釜石の日々

岩手県釜石市に移り住んで16年8ヶ月が過ぎ、三陸沿岸部の自然の豊かさに感動する毎日。

どこか幕末に似ている

2011-08-31 19:31:31 | 文化
今日は大型台風12号のせいか曇った蒸し暑い日になった。湿度が高い。釜石は今ボランティアの方々が来てくれているおかげと被災者の新規購入のために被災しなかった商店はむしろ震災以前より盛況のように見える。特に大型店は客の数が非常に多い。銀行なども所用で手続きに行くと1時間以上待たされる。被災が大きかった東北三県で初めて岩手県が今日ですべての避難所が閉鎖される。福島県も今日でほとんどが閉鎖されるようだが、宮城県だけはまだ143カ所の避難所に4,000人近く残っている。宮城県も仮設住宅は十分建設済みだと思うが、仮設住宅に入ると生計の一切を自立していかねばならず、その見通しのつかない人たちが多いのかも知れない。自衛隊も福島第一原発事故関連以外はすべて今日で撤退完了になる。釜石ではかなり前から無料の「復興釜石新聞」が全戸に定期的に配布されており、今日のその新聞にも平田地区にあるコミュニティ型仮設でのU先生たちの活動の一部が紹介されている。中小企業基盤整備機構が建設した天神地区の仮設住宅敷地内に併設された仮設店舗も市に引き渡された記事が出ている。岩手県内でも沿岸部では市の地形的な関係で釜石が被災地域の中でも最も復興が進んでいる。ようやく隣接する大槌町でも新しい町長が決り、これからは遅れていた復興事業も次第に挽回されて行くだろう。これからはじっくりと腰を落ち着けた長期の復興が主になって行くのだろう。日本は前世紀末以来内需中心の経済に変換して行かなければならないことが指摘されていたが、結局は輸出企業中心の相変わらずの政策がとられ続け、産業界も未来への展望を欠いたまま従来の経済体制を押し進めるばかりだった。米経済誌フォーブスのアジア版が報じたところではアジアの中小企業の業績で200社のランキングが発表されているが日本は年々数を減らし、ついに1社だけになってしまった。中国・香港がトップで65社がランク入りしており、インドの35社がそれに次ぐ。台湾、韓国、マレーシアなどがそれに次いで日本は14位となっている。これまで日本の大企業を支えて来たのは世界でも優秀だと言われて来た中小企業の存在であった。輸出のリーダーは自動車産業であったが、5年ぶりに発刊された定評ある徳大寺有恒氏の「間違いだらけのクルマ選び」を見ても国産車メーカーの戦略の遅れが見て取れる。まだまだ先の見えないEVにとらわれてヨーロッパのように小型車のガソリンエンジンの燃費の改善に大きな技術革新を導入する姿勢を怠っている。隣国中国はこの自動車の生産台数でも2009年に世界一となった。無論まだまだ中国の自動車技術は遅れてはいるが、それも時間の問題だろう。輸出中心の牽引車であった自動車産業が今後もう牽引車であることは期待出来ない。にもかかわらず過去20年間の間に優秀だと言われた中小企業を潰し、次世代を担う産業を育てることもしてこなかった。経済の伸びがなければ当然税収は減少して行かざるを得ない。巨額の財政赤字を抱える上に今回の震災や原発事故による巨額の支出がさらに財政を圧迫する。政治家が未来の展望を提示してそれに沿って官僚が最適な政策を立案するという本来の国家の機能が崩壊してしまっている。政治家も官僚も経済界も旧来の高度経済成長期と何ら変わらない手法にのみ依拠するためすべてが惰性で行われている。今の日本は幕末に連続した大地震が襲って幕府財政が困窮し維新に繋がった状況と重なって見えてくる。幕末の混乱期に若いリーダーがたくさん生まれたように果たして今の日本にそうした若いリーダーが生まれて来るのだろうか。幕末は福沢諭吉のように地方の下級武士の子弟たちがその差別に目覚め、改革へ結びついて行った。今の日本でも疲弊した地方の中からそうしたリーダーが現れるだろうか。
アメリカ芙蓉(草芙蓉) 通常の芙蓉より大きい

