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聖なる国 日本

ジェロニモの聖地・パワースポットのプログ。

大分県【宇佐神宮】光輝く✨ 八幡宮総社

2021-12-04 | スピリチュアル

八幡総本宮【宇佐神宮】(宇佐八幡宮) 大分県宇佐市南宇佐2859

宇佐神宮大尾山【大尾神社】八幡大神

今回見るだけで運気が上がる』様な画像が多くフォトチャンネル並みに画像多めです。

大鳥居

【宇佐神宮】大分県宇佐市南宇佐2859

宇佐八幡宮とも言い全国にある八幡宮44000社の総社。豊ノ国一之宮でもあり60万平方メートルの広大な敷地に鎮座する。八幡宮は日本一多い神社で、神社総数が11万とすると、神社の半数近くが八幡宮ということになる。

神橋

大分県北部、国東半島の付け根にある宇佐市、卑弥呼説やかつて秦王国があったエリアに祭られ

『天皇家第二の祖廟』とされ栄えた由緒ある神社。『下宮』と『上宮』がある。

大鳥居から真っ直ぐいくと『下宮』。その右側にひっそりと『払所』がある。

心が洗われるような光、、

手前の下宮からお参りします。上宮も同じ神様が祭られている。

【ご祭神】応神天皇 姫神 神功皇后

下宮への階段の横の「払い所」

優しい光が溢れるとても穏やかな空間で、

心が洗われる様な光のシャワーでした。

何もかも不要なものが流されて、浄化されます。

時間が経つに連れて輝きを増していき、ここまで光るともう元の払所見えません。

まるで、 祝福されてる様な光に、優しく包まれた奇跡のショット✨📸

スマホカメラの進歩で光遊びはだんだん鮮やかになってきましたが、

それでもたんに「光とカメラの角度」というだけでなく、

その日その時間だけ、

天候と、季節による太陽の高さと、方角と神社が重なって、雲や木々の葉のゆらぎが光をスペクトル化してくれて、はじめて撮れる不思議な映像です。

撮る人によっても違うみたいですが、私が撮るとピンク色が入ることが多い。

この日は10月31日11時過ぎに此処にたどり着きました。

宇佐神宮へ向かう途中、軽トラがノロノロ前を走ってたり急ぐアオリ屋さんに道を譲ったりなどスピードに緩急はありましたが、この場所にこの時間に着けて良かったです。

神社巡りをする時はよく、

道に迷ったり渋滞に巻き込まれたり、逆に思った以上に早くついたりしますが、

急いでもゆっくりでも到着する時間は結局同じという時があり、そんな時は予定はおいて流れに任せてくと、ああ、この場所にこの時間に到着で正解だったな、😳と感じることが往々にしてあります。

