アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

タロットの構造

2017-03-25 07:00:35 | 冥想アヴァンギャルド
◎アレイスター・クロウリーのトートの書

アレイスター・クロウリーは、後半生は、薬物濫用、両刀使いであって、男女パートナーを次々に替え、パートナーとなった相手は次々に不幸な死を遂げた。スキャンダルの帝王であり、手もと不如意である時期が長く、人格的にも好ましからざる人物であったようだ。

ところが、そんな彼の前半生の一時期について、求道的にまともであった時期があって、その頃の彼に限っては、ダンテス・ダイジは評価していたことがある。

そんなアレイスター・クロウリーが晩年に書いたタロット・カードの解説書がトートの書

それによると22枚の大アルカナは、10惑星+12星座。惑星と星座を平板に置いてどういうつもりなのかと思うが、これはまたヘブライ語の22字のアルファベットに照応するという。

タロットの起源が14、5世紀と思われる一方、スペインから欧州各地にユダヤ人が流出し始めた時期もまたその頃なので、タロットの正確な出自は怪しいけれど22という数字を重用しているところを見ると、タロットはユダヤ人の手になるものなのだろう。

儒教の易には、天意を伺う道具として筮竹があり、古神道には、神意を伺う道具として天津金木がある。その道具個々には記号を付して意味づけされているものもあるが、あまりその意味づけは、詳細には及ばない。

もともとユダヤ人のニーズとしてそうした道具の必要性があったのだろうと思う。タロットカードの並びの象を見て、
世界全体を、過去現在未来を直観するという作業なのだから、あまり詳細にわたる意味の解説を事前にしてはならないのだ。

トートの書によれば、数札の四大の照応は、
棒→火
杯→水
剣→風
貨幣→地

さらにコート・カードの騎士、女王、王子、王女も四大に照応し、

騎士→火
女王→水
王子→風
王女→地

よって例えば、棒の騎士なら「火の火」、杯の騎士なら「水の火」というようなことになる。

この四大と12星座と10惑星が、ユダヤ式“世界のプロファイル”の基本線だったわけである。
この22はカバラの生命の木とも照応するが、生命の木の10球に対するクロウリーの四大の当て方は、
1→火
2,3→水
4~9→風
10→地
であるが、本当にそうかどうかは怪しいかもしれない。

起こっている象に対する解釈の深度ということに関していえば、例の「起こることは起こったが、何が起きたのかは本人にはわからなかった」とか、「イエス・キリストがすぐそばにやってきたが、本人はそれに気がつくことはなかった」というたぐいの話と同根であると思う。
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鶴田浩二園遊会を辞退する

2017-03-24 04:56:16 | 時代のおわり
◎先に死んだ奴のことを考えてやらんと可哀相で

『俳優鶴田浩二は学徒出陣体験を持ち、戦後は数多くの映画で本物の特攻隊員以上にその苦悩や生き様を演じた。さらに遺骨収集や英霊の顕彰に多額の私財を投じた人物でもある。

その鶴田の下にある時、昭和天皇から園遊会への招待状が届いた。しかし鶴田はこの招待を拒絶した。

「天皇陛下から『お前たちは、よくやってくれた。どうも有り難う』と一言、言ってやってほしいのだ。僕にじゃないよ。もう帰らない奴にだよ。

言葉も出ない奴にだよ。それがあれば、成仏はできないまでも、ある程度、納得できるんじゃないかと思うんだよ。先に死んだ奴のことを考えてやらんと可哀相でね。・・・・・たった一言でいいから『すまなかった』と言ってやってほしい。

その一言がない限り、俺は園遊会には行かない。」

ところで、特攻を送り出した軍幹部は、戦後一様に特攻は志願であったと強調したが、彼らは部下の出撃を見送るばかりで、最後まで自らは出撃しようとしなかった。』
(特攻と日本人の戦争 許されざる作戦の実相と遺訓/西川 吉光/芙蓉書房出版p208-209から引用)

鶴田浩二は、老いた二枚目みたいな印象しかなかったが、なかなかに心ある人物であったらしい。死んでいった者たちへの深い慈しみを持っている人は多いものではない。

単に遺骨収集や英霊の顕彰に大金を出したから偉いということではなくて、彼なりに若人が国のために苦悩しながら死んでいったのはなぜかと自問して、前の戦争を総括している行動が園遊会辞退だったのだろう。