取り残され続ける東北

2011-08-30 19:25:39 | 文化
朝早くだと半袖では寒いくらいになって来た。油断をすると風邪を引きそうだ。これから秋に向かってキノコ類が美味しくなる時期だが今年はもうキノコには気を付けた方がいいだろう。今日と明日はまたU先生が釜石へ来られて仮設住宅を回っておられる。明日はコミュニティ型仮設住宅の件で釜石市長と合われる。その間は娘も同行するようだ。旧商店街で被災した商店主たちで比較的若い人たちが自分たちの住む仮設住宅の敷地に仮設の商店を出すことになった。一見事務所のようにしか見えないが、将来の本格的な商店の再建に向けて第一歩を踏み出したのだ。何もしないでじっとしている方が精神的にも良くないだろう。県外から来て頂いているボランティアの方たちとともにボランティア活動をしていた地元の女性が精神的に調子を崩して、精神科を受診したが、特別治療薬も出されないまま帰って来て、何日か後に自殺されたようだ。一緒にボランティア活動をしていた県外からの人たちがそれを聞いて怒っていたという。精神科が何もしてくれなかったことに対してらしい。その怒りも分からないではないが、一度の診察だけでたとえ長い時間話を聞いたとしても数日後に自殺するまでの心理状態を見抜くと言うのはかなり難しいことではないかとも思う。いずれにしても今は確かに多くの被災者の方たちには表面的には読み取りづらい精神的な落ち込みがあるだろう。被災した高齢の方が津波で長男の方を亡くし、気持ちが落ち込んだところで宗教に入り込んで、自分の気持ちを支えているという話も聞いた。今回の震災は規模が余りにも大きいので、被災者の数も多く、被災者の一人一人に十分な支援の手を差し伸べることが出来ていない。政治の不安定さが続き、1年毎に総理大臣が交替するような世界でも珍しい存在になってしまった国だ。とても被災現地の実情が国に把握出来ているとは思えない。にもかかわらず国が決めなければ現地では解決出来ない事柄がたくさんある。それらの問題が手つかずのまま時間だけが過ぎて行く。被災者の精神状態は落ち込むばかりだ。とりあえずこれから生きて行くための先が見えないのだ。身内を亡くした悲しみが加わればなおさら落ち込みは極端になる。高齢者はその重みに耐え切れないだろう。三陸はこれまでにも何度も津波の被害を受けて来て、その度に多くの犠牲者を出して来たが、助かった人たちの生活は現代以上に悲惨だったろうと思う。東北の歴史を調べている中で一度だけ津波の被害のことを知ったのは青森県五所川原市の十三湊(とさみなと)のことだった。遠野市にも残る中世の源氏に滅ぼされた安倍貞任(あべさだとう)の遺児が津軽に逃れて現在の十三湖を拠点として安東水軍による外国貿易で巨万の富を得て、壮大な都市をそこに築いた。しかし、1340年興国の大津波が襲来し一夜にして10万人以上の死者と都市の崩壊をもたらした。1991年から1993年にかけての発掘調査でその都市の実在が明らかにされている。同地方には現在も「十三の砂山」という唄が残されており、当時その都市が栄えたころに唄われていたものだという。厳密にはもともと安東水軍の船頭たちの唄であったものが唄い継がれるうちに農民たちの唄となり、江戸時代には歌詞も一部追加されて行ったもののようだ。現在は三味線などを使って伴奏されているがもともとは太鼓だけが伴奏に使われていたと言う。三陸にも津波の伝承はたくさん残っていて、地域毎にその伝承への対応も異なっている。時代とともに津波の被害から学んだ古人の智慧も次第に薄れて行き、いつの間にか忘れられて行くのだろうか。そこには智慧だけではなく助かった人々の悲しみも含まれていたと思う。そこに住んで生きた人たちの唯一の後世へ伝える手段が伝承や民謡であった。特に東北は記述された古文献が少ないが神社などには意外に言い伝えが残されていたりする。現代技術をもってもっと発掘が進められればこうした災害の、特に津波の実態が明らかにされて行くはずなのだが、東北はこの点でも軽視されているように思う。今回の震災が関東以南で起きていればもっと支援が早く、規模も大きかったのではないかという疑問がどうしても湧いて来る。東北に住んでみて初めて未だに東北が取り残された地方であることに気付いた。出稼ぎや集団就職は「上野駅」を目指していた。「品川駅」ではなかった。
夕暮れの百日紅


良識ある番組

2011-08-29 19:16:03 | 文化
今日は雲が多くても天気は晴れている。昼休みに車で出かけようとすると車の中はかなり暑い。窓を開けると涼しい風が一気に入って来る。ミンミンゼミがしつこいぐらいに鳴く。このセミの鳴く音を聴いていると眠くなって来そうだ。何かけだるさのようなものを感じる。甲子川沿いではまだ新しい紫陽花の花が咲き始めている。のんびりと釣り糸を垂れる人たちも見ることが出来る。気温は東京と比べても5度ほど低い。ここのところ体感地震が減っているが気象協会の地震情報を見ると余震の数はほとんど変わっていない。北海道から沖縄までの太平洋側の太平洋プレートに沿った震源で起きたものや福島、山形の内陸などが震源となっている。先日報道自体が自ら報道のあり方を検証する必要があると主張したTBSの金平茂紀氏が特集している『なぜ?神社の手前で大津波が止まったワケ』を見た。この番組は実際には高世仁氏のジン・ネットが製作している。三陸での今回の津波の後、多くの神社が被災を免れていたことに着目して、各地に残る神社の伝承を掘り起こして、先人たちが過去の津波から得た叡智を働かせて津波の影響の無い場所に神社を建てていたり、古い街道がやはり津波の影響のないところに造られていたことなどを報じている。制作者の高世仁氏によれば「延喜式にある陸奥百社、つまり古い由緒ある神社のうち、今回の震災でやられたのは2社のみ。しかも、それらはもとの場所から移った神社」という神社本庁からの情報を得ているという。この番組はこうした先人たちと対比して現代の科学の最先端に位置する原子力発電事故を検証している。東北では宮城県の東北電力の女川原子力発電所と福島県の東京電力福島第一原子力発電所が今回の津波でともにほぼ同じ高さの13mの津波に襲われた。にもかかわらず何故福島第一原発だけが大事故に繋がったのか。東北電力の女川原発は建設にあたって古文書に書かれた貞観地震を重視し、建設地の高さを海抜14.8mに決めた。「過去の三陸の津波の被災を考えれば(敷地を)10m以下に置くということはやはりナンセンスではないか。」と。さらに2号機建設の際、貞観地震の調査を行って、その結果海岸から3キロまで到達した大津波であったことを確認している。そして想定される津波の高さを9.1mとした。しかし、今回はそれをはるかに上回る13mの津波が襲って来た。「考えたもの(想定)を超えた時というのは実際はその時(設計時)はあまり考えていないのだと思いますね。原子力の場合は特にそういうところも頭の中にきちっとですね入れながら、対処していかなければいけないというのが今回の反省点だと思います」と担当の責任者が語っている。しかし、東京電力は福島第一原発の耐震評価の審査が行われた2009年に審査の中で産業技術総合研究所活断層・地震研究センター岡村行信センター長に「西暦869年でしたか、少なくとも津波に関しては、非常にでかいものが来ている。それに全く触れられていないところはどうしてなのかということをお聞きしたいんです。」と問われていた。この点について番組制作者からの東京電力への問い合わせに、東京電力は2009年に福島沿岸で貞観津波を調査し、「大きな津波が発生したという積極的な証拠は得られなかった」と回答している。福島第一原発はもともと30mもの高台であったところをわざわざ20mも削って10mの高さで原発を建設してしまった。しかも津波の想定はわずか5.7mであった。産業技術総合研究所活断層・地震研究センターの研究員は番組の中で堆積層を調べて「500~1000年に津波がきているので周期的にはいつ来てもおかしくなかった。切迫している状況だということは分かっていた。想定外とは言えない。」と語っている。京都大学防災研究所所長を歴任された地震研究者の入倉孝次郎京都大学名誉教授は原子力安全委員会地震津波関連指針等検討小委員会の委員をされておられるが、女川原発と福島第一原発の今回の違いについて「女川に関しては津波に対する関心は非常に高くそれに対する対策もかなりやられていたと思うんですよ。ところが福島第一に関しては、もともとは敷地はもっと高かったものを10mぐらいに置いとけば大丈夫だというふうに判断した形跡がありますね。」と番組の中で語っている。過去から学ぼうともしなかった東京電力の姿勢には全く謙虚さが見られない。「想定外」として免責される理由はどこにも見当たらない。
青空に映える紅