たまたまですが巳歳の人と神社に行きちょっと迷い、結果的に巳の日に、巳の刻、巳の方角、からだったという時もありしました😂

『下宮』社殿

左【応神天皇】中央【姫神】右【神功皇后】

何故か理由は分からなくなったそうだが、古来より二拝四拍手でお参りする習わしらしい…

下宮に向かって左側には『上宮』への階段があり登ると手前に若宮社がある。

若宮神社 ご祭神【仁徳天皇】

鳥居の正面は工事中・・・完成予想図が描かれた緞帳が掛かっていた。

『上宮』社殿 こちらも 

左【応神天皇】中央【姫神】右【神功皇后】二拝四拍手でお参りする。

社殿の正面には「大元神社」遥拝所がある。

神代のころ最初に比賣大神(ヒメおおかみ)が三神、向かいにある御許山(宇佐島)に降臨し、

大元神社が鎮座したのが宇佐神宮の発祥とのことで、こちらから遥拝(おがむこと)ができる。

左【応神天皇】

中央【比賣神】さま

「下宮」「上宮」と周り、一旦下に降りて「八坂神社」へ

隣の春日社も工事中らしくこちらで一緒にお参りする。

大鳥居の前まで戻り、東方に鎮座する大尾神社へ向かうことに。

さり気なく立札と「大尾山参道」石版とが標示されてるが、

歩いていくと結構距離がある。

その上、参道を抜けてから石段を登り山へと上がる。

登頂まで車で行ける様だったので、ここで引き返し車で行くことにした。

宇佐神宮はともかく広く、宇佐神宮球場から大尾山までが神域のようだ。

ゆっくり一日かけて周りたいところ。周れない社もあったが、今回は『大尾神社』までに。

【大尾神社】おおお神社

😳驚く様なよび名の神社✨見るだけで運気が上がる【光輝く神社】⛩️

雲の形も、神々しい✨✨

御朱印に描かれている雲紋(神紋)の渦巻模様みたい、、

大尾山の上にあり、車で登れるがここまで来ると参拝客は殆どいなかった。参拝時、宮司さんご夫婦らしい方と出会ったが、それからはずっと1人きりだったので暫くここに滞在した。


749年 八幡大神が奈良に行かれ戻った後、大尾山にしばらく滞在すると告げられた為、こちらに社殿が設けられ15年間滞在したのが起源という。その後、宇佐神宮の八幡大神の分祀として祭られた。

ひっそりと鎮座されている。格子戸を開け中に入り参拝する。

この八幡大神様は、八幡大神=応神天皇とされてますが別の神様であるとの説があります。八幡大神が奈良に行って戻りこちらに鎮座したというエピソードと、応神天皇も不思議な示現をして顕れ祭られたエピソードがあるので、二柱の神様が習合しているのかもしれません。

応神天皇が弓矢の名人だったことから「弓矢八幡」とうたわれ武士の崇敬を集め全国に八幡宮が広がっていったのは確かなようです。

【頓宮】


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

ここからは、

『宇佐神宮の謎』に迫ってみた✨⛩️

古代ミステリーロマン的にまた長々と書いています(¯―¯٥)今までも長かったですが、、🙏

天皇家第二の祖廟といわれ、古代では伊勢神宮を凌ぐほど栄えていた宇佐神宮。

最近では安倍昭恵夫人とドルフィンドクターが自粛中にお参りし話題にもなったが、大分の片田舎の神社の様に思われ天皇家第二の祖廟とまではあまり知られてはいない様だ。

宇佐神宮は、小椋山(亀山)という小高い丘の上に建てられているが、ここが伝説の女王『卑弥呼』の古墳だという説がある。

魏志倭人伝に「卑弥呼の墓、径百余歩」とあり、丁度その大きさに小椋山が合うらしい、、

八幡造りという社殿の形も巫女が神意を伝えた宮であろかと彷彿させるし、

何よりも拝殿の中央に姫神が祭られていること、

もともと三女神が降臨したことが信仰の起源であり、

それが「宗像三女神」ではなく「姫神」「三神」等と名前を伏せて祭られていること等が、

ある特別な女神の存在を感じずにはいられない。

これが宇佐神宮の謎だ。

日本の史書「古事記」「日本書紀」には

卑弥呼の名は一切登場しないし、邪馬台国や狗奴国、魏国との関係も全く書かれてないので、素直に考えれば大和朝廷の歴史とは直接は関係はないのだろう。

中国の史書「魏志倭人伝」と朝鮮半島の史書だけに卑弥呼は登場する。

魏志倭人伝では『ヒミコ』の後『トヨ姫』が跡を継ぎ、

その後記述は不明だが、

『タマ姫』『ヨド姫』がトヨ姫の跡継ぎとなったのかもしれない。

三女神「ヒミコ、ヨド姫、タマ姫」或いは

ヒミコの跡を継いだかもしれない

三女神「トヨ姫、タマ姫、ヨド姫」

ここ宇佐に女神・三代が鎮座していた可能性はある。

その後は応神天皇、神功皇后の時代となり宇佐で新しい信仰の歴史が始まった。

(この三女神は「古事記」「日本書紀」には登場しない神々で、まだまだ謎が深く闇に包まれてますが、何れ明らかになっていくかもしれません😌)

