国道を海側に寄れるだけよってわずかに覗いている石の頭をよく見ようと背伸びして目をこらした。そうするまでもなく私はそれが伊藤整の文学碑であることを確信していた。
しかしここからは上りようがなかった。石碑の覗いている丘は道路から3メートルは超えるだろう垂直に削り取られた雪の壁の上にあった。車の排気ガスが付着して黒く染まり固まった雪で、到底そこをよじ登る気持ちを起こさせるものではなかった。
かといって、もう一度先ほどの道を引き返して文学碑のある丘に至るという情熱もなかったので、私はそのわずかに見える文学碑を首を折るように見上げながらそこを通り過ぎようとしていた。
するとその国道の雪の壁に半ば埋もれた形で立っている道路標識が目に入った。その道路標識は山側の歩道に立てられたものなのだろうが、それがまるで雪の壁の
支柱のように、柱そのものが壁にめり込んでいるのだ。その先端はうまい具合にちょうど丘の上まで達していて、そこから雪は平坦になっているのだった。
それを見た私は今迄の半ば冷めた諦念の気持ちから、にわかに熱いものが胸に湧き上がるのを覚えた。「登れるぞ」そう思ったのだ。
その思いは、意識すると見返ることなく突き進む類の衝動であった。私は思うと同時に道路標識に駆け寄りその支柱を埋めている周辺の雪に手を差し込み、支柱を抱えるようにしてすさぶって見たりした。
雪の中でしっかりと支柱をとらえることが出来るのを確認すると、私はもう次の動作に移った。雪の壁にブーツのつま先をけり込んだのだ。ザクッと音がしてつま先が雪の壁につき刺さった。支柱を抱えて体を支え梯子を登るように片足を持ち上げると、次のステップに再びつま先をけり込んで足場を確保する。こうして私は全神経を足と手に集中させて雪の壁を垂直に上り始めた。
雪は思ったより固く締まっていて、崩れて足を滑られることもなくやがて私は道路標識の先端に達し、そこから苦もなくその上の平坦な雪の丘に登ることが出来たのである。しかしその平坦な丘の雪はまだ柔らかくそして深かった。私は膝まで雪に埋もれながら苦労してそこから先を歩かねばならなかった。
HPのしてんてん
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