日本銀行は、6月20日現在の「営業毎旬報告」によると、市中金融機関から買い取った451兆円の国債を保有し、投資信託を通じて株式へは20兆円を注ぎ込んでいる。6月27日の日本経済新聞は、「日銀、企業の4割で大株主 イオンなど5社で「筆頭」」と言う記事を載せている。「マーケットの価格形成機能に及ぼす副作用も無視できない。業績や企業価値と無関係に買われる株式が増えれば、本来の株価よりも高止まりしてしまう。」と、さすがにここまで異常な状態となると、保守的な経済新聞でも不安になって来ているようだ。2008年のリーマン・ショック後、米国、EU、日本の中央銀行はそろって異例の金融緩和を行った。国債や不良債券を買い取ったが、株式まで購入したのは日本銀行だけである。米国とEUは金融緩和から金融引き締めに転じる動きを見せているが、日本のみいまだに表立った転換は行えないでいる。実際には買い取る国債の買取りペースを密かに落として来ているが。江戸幕府が倒れた主因は財政破綻であった。明治維新後もこれまでに日本では2度、実質的な財政破綻が起きている。明治の廃藩置県の際、各藩の財政赤字は新政府により踏み倒された。また、敗戦直後にもハイパーインフレ、預金封鎖、財産税、新円切り替えと言う実質的な財政破綻があった。歴史上、ゴールドの裏付けのない通貨での巨額の財政赤字は必ず破綻している。1929年10月24日、米国で株式の大暴落が起きた。日本にもその影響が大きく及び、失業者が溢れ、農産物価格も急落した。1931年には物価は大きくマイナスになり、現在以上のデフレ状態となった。この年の末に成立した犬養毅内閣で、日露戦争の戦費をロンドンで辛くも調達に導いた高橋是清が大蔵大臣となった。その直後、高橋は金本位制から離脱し、翌年の1932年11月、日本銀行は政府の発行する国債を直接買い取る。これにより政府は財政を大きく膨らませた。金利も低金利政策が導入された。低金利とは言え、3%台であり、現代のマイナス金利のような異常さではなかった。しかも、日本銀行は政府から直接買い取ったとは言え、すぐに国債を市中金融機関へその85%まで売っており、現在のように日本銀行が保有し続けているのとは異なっていた。金本位制を離脱したことで、通貨である円は価値を下げ、いわゆる円安となったことで、他国との価格競争に有利となり、輸出が増大し、他国に比べいち早く世界恐慌から脱することが出来た。しかし、満州事変を始め軍事費は膨らんで行き、政府は日本銀行が引き受ける国債発行を増大し続けた。敗戦後、政府債務はGDP比で200%となった。現在は240%である。1990年代始めのバブル崩壊後、日本経済は低迷し、2000年頃から日本銀行は他国の中央銀行に先んじて、国債を市中金融機関から少しずつ買い取るようになった。それが、2013年からは現政権の要請で、巨大な額の国債を市中金融機関から買い取るようになった。戦前の政府債務の膨張を許したのが、日本銀行による政府発行の国債の直接買取りであったことから、戦後は、財政法で、この日本銀行による国債の政府からの直接買取を禁じた。しかし、現在の日本銀行の国債買取りは、単に形の上で市中金融機関を通しているだけである。政府が新規に国債を発行すると、市中金融機関が買い取るが、買い取ったその日のうちに日本銀行へ転売されている。実質的な日本銀行の直接引受である。形式を重んじる官僚の考えそうなことだ。実態は財政法が禁じる、日本銀行による国債の直接引受である。日本政府の債務はすでに巨大であり、そんな政府が発行する国債を買い支えて来た市中金融機関も、国民の貯蓄率の低下で、国債を買い取る余力を失い始めた。中央銀行が買い取らなければ、国債の金利が急上昇しかねない。そうなって困るのは政府である。金利支払いが急増するからだ。日本銀行が買い取ることで、以上なマイナス金利まで押さえ込んでいるのが現状だ。いずれにせよ、戦前と同じ道を行く、政府と日本銀行の目前には、同じく財政破綻が見えている。それがハイパーインフレの形を取るのか、財産税の形を取るのかわからないが、実質的には財政破綻である。官僚や政治家は決して責任をとらない。常に国民が尻拭いさせられる。
山紫陽花