宇佐神宮大尾神社の起源である八幡大神は、奈良に行ってきてから大尾山に15年間滞在したというので元々は人間だと思われるが、神として祀られる存在でもあった。

⛩️☝️(今更ながらの当たり前ですが🙏一般的に神様とは『創造主』『創世主』をのぞき、空海、ブッダ、イエスキリストがそうであるように人々のために生きた人が亡くなられた後、神として崇められた大切な存在というのが殆ど😌)

もし宗像三女神がこの地に降臨したならば、それも素晴らしいことだと思う。宗像三女神は、多紀理姫と湍津姫命は同じ大国主に嫁いでるが、三姉妹ともそれぞれを生きた感じがしてるので、三女神が同じ地に降臨したというエピソードは貴重に感じる。

しかし、何といっても

宇佐神宮と言えば「御託宣」集である。

(宣託=チャネリング)

宗像三女神が神託を降ろす神というのは、あまり聞いたことがない。

上古の『祭政一致』の時代は

女王=巫女であり、神意を伝え

「祭りごと」と共に「政りごと」も反映したが、大和朝廷が日本統一を果たしてからは宇佐神宮は託宣を伝えるのみの政治分離した存在となった。

8世紀に権力者の「道鏡」という僧が、宇佐神宮の御宣託を偽り帝位につこうとした事件があったが、少なくとも8世紀頃までは宇佐神宮は御宣託を降ろす宮として大和朝廷に対しその役割を担っていた。

道鏡は、宇佐神宮の御神託さえ得られば皇位につけると本気で考えていた。

大和朝廷の天皇から宇佐神宮への使者・清麻呂に

「道鏡が天皇になれば天下泰平になる」というご神託に沿うこたえを持ち帰れば大臣にするとはたらきかけた

しかし清麻呂は節を曲げず

「天の日継ぎは必ず、帝の氏が継ぐ」というご神託を持ち帰ったところ、

権力者道鏡は怒り清麻呂を流罪にしたうえ名前を清麻呂から「きたな麻呂」に改名させてしまった。

宇佐神宮のご神託が大和朝廷に重く扱われていたエピソードのひとつであり、

伊勢神宮とは別に、天皇家第二の祖廟として御神託が重く受けとめれていた事が分かる。

第一の祖廟である伊勢神宮は、もともと大和朝廷の近くに海がなかった為、渡海氏の磯宮だった場所に天照大神様を祭ったものだが、更に伊勢神宮に『内宮』を造営して、伊勢神宮を日本一の社格にまでしたのは天武天皇だ。

この僧・道鏡のご神託事件の時代は天智天皇系に戻る前の時代で、

伊勢神宮を造営した天武天皇系の時代だったにも関わらず、宇佐神宮のご神託が重要視されていた事は、第二の祖廟と言われるだけある。

或いはまだ、宇佐神宮の様な御神託(チャネリング)が受けとれる巫女が他にいなかったのかもしれない、、🤔

巫女や御神託の話しになると長くなるので、詳しくはさておき、

宇佐神宮は天皇家第二の祖廟と言われ、伊勢神宮を凌ぐほど古代の人々の尊崇を集めていた。

他の神社の様な「二拝二拍手」でなく

二拝四拍手の習わしは、

大分の【宇佐神宮】

新潟の【彌彦神社】

島根の【出雲大社】の三社のみ。

宇佐神宮のある九州は胴鏡

彌彦神社のある新潟は翡翠

出雲大社のある出雲は鉄剣が手に入った為、

大和王朝は、胴鏡(八咫鏡)・翡翠(八咫勾玉)・鉄剣(草薙剣)などそれぞれ神器を差し出させて

征服者側の大和朝廷の封じ込めによって、二拝四拍手の習わしになったのでは?との説もある。

確かに、三社の共通点を紐解くとそうかもしれない。

元々、三種の神器というものはなく【剣】と【鏡】の二種が神器だった。

後に、【勾玉】が加わり『三種の神器』になったが、

神武天皇の東征ルートにある様に、九州、中国地方を降して奈良にいき大和朝廷をひらいたが、その後に新潟の越ノ国を降したとすれば、翡翠の勾玉が最後に差し出された神器となり丁度辻褄が合う。