戦後GHQの意向や朝鮮戦争の勃発などもあり、戦争を遂行した旧体制はそのまま温存された部分が少なくない。しかしそれすら70年経って、そうした古色蒼然とした体制の遺構のなかに新たなライフ・スタイル、新たな精神構造、新たな貧困、新たな苦悩を持つ若者たちが育って来ている。

ゆとり教育は、社会の生産性という点では失敗だが、求道に向かうモチベーションを涵養するという点では大成功だったかもしれない。

『モーレツからビューティフルへ』という1970年のキャッチ・コピーは、ゆとり教育で根を張り、さらに冥想のライフ・スタイル化で結実を迎えようとしている。

日本社会全体は、かつてもそうだったように迷いの中で悟る道しかないのだと思う。
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微細身の分離と自然さ

2017-03-23 05:26:13 | 究極というものの可能性
◎悟りと不健康

肉体と微細身が分離するのは死の時である。

死の時以外で、微細身が肉体から分離するのは不自然である。それは健康な状態ではなくなることを示す。

微細身が肉体から分離する時、それらが結合している時に行われた相互の調整は、行われなくなる。

OSHOバグワンは微細身が肉体から分離した状態があまりにも長くなると、肉体は死に始めるという(死ぬこと生きること/市民出版社/P297)。

大悟覚醒、神人合一は、そういう状況で起こるだろうことは、薄々感じられてはいるが、証明もできないし、追体験することも簡単ではないし、追体験した後に生還できる保証もない。

そういうことだと唱えることはできてもそれを直観したり、信じる人で準備ができた人だけが追体験に成功する。

神の国に入る、ニルビカルパ・サマディーというのは、この世的なものではないだけに、社会的に表面的にアピールはしない。

「迷いのうちに悟る」と言うのはかっこよいが、この地獄的な世界で、冥想を継続的にできる環境を作り出し、更に冥想していくというのは、OSHOバグワンのコミューン経営のように今でも容易なことではない。

それでも日々冥想を。


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精神科の隔離、初の1万人突破

2017-03-22 05:34:59 | 冥想アヴァンギャルド
◎悪化する日本人のメンタル・ヘルス

2017年3月21日の朝日、日経、産経新聞などで、精神科の隔離に関する記事が上がっていた。記事の内容は各紙ほとんど同じ。

厚生労働省の集計によると、精神科病院で手足をベッドにくくりつけるなどの身体拘束や、施錠された保護室への隔離を受けた入院患者が2014年度にいずれも過去最多を更新したことが、分かった。隔離は調査が始まった1998年度以来、初めて1万人を突破した。

精神保健福祉法では、患者が自らを傷つける恐れがあるなどと精神保健指定医が認めた場合に身体の拘束や隔離ができるが、症状の重い患者の増加も要因とみられ、厚労省は詳しい調査を始める。

 14年度の保護室への隔離は1万94人で、前年度に比べ211人増えた。都道府県別では東京が683人と最も多く、大阪が652人と続いた。

 拘束は453人増の1万682人。最多は北海道の1067人、次いで東京の1035人だった。調査項目に拘束の状況が加わった03年度以降、増加の一途をたどっている。

 厚労省は毎年度、精神科病院の6月末時点の状況を聞き、14年度は1599カ所について入院患者数や病床数などを調べた。入院患者全体は減少傾向で、14年度は前年度比7030人減の29万406人で、重度で症状が安定しない急性期の患者が増えているという。

拘束や隔離が増えている理由を詳しく把握するため、厚労省は次回の調査から患者の年齢や疾患の内容なども聞いて、隔離や拘束が増えている要因を分析したい方針だ。

この記事の主眼は、精神病院入院者総数は減少傾向なのに、重度で症状が安定しない急性期の患者が増加傾向であることと、拘束や隔離が増えていること。

全国の職場でうつ病を中心としたメンタル・ヘルス対策が採られる時代になり、投薬を継続している軽度のうつ病の人は珍しくもない時代になった。

こうした中で、拘束や隔離が増えたりするというのは、精神的に不安定な状況が急速に昂進しやすい環境に、よりなってきたということになるだろうと思う。

現実感を喪失し、社会性をほとんど喪失し、妄想を現実とみて、その中に閉じこもるというような人が増えるのは、結局孤立した人が孤独なままで生きていける精神的「おひとり様」社会の拡大が原因ではないだろうか。
衣食住はあって、孤独。そんな人が増えた結果なのではないだろうか。