巨大地震や原発事故が続く可能性

2011-08-28 19:20:25 | 文化
まだ8月だというのに今日も感覚的には秋晴れのいい天気になった。日射しはまだ強さを感じるが日陰にいると清々しい。異変がない時にはじっくりと落ち着いて写真を撮ったり歴史文献に当たってみたりしていたが、異変が起きてしまうと、その異変がどう今後影響して来るのか、異変が何故人災と結びついたのかが知りたくなって来た。破壊された海岸や汚染された自然も以前とは全く変わってしまった。政治や経済、国家機構のほころびも異変を通して見えて来た。古賀茂明氏の「日本中枢の崩壊」や金子勝氏、 児玉龍彦氏共著の「新興衰退国ニッポン」を読むまでもなく、震災後の政府や電力、マスコミ、経団連の動きは如何に日本が国家として機能していないか被災地の有様を見ているだけで見えてくる。緊急事態が生じた時に現場の国民を守ることが出来ない日本という国はもうそれだけで終わっていると言えるだろう。規模が大きくなっているとは言え、少なくともそれまでに阪神・淡路大震災や中越沖地震などの災害の経験があるにもかかわらず、それらの災害の経験を活かした効率的な支援システムが構築されていない。「想定内」にあった「原発震災」すら無視することで対策がとられて来なかった。その結果はすべて現場にいる国民の犠牲をもたらすことになってしまった。国の財政的な負担も巨額なものになった。それはすべて国民の税金でまかなわれることになるのだ。現代科学が発達し、歴史を顧みることを忘れると次第に古人の教えを軽視して海岸線を埋め立て、たくさんの人たちが住むようになり、都会では高層ビルまで無数に林立するようになってしまった。今朝の読売によれば首都圏の巨大地震の可能性が報じられている。今年5月頃にも東京大学地震研究所が首都圏の巨大地震の可能性を報じていたが、今回の東京大地震研究所の分析は首都圏の最近の地震が「プレート内部」型から「プレート境界」型に変化して来ており、複数の震源域が連動して巨大化する可能性を指摘している。3月11日の地震は三陸沖から茨城県沖までのプレート境界における幅200Km、南北の長さ400Kmに及ぶ震源域が起こしたものだが、今回の地震で北米プレートの歪みが解放されたが、同じように沈み込んでいたフィリピンプレートの北端で止まっており、フィリピンプレートの歪みが解放されていない。石橋克彦神戸大学名誉教授の研究では過去400年間に小田原地震ー東京地震ー東海・南海地震が73年間隔で繰り返されており、2000年前後に起きるはずの地震が起きていないためにエネルギーがそれだけ大きく蓄えられることになるためこの地域の地震が3月11日の地震同様に巨大になる可能性が出て来る。8月12日のDIAMOND ON LINE の特別レポートでも東京大学地震研究所 佐藤比呂志教授が「“地震多発時代”はまだ始まったばかり!首都圏が最も警戒すべき「巨大地震」発生の可能性」と題して記事を寄せている。東京大学地震研究所所長も歴任された茂木清夫東京大学名誉教授は1970年代初頭から東海地震の可能性を主張され、当時中部電力の浜岡原子力発電所がろくに地質調査もしないまま安易に建設が進められていることに地震学者として警告を発し続けておられた。石橋克彦神戸大学名誉教授も茂木清夫東京大学名誉教授とは東海地震のメカニズムに相違があるがやはりその十分な可能性と浜岡原発の危険性を訴えておられた。茂木清夫東京大学名誉教授は2004年に「これは、世界のどの国家も試みたことのない壮大な人体実験です。唯一の被爆国であり、原子力の恐ろしさを身に染みて知っているはずの日本人が、なぜそんな愚挙に手をそめねばならないのでしょうか・・・。 」「原発の数や発電量でいえば、日本は米国、フランスに次いで世界第3位、続いてロシア、ドイツの順です。が、日本以外の国は地震のない安定した大陸に位置している。実際、過去100年間に起きたM7以上の震源の浅い、すなわち都市に大被害を与える地震の分布図と重ね合わせると、地震マークで埋め尽くされるほど不安定な地盤にありながら、なおかつこんなに原発が集中している国は世界で唯一、日本だけです。しかも、よりによって巨大地震の発生が最も懸念されているところに原発を設置するなんて、世界の常識からすれば異常と言うほかありません。」と言われている。石橋克彦神戸大学名誉教授は2005年2月23日の衆議院予算委員会公聴会冒頭で「私は地震の研究をしておりますが、その立場からですね、『迫り来る大地震活動期は未曾有の国難である』というテーマで、それを賢明に乗り切るためには、地震対策、地震防災対策というような技術的、あるいは戦術的な対応では到底凌ぎきれなくて、私たちの国土、あるいは社会経済システムというものの根本的な変革が必要ではないでしょうか」と述べ、浜岡原発の危険性についても触れておられるが、これに対して中部電力は自社のホームページで安全は国の審査を受けているので石橋克彦名誉教授の懸念は問題ないという主張を未だに載せている。福島第一原発も「安全」なはずだったのではなかったのか。原発が怖いのは浜岡のように運転停止しても災害では決して安全ではないことだ。どうやら日本の地震ー原発事故という「国難」はまだまだ続く可能性が高そうだ。それも遠からず。
韮 (にら) 万葉集では「くくみら」として詠われている