出雲の「国譲り」は知られているが、他にも古事記・日本書紀に記されてない大きな合併があったとしても不思議ではない。

至極当たり前のことだが、

古い祖先がいない人など、 いない。

人間である以上

必ず父と母、2人の人間から生まれる。

祖父方の【祖廟】、

祖母方の【祖廟】、

祖神(おやがみ)の存在も

二つあって当たり前なのだ。

古代では、同じ祖廟を持つ近親婚姻も当然あったにせよ、

婚姻による合併で国と国を統べてきた経緯が多くあるので

その系譜によっては

第二の祖廟として同じように敬われる大切な存在があったのだろう。

私達にも、必ず2人の

お婆ちゃんとお爺ちゃんがいる、

父方母方どちらのお婆ちゃんが好き?

どちらも。

古代の人々も、その様な素直な気持ちで二つの祖廟を愛し

崇敬していた時代があったのかもしれない。

天皇家第二の祖廟といわれた

宇佐神宮は優しくあたたかく、

とても懐かしさを感じる

ヒーリングスポットでした。

✨✨✨✨✨✨🙏🙏🙏

次は1日ゆっくり周りたい😌🙏


神仏習合の起源【丹生都姫神社】和歌山県 紀の国一ノ宮

2021-11-10 | スピリチュアル

【丹生都比売神社】にうつひめ神社  

和歌山県かつらぎ町上天野230

【御祭神】 稚日女命
【創 建】 1700年以上前

和歌山県の奈良県との県境近く、紀の川沿いにある標高450mの紀伊山地に鎮座する。

丹生の『丹』とは、朱色の鉄鉱石の『朱』のこと。

鉄の鉱脈のある所には丹生の地名と神社が祀られていて、丹生都比売神社は全国180社ある丹生神社の総本社。紀の国一ノ宮でもある。(一ノ宮=そのエリアで一番の社格の神社)

弘法大師【空海】が真言密教の根本道場を探していたところ、こちらの御祭神である稚日女命の息子が犬に化身して空海を高野山に導いたと言う。

空海は丹生都比売神社の神領であった高野山を借り受けて、高野山真言宗を開山した。

高野山表参道の二つ鳥居が神社境内の入口であり、中世ではこちらの神社にお参りしてから高野山に登ったという。

この丹生都比売神社と仏教の関係のエピソードは、中世の神仏習合の始まりであると云われ、

『神道と仏教が融合した景観』で丹生都比売神社は世界遺産に登録されている。

(神仏習合=神道の神様は仏教の守護神の化身であるとされ、中世〜江戸時代までは仏教の神様に置き換えられていた。※豊受大神→馬頭観音、天照大神→大日如来など)

最初に稚日女命が祭られ、後から他の神々が勧請され社殿は四社ある。(北条政子寄進)

一 稚日女命 機織、農業の神
ニ 高野御子 空海を高野山に導いた神
三 大食都姫 食べ物の神(気比神宮から)
四 市杵島姫 財運と水の神(厳島神社から)

【若宮】 高野山の僧 行勝上人を祭る

【佐波神社】 境内にある地域の神社を合祀した宮

稚日女命は、天照大神の妹で、天照大神の岩戸隠れの原因となったスサノオの乱入に巻き込まれ亡くなった機織りの神様でもある。

(亡くなったのは下照姫では?など…諸説アリ)

