アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

一休 鴉の声を聞き反省あり

2017-01-23 05:25:59 | 丹田禅(冥想法8)
◎森女との爛れた愛の生活を鴉が笑う

一休禅師の狂雲集538番より
『鴉(からす)を聞き省あり

豪機(ごうき) 瞋恚(しんい)識情の心
二十年前 即今に在り
鴉は笑う 出塵の羅漢果
日影玉顔の吟(ぎん) 奈何(いかん)せん』

大意:
鴉の声を聞き反省あり
荒々しい心や怒りや欲情は、大悟徹底した20年前と変わらず今ここにある。
鴉は、この俗塵を超えて一休が羅漢果を得た(悟った)ことを笑う
盲目の森女が日光の中で詩を吟ずるのをどうしようか。


一休は2度大悟したが、そのうちの一回はカラスが鳴くのを聞いて大悟した。大徳寺開山宗峰妙超は、大悟の後聖胎長養20年を命じられ鴨の河原で乞食生活に入った。一休は77歳で盲目の森女と同棲し、愛欲を尽くしているので、大悟20年というのは、実際の20年でなくシンボリックな20年とみる。

狂雲集では、この詩の前後に森女との爛れた愛の生活の漢詩が並ぶ。

悟っても、働かねばならなかったり、炊事洗濯掃除など家事をしないといけなかったり、愛欲に溺れたりしなければならなかったりするが、それはその人が本当にその人らしい人生を送るというもう一つの姿。人間だから人間の面は残る。
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ストレスを呼気と共に排出

2017-01-22 07:06:00 | 冥想の準備
◎複数ボディでの同時呼吸

最近通勤時で座れる時には、完全呼吸法をやっている。通勤時でも呼吸しているので、通勤時に呼吸法は時間の有効利用ではある。完全呼吸法そのものでなく、最初の息を吐きだすところで心の中でオームを唱えながらあらゆるストレスを呼気に乗せて出すようにしている。

※完全呼吸法(丹田呼吸法)
1.意識を丹田(へそのやや下)において腹をひっこめ、息を十分に吐きだす

2.1~2秒息を止めてから、腹の力をゆるめる。すると自然に鼻から息が入り、腹が少しふくれる。)

3.胸を広げ、まず胸の下部分に息を入れ、次に真ん中とだんだん上方に息を入れていき、最後に肩を上げ、胸の上部にまで一杯に息を入れる。息が胸に滿ちるにつれ、腹は自然に少し引っ込む。意識は、息で膨らむ部位とともに上へ上へと位置を変えていく)

4.しばらく息を止め、やがてゆっくり息を吐く。まず腹がすぼまり、次に胸の下部、中部、上部とすぼまりながら、完全に吐く。 意識をすぼまる部分にそって移動させる。


この呼吸法も3分くらいでは自律的な深い呼吸には移行せず、10分くらいやると深い呼吸に切り替わる。

仕事中つまり意識的活動を行っている時は緊張を強いられるものであり、「気が抜けない」。仕事中に「リラックス」せねばなどと思おうものなら、仕事の手順も密度もばらばら疎漏になり、仕事的には良いことはない。

ところがこうした交感神経系優位の時間をあまり長時間持続することは、身体にダメージを与える。よって適度に副交感神経系優位の時間を作らないと、自律神経失調症になったり胃をやられたりする。

年齢的なものもあるが、こうしたフィジカルなものも取り入れていかないと、メンタルにも影響の出やすいデリケートな時代になってきた。

道教の行気、服気では、吸気の側に重心が置かれているが、ハタ・ヨーガの呼吸法では、まず呼気に重点と若干相違があるように思う。

このまがまがしき時代のストレスをまず吐き出さなければ,リラックスも清新な外気の取入れもないだろうというのは、生身の体感である。ストレスをたっぷり溜め込んだままでは、新たな宇宙エネルギーが入っていく余地もあるまい。

呼吸は酸素を吸い二酸化炭素を放出するだけではない。人は肉体で空気を呼吸し、エーテル体で気を呼吸し、アストラル体で好悪などの感情を呼吸し、メンタル体で想念を呼吸する。オームを唱えるのは複数ボディレベルで効く。
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上徳は無為にして、以って察し求めず