西欧では、生まれた時はから人は孤独に生き、孤独に死ぬものだという社会通念と社会制度がそもそもあるのだが、特に戦後日本では、こうした個人主義的社会通念も社会システムも未整備なまま孤立的ライフスタイルが生活の隅々に浸透してしまった。

子供が5、6人集まってそれぞれ別のゲーム機で遊ぶ孤独、電車で大人も子供も別々の携帯・スマホで時間をつぶす孤独。孤立した時間が常態化すると、やがて人は妄想の世界に遊ぶことも出てくる。

幼少期からテレビゲームに親しんだ人(30代以下の人たち)は、簡単に妄想世界に入り込みやすい素地があるということはあるのかもしれない。トランスに容易に入りやすく、かつその状態が躁となれば、身体拘束、隔離につながることもあるだろう。

こうした精神環境は、企業が構築し、マスコミも煽り、大衆もデジタルだのITだのと言って歓迎してきた。デジタルとITは人の本質的に孤立したライフ・スタイルを確立してきたとも言える。

人間の進化は悟ることだが、ハイテクが気晴らしや遊びや軍事主体で利用されるなら、その因果は時代が受けねばならないと思う。
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キリスト教映画『復活risen』

2017-03-21 05:29:31 | キリスト者の秘蹟
◎アストラル体での復活

これは、イエス・キリストの復活を十字架刑の執行を現場で直接指揮した百人隊長クラビアスの視線から見た映画。

岩の扉に封をされた墓室から、大きな音と光でイエスが再生したというのはともかく、イエスが、復活して十二使徒らと歓談している最中に二度までもその姿を突然消したのは、アストラルでの『復活』らしくて良かった。

百人隊長クラビアスは、イエスが復活してわいわい盛り上がっているところに二度とも居合わせたが、見た奇跡をなかなか信じられなかった。

イエスも釈迦も、見ないで信じるのが上であって、見て信じるのは下みたいなことをやはり言っている。イエスの復活の奇跡を見ても信じない者は信じないし、それを聞くだけではっと気がつく者もいる。

復活したイエスが、弟子に槍で刺された脇腹の傷口を手で触らせていたシーンがあったが、傷口は既に閉じていたのだが、史実?では傷口が開いていたのでは?

百人隊長クラビアスは、最後に道で光輝くイエスに出会って回心するのかと期待していたがそれは起こらなかった。

全体としては、とても内省的映画であった。こういう視点の映画もあって良いと思う。今見ると、これだけでは食い足りない人も多いかも。


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最澄の籠山

2017-03-20 07:11:50 | 密教
◎十二年籠山行の起こり

延暦4年4月、最澄は、国家の俊秀として近江の国分寺から奈良の都に行き、東大寺で具足戒を受けた。ところが、彼はこのエリート・コースを自ら打ち捨て、孤独な比叡山での山の修行に入る。

延暦4年7月中旬、最澄は山に入った。今の比叡山延暦寺根本中堂付近とされる、蝉の声と梵音の争う松の下の巌の上に草庵を結んだ。これは小さい竹で編んだ円房であって、藁を寝具として、求めずして与えられたものを食し、修行を続けた、

今でも比叡山には、蚊はいるは、猪、猿、狐、狸も歩き回るはで、大変なところ。その一方で、冬はほとんど雪に埋もれる。寒い暑いを厭わず、飢えを恐れず、約束されたエリート僧としての将来を捨て、餓死、犬死をも厭わず、最澄は山中修行に入った。

山では、冥想の他に、法華経、金光明経、般若経などを読誦していたという。師匠はいないようだったが、トランスのコントロールはどうしたのだろうか。

こうした修行の末、どの程度まで行ったかどうかはわからない。
それでも12年間籠山し、これが後の12年籠山行の起こりとなる。

最澄は、延暦十年、俗の六位にあたる修行入位に進み、延暦13年桓武天皇が最澄を比叡山に訪問。延暦16年最澄は内供奉(宮中で天皇の安穏を祈ることを職務)に列せられたとあるが、これは俗界のことで、本人の境涯のことではない。

最澄は世俗的にはビッグになったが、その実老境に至るまで謙虚さを失わなかったのだろう。

だから在世中の境涯は、空海に及ばなかったかもしれないが、比叡山延暦寺は、日本仏教界の柱石である、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮、一遍らを次々に輩出することになった。
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朝鮮の予言

