「変人には二種類あるんですよ。
自分が変人であることに気づいていない変人と、気づいている変人です。
そこが大きな違いでね。
変人であることに気づいてない変人は、大衆を形成します。
変人であることに気づいている変人は、少数派となります。
ほら、見て御覧なさい。あそこでカクテルを飲んだりピザを食べたりしているカップル、あれずいぶん長いことこの店にいるでしょう。お互いに敬語を使ってます。会社の同僚かな。男は女を一気に落としたがってますね。でも女はね、飲んでるうちに、仕事の話とか、カクテルの知識自慢しかしない相手の男よりも、カウンターにいる私たちに魅かれ始めてるんですよ。いやこれほんと。私かあなたかそのターゲットは知りませんが、まああなたの方が若いからあなたかな、女はそもそもいろんな人とめぐり合いたいと思っている口でね。魅かれてますよ、こっちに。トイレに立ったときちらちらこちらを見てましたし、カウンターに注文しに、ほら、何度もすぐそばまで来てたでしょう。
へへ、変でしょう。変なんですよ、あの女は。
自分で気づいていませんが。
それに例えばあのマスター。マスターを御覧なさい。へへ。しかめっ面してシェーカー振ってるでしょう。彼、自分は寡黙な方が店の雰囲気に合っていると思っているんですよ。でもね、彼ほんとはとってもおしゃべり好きなんです。一度別な店でですけどね、彼と夜明けまで一緒に飲んだことがあるから知ってるんです。おばちゃんのようによくしゃべりますよ。でも、自分の店では寡黙な方が客に受けると思い込んでるんです。でもね、でもねあなた、客だってね、マスターに合わせて神妙な顔して酒を飲んじゃいるけど、ほんとはみんな、みんなおしゃべりをしたがってるんですよ。一人でむっつり飲みたかったら家で飲みますよ。そうでしょう? へへ、この店の客もマスターも、自ら望んでないことをやっているわけです。
・・・あなた強い酒がお好きなんですな?
ま、てなわけで、マスターも変人なんですよ。でも、やつの始末に終えないのは、自分が変人であることを意図して変人になっていると思い込んでいる。気づいていると思い込んでいるんです。ところが気づいてないんだな、これが。やつはね、自分のスタイルが正しいと思ってクールな真似をやってるんですよ。だからほんとうの意味で、いいですかほんとうの意味で、自分で気づいている変人じゃないんです。自分が正しいと思っている変人は、自分が変人であることをどこかで否定してるんです。変人という自覚がありゃ自分が正しいなんて思わないはずです。自分が変人であることを心のどこか片隅で否定してるんです。まあ、は、つまりは、ほんとうに変人であることをほんとうにはわかってない変人なんですよ。はははは。ややこしいですな。でも世間を見渡してみりゃ、そんなやつばかりでしょ? みんな変人なんですよ。大衆派のね」
私はこの男のしゃべり方にかなり気分を害していた。筋道もない。空になったショットグラスをずっと手の平で暖めている自分までが、馬鹿馬鹿しくなった。
──で、あなたはどちらなんですか。
不愉快な会話にけりをつけようと、私は幾分挑発的な視線で相手の男に問いかけた。
「私ですか? 私。ワタシねえ。へへ、私はね、あなたが私と同じ穴のむじなと思ったから声をかけたんでして、だからあなたにはすでにおわかりのはずと、思いますが」
男は私から身を離して目を細め、蔑むように私をじろじろ見つめた。
「われわれは常識人ですよ。だから大衆派にも少数派にも属せません。われわれは大衆にすら属せない小心者なんですよ。当然少数派の気概もない。どこにも属さない、何にもできない、常識人です。自分でお分かりでしょう?」
ため息のように短く掠れた悲鳴が上がった。
私が笑ったのだ。
自分が変人であることに気づいていない変人と、気づいている変人です。
そこが大きな違いでね。
変人であることに気づいてない変人は、大衆を形成します。
変人であることに気づいている変人は、少数派となります。
ほら、見て御覧なさい。あそこでカクテルを飲んだりピザを食べたりしているカップル、あれずいぶん長いことこの店にいるでしょう。お互いに敬語を使ってます。会社の同僚かな。男は女を一気に落としたがってますね。でも女はね、飲んでるうちに、仕事の話とか、カクテルの知識自慢しかしない相手の男よりも、カウンターにいる私たちに魅かれ始めてるんですよ。いやこれほんと。私かあなたかそのターゲットは知りませんが、まああなたの方が若いからあなたかな、女はそもそもいろんな人とめぐり合いたいと思っている口でね。魅かれてますよ、こっちに。トイレに立ったときちらちらこちらを見てましたし、カウンターに注文しに、ほら、何度もすぐそばまで来てたでしょう。
へへ、変でしょう。変なんですよ、あの女は。
自分で気づいていませんが。
それに例えばあのマスター。マスターを御覧なさい。へへ。しかめっ面してシェーカー振ってるでしょう。彼、自分は寡黙な方が店の雰囲気に合っていると思っているんですよ。でもね、彼ほんとはとってもおしゃべり好きなんです。一度別な店でですけどね、彼と夜明けまで一緒に飲んだことがあるから知ってるんです。おばちゃんのようによくしゃべりますよ。でも、自分の店では寡黙な方が客に受けると思い込んでるんです。でもね、でもねあなた、客だってね、マスターに合わせて神妙な顔して酒を飲んじゃいるけど、ほんとはみんな、みんなおしゃべりをしたがってるんですよ。一人でむっつり飲みたかったら家で飲みますよ。そうでしょう? へへ、この店の客もマスターも、自ら望んでないことをやっているわけです。
・・・あなた強い酒がお好きなんですな?
ま、てなわけで、マスターも変人なんですよ。でも、やつの始末に終えないのは、自分が変人であることを意図して変人になっていると思い込んでいる。気づいていると思い込んでいるんです。ところが気づいてないんだな、これが。やつはね、自分のスタイルが正しいと思ってクールな真似をやってるんですよ。だからほんとうの意味で、いいですかほんとうの意味で、自分で気づいている変人じゃないんです。自分が正しいと思っている変人は、自分が変人であることをどこかで否定してるんです。変人という自覚がありゃ自分が正しいなんて思わないはずです。自分が変人であることを心のどこか片隅で否定してるんです。まあ、は、つまりは、ほんとうに変人であることをほんとうにはわかってない変人なんですよ。はははは。ややこしいですな。でも世間を見渡してみりゃ、そんなやつばかりでしょ? みんな変人なんですよ。大衆派のね」
私はこの男のしゃべり方にかなり気分を害していた。筋道もない。空になったショットグラスをずっと手の平で暖めている自分までが、馬鹿馬鹿しくなった。
──で、あなたはどちらなんですか。
不愉快な会話にけりをつけようと、私は幾分挑発的な視線で相手の男に問いかけた。
「私ですか? 私。ワタシねえ。へへ、私はね、あなたが私と同じ穴のむじなと思ったから声をかけたんでして、だからあなたにはすでにおわかりのはずと、思いますが」
男は私から身を離して目を細め、蔑むように私をじろじろ見つめた。
「われわれは常識人ですよ。だから大衆派にも少数派にも属せません。われわれは大衆にすら属せない小心者なんですよ。当然少数派の気概もない。どこにも属さない、何にもできない、常識人です。自分でお分かりでしょう?」
ため息のように短く掠れた悲鳴が上がった。
私が笑ったのだ。