2017-01-21 06:56:47 | ザ・ジャンプ・アウト
◎上閉はアートマン、下閉はニルヴァーナ

内丹の最初の聖典である周易参同契上巻第六章から。

『上徳は無為にして、以って察し求めず。下徳はこれを為して、其の用を休まず。

上閉は則ち有と称し、下閉は則ち無と称する。無は以って上に奉ずる,上に神徳の居あり。此の両孔穴の法は、有無また相須(ま)つ。』

上徳は、無為だからニルヴァーナ。下徳は、有だからアートマン。アートマンのレベルで神徳が展開する世界もある。

それからチャクラ論になって、両孔穴とは、ブラフマランドラ(サハスラーラ・チャクラ)とムラダーラ・チャクラを指すのが常道。

上閉は、アートマン。下閉はニルヴァーナなので、両閉においては上下逆転させている。この上下逆転はタオの側からすればいわば定番の表現。逆転させないと人間を出ることはない。

したがって上閉はムラダーラ・チャクラを指し、下閉は、サハスラーラ・チャクラを指す。

周易参同契の著者魏伯陽は、相当な実力の持ち主であるが、この世界樹世界逆転の表現をことさらに用いるほどの水準にあったわけだ。
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本当の相は、相がないものである

2017-01-20 05:32:58 | 只管打坐
◎只管打坐、随息観も方便

原田雪渓禅師の12月の臘八接心時の講話から。

『禅という一つの窓口ができてから、いまのような只管打坐、あるいは随息観というような言葉が、生まれました。しかし、仏教全体では、「実相は無相なり」といっています。

「本当の相は、相がないものである」ということを、よく承知しておいていただきませんと、大きな間違いを生じます。したがって、私たちがいま参じている只管打坐、随息観という坐禅も、無相に至るまでの方便であります。

只管や随息を消滅させていくように坐がなくなるように坐ってください。』
(THE 禅/原田雪渓/柏樹社P127から引用)

只管打坐の機能と位置づけについて、「実相は無相なり」といきなりストレートをど真ん中に投げ込んできている。しかしながら只管打坐も随息観も方便であるから、方便はなくなるように坐って下さいと悟後の態度と方向性までアドバイスしてくれている。

この辺が、わかったようなわからないような説明をする凡俗の師匠とは全く異なる面目の禅師だと思う。

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キリスト教的合気道

2017-01-19 05:31:28 | 冥想の準備
◎天意、神意が合気として展開

広島県三原の隠遁者エスタニスラウ・マリア・ヨパルト神父は、キリスト教的合気道もやっていたらしい。

最近これについて何か書いていないかと、以下3冊を読んだ。保江邦夫さんと佐川邦夫さんは同一人物。
『合気開眼 -ある隠遁者の教え 保江邦夫/海鳴社』『魂のかけら/春風社/佐川邦夫』『唯心論武道の誕生/保江邦夫/海鳴社』

残念ながらどういうアドバイスを受けたかについては、この本に書いてなく、スペインのモンセラートの修道院のそばで合気道みたいな格技を修道士がやっているのを目撃した程度のことしかかいていなかった。

またある霊感のある女子大生が組手を見た時に、技がかかる瞬間に合気をかける側のエーテル体らしきものが相手を包みこみ、次に相手が倒れるなり飛ぶなりするのに驚いたという部分がヒントかもしれないと思った。

植芝盛平は、自分の側のエーテル体については、ほとんど書いてはおらず、大本教の世界観に基づいた合気の運用については盛んに述べていた。

要するに植芝盛平は、天意、神意が合気として組手の中に展開するのが合気道だとし、そこに恣意の入る余地はないことを強調していた。合気は技が始まる寸前にエーテル体が伸びあがって相手を包み云々というメカニズムなのかもしれないが、ここで、そういう神秘生理学の技術論の解明に進むのでは合気の奥義はつかめまいと思う。

一時合気道本をまとめて読んでいた時期があったが、それから受けた印象としては、
1.合気道には攻撃技は本来ないようだ。受動技のみ。
2.戦前の軍国主義の時代に、敢えて攻撃的技も含んで軍部に協力していた時代があったが、それは植芝盛平にとっては心のしこりとなっていたようだ。
3.終戦後、彼の高弟の何人かは攻撃的技を封印せずにそれも「合気道」として広め続けている。

