7月12日(土)
当日の行程:(近鉄・奈良駅) → 【国宝 法隆寺金堂展(奈良国立博物館)】 → 【志賀直哉旧居】 → 【新薬師寺】 → 【元興寺】 → 【元興寺塔阯】 → (近鉄・奈良駅~西ノ京駅) → 【薬師寺】
興樂門
薬師寺は、天武天皇の発願により、飛鳥に建てられた。
天武天皇は薬師寺が完成する前に死去したため、伽藍の整備は持統天皇、文武天皇による。
現在の場所へ移されたのは、和銅3年(710)、平城遷都のとき。
移転後も、飛鳥の薬師寺(本薬師寺)は10世紀頃まで存続していたようだ。
享禄元年(1528)の兵火では、東塔を除く諸堂は消失してしまう。
その後、長い間荒廃していたが、昭和42年(1967)に高田好胤管主(たかだこういんかんす)により復興が発願される。
檀家組織を持たない薬師寺は、ひとり千円の写経勧進で再建することを決意した。
気が遠くなるような話だが、これが実現したのだから素晴らしい。
100万人の写経勧進を達成した昭和46年(1971)には、西塔起工式を迎えた。
現在では、700万人以上の写経が集まり、勧進された写経は、復興された建物の中に納められて永代供養されるという。
大講堂
大講堂の前の蓮
大講堂には本尊・彌勒三尊像(重要文化財)、後堂(うしろどう)には仏足石・仏足跡歌碑(国宝)が安置されている。
大講堂の前には、蓮の花が咲いていた。
金堂
龍宮造りと呼ばれる建築様式で建てられているらしい。
なるほど、龍宮城のようだ。
堂内には、薬師如来坐像(国宝)を中心に、向かって右に日光菩薩像(国宝)、左に月光菩薩像(国宝)が祀られている。
薬師三尊像はいずれも、見とれてしまうほどに美しい。
月光菩薩像 日光菩薩像
(「国宝薬師寺展」のポストカードより)
「国宝薬師寺展」に行った両親が、図録とポストカードを送ってくれた。
光背をはずした姿を拝むことができたようで、羨ましい。
大盛況で、会場は人だらけだったようだけれど。
西塔 東塔(国宝)
東塔は、薬師寺の創建当時から残っている唯一の建物。
裳階(もこし)をつけた独特の形の三重塔である。
塔の頂部の水煙(すいえん)には、飛天像の透彫が施されている。
西塔は、昭和56年(1981)復興された。
「あおによし」の「青」と「丹(に)」彩られている。
佐佐木信綱の歌碑
「ゆく秋の 大和の国の 薬師寺の
塔の上なる 一ひらの雲」
会津八一の歌碑
「すゐえんの あまをとめが ころもでの
ひまにもすめる あきのそらかな」
「すゐえんの あまをとめ」とは、東塔の水煙に彫られた飛天像のこと。
薬師寺の御朱印
当日の行程:(近鉄・奈良駅) → 【国宝 法隆寺金堂展(奈良国立博物館)】 → 【志賀直哉旧居】 → 【新薬師寺】 → 【元興寺】 → 【元興寺塔阯】 → (近鉄・奈良駅~西ノ京駅) → 【薬師寺】
興樂門
薬師寺は、天武天皇の発願により、飛鳥に建てられた。
天武天皇は薬師寺が完成する前に死去したため、伽藍の整備は持統天皇、文武天皇による。
現在の場所へ移されたのは、和銅3年(710)、平城遷都のとき。
移転後も、飛鳥の薬師寺(本薬師寺)は10世紀頃まで存続していたようだ。
享禄元年(1528)の兵火では、東塔を除く諸堂は消失してしまう。
その後、長い間荒廃していたが、昭和42年(1967)に高田好胤管主(たかだこういんかんす)により復興が発願される。
檀家組織を持たない薬師寺は、ひとり千円の写経勧進で再建することを決意した。
気が遠くなるような話だが、これが実現したのだから素晴らしい。
100万人の写経勧進を達成した昭和46年(1971)には、西塔起工式を迎えた。
現在では、700万人以上の写経が集まり、勧進された写経は、復興された建物の中に納められて永代供養されるという。
大講堂
大講堂の前の蓮
大講堂には本尊・彌勒三尊像(重要文化財)、後堂(うしろどう)には仏足石・仏足跡歌碑(国宝)が安置されている。
大講堂の前には、蓮の花が咲いていた。
金堂
龍宮造りと呼ばれる建築様式で建てられているらしい。
なるほど、龍宮城のようだ。
堂内には、薬師如来坐像(国宝)を中心に、向かって右に日光菩薩像(国宝)、左に月光菩薩像(国宝)が祀られている。
薬師三尊像はいずれも、見とれてしまうほどに美しい。
月光菩薩像 日光菩薩像
(「国宝薬師寺展」のポストカードより)
「国宝薬師寺展」に行った両親が、図録とポストカードを送ってくれた。
光背をはずした姿を拝むことができたようで、羨ましい。
大盛況で、会場は人だらけだったようだけれど。
西塔 東塔(国宝)
東塔は、薬師寺の創建当時から残っている唯一の建物。
裳階(もこし)をつけた独特の形の三重塔である。
塔の頂部の水煙(すいえん)には、飛天像の透彫が施されている。
西塔は、昭和56年(1981)復興された。
「あおによし」の「青」と「丹(に)」彩られている。
佐佐木信綱の歌碑
「ゆく秋の 大和の国の 薬師寺の
塔の上なる 一ひらの雲」
会津八一の歌碑
「すゐえんの あまをとめが ころもでの
ひまにもすめる あきのそらかな」
「すゐえんの あまをとめ」とは、東塔の水煙に彫られた飛天像のこと。
薬師寺の御朱印