不安が増勢されるほんとうの構図は・・・

2011-08-27 19:23:13 | 文化
今日は予報通り久しぶりに青空が広がった。しかし、もうすっかり秋の空と風になってしまった。東北ではやはりお盆が過ぎると急速に夏が後退して行くようだ。長らく雨や曇りが続いていたので周囲が湿っぽくなっていたが今日はかなり地面なども乾いて来た。エゾゼミとミンミンゼミは相変わらず鳴いている。夜は虫たちの鳴く音が一層強くなって来ている。動植物が豊富だと昆虫類も多く、家の庭を静かに見ていると普段気が付かないような虫を見ることがある。空気が清々しくてとても気持ちがいい。このままここしばらくは晴れてくれるといいが。広瀬弘忠東京女子大名誉教授(災害心理学)が今年6月に全国でアンケート調査した「災害に関して、最も信頼できない情報源」で政府・省庁と答えた人が59.2%いたそうだ。同名誉教授は「(原発事故などで)必要な情報が後になって出るなど、広報の不誠実さを国民が敏感に察知した」結果だと分析されている。昨年行った同じ調査では政府・省庁と答えた人は22.7%しかいなかったからだ。福島第一原発事故による被曝について「非常に不安」が45.1%で、「かなり不安」が35.8%で不安に思っている人が80.9%になっている。これはある意味で健全な結果だと思う。未知のものへの不安であるからこそ、情報を的確に伝え、大丈夫な部分と注意が必要な部分をしっかり衆知する必要があった。しかし、東京電力も国も情報をひたすら隠し、フリージャーナリストや飛び入りの素人の漫才師の執拗な質問ではじめて情報を出してみたり、後で情報修正を繰り返すなど、不信感を作り出してしまった。国立環境研究所は今月25日に「3月11日に発生した東日本大震災に伴う事故によって東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の大気中の挙動を明らかにするため」のシュミレーションを出している。「その結果、放射性物質の影響は福島県以外に、宮城県や山形県、岩手県、関東1都6県、静岡県、山梨県、長野県、新潟県など広域に及んでいることが明らかになりました。」と今頃になって書いている。ドイツやノルウェーなど欧米は早々とシュミレーションを公開出来ていたからこそ、尚、国内で不信感が募った。水産庁も今月21日付けで水産物の放射性物質の調査結果を発表しているが、これも水産庁独自の調査ではなく、あくまで各都道府県等が発表した結果を一覧にしたものを発表しているだけである。しかも何故か英文が主体になっている。岩手県ではアイナメとスルメイカの2品種だけになっていていずれも「Not detectable」と書かれている。東北の太平洋沿岸にある県では岩手県だけが放射性セシウムがこの2品種のみの調査で未検出となっているのだ。青森県や宮城県、福島県ではいずれも検出されており、茨城県や千葉県でも検出されている。わずか2品種で岩手県は「大丈夫」と言ってしまっていいのか、疑問が残る。しかも多品種をチェックしているのは福島県だけだ。他の県はかなり限られた魚種だけを調査した結果を載せている。この一覧を見ただけで調査の姿勢が見て取れる。こうした極めて中途半端なデータを出してそれを公式なものとしてしまっていることが逆に不信感を抱かせる原因になっていることに気付いていないようだ。25日に行われた経済産業省で大臣官房付という閑職に就かされている現役官僚である古賀茂明氏のインタービューを見ると経済産業省は原子力発電所を推進して行くことに事故後も何も疑問を持っていないようだ。月刊Journalism6月号にTBSテレビ執行役員(報道局担当)の金平茂紀氏が「原発とテレビの危険な関係を直視しなければならない」と題する論考を載せている。そこで「原子力事業を進める上で「官―政―業―学―報」(元NHKの科学ジャーナリスト小出五郎の言う「原子力ファミリー・ペンタゴン」)の強固な構造が出来上がっており、その間には何の緊張感もなく、むしろもたれあい、相互チェックをする体制などなかったのだ。そのことをテレビ報道に携わる者は今からでも遅くないから(いや、もう遅いか)考えなければならない。」と言われている。電気事業連合会は地域独占で競争相手がいないにもかかわらず毎年800億円の広告費を使っている。断片的で歪んだ情報だけが流され続けて来ている。
(情報がリークされたため仕方なく、昨日経済産業省原子力安全・保安院は東京電力福島第1原発事故で1~3号機から大気中に放出された放射性セシウム137の総量は、昭和20年の広島市への原爆投下の168・5 倍に当たると正式に発表したようだ)
アカタテハの吸蜜


