大峰の河童

法螺貝を習得中 

河童が「酷道与作」で肝を冷やし、戦闘機「紫電改」に遭遇

2016年10月05日 | 日記


土佐の酷道439号線で肝を冷やし、愛媛・愛南町の「紫電改展示館」を訪れる。一昨年も農水産物の「新鮮とれたて市」に訪れた際に、立ち寄っているが写真を撮り損ねた記念館である。

戦争末期に宇和島湾(久良湾)の海底に沈んでいた機体を34年後に引き上げ、展示している日本で唯一の物だそうです。松山海軍基地から飛び立っち空中戦を繰り広げたそうです。ゼロ戦の後続機の「紫電」を改良した機体が「紫電改」と呼ばれたものです。

戦後生まれの河童にとっては戦時の遺構体験の一つに高射砲陣地での遊びがあります。高射砲の台座跡や地下2階建て構造の兵舎跡は赤れんがやコンクリ-トで頑丈に建てられていて、子供にとって珍しい遊び場でした。周囲は木造建築物が大半で、学校も木造です。もちろん自宅は木造の長屋でした。

兵舎跡は4ケ所あり、独立していた様ですが奥の通路部分で各建屋が繋がっていた。完全な地下構造で上屋部分には2m以上の土が載せられていた。子供たちは暗闇に目が成れてくると地下2階や複数の部屋を繋ぐ中央通路(長さ50m)などを探検(肝試し)して遊んでいました。

大峰山中にB-29が墜落した時の機体エンジンが洞川の資料館に展示されている。又、以前に道端(豊中)にも小型飛行機のエンジンシリンダ-部分が錆びたまま放置されていたのを見た記憶がある。バイクのエンジンに似た十数個のシリンダ-は単なる鉄の塊だった。

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