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のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

感性と思考 2

2017-04-27 | 5次元宇宙に生きる(一人旅通信)
 
思うだけで手が動く
思うだけで足が自分をそこに連れて行く

なんという驚き
なんという精巧さ

思うだけで鶴を折るなんて

無心になって自分を眺めたら
その人間力の尊さに
感動する
 
 (2006/7)
 
 
 
 
無心になって自分を眺めるということは何を意味しているのでしょうか。
 
今の私に言えることは、
 
チャンネルを切り変えるということです。
 
五次元というのは、心に二つのチャンネルを持つということです。
 
一つは時間のチャンネル
そして
もう一つはスケールのチャンネル。
 
 
長いあいだ四次元の概念で生きてきた私たちは、
 
不動の1チャンネル(時間)だけで心を観ることに慣れ親しんでいますので、いきなり2チャンネルと言われても、戸惑って使い方が分からないというのが実情です。
 
 
しかしよく考えてみますと、ここまでは簡単に思い描くことが出来ますね。
 
1チャンネル=時間=思考
2チャンネル=スケール=感性
 
 
その上で、冒頭の考案を見てみますと、
私たちは普段、自分の能力をほとんど見ていないということです。
その理由を、私はこう考えます。
 
つまり私たちの日常は1チャンネルでものごとを見ているということです。そしてそれはなぜかと申しますと、
思考は感性を土台にして生まれたものだからです。
 
こんな例はどうでしょう。
 
テレビのない時代に生きたものは、テレビの力を身に染みて分かります。しかし生まれた時からテレビのあった子供たちには、その使い方には長けていても、その力を意識することは無いですよね。炊飯器だって、冷蔵庫、洗濯機。みなそれが当然と考えています。
 
それと同じことで、
思考が、生まれたときから当然のように感性がそこにあった訳ですから、いわば、思考にとって、感性は空気のようなものなのですね。
 
しっかりとその上に乗っかっているのに、
それが自分の本性だというのに、当たり前すぎて気付かないし、意識を向けようともしないわけです。
 
結局、私たちは思考オンリーと思い込み、思考につまずき、思考が否定されると、自分はもう存在価値のない人間だと考えてしまう訳です。
 
それが1チャンネル思考です。
 
 
しかし、真実は感性から思考は生まれたのです。
2チャンネルは私たちの生まれる前から、それこそいつ始まったのかも分からない時代からあり続けているものです。
 
 
冒頭の考案は、この2チャンネルに気付いた瞬間を書いたものです。
 
私の提唱する五次元、スケールの概念は、けっして未経験の新しい考え方ではありません。それはむしろ、太古から存在している、私たちそのもののことなのです。
 
1チャンネルはまだ生まれたばかりですが、2チャンネルは私=宇宙そのものであり、太古から存在している歴史を持っているのです。
 
私たちが1チャンネルで世界を見ている今、この瞬間にも、もの言わずその思考を支えている。それが2チャンネル、感性思考というものです。
 
 
五次元は、私たちにその2チャンネルの存在をイメージさせてくれるのです。
 
 
私たちはいわば、思考チャンネルと感性チャンネルという2局の放送を受けとる受信機、つまりテレビのようなものです。
 
思考チャンネルでは、世界から己だけを分ける。つまり自分を主人公にしたドラマが映し出されています。これ以上面白いドラマはないでしょうね。
 
一方感性チャンネルでは、太古からつながる宇宙のシンフォニーが流れています。いのちの営みが、回転する銀河の流れと重なって己の境界線はどこにもないのです。
 
 
私たちに必要なことは、気付くことです。
 
私たちは2局放送のテレビだということ。
 
チャンネルは自分で簡単に切り替えられるということ。
 
 
それが思考と感性の統合を目指す第一歩なのです。
 
 
 
 
 
 
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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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当たり前が不思議☆感動です♪ (真鹿子(まかこ))
2017-04-29 06:38:24
のしてんてんマスター

おはようございます!


思うだけで手が動く
思うだけで足が自分をそこに連れて行く

なんという驚き
なんという精巧さ

思うだけで鶴を折るなんて

無心になって自分を眺めたら
その人間力の尊さに
感動する


(のしてんてん画伯)


同感です!
実はこのことは
驚くべきことなのですよね @_@!
わたしには奇跡のように感じられ
感涙です!当たり前ってなんでしょう
当たり前が不思議☆感動です♪

わたしたちは、
この摩訶不思議奇跡宇宙の只中にありながら、
奇跡に慣れ、奇跡を感じる感覚が麻痺しているのでしょうか


「人生には、2つの道しかない
 一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
 もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きること。」

とアインシュタインは仰っておられます。
私などは今、すべてが奇跡道の方を道を
歩んでいるように感じられますが、

今、この今が、今あること、このことだけでも、といいますより、
今、この今が、今あることこそ、奇跡!
唯一無二、かけがえのない、
この奇跡今!この一瞬に大感謝です☆♪


いつもインスピレーション喚起の
素晴らしい詩をありがとうごさいま^す^!

今日もどうぞ善き日をお過ごしくたさいませ☆

感謝感激∞8∞八方拝です!


追伸

のしてんてんマスター
コメントの続編があるのですけれ^ど^;;
『炊事場での驚嘆の出来事』
またおじゃまさせていただきますので、
よろしくお願いいたしますm(_ _)m


 
返信する
炊事場?何・何?? (のしてんてん)
2017-04-30 09:16:44
奇跡を信じる心とそうでない心。

まさに、感性と思考の問題のような気がしますね。

科学者の言葉というのに驚きます。

それで、

炊事場で、何があったのですぅ??

わたしはこの間ドライアイス体験をしたばかりなんですけど。

私のアンテナが全部そちらに向かっています^よ^
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