2017-03-19 05:43:55 | 時代のおわり
◎胡兵(東北地帯)の中国兵がやってくる

朝鮮の予言といえば、これ。

姜甑山の預言:
『将来日清戦争が二度あるだろう。初めは清国が敗れるだろう、二度目に起こる戦いは10年かかり、その結果日本は追われて本国へ戻るだろう。

また胡兵(東北地帯)の中国兵がやってくるだろうが、漢江以南は犯せないだろう。その時疾兵(病)が猛襲するが、米国は一指も動かさなくても容易に引き上げるであろう。』
(回天の聖者/姜甑山先生顕彰会刊から引用)』

出口王仁三郎は、海外の宗教と提携することが多かったが、その中でも特筆すべきは、中国の紅卍会と朝鮮の普天教の姜甑山。普天教は、霊界物語別巻入蒙記第四章微燈の影でも言及されている。

姜甑山は一流のクンダリーニ・ヨーギであって、その予言集は、水準に達している。

日清戦争は、明治に起こり、二度目の日清戦争は、昭和の初めの日中戦争を指す。この結果日本軍は、故国に退却した。

1950年の朝鮮戦争には、中共軍が北朝鮮の友軍として参加したが、この予言はそのことを言っているのではない。
中国軍の朝鮮侵攻を語っている。

朝鮮戦争の時には北朝鮮軍は、一時釜山目前にまで迫ったが、この予言では、ソウルを分断して流れる川である漢江以南を中国軍(東北部が主体)が侵すことはないとする。

要するに北朝鮮領内が戦場となるとみている。そうなると自国領内で核は使用しずらいので、生物化学兵器が使用されるだろうから、『その時疾兵(病)が猛襲』するとは、猛烈な生物化学兵器戦のことか。米軍は当然参戦するが、ほとんど戦闘らしい戦闘もなく、引き上げるということになろうか。

時しも3月の草木の芽吹く頃。日本の最終戦については、出口ナオ、出口王仁三郎には別の予言があるが、『3、4月』『8、9月』

朝鮮の動乱が日本に連動するかどうかは神のみぞ知る。
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人を愛で慈くしむとも天地(あめつち)に

2017-03-18 05:53:51 | 古神道の手振り
◎おそるるなくば道にさからふ

出口王仁三郎の霊界物語第三巻余白歌をしみじみと読む。

1.生活
形ある宝に眼(まなこ)くらみなば
罪に汚れし身となりぬべし
(第二十二章)

人を愛で慈くしむとも天地(あめつち)に
おそるるなくば道にさからふ
(第二十二章)

味気なき舌の剣や大砲(おほづつ)は
万(よろづ)のあだを招き集むる
(第二十二章)

苦しみて数多(あまた)の人に使はれて
始めて人を使ふの道知る
(第二十九章)

2.神威
和妙(にぎたへ)の綾の聖地に召めされたる
人は伊都能売(いづのめ)みたまなりけり
(第三十三章)

奴婆玉(ぬばたま)の闇に御魂(みたま)を汚したる
ひとを清むと伊都能売の神
(第三十三章)

根底までおちたる人を救はむと
ミカエルとなり現(あ)れし伊都能売
(第三十四章)

3.信仰
神殿(かむどの)に神は在(ま)さねど人々の
斎(いつか)むたびに天降(あも)りますかも
(第十八章)

皇神(すめかみ)の恩頼(みたまのふゆ)に報いむと
直心(まごころ)かけて拝(をろ)がむ斎庭(いみには)
(第十八章)

国々の神の政(まつり)を知食(しろしめ)す
生国魂(いくくにたま)の御勲功(みいさを)著(しる)きも
(第十九章)

久方の天津御神(あまつみかみ)の御心(みこころ)は
人の魂(みたま)の基(もとゐ)なりけり
(第二十三章)

肝向(きもむかふ)人の心は天地(あめつち)の
神のまにまに動きこそすれ
(第二十三章)

反(そむ)きたる人も吾が子の如くして
神は恵みに活かせたまはむ
(第二十六章)

命まで道に捧ぐる心あらば
如何なる事も叶はざらめや
(第二十九章)

天津神依(よ)さし給ひし真心も
省みせずば曲津霊(まがつひ)とならむ
(第三十一章)

年若き時より神と呼ばれたる
人の世に立つ五六七(みろく)の神代(みよ)かな
(第三十二章)

何もかも知りつくしたる人の子の
出づる五六七(みろく)の御代ぞ待たるる
(第三十二章)

蹴落とされ踏みにじられて世のために
つくせしひとは真の神なる
 (第十六章)