もっとも以上3点については、はっきりとそうだとは著書には書かれてないのではあるが。

戦後の合気道家の中にも、身体の中心点を感得し、正統的な合気道を継承できている人もいるのだろうと思うし、三原のヨパルト神父のような高徳のキリスト者もこれに類した格技を扱うのをみると、日本の武道の清流はまだ流れ続けているのだろうと思う。
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聖女ラービア・アダヴィーヤが神人合一を語る

2017-01-18 05:37:31 | 究極というものの可能性
◎己を無とし神の中に消滅する地点へ

イスラームのラービア・アダヴィーヤは、8世紀の人。

『導師アブー・アリー・ファールマディーが伝えるところでは、彼女は時が来ると、砂漢に向い、七年間、方々を放浪してからアラファート(巡礼の際一日を過ごすメッカの丘)に着いた。すると天界からの声がした。

「妄想に憑かれ要求ばかりする者よ。おまえにとりついたのは何という欲求だ。もし望むのであれば、我は己の姿を顕現させるが、そうすれば、たちまちにおまえの身は融けて無くなろうぞ」

ラービアは答えた。
「栄光の主よ。このラービアには、それほどまでの力の蓄えはございません。けれども、己を無とし神の中に消滅する地点を望みます」

天から叫び声がした。
ラービアよ、己を無とし我と合一する地点は、我が人間たちが歩む途上に配した我が怒りの干魃なのだ。そこでは、我が合一に、髪の毛の先ほどの距離もないところまで到達したものが、すべて元に戻り、別離へと変わることとなろう。

おまえはまだ、おまえ自身の我執からなる七十のヴェールの中にいるままだ。そうしたものすべてから脱却し、我への道に足を踏み出し、この七十の階梯を通過せぬうちは、我が合一を語ることなどできぬ。さもなくば見るが良い」

ラービアが目を凝らすと、血の海が空中に揺曳しているではないか。
天界の声がした。

「あれは我との合一を求めて訪れた、我が恋する者たちの心痛の鮮血だ。彼らは、最初の階梯の宿所で絶命してしまったのだ。彼らは、二つの世界のいずれの階梯にも、自らの名と、所在の印を得ることができなかった」』
(イスラーム神秘主義聖者列伝/ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール/国書刊行会p59-60から引用)

日本でも死の直前に悟る臨終正念が言われ、OSHOバグワンも悟ると同時に亡くなる人が少なくないことを語る。それはイスラームでも同様。

神人合一を為した者だけが、神人合一を語る資格があるが、それは並大抵のことでない。ここでは、最初の階梯の宿所で絶命すると、天界にも地上にも自らの名と、所在の印を得ることができないとし、単純なマンツーマン輪廻観でない死後のプロセスを披歴している。

その心痛の血はそこからいずこにか流れていくのだろうか。
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連合国の中国侵攻

2017-01-17 05:21:29 | 古神道の手振り
◎れん合の国の軍は強くとも

出口王仁三郎の予言歌『いろは歌』から。

『れん合の国の軍は強くとも、心は割れて四ツ五ツ、いつか勝負の果も無く、力は既にイングリス、艮に以太利て雨りかの、フランス跡に地固めの、望みもつきてカイゼルの、甲斐なき終り世の終り、金も兵糧も尽き果てゝ、互に臍を噛みながら、

猶ホ凝りづまに向きを替ヘ、良き支那物を奪はんと、命限りに寄せ来る、

其時こそは面白き、茲に仁義の神の国、豊葦原の足に掛け、蹴え放ららかし息の根を、絶ちて悪魔を絶滅し、世界一つに統べ守り、祭政一致の神政を、天地と共に楽まむ。』

登場してくる国名は、イギリス、イタリア、アメリカ、フランス、ドイツであり、この前半において連合国対枢軸国?の戦争がフランスなどの欧州を舞台に繰り広げられるが、同床異夢の連合国の聯係は、その思惑の相違により次第にうまくいかなくなってくる。そうした泥沼の膠着状態の中で、戦線の鉾先を中国に向けて欧米連合が全力で寄せてくる。

