長谷川三千子氏が唱えた少子化対策の「性的役割分担」にびっくりしました
小川たまか | ライター/プレスラボ取締役
2014年1月29日 4時3分■産經新聞記事の反響を朝日新聞デジタルが掲載
埼玉大学名誉教授であり、NHK経営委員でもある長谷川三千子氏が1月6日に産經新聞に寄せたコラム「年頭にあたり 「あたり前」を以て人口減を制す」が話題となっています。
掲載時、2000回以上ツイートされるほど賛否を呼んだコラムでしたが、1月28日に朝日新聞デジタルが「『女は家で育児が合理的』 NHK経営委員コラムに波紋」という記事でコラムに対する反響を取材。こちらの記事はすでに4700回以上ツイートされています。
長谷川氏のコラム内容と、これに対する賛否に関して、朝日新聞デジタルの記事を引用します。
出典:朝日新聞デジタル長谷川氏は6日に掲載されたコラムで、日本の少子化問題の解決策として、女性が家で子を産み育て男性が妻と子を養うのが合理的と主張。女性に社会進出を促す男女雇用機会均等法の思想は個人の生き方への干渉だと批判し、政府に対し「誤りを反省して方向を転ずべき」と求めた。 これに対し、ツイッターでは2千件以上の意見が書き込まれている。「時代に逆行」との反論から、「まさに当たり前の考え方だ」との賛意まで、議論が沸いている。
ツ イッター上での意見を補足すると、「正論だ」「これが世の中の常識」という賛成意見もありましたが、反発も大きく、「男性が働き女性が家事育児をするとい う性的役割分担が合理的なら、なぜ長谷川氏は『名誉教授』なのか」「男性だけが働けというならば労働条件を改善するのが先では」「突っ込みどころが多すぎ る」といった内容のコメントが見られました。※1月29日14時追記:「『女性の社会進出は間違い』『家庭に戻すべき』長谷川三千子氏の発言にツイッターで賛否両論」(ウートピ)ではも、いくつかの賛否意見がまとめられています。
長谷川氏は安倍政権を支持しておりNHK経営委員でもあることから、その適正を疑問視する声も上がり、朝日新聞デジタルの記事では
出典:朝日新聞デジタル「インターネット上でたたかれるような発言は個人的には甘いと思う」としながらも、「委員会の総意ではなく、問題はない」
という他委員からのコメントが紹介されています。
■ツイッター上では歴史的、人類学的視点から誤りが指摘される
朝日新聞デジタルの記事が公開されてから、ツイッターで多くの人が記事の感想をつぶやいています。そのなかからいくつかをピックアップしてみたいと思います。
出典:https://twitter.com/KeigoTakeda/status/428178883897085952千田有紀著『日本型近代家族:どこから来てどこへ行くのか』(勁草 書房・2011)によれば、家族という概念が社会に現れるのは17世紀になってからで、それまでは男女が恋愛して結婚することも、母親が子供に愛情をそそ ぐこともなく、共同体から独立した「家族」そのものが存在しなかった。(続
ジャーナリストである竹田圭吾氏は、このツイートを含む5つのツイートで、歴史的な経緯を見て、長谷川三千子氏の言う「女性の一番大切な仕事は子供を産み育てることは常識」という主張などは根拠が薄いことを指摘。また、長谷川氏の主張について、
出典:https://twitter.com/KeigoTakeda/status/428179831696543744それはつまり配偶者控除の縮小ではなく拡充、企業の配偶者手当の復 活、パート社員の賃金改善などを意味するが、それこそ女性を家事という「未払い労働」にしばる一方で男性には労働強化となり、長谷川氏も懸念する「個人の 生き方への干渉」であるだけでなく、日本経済にもマイナスではないか。(終
と疑問を呈しています。また、佐々木俊尚氏も「彼らは「伝統的な価値観」が好きなんじゃなくて、単に「オレアタシが若かったころの(そして今となっては時間で風化し美化されたオレオレ的)価値観」が好きなだけなんじゃないかな。」といった内容をつぶやき、これはtogetterの「佐々木俊尚さんのツイートまとめ/長谷川三千子氏コラムから見る「伝統的価値観/家族観」の議論」にまとめられています。
■「『自然な』母親のあり方というものは存在しない」
アフリカのガボンで類人猿のフィールドワークをしているという中部学院大学の竹ノ下祐二准教授は、28にわたるツイートで、「『性別役割分担』は、哺乳動物の一員である人間にとって、きわめて自然なものなのです。」という長谷川氏主張の誤りを霊長類学・人類学の視点から指摘。
「ヒトの本性が「つがい型」の社会をとるのかどうかは慎重な議論が必要だが,「つがい型」を社会のあるべき姿なのだとするならば,哺乳類的 には男性が育児参加することが望ましいという結論が導かれる」「ヒトはその生物学的特徴から,「育児は母親だけの仕事ではなく,父親の参加が不可欠」な動 物であると言える」とし、さらに
出典:https://twitter.com/yujitakenoshita/status/428179401952329729協同育児システムにおいて,母親は重要な地位を占めるのは間違いない。しかし,母親が育児の何をどれだけ引き受けるのかは,当該の社会のなりたちによって定まるものであり,「自然な」母親のあり方というものは存在しない。
出典:https://twitter.com/yujitakenoshita/status/428180804250771456そ もそも,現代日本社会はヒトという生物にとって「自然な」あり方をしているのかといえば,ぜんせんそんなことはない。環境が不自然なのに行動は自然にしろ という主張はおかしい。まして,ろくすっぽ勉強もせずに,単なる自分の願望を「哺乳類の一員として自然」などというなどもってのほかである。
と非難しています。※1月29日14時追記:竹ノ下准教授のツイートは「霊長類学者の考察する『性的役割分担論』」にまとめられています。
■「子どもの視点が抜けている」という指摘について
朝日新聞デジタルの記事によれば、長谷川氏は 「著作によると、中学時代は普通の主婦になりたくないと作文に書いたが子育てを経験し主婦の偉大さに気づき、「反フェミニズム」の道を歩み始めた」といい ます。「反フェミニズム」を唱える人は、ときとして働く女性に対して「自己実現の欲求のために働いている」というレッテルを貼りたがります。参考:子どもが安心できる母親は「自己実現の欲求」がない人(dot.)