4.救世主としての出口王仁三郎の述懐

斯(この)道の蘊奥を深く究めたる
人のひらきし三五(あななひ)の教(のり)
(第十七章)

逆(さかしま)の世に悩みたる人草を
生いかさむとして天降(あも)りし神子(みこ)はも
(第十七章)

天津空(あまつそら)ゆ地上のために降くだりたる
ひとの子独り世を偲び泣く
(第十七章)

敷島の道開きたるひとの声は
天地四方(あめつちよも)に鳴り渡るなり
(第二十一章)

皇国(すめくに)のために誠を尽したる
人の子攻むる世こそ歎(うたて)き
(第二十一章)

背に腹を替へて斯(こ)の世に降りたる
人の子攻むる世こそ歎(うたて)き
(第二十二章)

軒ゆがみ壁の落ちたる人の家に
産声あげし瑞御魂(みづみたま)かも
(第二十四章)

高天原(たかあまはら)紫微の宮より降くだりたる
ひとつの魂(たま)ぞ世の光なれ
(第二十七章)

千早振る神の任(よさし)に天降(あも)りたる
人の御魂(みたま)は顕幽に照る
(第二十七章)

腹借て賎ケ伏家(しづがふせや)に産声を
あげたるひとの神の子珍らし
(第三十六章)


神のまにまに』とは神意、天意のままにという神聖な言葉、諸外国にはこうした言葉はあるまい。

『命まで道に捧ぐる心あらば』というのは簡単だが、そこまでやれる準備ができた人だけが、無限の光明に入る。これは最終ステージの直前にある人のための言葉。

現代は、人口が増えたが、『蹴落とされ踏みにじられて世のためにつくせしひと』があまりにも多くなりすぎた。それが黙示録の『叫び』になっている。
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海馬切除と記憶

2017-03-17 05:36:43 | 冥想アヴァンギャルド
◎過去記憶は残る

1953年コネチカット州ハートフォード病院のスコービル医師は、重度のてんかん患者ヘンリーの海馬を吸い出した。

『手術から数日のうちに、ヘンリーの発作が極端に減ったことがはっきりした。また、何かを記憶する能力が失われたこともはっきりした。

新しい看護師が自己紹介をして、五分経って戻ってくると、ヘンリーには、それがもう誰だかまるでわからなくなっていた。自分の母親のことはわかったが、手術の日以降に新たに知った人や物事は、まったく記憶にとどめることができなかった。

五〇年経った今日でも、ヘンリーの状態は変わっていない。彼は、かなり高齢とはいえ存命であり、MITの近くの介護施設で暮らしている。母親は一九六〇年に他界したが、今でもヘンリーはそのことを聞くたびに新たな涙にくれるという。

いつでも、はじめて母の死を知らされたと思うのである。彼の頭の中ではいまたにトルーマンが大統領であり、施設の中で新しい人間関係を作ることができない。人の顔かたちや声を記憶できないのである。顔と声という、人に安らぎを与える本質的な要素を。

ヘンリーに安らぎはない。』
(心は実験できるか 20世紀心理学実験物語 ローレン・スレイター/著 紀伊國屋書店P318から引用)

ヘンリーは認知症のように新規の記憶は保持できない。しかし、過去の記憶は有しているので、海馬を取り去ったとしても過去の記憶はどこかに保持されている。それは、どこだろうか。だからといって、脳が精神活動のすべてを行っていると考える現代科学にその解があるとは思えない。

さてヘンリーに安らぎはなかったのだろうか、あったのだろうか。

トランスも深くなると、完全に社会的なことを忘れる状態があり、自分は誰?の状態がある。それはでもある。そうした社会性の喪失は絶対的孤独感と並存するのだろう。
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人の将来を予言する

2017-03-16 05:47:05 | 超能力・霊能力
◎簡単に信じない風潮

出口王仁三郎が人の将来を予言している。

第一次大本事件は、大正10年2月12日に出口王仁三郎の検挙で始まった。この日は奇しくもダンテス・ダイジの誕生日。

大本事件の現場の総指揮をとったのが、京都府警察部長藤沼庄平。

出口王仁三郎は、この事件の1年前には自分が検挙されることを承知していた。

『官憲と争うてみても今更はじまらぬ。和の精神を本にしてなりゆきにまかしたのだ。検挙の日がわかっていたから、綾部をぬけだして大阪に来ていたのだ」。また「藤沼は純朴な一徹者だ。大臣にまではならないが、警視総監や知事くらいには出世するだろうよ。