この時の酸鼻な戦闘の惨禍は叙述していないのは、言霊家なればこそ。

おそらくこの次の段階で全世界の武装解除が起こらねばならない。
そうでないとこの予言の最後にある世界統一と神政の実現はない。

そして大地殻変動は、こうした人為の動き(世界戦争)と連動して同時に起きるとは限らないのだろう。

その時、我が日本国は、悪魔を絶滅し、世界統一をなして、七福神と宝物を満載した宝船がやってくる。その時日本人の何パーセントが準備ができているのか。

戦争の噂は絶えず、アジア、中東、欧州とどこでも戦争が起きる可能性は高まっているが、最後のホンチャンはやはり欧州大戦なのだろう。
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フィリポによる福音書の復活

2017-01-16 03:43:28 | 密教
◎永遠のアイオーンへと昇る

以下は、グノーシスの文書であるが、濃厚にエジプトの密教的思想を受け継いでおり、悟りを自我の死と復活として、いわば自明のものとして位置付けており、生前での冥想修行による死からの甦りを推奨している。

『断章72 フィリポによる福音書 §63a(第二巻81頁)

われわれがこの世の中にいる限り、われわれにとって益となるのは、われわれ自らに復活を生み出すことである。それはわれわれが肉を脱ぎ去るときに、安息の中に見出されることとなり、中間(=死)の中をさまようことにならないためである。


断章73 フィリポによる福音書 §90a(第二巻94頁)
「人はまず死に、それから甦るであろう」と言う者たちは間違っている。もし、初めに、生きている間に復活を受けなければ、死んだときに何も受けないだろう。

断章74 復活に関する数え§14-16(第三巻301-302頁)
それだから、わが子レギノスよ、復活に関して決して疑うことがないように、もしあなたがかつて肉を備えて先在していたのではないとすれば、あなたはこの世界に到来したときに肉を受け取ったのである。

とすれば、どうしてあなたはあの永遠のアイオーンへと昇ってゆくときにも、肉を受け取らないであろうか。肉よりも優れたものが、肉にとっての生命の原因となっているのである。

あなたのために生じたものはあなたのものではないのか。あなたのものであるものは、現にあなたとともに在るのではないのか。

(以下略)』
(グノーシスの神話/大貫隆/岩波書店P162から引用)

アイオーンとは万物を指すとすれば、アイオーンに昇っていくとは、アートマンとの合一を指し、密教において典型的な「体験とはいえない体験」のことを指し、
正統的教説であると思う。
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雨中看杲日 火裏酌清泉

2017-01-15 06:33:41 | 丹田禅(冥想法8)
◎二元にありながら非二元を生きる

雨中看杲日 火裏酌清泉(うちゅうにこうじつをみる かりにせいせんをくむ)は、元代の禅語録聯頌集が出典なのだろう。

雨という汚辱の世界に太陽が燦々と輝き、轟轟と燃え盛る欲念の炎の中で清涼な泉の水を飲む。

太陽も泉も絶対の側であり、永遠であり、時間のない世界。

雨あるいは炎に象徴されるともすれば絶望にさいなまれがちな自分にあっても、万古不壊なるものを持ちながら生きる。

二元にありながら非二元を生きる。
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王重陽

2017-01-14 07:11:54 | 道教
◎活死人墓で修行

王重陽は、道教の全真教の開祖で、12世紀の人物。
陝西省咸陽の出身。

最初は、高級官僚になろうとして文官試験を受けたが不合格となり、28歳のころすべり止めの武官試験に合格した。しかし、咸陽郊外の甘河鎮という辺境の酒税監(酒税徴収の監督官)という閑職にしかつけなかったので、失意のうちに生活が荒れ、親戚や郷里の人々は、この様子を嫌って、「王害風」とあだ名したといわれる。47歳になっても小役人のままであった。

48歳の時、陝西省甘河鎮の酒楼で、いつものように酒を食らっていると、髪の毛を伸ばしほうだいにした異様な顔つきの人物(異人)が現れ、しばらく王重陽の顔を見つめたすえに「あなたこそ教え甲斐がある」と言って、内丹の一道修真口訣を授けて去った。

