寒い、寒いと言っても、もう冬なので仕方ありませんね。今日は晴天 でも、外は1度・・・。
さて、神々の続きです。
日本の古い神社は、山を御神体とすることがよく見かけられます。また、大きな岩や樹木を御神体とする場合もありますね。
これをもって、日本には古くから山岳信仰があるという学者先生達がいて、笑えます。
エノク書にこんな文章があります。
『この高い山、その頂が神の座に似ているこの山は、偉大なる主、永遠の王である栄光の聖なる方が、大地を善の方に監督するために降りてこられるときに座る座席である。』(エノク書 第25章より)
日本には<拠り代>という言葉があります。Webで調べてみましたが、適当な解説がありませんでしたので、広辞苑をみますと、「神霊が招きよせられて乗り移るもの。樹木、岩石、人形などの有体物で、これを神霊の代わりとして祭る。」とあります。
何故か山の例はでていませんが、拠り代の代表は秀麗な山だと言ってよいでしょう。山なら何でもいい訳ではありませんね。
代表的な山としては、三輪山が有名です。
三輪山を御神体として祭ている大神(おほみや)神社の由緒と祭神をみると、
「遠い神代の昔、大己貴神(おおなむちのかみ)【大国主神(おおくにぬしのかみ)に同じ】が、 自らの幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)を三輪山にお鎮めになり、大物主神(おおもの ぬしのかみ)【詳しくは倭大物主櫛<瓦+長>魂命(やまとのおおものぬしくしみか たまのみこと)】の御名をもってお祀りされたのが当神社のはじまりであります。それ故に、本殿 は設けず拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し、三輪山を拝するという、原初の神祀りの様が伝えられて おり、我が国最古の神社であります。」(大神神社HPより)
ここででてくるオオナムチ・オオクニヌシは、征服された人々が信仰していた神の名前であることに注意を払っておきましょう。
以前のブログで蝦夷(えみし)が、天皇に誓うのではなく三輪山に向かって誓ったという話を書きましたが、自分たちの信仰していた神(三輪山に降臨する神です!)に誓ったことが理解できるはずです。
話が脱線しましたが、山岳信仰という言葉は根本的に誤りであり、信仰されている山は拠り代で、その山に降り立つ神を信仰するというのが基本だと思います。
エナク書でも紹介しましたように、山は世界的に神の座として信仰の対象とされていた節があります。神は見えませんから、神が降り立つ山に向かって《神に》祈るわけです。
日本には仏教(大乗仏教)という、もう一つの宗教的の流れがありますね。しかし、日本の仏教は仏教とは似て非なるものですw。
仏教の顔をした神道といってもいいかも知れません。造語にすると<神道仏教>だといえます。
何故このようなことになったのか?
元々、仏教を日本に導入したのは支配層であり、被支配層の人々には関係のない宗教だったことは明らかです。
日本の非支配層(古代在来豪族も含みます)の人々にとっては「そんなの関係ない。オッパッピー」状態だったでしょう。
で、どうするか?
大乗仏教は、特に習合の天才で、得意の喩(たと)え話をする中で旧来の宗教を容認・変質させ取り入れてきたことは明らかです。
宗教の世界では在来宗教を取り入れて、習合していくことは多々ありますね。支配と布教をスムースにするため、妥協・意味の変節をはかるわけです。
キリスト教にも多々あります。例えば、クリスマスにサンタ? はて? 12月25日はイエスの誕生日じゃないそうですし、何故か、サンタとトナカイが登場したりします。何処でくっいちゃったんでしょうねw。
まぁ、そんなこんだで、日本の仏教はすっかり旧来の地元宗教と習合してしまい、わけの分からないものへと変わってしまったと言っていいでしょう。
しかし、それが私たちの宗教観の一つとして、<現在の日本仏教>を形づくっていることも確かです。
話だどんどん脇道にそれますw。
で、今回はここまでにしましょう。
また、お会いしましょう。
さて、神々の続きです。
日本の古い神社は、山を御神体とすることがよく見かけられます。また、大きな岩や樹木を御神体とする場合もありますね。
これをもって、日本には古くから山岳信仰があるという学者先生達がいて、笑えます。
エノク書にこんな文章があります。
『この高い山、その頂が神の座に似ているこの山は、偉大なる主、永遠の王である栄光の聖なる方が、大地を善の方に監督するために降りてこられるときに座る座席である。』(エノク書 第25章より)
日本には<拠り代>という言葉があります。Webで調べてみましたが、適当な解説がありませんでしたので、広辞苑をみますと、「神霊が招きよせられて乗り移るもの。樹木、岩石、人形などの有体物で、これを神霊の代わりとして祭る。」とあります。
何故か山の例はでていませんが、拠り代の代表は秀麗な山だと言ってよいでしょう。山なら何でもいい訳ではありませんね。
代表的な山としては、三輪山が有名です。
三輪山を御神体として祭ている大神(おほみや)神社の由緒と祭神をみると、
「遠い神代の昔、大己貴神(おおなむちのかみ)【大国主神(おおくにぬしのかみ)に同じ】が、 自らの幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)を三輪山にお鎮めになり、大物主神(おおもの ぬしのかみ)【詳しくは倭大物主櫛<瓦+長>魂命(やまとのおおものぬしくしみか たまのみこと)】の御名をもってお祀りされたのが当神社のはじまりであります。それ故に、本殿 は設けず拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し、三輪山を拝するという、原初の神祀りの様が伝えられて おり、我が国最古の神社であります。」(大神神社HPより)
ここででてくるオオナムチ・オオクニヌシは、征服された人々が信仰していた神の名前であることに注意を払っておきましょう。
以前のブログで蝦夷(えみし)が、天皇に誓うのではなく三輪山に向かって誓ったという話を書きましたが、自分たちの信仰していた神(三輪山に降臨する神です!)に誓ったことが理解できるはずです。
話が脱線しましたが、山岳信仰という言葉は根本的に誤りであり、信仰されている山は拠り代で、その山に降り立つ神を信仰するというのが基本だと思います。
エナク書でも紹介しましたように、山は世界的に神の座として信仰の対象とされていた節があります。神は見えませんから、神が降り立つ山に向かって《神に》祈るわけです。
日本には仏教(大乗仏教)という、もう一つの宗教的の流れがありますね。しかし、日本の仏教は仏教とは似て非なるものですw。
仏教の顔をした神道といってもいいかも知れません。造語にすると<神道仏教>だといえます。
何故このようなことになったのか?
元々、仏教を日本に導入したのは支配層であり、被支配層の人々には関係のない宗教だったことは明らかです。
日本の非支配層(古代在来豪族も含みます)の人々にとっては「そんなの関係ない。オッパッピー」状態だったでしょう。
で、どうするか?
大乗仏教は、特に習合の天才で、得意の喩(たと)え話をする中で旧来の宗教を容認・変質させ取り入れてきたことは明らかです。
宗教の世界では在来宗教を取り入れて、習合していくことは多々ありますね。支配と布教をスムースにするため、妥協・意味の変節をはかるわけです。
キリスト教にも多々あります。例えば、クリスマスにサンタ? はて? 12月25日はイエスの誕生日じゃないそうですし、何故か、サンタとトナカイが登場したりします。何処でくっいちゃったんでしょうねw。
まぁ、そんなこんだで、日本の仏教はすっかり旧来の地元宗教と習合してしまい、わけの分からないものへと変わってしまったと言っていいでしょう。
しかし、それが私たちの宗教観の一つとして、<現在の日本仏教>を形づくっていることも確かです。
話だどんどん脇道にそれますw。
で、今回はここまでにしましょう。
また、お会いしましょう。