藤沼は王仁のためには恩人や。大本を大掃除してくれたのやからな」と語ったという近藤保雌談)。

余談になるが、藤沼は茨城県・新潟県・東京府知事および警視総監を歴任して第二次大本弾圧直後の広田内閣で書記官長をつとめたが、ついに大臣にはなれなかった。』
(大本教事件 出口栄二/著 三一書房P25から引用)

本物のクンダリーニ・ヨーギの実力では、こんなことはお茶の子さいさいだが、信じない人は信じないだろう。

最近世の中が悪くなって簡単に信じないことをよしとする風潮だが、ますますまともな求道者はやりにくいことである。

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故郷を持たぬものの故郷

2017-03-15 05:52:59 | 究極というものの可能性
◎予感

時代は極まらないと、反転しない。反転し始めるというのは、既に反転のためのエネルギーがあふれ出て、誰にも止めることのできない状態になってしまっているということ。

戦争、核戦争が起こるというのも人間の神から遠く離れた行為が積り積り過ぎて、人間自らの手で急速に火と風で破壊しないとならないというモーメンタムが、戦争を発火させるところまで高まってしまっているということ。

前夜というのは、何も起きていないように見えるかもしれないが、耳を澄ましあらゆる音を聞き守れば、起きつつあることを感じ取ることができるかもしれない。


19世紀末頃のヘルマン・ヘッセの詩。
『サラサーテ

遠い翼にのって歌が飛んでゆく
そしてもうひとつ、最後の調べが
その後を追って流れ、高まり、逃げ去った―――
ああ、僕は泣きくずれてしまいたい
玩具をほしがって泣く子供のように

歓呼の声の高まりの中で
僕は未知の世界の息吹を
いつまでも心に味わっている
すでに子供の僕があこがれ求め
熱い腕に抱きしめたものを

それは別の世界から吹きくる息吹
夜ごとに燃えさかる熱い炎で
僕の熱っぽい目を呪縛するもの

故郷を持たぬものの故郷
太陽のように灼熱する芸術の国』
(ヘルマン・ヘッセ全集16 [全詩集]/ ヘルマン・ヘッセ/臨川書店P15から引用)

最後の調べが終わった空虚さとその感興の高まりは、彼を故郷を持たぬものの故郷の息吹にまで触れさせた。
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万物は行き、万物は帰って来る

2017-03-14 05:42:05 | 現代冥想の到達点
◎存在の輸は、永遠に回る

ニーチェのツァラトゥストラにおいて、ツァラトゥストラは、7日間寝床で横になったまま食べることも飲むことも欲しなかった。その周囲に動物たちが集まってきている。

期せずして、次の叙述は、第六身体たる本尊、アートマン、本来の自己の属性をすらすらと表現する内容となっている。

『わたしにとって、どうしてわたしと切り離された外部の世界などあり得よう?外部の世界は存在しない!だがわれわれは、言葉の響きを聞くたびに、ついそれを忘れる。忘れるとは、何と愛すべきことだろう!

どの事物にも名前が贈られ、響きが授けられているのは、人間がそれによって事物を楽しみ、気晴らしをするためではないか?語ること、それは美しい痴れごとだ。語りつつ、人間は万物の上を舞って
行く。

およそ語ること、そして響きが醸し出すすべての嘘は、何と愛すべきものだろう!音調を響かせながら、われわれの愛は、七色の虹を渡って舞って行く。」――――

――― 「おお、ツァラトゥストラよ」と、動物たちは答えて言った。「われわれのように考える者にとっては、万物は、進んで輪舞を舞ってくれる。万物は寄って来て、手を差し伸べ、笑い、逃げ去り――そしてまた帰って来る。

万物は行き、万物は帰って来る。存在の輸は、永遠に回る。万物は死に、万物はふたたび花咲く。存在の年は、永遠に巡って駆ける。

万物は潰え、また新しく接ぎ合わされる。存在の同じ家は、永遠に建立される。万物は別れ、万物は再会する。存在の指環は、永遠におのれ自身に忠実だ。

すべての剥那に、存在は始まる。すべての《ここ》の周りを巡って、《あそこ》の球は回転する。到るところが中心だ。永遠の道は曲線なのだ。」―――

「おお、お前たち道化師よ、手回し風琴よ!」とツァラトゥストラは答えて、またほほえんだ。
「何とお前たちは、よく知っていることだろう。この七日のあいだに成就されなければならなかったことを。――』
(ニーチェ全集 第1巻 ツァラトゥストラはこう語った  ニーチェ/白水社P322-323から引用)

