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オムイ追討に執念を燃やす、追忍である。 |
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彼には、忘れられない思い出があった……。 |
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―― 或る暑い夏の日のことである。 |
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彼は、オムイに関する重要な情報を得た。
「何ッ? オムイは蝶に化けているだと?」 |
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「蝶って、あの、ひらひら飛ぶ、チョウチョのことか?」 |
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「はッは~!」
彼は笑った。オムイの浅慮を笑ったのである。
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見付け出しさえすれば、蝶など、たちどころにひねりつぶすことができる ―― そう考えたからである。
「馬鹿め! わ~ッはッはッは~~ッ」 |
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彼は、蝶を ―― 蝶に化けたオムイを、探しに出かけた。 |
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発見までは色々と苦労をしたが、 |
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遂に、見付けたのである。
「い、居たッ!」 |
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蝶に化けている、オムイである。 |
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その姿は、美しく、愛らしかった。 |
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追忍は、思わず、動きを止めた。 |
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オムイは、次々と姿を変える。 |
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その度に、目にもあやな光景が展開される。 |
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こんな小さな虫ケラなど、すぐに殺せる ―― そう自分に言い訳をして、彼はしばし見とれていた。 |
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実際、小さな虫に過ぎない。 |
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風が一吹きすれば、飛ばされてしまいそうだ。 |
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この足で蹴りを入れるだけで、俺が勝つ ―― |
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この爪で引き裂くだけで、すべてが終わる ―― |
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追忍はそう考えるのだけれども、しかし、どうしても動くことができなかった。 |
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そして、その日は結局、オムイを「逃がしてしまった」のだ……。 |
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何故だろう? 何故、奴を殺せなかったのだろう? ―― と彼は自問した。 |
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「美は力である」という言葉の意味が、判ったような気がした。 |
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オムイが創り出した美の力に、今日、俺は負けたのだ。 いや、負けはしなかったにしても ―― 勝てなかった! |
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だが、勝てなかったことが、なんだか嬉しいような気もしたのだ……。 |
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―― これが、彼が心に秘めている、夏の日の思い出である。 |
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