翌年の中秋の夜、陝西省醴泉県の通りで異人を見かけ、あわてて近寄って礼拝した。二人は酒楼に入り、異人はそこで秘文を五つ取り出し、暗記したら焼却するようにと指図して去った。

後にこの異人は、中国道教のスーパースター呂洞賓とされる。この後王重陽は妻子を捨てて修行生活に入る。

王重陽は、終南山の麓の南時村に深さ4メートルの穴を掘り、それを活死人墓と名付け、王害風霊位という墓誌を掲げ、その中で冥想修行した。

2年半で金丹を得た(悟った)とされるが、常に瓢箪をぶら下げ、歌を歌いながら酒を飲み、農村や野原を乞食をして歩いた。

1163年彼は、活死人墓を埋め、劉蒋村近郊で布教を開始したがうまくいかず、1167年自宅に放火した。

驚いて火を消しに来た村人に彼が言うには、「私は東方に縁があり、そちらに赴く。三年後にこの家を建て直す人が出るだろう」と。

王重陽も真人である。呂洞賓も王重陽も科挙の失敗者であるのは偶然ではあるまい。

深い穴を掘って穴の底で修行するのは、丹波哲郎の本に出てくる四国のアストラル・トリッパーと同じだが、王重陽は社会的使命を帯びていたのが異なる。今道教でまともに残っているのはほぼ全真教だけのようだし。

彼には4人の高弟がいたが、いずれも一日一食でそれもうどん一杯程度の托鉢で修行したようだ。托鉢してもその程度がせいぜいだったのだろう。この時代も真剣な修行者であればあるほど、餓死のハイリスクと戦いながら、修行せざるを得なかったわけだ。

また呂洞賓は肉体でなくアストラルで法を伝授。
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鳥葬

2017-01-13 05:26:10 | 密教
◎リアルな肉体の消滅の目撃

チベットに行ったとき、鳥葬なるものがあると聞き、山間を走るバスから誰もいない山里に人と鳥が集まっているのがあれば、すわ鳥葬かと色めきたったことがある。

ネパールのムスタン地方は、先日NHKの紀行番組で紹介されていたが、ダウラギリ、アンナプルナに近い山岳地域であり、標高6千メートルに及ぶような峨々たる岩山の地域を遊牧する民族が住む。ここはチベットに隣接する地域であり、ダライラマのインド亡命後もCIAの支援を受けて1960年代にチベット解放ゲリラが活動していた地域。

岩山のところどころにポツンと城砦と町が点在し、なおかつ高地というものすごい地方。

鳥葬は、西蔵民族の風習。1970年代にムスタンに入った高橋照氏の「秘境ムスタン潜入記/東京新聞出版局」では、彼が鳥葬の一部始終を目撃し、仔細に描写されている部分がある。

鳥葬といえども葬式なのでラマ僧が主宰し、天に近い高い岩をその場に定め、読経の後、下僕が亡骸をその場にどさっと置く。

ラマ僧が祈祷中に下僕が竹笛を吹く。1、2時間ほどするとどこからともなく2、30羽のハゲタカが集まってくる。下僕は、法医学鑑定の解剖とおなじ手順で、最初に鳥が食べやすいように内臓を出し、頭蓋骨も骨も割る。しばらくすると岩の上には20~30cmの血の跡しか残らず、きれいに食べ尽くすそうだ。

この人は肉食したから肉食されたのか、他人の膏血を絞る生業をしていたからこうなったのかと邪推が起こるが、彼らにとっては風葬、水葬などと並ぶ葬式メニューの一つとして鳥葬があるのであって、鳥葬はラマ僧を呼ぶ分費用がかかり風葬、水葬よりも高価なのだそうだ。

肉体の死を観想する修行は洋の東西を問わずある。これは観想ではなく、リアルな肉体の消滅の目撃であって強烈である。

チベット密教は極めてシンプルに修行が進むといわれるのも、この荒涼たる風土と物の少ない生活習慣、鳥葬のようなダイレクトな儀式、こうしたものが相俟ってできあがってきたものなのだろうと思った。
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ヘルメース讃歌に見るヘルメース