第六身体の属性とは、世界は一つであり、自分と外部が切り離されたものはないこと。そして外部の世界などない。

万物は往還し、永劫に回転を止めることはない。万物は滅び再生され、万物は出会い別れる。

ここは、サヴィカルパ・サマーディ(有分別三昧)の表現であって、第七身体であるニルヴィカルパ・サマーディ(無分別三昧)ではない。
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禅僧と自殺

2017-03-13 04:59:22 | 丹田禅(冥想法8)
◎禅では日常的風景

一昨日記事では、禅僧の自殺が相次いだ。

火による自殺が、慧春尼、霍山の景通禅師、入水自殺が、華亭の船子和尚。

自殺は、戦後日本では、自殺を認めないキリスト教や、人間の命は地球よりも重いと言った裁判官の影響からか、ひたすら良くないこととされ、タブー視されている。

これに対してはいくつかの視点がある。まず一般人の自殺と覚者の自殺は違うということ。同じ出家修行者でも未悟の者の自殺と既に悟った者の自殺は異なるということ。

一般人と未悟の修行者では、うつ病などの精神病にあっては、自殺する場合があるのは知られている。

一方既に悟った者の自殺は、生死自在の一つの展開にすぎない。

事実禅語録では、盗賊に斬られて大声を出して死んでいった巌頭や、毒を飲まされた達磨、立ったまま亡くなった三祖僧さんなどと自殺した禅僧たちは同列である。

社会通念で言えば、日本でもつい戦前までは、責任あるものが割腹などで自殺をすることは決して悪いこととはされていなかった。西郷南洲の敗戦での自決、乃木希典の殉死、第二次世界大戦での敗戦に際しての陸軍大臣阿南惟幾の自決。そして玉砕命令や特攻とは敵との戦闘はあるものの(集団)自殺みたいなものと考えられる。

生命が大切なことは勿論だが、このように日本はついこの間まで、死を忌避せず、生もあれば死もあるという当たり前の人生観を持つ社会だった。今は死を無視し、死に向き合わないことに頑迷であり、自殺に対してあまりにもヒステリックな反応をする社会になってしまった。
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ゲーミフィケーションのやる気スイッチの害

2017-03-12 06:44:48 | 冥想アヴァンギャルド
◎教えてくれないでありがとう

人のやる気を引き出すゲーミフィケーション。ゲーミフィケーションでいう動機付けとは「やる気スイッチ」のことである。

やる気を外発的に引き出すのは、冥想修行的には害があるものだ。

禅語録を見ると、悟った禅僧が、「いろいろ教えてくれなかったことをありがとう」などと感動の内に大感謝しているシーンに出くわすことがある。こういうのを見た時に最初のころは面妖な気分だったが、最近はさもありなむというところだ。

一休の和歌、

釈迦といふ いたづらものが世に出でて
多くの人を迷はするかな

は、そうした消息を伝えている。釈迦が余計なことをいっぱい喋ったおかげで後世の人が右往左往しているというもの。

芥川賞作家でお笑い芸人の又吉が、執筆用にホテルでなくて、バス・トイレ共同のアパートを借りたが、その理由は「余計なことをしないため」。やる気温存目的だが、こういう自発的なのは良い。

『人を動機づける方法はいく通りもある。そのひとつが、実際的な課題を与えてつぎつぎにレベルアップするよう励まし、感情に訴えて、目標達成のために精一杯やろうという気にさせる方法だ。

これこそ、ほかならぬゲーミフィケーシヨンの特徴だ。ゲーミフィケーシヨンの本質とは、人を感情のレベルでやる気にさせ、目標を達成できるよう動機づけることなのだ。』
(GAMIFY -エンゲージメントを高めるゲーミフィケーションの新しい未来- ブライアン・バーク/著 東洋経済新報社P34から引用)

この著者は人のやる気を感情型と取引型に分類しているのだが、取引型とは、何時間この仕事をすれば給料がもらえるみたいな契約履行みたいなもの。これは心理的には意識サイドであって、これに対して感情型やる気は感情だから無意識サイドの操作。

オウム真理教は、取引型のやる気によって殺人までさせた。

やるべきことをやることで得られる報酬が外的か内的かによってやる気に違いがあり、外的報酬だと、短期的にはやる気が持続するが長期的にはやる気が低下する。一方内的報酬だと、やる気が長続きする。

