何処で聞いた。

己の人生は、自分限り、しかし人のための人生だったら何時までも続こう。

特に政治家や指導者に求められる人生訓。

堤家だって3代目で、世間からバッシングを受ける、その3代目の人生幸せと思う?

俺は金も財産もないが、その日その日、少しの苦労と少しの楽しみのある人生が良い。

死すときも、寄ってたかって針を刺されるより、何もしなくて死す方が良い。

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オンリーワンさんへ (overthejigen)
2005-05-18 17:44:14
 なるほど。オンリーワンさんは、命の問題ではなく生の問題として、一代限りという観念を強力に推されていますね。

 「死すとき、寄ってたかって針を刺される」というのは、おぞましい表現です。放っておいても死に行く者にわざわざ殺される苦しみを与えているようなものです。

 ──そうだ、ここまで述べながらふと思いましたが、オンリーワンさんは、死で終わる、あるいは終わりに死がある、ということを前提にしておられるようです。違いますか。そこを確認したいのですが、果たして、本当に「己の人生は、自分限り」なのでしょうか?
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我が人生 (オンリーワン)
2005-05-19 02:00:18
我が人生は一代限り、主義でーす。

だから、親は子に物だけでなく、生命力旺盛な、財産を残してやるのが親の責務と思います。

子は子の力で人生を送り、孫は孫の力で人生を送るのが、理想と思う。

よってかたっての針とは、延命策の治療法のことです、理想は、自然老衰で人生は終わりたい。

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オンリーワンさんへ (overthejigen)
2005-05-19 11:20:23
 自然老衰は私も理想とするところです(それは極めて難しいことを個人的に予感していますが)。



 昨今の延命治療の発達には、不健康きわまる世の中の埋め合わせに後付けをやたら長くしているだけのようで、何かそれは文明社会の人間に対する遅すぎる謝罪のようにも思えて、とても違和感があります。

 

 命を大切にする、とは、字句どおり捉えるとしても、ずいぶん難しい問題です。



 「命には意識が付随している」と捉えるならば、意識のない植物人間としての延命の意義が疑われてきます。ついでに言えば、一個の人間の死でもって命は終わるという捉え方もまったく妥当性を帯びます。



 ただ、一本の桃の樹の命はどこで終わりとなるのだろうか、その樹に毎年実を結ぶ花の命に終わりはあるのだろうか、などと考えいくと、「意識を伴わない命の流れ」というものの存在も気になってきます。



 別に、神秘がかったことを言うつもりはありませんが。ありのままの姿として、命とは何だろうと、差し当たり今日明日の命に別条はない私でも、ときどき考えてしまうのです。

 
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人生は短し、されど芸術は長し (あつし)
2005-05-20 08:17:13
その伝ユウって人は、たぶん花の美しさに魅せられていて、一種の花作りや華道に没頭していた人なんじゃないでしょうか。

自分が家族がいなくて、花が続く、という対比よりは、自分の人生を芸術に賭けた、というのが話の本当の趣旨で、うまく伝わらなかったのではないかと思います。

日照りで人々が気力を失い、殺伐とした心になっているからこそ、丹精をこめて美しい花をつくって、人々の心を和らげたり生きてきたという甲斐を持たせようとするのは、ありうべき選択ではないかと思います。

もちろん、人は長生きした方がいいですけどね。
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あつしさんへ (overthejigen)
2005-05-20 10:11:47
 なるほど。そうかもしれませんね。「人生は短し。されど芸術は長し」。
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