三陸沿岸の被災者

2011-08-26 19:28:18 | 文化
今日も朝から曇り空で予想最高気温は22度だ。昼休みに外を歩くと隣接する薬師公園の階段上でボランティア活動に就く人たちが作業着で昼食を摂っていた。釜石の南にある大船渡市でも一番釜石に近い三陸町から職場に来られている方がいる。この方は家を土台を残してすべて津波によって流されてしまった。幸い家族は無事だったが、現在その地区に建てられた仮設住宅に住んでおられる。仮設住宅は一応2年間を限度として住むことが出来る。この方は今これから家をどうするか悩んでおられた。元の土地は低地のためもうそこに家を建て直すことはできず、あらたに土地を探しても今は土地代も近隣では値上がりしており、いっそ建てるなら内陸に建てた方がいいのかも知れないと、迷っておられる。家が被災した場合、新築する際、300万円の補助金が出るそうだがそれだけでは無論とても足りない。低地にあった土地も今は売るに売れない。需要はほとんどない。行き着くところはやはりお金で、仮設住宅に住む多くの方がそのお金で悩んでいる。まして職を失った人はさらに深刻だ。表に出ないがお金の目処がたたずそれを苦にして自殺した人もいるようだ。仮設住宅では日々の生活は自分で維持しなければならない。収入源をなくした人たちには過酷な毎日だ。阪神大震災も確かに大きな被害ではあるが、三陸沿岸の今回の津波被害は都市部の震災と異なり、もともと経済的自立の希薄な地域であり、就職口も平常時から限られていた。中高年層の被災者は漁業者を含めて多くが収入源を断たれてしまっている。被災した自分たちの土地も借り入れるにしても担保としては価値が下がってしまった。職がなければ返済の目処もたてられない。阪神・淡路大震災後3~4ヶ月経って自殺者が出始めたため、以後の災害では「こころのケア」チームが結成されるようになったが、三陸沿岸部でも今回多くの「こころのケア」チームが来てはくれた。しかし、東北人の気質も手伝い、さらにチームの人たちがいきなり話を聞きましょう、と言う姿勢を出したために、逆に被災者の方たちは心を閉ざしてチームは不評を買ってしまった。しかも多くの被災者は収入源を断たれて将来に悲観的になっており、「こころのケア」だけでは解消されない要素を持っている。一般的な災害時の被災のための心の傷よりも収入を断たれた将来への不安の方がずっと強い。もちろん家族や兄弟を亡くした悲しみに沈む人たちも多いが、職があればそこで気持ちを切り替えて日常生活に立ち向かえる人たちも多くいる。失った者への悲しみは大半が自力で乗り越えて来ており、自力で乗り越えられない場合のみ時間をかけた「こころのケア」が必要になるのだろう。しかし、収入のない将来への不安は「こころのケア」だけでは解消されないだろう。こうした不安を抱える人たちは一見落ち込んでいないように見えるため一層周囲の人たちからの注意が必要なのだと思う。突然自ら命を絶ってしまう可能性がある。家族を失った人たちの方がサインを受けとめ易い。三陸沿岸は高齢者が比率的に多いことも尚立ち上がりを難しくしている。先日あった82歳の漁師の方などは陽気な気質だったが、舟という職場を失い毎日何もやることがなく時間を潰しているようだった。三陸沿岸の漁師の方たちの年金はわずかなものだ。平常時でさえ楽な生活ではない。わずかでも海からの収入が大いに助けになっていた。職を無くした中高年層の家庭は国や県からの助力がなければ将来が見えて来ないだろう。
近所の毎年咲いてくれる朝顔

