のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

ジイジと北斗23(新スケール号の冒険)

2021-05-06 | 物語 のしてんてんのうた

(23)

豊かな森をイメージさせる彫りもので埋め尽くされた豪華なベッドがありました。中天に黄金色の太陽を模した天蓋が付けられ、白いレースのカーテンがベッドを覆っていました。別の部屋には落ち着いた色調の調度品がおかれ、花柄の絨毯が敷き詰められています。壁には暖炉があって、その上にアーチ状の飾り鏡がはめ込まれているのです。テーブルとソファーはそれだけで和やかな会話が交わされているように見えました。そんな迎賓の間は廊下を挟んで12室ありました。四季ごとに招く来賓をもてなすために設けられた部屋なのです。

ところがその中の一室が、今まで焚かれたことのない香が立ち込めていたのです。香というべきか、爪を焼くような、硫黄とも腐臭ともつかない臭気なのです。テーブルやソファーは部屋の隅に押しやられ、煤のこびりついた鍋と、かまどが持ち込まれていました。火が焚かれ、その周囲の絨毯は茶褐色に変色しています。胸を突く臭気はそこから出ているのです。その横にはそっけない革張りのベンチが置かれていました。

天蓋から垂れ下がるレースのカーテンが古びてくすみ、所々に赤黒い斑点が飛び散っています。そのカーテンに透けて見える人影がありました。カーテンをくぐると、ベッドに横たわっている者がいました。苦痛に耐えているのでしょうか。ときおり顔がゆがむのです。やつれて乾燥した肌が逆立っています。けれどもよく見ればまだ少女なのです。

その少女こそ、エルが必死で探し求めていた人、ストレンジのお姫様フェルミンでした。フェルミンは王を逃がした後自ら渦中に戻りました。それは地下道を消すためばかりではありません。王を守るために戦っている衛兵たちを王宮から脱出させなければならなかったのです。

「王は無事脱出した。生きて緑の穴に逃げ延びよ。」

フェルミンは衛兵に伝えながら自らも脱出を図ったのです。しかし逃げきれず反乱軍に取り押さえられてしまいました。その時遠くにエルの姿が見えました。エルは敵を押しのけ必死でこちらにやってこようとしていたのです。フェルミンはそれを制し、取押さえれれる寸前に誰にも分からない隠語を叫んで王を託したのです。

エルなら分かる。自分にそう言い聞かせました。連行される間にも隙を見ては自分の意思を示そうと試みました。決してあきらめない。必ず意思はつながると信じていたのです。

しかし監禁されて一体どれだけの時間が経つのかも分かりませんでした。ここが迎賓の間だということは一目で分かりました。しかしチュウスケの魔法で似ても似つかぬ異空間に変えられているのです。出入り口は無く何度試してみても脱出は無理だと分かったのです。そればかりか、チュウスケによる尋問は過酷なものでした。様々な責め苦を受け、王の居場所を聞かれるのです。ずるがしこいチュウスケの懐柔策には危うく心を動かされることもありました。けれどもフェルミンはこの部屋に踏み込んでくるエルの姿を思い描いて自ら励ましてきたのでした。

いつものように部下がやってくるとフェルミンはベッドから連れ出され、鍋を煮詰めている部屋の黒革のベンチに座らされました。

「心配するな姫、もうお前を責めはしないチュ。王の居場所を聞く必要はないチュのだ。」

「・・・・」

「よく今まで耐えてきた。褒めてやるチュ。しかしお前は無駄なことをした。悔しがるがいいだチュ。お前に会いたがっている者がいる。」

チュウスケが手を挙げて合図を送ると、頭巾をかぶった男が入ってきました。その男がチュウスケの横に立つとゆっくり頭巾を外したのです。

「ダニール!」

「フェルミン、無事でよかった。あなたを助けるためにやって来た。」

「どうしてここに。」

「私は一度死んだ。王に捨てられてな。そしてこのチュウスケ親分に新しい命をいただいたのだ。」

「ダニール、何を馬鹿なことを言っているの。」

「王政はもう古いのだ。王のためにあなたが死ぬことはない。」

「緑の穴を知らないとは言えないだろうフェルミン。この男はわが軍の司令官だチュ。まもなく王のいる隠し城総攻撃が始まる。もうお前に用はないチュうことだ。」

「フェルミン、私はあなたを助けたい。これを飲むだけで楽になれる。私と一緒にきてくれ。」

「馬鹿なことを言わないで。眼を覚ましなさい。ダニール。」

フェルミンは立ち上がってダニールの腕をつかもうとしました。すかさず取り押さえられ無理やりベンチに座らされると、ダニールは片膝をついて丸薬を差し出しました。

「いや!」

「エルならいいのか。」

「ダニール、お願いだからやめて。自分で何を言ってるのかわかっているの。」

「いやだというなら、力ずくでも飲ましてやる。」

「やめなさい。」

フェルミンの叫んだ口をふさぐようにダニールの手が素早く動きました。丸薬を押し込んだままその手がフェルミンの口を押さえつけてしまったのです。もがく身体を数人がベンチに抑え込みました。やがて抵抗する力が消えました。押さえつける手が緩んだ瞬間、フェルミンは手を跳ね上げて立ち上がったのです。そして丸薬を吐き出しました。しかし出てきたのは黒ずんだ唾液だけでした。

