「ちょっと怖い。」エミーが言った。そのとき、家の中から声がした。
「バックルパー、あなたなの、本当にあなたなの。」ヅウワンの声だった。
「母さん」エミーが身を堅くして呼びかけた。白いローブを着たヅウワンが姿を現した。
「母さん」エミーは涙声になった。
「エミー、エミーなのね。」
「母さん、」エミーはヅウワンの胸に飛び込んだ。
「おお、エミー、どうしてお前がこんな所に。」
「ごめんなさい、ごめんなさい母さん。」エミーはヅウワンの胸の中で狂ったように泣いた。
「私がいけなかったの。ごめんなさい。」
「いいのよ。エミー、お前のせいじゃないわ。」ヅウワンはエミーの肩を抱いて優しく言った。
「さあ、顔を見せておくれ、私のかわいいエミー、」
エミーはヅウワンの胸から顔を上げた。涙でぐしょぐしょに濡れた顔がヅウワンを見上げた。
「母さん、」
「エミー、あなた、まさか、」
ヅウワンはエミーの素顔を見て驚いた。エミーの顔に塗られた白い粉が涙に濡れて、ヅウワンの胸のローブにこすり取られてしまっていたのだ。
「これはどういうこと、エミーお前、生きているのね。」
「母さん、私、母さんに謝りたかったの。」
「ヅウワン、俺達は生きたまま、審判の淵を通って来たのだ。」バックルパーが言った。
「何というばかなことを、お前、警備隊に見つかったら生きて帰れないよ。」バックルパーの義母がびっくりして駆け寄って来た。足を引きずる度に骨の触れ合う乾いた音が響いた。
「何ということ、ああ、神様、」ヅウワンが悲痛な声を上げた。
そのとき、家の外で、いくつも足音が聞こえた。
「逃がすな、侵入者はこの中だ!」
「隠れるのよ、早く」
ヅウワンはそう言って二人を浴室の中に押し込んだ。それと同時に警備隊が踏み込んで来た。顔が半分崩れ落ちたものや、腹が敗れて内蔵が落ちそうになっているものが恐ろしい形相でヅウワンと母親を取り囲んだ。
「侵入者を出せ、隠すとためにならんぞ。」
「そ、そんなものは知りません。」
「調べはついているのじゃ。」朽ち果てたコックドハットをかぶった骸骨がゆっくりと歩いて来た。肋骨にいくつも勲章をぶら下げている。警備隊を率いたゲッペル将軍だった。ゲッペルは骨だけの顎をしゃくって、浴室の方を示した。兵隊達が浴室を取り巻いた。
「逃げて!」ヅウワンの悲鳴のような声が響いた。
「やれ、」兵隊達は一斉に浴室に踏み込んだ。バックルパーとエミーは訳もなく取り押さえられた。
「こやつ達も引っ捕らえよ。」ゲッペルは非情な声で命令した。兵隊がヅウワンと母親を羽交い締めにして腕を後ろの方にねじ上げた。バキバキと骨の折れる音がした。
「やめろ!」バックルパーは兵隊の手を振りほどき、ヅウワンと母親を助けようとした。手当たり次第に、ものをつかんで振り回した。バックルパーの振り下ろした椅子がヅウワンを捕まえていた兵隊の頭をたたいた。頭蓋骨がごろりと床に落ちた。
「いやー!」エミーが悲鳴を上げた。そのとき顔が半分崩れた兵隊の槍が、バックルパーの背中から胸に向かって刺し貫いた。エミーが兵隊の手を振りほどいてバックルパーに駆け寄った。二本目の槍が、エミーの脇腹を貫いた。
「エミー!」ヅウワンの悲痛な叫びが消えないうちに、すべては真っ暗な闇に覆われた。
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