事実が明かされるのが遅過ぎる

2011-08-25 19:22:31 | 文化
久しぶりに珍しく朝から昼頃まで日が射していた。昼休みに車で用足しをしたが窓を開けて走るだけでいい風が入って来る。もうすっかり秋の風だ。周辺の山も葛の花が広がって来た。藤の花より少し赤味があって藤の花とは逆に上向きに咲くがよく見るとなかなかきれいな花だ。雑草のように非常に広がりのある強い植物で、あまり顧みられることのない花だが。釜石の姥石地区の高齢の漁師さんと話したが、家は無事だったが舟や作業場は流されてしまって、体調を崩していた震災直後の3~4日目に愛媛県から医療チームがやって来て、診てもらって回復したそうでずいぶん感謝していた。現在も瓦礫除去に携わるボランティアの方々がたくさん来てくれている。しかし、今日のように日が射すと暑いためかほとんどのボランティアの方たちがマスクを付けていない。国が放射線の実態を公表しないため、「専門家」が安全だと触れ回るため、ほとんどの人が無防備になっている。国や東京電力は情報を隠し続けて被曝を逆に広げさせている。国は公式に福島第一原発からの放出放射線量を公表しようとしないが、今朝の東京新聞がスクープ記事を載せている。今月9日衆議院の科学技術・イノベーション推進特別委員会で川内博史委員長は政府に対し福島第一原発事故での放出放射線量が「広島型原爆の何発分かを政府として正確に出してほしい」と要求したようで、政府は大気中に飛散した放射性物質の核種ごとの試算値をまとめ、衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員会に報告書を提出していた。それによるとセシウム137の放出量は、福島第一原発1~3号機が一万五〇〇〇テラベクレル(テラは一兆)、広島原爆が八九テラベクレルで、セシウム137の比較では今回の福島第一原発事故によって広島原爆の168.5個分が放出されたことが明らかになった。東京大学の児玉龍彦教授でさえセシウム137の比較でウラン換算で20個、熱量で29個分と見ていたが、それをはるかに上回る放射線量が放出されていたのだ。しかもこの事実が公表されないままに来ている。4月12日に原子力安全・保安院は福島第一原発からのすべての核種を含んだ総放出放射線量を37万テラベクレルでチェルノブイリ原発事故の1割だと発表し、同じ日原子力安全委員会は63万テラベクレルと推定と発表したが、6月6日には原子力安全・保安院は推定77万テラベクレルだとして当初の2倍近い値に修正した。広島原爆の総放出放射線量は1.05万テラベクレルと言われており、単純に考えれば福島第一原発事故の総放出放射線量は177万テラベクレルということになり、総放出量37万テラベクレルでチェルノブイリ原発事故の1割だとすれば、チェルノブイリ原発事故は総放出量370万テラベクレルとなり、福島第一原発事故はチェルノブイリ原発事故の4割8分となり、約半分の事故と言うことになる。しかも、まだ放出は続いていて、さらに脅威である水蒸気爆発の危険性も残っている。東京電力に関しても今日の読売新聞の発表で事故当初東京電力が「想定外の津波」だと主張したことが、実は「想定内」であったことを報じている。今回の大震災で福島第一原発は、14~15mの津波に襲われたが、2002年7月に国の地震調査研究推進本部が公表した新たな地震の発生確率を基にマグニチュード(M)8.3の明治三陸地震(1896年)規模の地震が、福島県沖で起きたと仮定して、福島第一と第二の両原発に到達する津波の高さが、1~4号機で海面から15.7m、5・6号機で高さ13.7mに達するとすでに2008年に試算していたことが政府の事故調査・検証委員会で明らかになったというものだ。「想定外」の自然災害であれば、原子力損害賠償法では「異常に巨大な天災地変または社会的動乱」の場合、電力会社の賠償を免責し、政府が「必要な援助を行う」となっているため、東京電力は賠償責任を一部負うだけで他は税金でまかなうことが出来るようになる。当初必要以上に「想定外」を強く主張したのもここに狙いがあったものと思われる。しかし、すでに3年前に東京電力自身が「想定」していたことが3月11日に起きたことが判明したのだ。時間が経過するとともに隠されていた事実が次第に明らかになって来ているが、問題は余りにもそれらの事実が明らかになるのに時間がかかり過ぎて、すでに凄まじい被曝が広範囲に渉ってしまっていることだ。セシウム137は半減期が30年であり、セシウム137が10分の1に減るのに100年かかるのだ。今回明らかになったことはしかも「公表」はされていないのだ。どれほど多くの子供たちが犠牲になって行くのだろう。

薄紫の木槿(むくげ)


「脱原発」の遠のく気配

2011-08-24 19:27:30 | 文化
震災後は通勤の行き帰りが渋滞するようになったので、途中からは裏道を使うようになった。その途中にある斎場は毎日提灯の火が灯されている。最近になってもまだ遺体が見つかった話が耳に届く。たくさんの悲しい話や辛い話も今頃になって耳に入って来る。海で入水自殺された方の話も聞かされた。釜石には51カ所で仮設住宅が造られたが、それらのいくつかを通りかかって思うのは人がほとんど見受けられない、しーんと静まり返っているのはどうしてだろうと言うことだ。被災した元からの商店街は瓦礫はすでに片付けられてしまったが、死んだ街になっている。たまに元の場所で店を出しているところを見かけるが、それがかえって街の荒廃を際立たせている。宮城県の塩釜港の防潮堤の再建が決ったようだが、こうしたニュースもまた箱物が優先されていることを認識させられるだけだ。これだけの大震災を受けながら時間の経過とともに何故これだけの被害が発生したのか検証されないままに短絡的に箱物による復興が始められている。個人的な思惑からであれ、「脱原発」を唱えた首相の後任に就こうと立った人たちはいずれも脱原発には消極的だ。高速増殖炉「もんじゅ」も10月の稼働をめざすと発表されている。日本時間の今日午前2時51分に米国バージニア州リッチモンドの北西約60Kmで起きたマグニチュード(M)5・8の地震で震源から約20キロの距離にあるノースアナ原発では停電が発生し、原子炉2基が運転を自動停止している。非常用電源で電力を供給し原子炉の冷却を行っているが、4機の非常用発電機のうち1機が故障している。この原発はマグニチュード(M)6・2の耐震設計になっているため、今回の地震が設計基準に近いことに専門家たちが安全性に懸念を抱いていると報じられている。津波被害にしても原発事故にしても確かに自然災害がきっかけではあるが、自然災害だからやむを得ないと言って済ませられるものではない。何故これほどまでの津波被害が出たのか、何故これほどまでの放射能拡散に至ったのか、十分検証されなければならないし、原発事故はすでに人災であることが明確になっている。であれば、責任の所在まで追及されなければ、ますます安易に推進を許してしまうだろう。政治家やマスコミは電力企業の経営側と労組双方からの支援を受けているため脱原発に動くことは期待出来ない。結局は国民一人一人が脱原発の声を上げるしか日本が救われる道はないだろう。これほどまでに原発列島にさせてしまったその責任の一端は国民一人一人にもあるだろう。それだけにこれからは子供たちのために、未来の日本のために今こそ脱原発の声を上げなければ、もう取り返しはつかないだろう。今直ちにすべての原発を止めてさえ、崩壊熱が出続けるため今後何十年も厳重な管理を要するのだ。まして今止まらなければ、地震列島の日本では必ず第二、第三の「フクシマ」がやって来る。その時は否応なく日本は沈没する。東京大学の児玉龍彦教授は政府の発表した福島第一原発事故による放出放射線量からこの事故は広島型原爆の20~29発分に相当すると言われているが、政府の発表したチェルノブイリの1割ということを考えれば、チェルノブイリ原発事故が広島型原爆の800発に相当することから、福島第一原発事故は80発の広島型原爆に相当するとも考えられる。「ヒロシマ」を知る者にはそれがどれほど凄まじいものか、マスコミや政府の言うほど楽観的な状況ではないことは明らかだ。核爆発では急性症状による死傷者を多く出すが、核物質の放出ではむしろ低線量被曝による晩発性障害が中心になる。外部被曝より内部被曝を注意しなければならない。内部被曝は食品を通じて起きるため、単に放射性物質の拡散範囲だけでなく、食品の輸送範囲も問題になって来る。通勤の途中でふと気付くともうナナカマドが色付き始め、赤トンボが飛んでいた。北海道でもよく見かけたが、釜石でもナナカマドは街路樹としてたくさん植えられている。気仙沼では秋刀魚が初水揚げされたが、三陸の美味しい秋刀魚もしばらくは食べられなくなるだろう。豊かだった東北の自然はもう元へは戻らないのだ。結局は日本は津波による大災害や原発事故を繰り返して滅亡の道を進むことになるのだろうか。
240戸が入るコミュニティ型仮設住宅