「チュはは、もう遅い。これでお前の身体はわたチュの黒に染まっていくだチュ。」

「フェルミン、私のもとに来るのだ。」

「馬鹿なことを言わないで。」

フェルミンは口から垂れた黒い液を腕で拭いながらダニールを睨みつけました。

その時でした、床の絨毯が山のように盛り上がったのです。

その山が破裂して黒猫が飛び出してきました。そしてエルが姿を見せました。もこりんとぐうすか、そしてぴょんたが飛び出しました。次々と動物たちが穴から出てくるのです。

「フェルミン、遅れてすまない。」

フェルミンの顔に光が差しました。けれどもエルがフェルミンに駆け寄ろうとしたとき、ダニールがその前に立ちはだかったのです。

「もう遅い。」

「ダニール、どうしてここにいるのだ。」

「フェルミンは渡さん。私のものだ。」ダニールが剣を抜いてエルをにらみました。

「ダニールお前、魂を売ったのか。」エルも剣を抜きました。

「やめて、二人とも。殺し合ってはダメ。ダニールは薬に侵されているの。このチュウスケネズミの魔法なのよ。」

フェルミンが力を振り絞って叫びました。

「チュははは、お前もなフェルミン。じわじわ効いてくるぞ。わたチュの分身になるのだチュ。」

チュウスケの勝ち誇った笑い声が部屋に響き渡りました。

「そうはいかない。お前の思い通りにはならない。エル、ダニール、魔法に打ち勝つのよ。」

フェルミンは最後の力を振り絞って叫んだと思うと、咄嗟にダニールの身構えている剣に抱き着いたのです。

ダニールの剣がフェルミンの胸を貫きました。

「フェルミン!何をするんだ!」

「私は負けない。思い通りにはならないわ。魔法は打ち勝てるのよ。ダニール。」

エルとダニールはぐったりしたフェルミンに寄り添うしかありませんでした。けれども流れ出る鮮血が次第に黒ずんでいくのです。

「フェルミン、しっかりしろ。」

エルがフェルミンを抱き起こしました。

「勝てるものなら勝ってみるだチュ。ダニール、何をしている。そのエルを血祭りにするだチュ。」

ダニールはのろのろと立ち上がり、そしてエルに剣を向けました。激しい二人の打ち合いが始まりました。そのすきにぴょんた達がフェルミンに駆け寄りました。スケール号から帰還の指令があったのです。

「大丈夫、きっと助かるからね。」ぴょんたは手際よく血止めをして万能絆創膏を貼りました。

「フェルミン姫様、頑張るでヤスよ。」

「チュウスケを必ずやっつけるダすからね。」

そう言い残して乗組員たちがスケール号に帰って行ったのです。

 

「よくやったもこりん。ぴょんたもぐうすかもよくやった。」

「博士、姫様の傷が思ったより重いです。」

「大丈夫だ、姫は強い気を持っている。必ず生きて戻ってくる。」バリオンの王様が言いました。

「王様と話をしたのだ。いつもやられていたが今度はチュウスケをおびき出してやろうということになったのだ。皆でしっかりチュウスケの動きを見張ってほしいのだ。」

「どうするのでヤすか。」

博士は簡単に説明しました。それは姫の体内に潜って、かけられた魔法を解くというものでした。ぴょんたはその時、急にピピちゃんのことを思い出したのです。ピピちゃんを助けるために、スケール号はおばあさんの額から潜り、おばあさんの原子宇宙にある心の海まで行ったのでした。そこでぴょんたは自分の身を犠牲にしてピピちゃんを助けたのです。(スケール号の冒険第3話)

「今度はフェルミン姫様の心の中に行くのですね。」

「そうだ、ぴょんた、思い出してくれたかい。」

「チュウスケをおびき出すってどうやるのダすか、博士。」

「どうすることもないよぐうすか。我々が姫様の心の世界に行けば、必ず後を追ってくるはずだ。」

「その前にスケール号を奴に気づかせなければならないがね。」

バリオンの王様がおどけた笑いを見せて言いました。

 

フェルミンのまわりに動物たちが集まって身を守る壁を作っていました。

エルとダニールが互いに譲らず激しく戦っています。

チュウスケと子分たちは大きな動物たちに取り囲まれていましたが、そこに新たな兵がなだれ込んできたのです。形勢が一気に変わりました。その時スケール号が巨大黒猫に変身したのです。驚き、腰の引けた兵たちを猫パンチで蹴散らしていきました。追っかけまわされた恨みを晴らすようにスケール号は牙をむいてシャーーと威嚇するのです。兵士たちは我先に逃げ出しました。部屋に残っている兵士を叩きのめすと、雄たけびを上げたのです。

「ゴロにゃーン」

スケール号が体を縮めながら宙返りをすると、ハエの大きさになってしまいました。スケール号はそのまま部屋の中を飛び、チュウスケの鼻頭を蹴ってフェルミンの額に止りました。スケール号はさらに縮小を続け、ついにフェルミンの汗腺から体内に入り込んで行ったのです。

「おのれ、スケール号め、生きていたか。今度こそ決着をつけてやるチュのだ。」

チュウスケがあっという間に煙になってスケール号を追うようにフェルミンの中に消えたのです。

 

 

 

 

 


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