「モチベーション3.0/ダニエル・ピンク著/講談社」によると、内的なモチベーション(やる気)は、以下に3分類される。

(1)自律性(Autonomy)自分の人生を自ら導きたいという欲求
(2)熟達(Mastery)自分にとって意味のあることを上達させたいという衝動(3)目的(Purpose)自分の利益を超えた何か大きなもののために働きたいという憧れ

(GAMIFY -エンゲージメントを高めるゲーミフィケーションの新しい未来- ブライアン・バーク/著 東洋経済新報社P38-39から引用)


この内的モチベーション3分類は、まさに冥想修行者、求道者のモチベーションそのものであって、そういうものまでメリデメ、金儲けにまで利用する時代になったかということで、改めて末世の感を深くする。

感情レベルの報酬とは、やりがいのことである。やりがいをかきたてたり、やりがいの方向性を変えることを洗脳ともいう。

ゲーミフィケーションは、洗脳の一種ではあるが、洗脳が解けた後のリアクションを考えれば、安易に洗脳に乗るわけにはいかない。

どうすれば洗脳されないで、クリアにナチュラルに生活できるのだろうか。まずスマホを見ない、テレビを見ない、ネットを見ない、電車に乗ったら車両の動画画面を見ないというのが、安直な方法だ。だが、それは、社会人とか、学生とか、主婦であっても相当困難な生き方だ。

よって現代人は、迷いの生活のうちに悟るという困難な道筋をたどらねばならない。
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慧春尼

2017-03-11 06:38:43 | 丹田禅(冥想法8)
◎周囲に理解者なし

室町時代のこと。慧春尼は、相模の糟谷の人で、物凄い美人だった。兄が小田原・最乗寺(曹洞宗)の開山である了庵慧明。

彼女は、女ざかりの若い時期に男に興味を持たず30歳を超えてしまったのだが、ある日、最乗寺に兄了庵を訪ねて出家したいと切り出した。兄が断ると、慧春尼は鉄火箸を真っ赤に焼いてそれを顔に縦横に押し当てたので、兄も出家を認めざるを得なかった。

禅寺での修行に入ってからも、彼女の美貌の面影を慕う男性は引きも切らず、さる男僧は、彼女の袖に長い恋文を投げ入れた。

慧春尼は即座に「とてもおやすい御用です。但しお互いに僧の身の上なので、世間並みにデートすることもできない。あなたと会いたい場所は甚だ険難な場所なので、あなたは約束通り来て思いを遂げることができないでしょう」と意味深な返事を書いた。

了庵禅師が上堂して、一山の全員が集まって水を打ったように静まっているところに、突然衣を脱いで素っ裸になった慧春尼が出てきて、ラブレターの男性を指さして、「約束は守るから、さあ今ここで、さあさあ。」と招く。

禅師も師匠もあっけにとられたが、かの男性は、脱兎の如く山を逃げ出した。

この脱俗ぶりは、臨済の同僚の普化もびっくりだが、臨済も普化のことをやりすぎだとなじったことがあるが、なぜ普化がそうなのかをちゃんと理解していた。

一方慧春尼は、周囲に彼女のことを理解してくれる同じ境涯の人物がいなかったようだ。つきまとって修行の邪魔になるストーカー僧はいたが。兄も今一つだったようだ。

さて最乗寺山門前の大岩に薪が山と積み上げられた。慧春尼は、自ら周りの薪に火をつけ、薪の中央に坐った。

これにうろたえたのか、兄の了庵は、「熱いか、熱いか。」などとわかりきったことを問うのに対し、彼女は「冷熱は生道心にはわからぬ」と。・・・・最後まで誰も彼女のことをわからなかった。


同じ火定では、霍山の景通禅師は、仰山との問答が残っている人だが、正午に自ら蝋燭をとって薪の上に上り円光相を示し、紅炎の中に降魔の勢いを示したという。

甲州恵林寺の快川禅師が、山門楼上で織田信長に焼かれて、「安禅必ずしも山水を用いず、心頭滅却すれば火も亦た涼し」と云ったのは、受動的に火に焼かれたものであり、上記2例とは異なるように思う。

華亭の船子和尚は、悟りを得た弟子をゲットできたので、自分で船を転覆させて死んだ。

これらは、死にざまを自由にするということだが、生死を超えるという本来の意味は、死にざまだけのことではないだろう。

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