し かし、現代の日本には会社員の平均給与が下がり続けているという現状があり、将来への不安のために仕事を続けようとする女性は多いはずですし、時代錯誤な 指摘と感じます。そして、長く働くことを望むのであれば楽しく、自己実現を行える仕事であることが男性にとっても女性にとってもベストな選択のはずであ り、なぜ働くことを通して自己実現を求めることが非難されるのか、よくわかりません。
また、こういった議論の際に、しばしば「子どもの視点が抜けている」と言われることもあります。「親が働いている子どもはさみしい思いをし ている」「子どもは母親が見るべきもので、男性だけの稼ぎで暮らしていけない社会であるなら、社会を変えていくべき」という主張です。ただし、育児を母親 の役割と固定することで起きてしまう虐待事件もあります。また、ネット上で恵泉女学園大学の大日向雅美教授による講演「3歳児神話を検証する2~育児の現 場から~(日本赤ちゃん学会)」(2001年)を読むことができますが、この中で「子どもの発達は、母親が働くか育児に専念するかという形だけでは議論で きない」と結論づけたアメリカの研究が紹介されています。
出典:3歳児神話を検証する2~育児の現場から~(日本赤ちゃん学会)母親が働く場合でも、母親自身の就労態度、夫や家族の理解と協力、 日中の保育の質、育児と仕事との両立に対する職場の支援のあり方等によって、子どもの発達は異なるということです。つまり、こうした条件がうまく機能して いれば、母親が働いている家庭の子どもの発達はむしろ良好である結果が報告されています。
個 人的な話で言えば、私は共働き家庭で育ち保育園に通っていましたが、小学校に上がってから「保育園の子は可哀想」という周囲からの目に気付き、「傷ついた 子どもを演じなければいけないのだろうか」と戸惑った記憶があります。母親がいないことよりも、働く母に対する批判の方が嫌でした(これはもちろん個人的 な話であり、なかには「母親が働いていてさみしかった」と話す友人も知っています)。
大日向教授は講演のなかで「私たちはとかく『子どもというものは、母親というものは』と一般論で考えすぎてはいないでしょうか」と言い、次のようにも述べています。
出典:3歳児神話を検証する2~育児の現場から~これらの研究からも明らかなように、「幼少期に母親が働くと子ども の発達が歪む」などと単純にいうべきではありません。しかし、それでは「親はどんな働き方をしても問題がない」ということも乱暴だということです。言い換 えれば、子どもの発達を母親が働くか働かないかという形だけで議論すべきではないこと、単に女性だけの問題として論じるべきことではないということです。 就労環境や保育環境、家族の理解と協力を含めて、広く社会全体の問題として取り組んでいく必要があることを考えさせられるのではないでしょうか。
この講演が行われたのは2001年です。「女性の働き方」とは就労や教育など多様な問題に絡む複雑なテーマであり、慎重かつ真摯に議論を重ねる人がいる一方で、改めて長谷川氏の意見は乱暴だと感じます。
ライター/プレスラボ取締役
1980年・東京都品川区生まれ。立教大学院文学研究科で江戸文学を研究中にライター活動を開始。 フリーランスとして活動後、2008年から下北沢の編集プロダクション・プレスラボ取締役。下北沢経済新聞編集長。教育問題・企業取材・江戸文化など。バ ナーの画像は下北沢駅前食品市場の屋根です。奥に見える小田急線地上ホームは2013年3月末に営業を終了しました。
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