三十八、敬神と求福
神仏を敬うことによって福を求めようと思えば、必ず過ちを改めることを忘れてはなりません。
もしも過ちを改めなかったならば、古聖の『罪を天に獲(う)れば、禱(いの)る所無きなり』と申されたように、福を求める所ない訳であります。
修道する人々は、なおさら道を重くし、福と利を軽くするのであります。
過去を顧(帰り)みれば、昔無量の洪福(こうふく)を持っておられた君王方の福は今なお安泰なものはありません。
故に五祖様は『世人はただ福を求む。自性の迷うを思わずして、如何に福を求むべきや』と申して、“世の中の人々はただ福を求める事を知って、自分の仏性の迷っている事を知らぬが、これでどうして本当の福を求める事が出来ましょうか”と申されました。
続く