2017-01-12 05:40:36 | 冥想アヴァンギャルド
◎天国と地獄での同伴者でもあり

ヘルメースはゼウスとマイアの子。
ヘルメースは、生まれた直後にアポローンの牛50頭を盗み、ゼウスの愛人イーオーの見張りの百目のアルゴスを殺し、アプロディーテーの黄金のサンダルを盗んだことで、殺しもやるわ(インドのクリシュナも同様)、盗賊の頭でもあるという芳しからぬ名声をも持つ。

ヘルメースは、ヘルメース讃歌の中で、「夢を司る者」と呼ばれ「ハーデースの館の正式な使者」(ハーデースは死の神)であり、

『これをもってわが讃歌も終わる
ポイボス・アポローンはこのようにマイアの息子を心寛き愛で愛し、
クロノスの子はヘルメースに恩寵を垂れ給うた。
あらゆる人間とまた神々と、この神は交わりを持つのだ。
彼が益をもたらすのはまれ、だが漆黒の夜を通して
際限なく彼は人間を欺くのである。』
(迷宮と神話/カール・ケレーニイ/弘文堂P169から引用)

東日本大震災の時に改めて思い起こされたのは、神は必ずしも人間の都合の良いように取り計らってくれるものではないということ。

ヘルメースの動きは、死の側も出入り自在、悪の側も出入り自在であり、そのことすらも天意、神意をはずすものではない。だから人間にとって無害とはいえないが、神というもの、世界というもの、現実とはそういうものではないかと気がつかせてくれる、それがヘルメースというトリックスターの役どころなのだと思う。

そこで天国と地獄を超える、神と悪魔の止揚という非二元の本来の立ち位置がここに示される。そこは、もはや人間の立ち位置ではないのだ。
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中国錬金術での五行と三尸

2017-01-11 05:37:02 | 錬金術
◎五行での火に克つ議論

中国錬金術の基本書参同契では、金属のできあがりは実のところあまり関心が払われていなかった。

セビンの「中国の錬金術と医術」によれば、参同契では不死を理解することと不死身になることとが別の段階であると認識されていたが、時代が下がって太古土兌経では、
『「もしある熱心な人がこのような五行のはっきりとした鋭い理解に到達したら、火に克つ議論に進んで、かれに金属変成の「道」(すなわち術)について話すことができる。

かれが五行のあらゆる面を悟ってしまったら、かれは釣りあいのとれた悟りの人になるだろう。そして三尸がかれの肉体を去るだろう」』
(中国の錬金術と医術/セビン/思索社P48から引用)

錬金術における卑金属は未悟の人、黄金は大悟の人。

正しい五行についての理解を観想法によって行うのか周天によって行うのか、坐忘によって行うのかはわからない。こうしてディテールである五行についてあらゆる面を悟れば、三尸が身体を去るという。

上尸は頭の中、中尸は腹、下尸は足にいて腰から上の病気を引き起こしたり、淫欲を好ませたりするという。三尸説から連想されるのは三丹田だが、肉体を去るイメージからすると三尸とはクンダリーニのことかもしれないと思う。

火に克つとは死に克つということだが、その時に火に表象されるメカニズムに錬金の奥義が秘められているのだろう。
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切紙神示と共に甦る孝明天皇の遺勅(予言)

2017-01-10 04:47:30 | 古神道の手振り
◎たまほこからみろくの世の光が始まる

『切紙神示と共に甦る孝明天皇の遺勅(予言)/誰も知らなかった日本史/出口恒/ヒカルランド』は、内容的には、孝明天皇の話は『幕末戦慄の絆/加治将一』にも出ている話が多く、目新しさはあまりなかったが、出口王仁三郎に関する部分では、新月の光を相当に参照しており、このブログと似たような読み方をしていると思った。

孝明天皇の神社について、気になったのは、玉鉾神社の場所のこと。玉鉾神社のある武豊町は知多半島の根っこに近く例の『尾張半田の分断』の半田の分断ライン上である点である。孝明天皇は、封印を置かれたわけである。

本書では遺勅によると伊勢と熱田の中間などと述べているが、実はそんな悠長なことではなく、まさに玉鉾神社は地球ロゴスののど元、新時代の天の岩戸として置かれたという印象を持った。たまほこからみろくの世の光が始まるのである。