向かい同士の間にアーケードが入る高齢者用住宅 左手奥にはサポートセンターがある

色付き始めたナナカマド

戦前と変わらない日本

2011-08-23 19:33:30 | 文化
ほんとうに梅雨入りかと思えるほど連日雨の日が続く。今週の予想も土曜以外はすべて雨か曇りだ。文部科学省は毎日形式的に県庁所在地のデータに基ずく各県毎の放射線量を出し続けている。岩手のように広い県ではデータとして意味をなさない。こう雨が続くとさらなる放射能汚染が心配になる。昨日職場の同僚の方から「まだ娘さんは釜石にいるんですか。放射線被曝は女性の場合3代に渉って影響が出る可能性がありますよ」と言われた。用件があって娘が職場に来たところで出会ったそうなのだ。昨日帰宅後娘とあらためてその件を話して、ようやく娘も現在の活動の目処が付いた時点で年内に大阪へ帰るということになった。親としては一刻も早く釜石を離れてほしいところなのだが。同僚の方からはローソンが食材の調達を西日本からに切り替えたと聞かされた。秋からは米も西日本のものの方がいいのではないかと教えて頂いた。国だけでなくメディアも放射能汚染については部分的な情報しか流さず、安全論に傾いているが、週刊現代はいかにメディアが東京電力により金銭的にどっぷりと懐柔されてしまっているか、特集を載せている。読んでいて胸が悪くなって来た。震災後自由報道協会の名前を見るようになったが、以前からマスコミに存在し続けていた記者クラブ制度は海外のメディアやフリーのジャーナリストを閉め出して旧来の大手メディアが情報の独占を行っていたことが批判を受けていた。そこで会見の場をすべてのジャーナリストに解放する目的で自由報道協会が作られた。すでに小沢一郎や孫正義、堀江貴文の各氏もそこで会見を行っている。現在は記者クラブに拒否されているフリーのジャーナリストが200人以上参加しているようだ。このフリーのジャーナリストたちが東京電力の記者会見などでも執拗にデータの公表を迫り、その結果東京電力も遅まきながら少しはデータを公表している。大手メディアは一切そうした要求は出そうとしない。東京電力の出す内容だけで済まそうとしている。TVなどでも電力に批判的な内容が流れると即座に電力会社からクレームが入り、出場者が番組から降ろされたり、広告が打ち切られたりする。大手メディアは今は自主規制が過剰なほど働くようになってしまった。大手メディアからは放射能汚染については十分な情報は期待出来ない。メディアと同じような状況にあるのが研究者たちの世界だ。研究費名目で東京電力初め各電力会社や電気事業連合会から資金を得た研究者たちはろくに論文を書かなくとも提供を受け続けられる人たちが多くいる。その一方で内容が原発推進にブレーキをかけるようなものだと圧力がかかったり、冷遇されてしまったりする。それでも自分の研究を維持し続けて来た少数の研究者たちが今人々が必要とする情報を流してくれている。電力企業と利害のない海外メディアも独自に取材して得られた情報を流してくれる。3月11日前にも実際には潜在していた日本の構図が今浮き彫りになって来た。まるで太平洋戦争末期の日本と同じような状況に見えてくる。高濃度の汚染水を海洋投棄して国際的に孤立し、通常メディアは「大本営発表の連戦連勝を報じたように」国や東京電力の安全情報を一方的に垂れ流す。海外と国内の少数者の情報だけが唯一国民の必要とする情報になる。「敗戦の色が濃厚であるにもかかわらず尚、竹槍で一億玉砕を唱えて、」原発の再稼働に踏み切る。欧米の大国は「戦後」を見据えてとっくに原発から撤退してしまった。米国では32年前のスリーマイル島原発事故以来原発は1基も増設されていない。昨日東京大学アイソトープ総合センター長である児玉龍彦教授は大学内で会見し「政府の放射性物質汚染の対策が決まらないまま国会が会期末を迎えようとしている現状に、「(閉会は)まったく理解できない。国会は機能不全に陥っている。国政は国民のためにある」と、声を詰まらせながら訴えた。」と報じられている。児玉龍彦教授は人のすべての解析された遺伝子情報に基づいたシステム生物学も提唱されており、そうした経験からも低線量の内部被曝による遺伝子への影響を重視されておられる。同教授は15日に首相官邸で2時間ほど首相とも会談し、汚染除去の速やかな対応を訴えたがなしのつぶてだった。政治は政争に明け暮れ国土の汚染には目が向かない。イタイイタイ病のカドミウム汚染除去だけでも1500ヘクタールに8000億円かかった。今回の放射線汚染は140万ヘクタール弱ある福島県だけを考えても途方もない財源が必要になる。まして東北・関東を考慮すれば国家財政は破綻するだろう。それでも児玉龍彦教授は1000兆円かかるとしても除染は急がなければならいと訴えておられる。除染しなければ放射性物質は半永久的に残存してしまう。国も東京電力も問題を先送りして国土の荒廃を黙認しようとしている。日本の未来を背負う子供たちを見捨てようとしている。
近所の木槿(むくげ) 「それがしも 其の日暮らしぞ 花木槿」 小林一茶

