昔、奈良の都造りが始まると生駒山の麓では須恵器の食器作りが始まりました。
都で働く人達が食べ物や水を飲む、お皿やお椀が沢山必要です。山の斜面に穴を掘り、粘土で作ったお皿やお椀を周辺の雑木や薪を燃やして焼きます。煙突からは黒い煙がもうもうと出てきます、たくさんの燃えカスは川に流します。
昔のモチ川は大変綺麗な川で、初夏にホタルが乱舞する山奥の小川です。ヤマメや鮎が沢山住んでいました。ある、暑い夏の日です。食器を作る人たちは仕事で汚れた身体をモチ川に入って洗っていました。
すると、岩陰から大きな声で「川を汚すな」「鮎を返せ」「ホタルが住む川に戻せ」の大合唱がします。
大きな声に驚いた人たちは作業小屋に急いで逃げ帰りました。
次の日、いつもの通り食器を焼いた残りカスを川に捨てました。
そして、汚れた体を洗っていた時です、今日も岩陰から大きな声がします。「川を汚すな」「鮎を返せ」「ホタルが住む川に戻せ」の大合唱です。
しかし、須恵器の食器を焼く仕事を止めるわけにはいきません。都の人達の食器が沢山・沢山、必要です。
ところが数年後、都が京都に移ってしまうと、須恵器を作る人たちも京都に移って行きました。
今、大雨でオオフジ池の堤が決壊してモチ川周辺の様子は随分、変わっていますが上流には「ナカクラの湧水」があります。
中流には須恵器を焼いていた「金毘羅の釜跡」や「長命寺の釜跡」があり、大きな声を出して「綺麗な川に戻せ」と言っていた河童たちは長命寺の本堂裏の水天宮に祀られています。
下流の川底には磨崖仏もあります。しかし、今も川は汚れたままです。夏のホタルや鮎は戻ってきていません。
都で働く人達が食べ物や水を飲む、お皿やお椀が沢山必要です。山の斜面に穴を掘り、粘土で作ったお皿やお椀を周辺の雑木や薪を燃やして焼きます。煙突からは黒い煙がもうもうと出てきます、たくさんの燃えカスは川に流します。
昔のモチ川は大変綺麗な川で、初夏にホタルが乱舞する山奥の小川です。ヤマメや鮎が沢山住んでいました。ある、暑い夏の日です。食器を作る人たちは仕事で汚れた身体をモチ川に入って洗っていました。
すると、岩陰から大きな声で「川を汚すな」「鮎を返せ」「ホタルが住む川に戻せ」の大合唱がします。
大きな声に驚いた人たちは作業小屋に急いで逃げ帰りました。
次の日、いつもの通り食器を焼いた残りカスを川に捨てました。
そして、汚れた体を洗っていた時です、今日も岩陰から大きな声がします。「川を汚すな」「鮎を返せ」「ホタルが住む川に戻せ」の大合唱です。
しかし、須恵器の食器を焼く仕事を止めるわけにはいきません。都の人達の食器が沢山・沢山、必要です。
ところが数年後、都が京都に移ってしまうと、須恵器を作る人たちも京都に移って行きました。
今、大雨でオオフジ池の堤が決壊してモチ川周辺の様子は随分、変わっていますが上流には「ナカクラの湧水」があります。
中流には須恵器を焼いていた「金毘羅の釜跡」や「長命寺の釜跡」があり、大きな声を出して「綺麗な川に戻せ」と言っていた河童たちは長命寺の本堂裏の水天宮に祀られています。
下流の川底には磨崖仏もあります。しかし、今も川は汚れたままです。夏のホタルや鮎は戻ってきていません。