孝明天皇は尾張半田の分断まで霊眼で確認したのではないか。そうであれば、アメリカが21世紀になっても『末に日本を取る悪だくみ』についても見たことになる。それだからこそ、徹底攘夷だったのではないか。

切紙神示の
『一、大日本の三山はミセン山、ヨツヲ山、ホン九山、

一、ヨツヲ山は世をツグカミ山、寺山へコム、十里四方神のミヤコトナル』の
弥山山、四尾山、本宮山はいずれも綾部。大本の人なら誰でも知っているのだろう。この二文は綾部が世界の都となることを示す。(だが、まずは、いまここ)

この本は全体として出口王仁三郎フリークでないと興味もわきにくいのではないかと思った。

出口王仁三郎はあまりにも巨大すぎて一般人には捕まえづらく、大本教の教義の大要も、悲しいかな裁判記録での出口王仁三郎の発言に多くを依ったところがあるのではないか。霊界物語は古事記の復刻という位置づけではあるが、基本は古神道の修行者(クンダリーニ・ヨーギ)が修行のおりおりにヒントがないか参考とする本でもあり、あまり何年にどんな事件があったことがどう書かれているということにこだわってもどうかと思った。

出口王仁三郎はいまだに信者に対し、アストラルでもって白昼あるいは夢の中で出現しアドバイスを与え続けているというが、これはキリスト教におけるイエス出現のようでもあり、改めて出口王仁三郎は真正の宗教家であると確認した


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ダンテス・ダイジの七転生を探る

2017-01-09 06:46:16 | 現代冥想の到達点
◎レムリアの愛人ナツノからスタート

それが他の人にとって意味のあることとも思えないが、ダンテス・ダイジは、地球では七転生と見られる。

最初はアトランティス以前のレムリア時代の4万8千年前のムー大陸。肉体はケンタウロスの外形であって、ナツノという名の高級娼婦として生きた。彼女は、聖王トースの何人かいる愛人の一人であって、トースはなかなか戻って来てはくれなかったし、ナツノ自身も覚醒してはいなかった。

アトランティスは3期あるそうだが、最初のアトランティスでは、悟りを求める求道者として一回。
アトランティス末期では、アトランティス密教の奥殿アメンティの13番目の超人として一回。ダンテスはこの当時の名前。
この時最後はアトランティス沈没直前にエジプトに脱出する。ギリシアも訪問する。

インドでクリシュナとして一転生。クリシュナはインド神話やバガバッド・ギータなどに広く登場。

中国唐代に一転生かも。

そして20世紀日本に一転生。布教期間は10年程度。彼を知っている人もまだ存命。

最後は21世紀にフロリダのビミニ沖に再浮上するネオ・アトランティスに出現予告(没後20年以上たっているから予告なのかどうか)。

これで合計7回。

中国での転生については、彼は中国では如意という名を用いているから私がそう思っているだけかもしれない。

日本の古神道では野立彦と彼は呼ばれているが、20世紀以前に彼の日本での転生があったわけではない。野立彦は、霊界物語の三神系の重要な役回りで登場してくるものの20世紀以前に日本での転生はなかった。
野立彦とはNODATEであり言霊返しするとこれはDANTEに返るのでダンテスに連なる。

聖者には2系統あり、まじめで組織引き締めタイプと遊び戯れるタイプ。彼は後者であり、後者に属するのは、荘子、一休、空海(あれだけ超能力使いまくるのは戯れの極み)、OSHOバグワン(コミューンを作ったが、信者ファーストで指導したという感じでもなかったような印象を受ける)、そしてダンテス・ダイジなどがいる。

ダンテス・ダイジは、自らの立ち位置を、ニルバーナの化身であり、全体性の至上の天国と極悪の地獄を自由自在に戯れるものと位置づけ、自分は神と悪魔とを止揚した「人間」だとする。

こういうことを言うと一般にはおどろおどろしい印象を与えるばかりでメリットは少ないし、かつまたこれが何を意味しているかを理解できる人間は、極めて少ない。

そしてダンテス・ダイジは、『すべてのものが、「」の流れの中で調和している世界こそ黄金文明である』と愛を中心に据えるが、あまりにも現代の諸相は愛から遠ざかってしまった。


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