「この災厄を自分自身の問題だととらえ」ること

2011-08-22 19:21:44 | 文化
雨が続いている。梅雨に逆戻りしたのかと思わせる。気温が下がって寒いと言う声を聴くようになっている。しかし明日からはまた気温が上がって来るようなので雨の予報もあり蒸し暑くなるかも知れない。職場の駐車場から見える山裾は葛の葉に覆われて深い緑が広がるが、その中で今雨に濡れた百日紅の赤い花が目立つ。被災して仮設住宅に入った人たちはお盆も終わり、これから気持ちの落ち込んで来る人が増えて来る可能性が強くなって来た。すでに自殺者も出ているようだ。仮設住宅と言っても一律ではなく仮設住宅毎に建物の材質や建て方がまったく異なり、入居後に修復を要する仮設住宅も結構ある。コミュニティ型の仮設住宅が完成し、メディアでも報じられたせいで、コミュニティに参加を希望する大手の企業がたくさん名乗りを上げて来ており、職場の同僚の方が今週急遽東京でこれを提案された元厚生労働省事務次官や東京大学の研究者たちと、カウンセリングのU先生も交えて協議することになった。同僚の方は釜石市の役職も兼務されておられるので、コミュニティには東京の大手の業者ではなく地元の業者や初期から関わって頂いたU先生にも参加して頂きたいと考えておられるようだ。大手の業者、企業は参加することで宣伝効果を狙っているようだが、地元の復興のためにも津波の被害を受けた業者を優先したいということのようだ。昨日の毎日新聞によると宮城県気仙沼市の海岸を調査した北海道大学の平川一臣特任教授(自然地理学)らの研究チームは過去6000年に少なくとも6回の巨大津波の痕跡が残されていることを発見したようだ。「いずれも大震災に匹敵するマグニチュード(M)9級の超巨大地震だった可能性がある。」と言う。同じ毎日新聞の今月初めの特集でも「東日本大震災の被災地域で、巨大津波を引き起こした貞観地震(869年)の再来が警告されていたにもかかわらず、防災対策に生かされ」て来なかった事実が指摘されている。今回の地震ではNASA(米航空宇宙局)の観測で18時間後には約1万3,600Km離れた南極にも津波が及びスルツバーガー棚氷を破壊して、JR山手線内の面積に相当する巨大な氷山を現出させている。こうした巨大地震は余震が長く続くだけでなく、ほとんどが続く巨大地震を誘発している。今一番恐れるのはそうした誘発される巨大地震による、さらなる原発事故の広がりである。東京電力は来年1月を目処に原子炉の冷温停止を図るとしているが多くの研究者が疑問視しており、特に海外の研究者はそうした楽観的な見方はしていない。8月18日の米誌ニューズウィークは「No End in Sight」(原発は廃炉にできない)と題して「危険な廃棄物と化した原発は解体撤去もままならず、事故処理は今いる日本人が皆死んだ後まで続くかもしれない」と書いている。「コンサルティング会社ブーズ・アンド・カンパニーでエネルギー問題を担当するパウル・デュールローは言う。「爆発した原発の廃炉が技術的に可能なのかどうかも分からない」」「汚染された原発周辺の土壌を完全に元に戻す技術も、人類は持ち合わせていない。どれだけ巨大なふたで覆ったとしても、「悲劇のモニュメント」は今後数代にわたって日本人を脅かし続ける。」と書いて終わっている。放射性物質による汚染地図を独力で作り、公表された火山研究者の群馬大学早川由紀夫教授は自分のブログで「原発から放射能が飛んできて、人がバタバタ死ぬようなことは起こらないのだと、3月11日の地震から4ヵ月半たって、みなさんわかってきたと思います。案外たいしたことなかったと思っている人が多いように見受けられます。  しかし、3月15日と21-23日に東日本各地に広がった放射能は、これから何年も何十年も日本国を苦しめます。一見何も変わらない景色が目の前に広がっていますが、それは3月11日以前とはまったく違ってしまっています。都市だけでなく山もひどく汚染されてしまったことが私はとくに残念です。  私が選択した対応を実行するには、かなりの出費を必要とします。これまで見通していた将来の姿もずいぶん違ったものになりました。その出費と変更を必要とさせたのはたしかに東京電力ですが、彼らに賠償するだけの財力があるとは思えません。原発にこれまで無関心だった自分にも非があったのであきらめます。  地震から4ヵ月半たったいま、私はこの仕事にひと区切りつけます。みなさんも、この災厄を自分自身の問題だととらえて、この困難を自発的に解決する道にすみやかに進まれることを私は望みます。」と書いておられる。
庭の蓮華升麻(れんげしょうま) 今年の花は内側の花弁に薄紫の色が出ない、アルビノの花になっている