何故、こちらでは丹生都姫というのかは不明😔


【稚日女命】は名前が多く、

天照大神の幼名とも、結婚後に

「下照姫」と名乗ったとも云われ

また天照大神の別称とされる『大日靈』(オオヒルメ)であるとも云われます。

(※オオヒルメは、卑弥呼説もあり)

🙄ようするに稚日女命は天照大神に近しい人物ということか、、🤔

鉄鉱の神であり、機織りの神でもあるというのはイメージしにくいが、

鍛冶や機織りなどの殖産を全国に広げた秦氏が崇めている【宇佐八幡宮】に祭られてる神功皇后を

稚日女命が助けたという説話があるので、何か関係があるのかもしれない、、🤔



神功皇后が祭られる壱岐の島に行って以来、このところ神功皇后の由縁の神社に導かれることが多い。

宇佐神宮に行ってからは『姫神』の存在に触れ、

次は、卑弥呼の故郷と云われる

奄美大島へ向かいたいと思います。

あまみきよ~

そしていずれは、

【卑弥呼の終焉の地】

平原遺跡へ、、✈️


百十五社参り【ダイジェスト版】

2021-11-09 | スピリチュアル

【串本奇岩】和歌山県串本 

本州最南端の朝日

 

ここ1〜2年巡った神社が100社を超え、のんびりブログに上げるのが追いつかず「まとめ」て書いてます。

コロナ反動もありGOTOトラベル期に沢山周り、忘れそうなので一度全てリストアップしてみました。😌ブログというよりフォトチャンネルみたいですが、今回は取りあえずダイジェスト版でこれから上げていく神社などの画像を一部ピックアップしてます、、

 

 

【北海道比布神社】

 

【北海道音江環状列石】

 

《北海道》12

  1. 星置神社 
  2. 出雲大社分院 
  3. 阿寒湖アイヌコタン 
  4. カムイコタン神社  
  5. 金吾龍神社
  6. 比布神社  
  7. 伏古神社 
  8. 千歳神社 
  9. 木魂神社 
  10. 白石神社 
  11. 音江環状列石
  12. 大雪山旭岳

 

 

【明治神宮】東京

 

【箱根元宮】神奈川

 

《東日本》36

  1. 岩手県【平泉義経堂】
  2. 福島県【宇奈己呂和気神社】
  3. 福島県【黒沼神社】 
  4. 福島県【青柳神社】 
  5. 宮城県【塩竈神社】
  6. 宮城県【多賀城神社】 
  7. 宮城県【荒脛巾神社】 
  8. 宮城県【陸奥總社奥宮】 
  9. 茨城県【大洗磯前神社】 
  10. 茨城県【息栖神社】
  11. 千葉県【青木八坂神社】 
  12. 東京都【等々力不動】 
  13. 東京都【深川不動】 
  14. 東京都【国立谷保天満宮】 
  15. 東京都【府中小野神社】 
  16. 神奈川【月読神社】 
  17. 神奈川【出雲大社分祀】
  18. 東京都【金吾龍神社】
  19. 神奈川【大綱金毘羅神社】
  20. 東京都【須賀神社】 
  21. 東京都【玉川神社】 
  22. 東京都【明治神宮】
  23. 東京都【田無神社】
  24. 東京都【白山神社】 
  25. 埼玉県【玉敷神社】
  26. 埼玉県【氷川神社】
  27. 埼玉県【星宮神社】 
  28. 神奈川【橘樹神社】
  29. 神奈川【諏訪明神】
  30. 神奈川【寒川神社】
  31. 神奈川【長谷寺】
  32. 神奈川【江ノ島神社】
  33. 神奈川【諏訪神社】
  34. 神奈川【箱根元宮】 
  35. 神奈川【素鵞神社】
  36. 東京都【穴守稲荷】 

【穴守稲荷】東京

 

《中部地方》20 

  1. 無戸室胎内浅間神社
  2. 御室浅間神社
  3. 御室浅間神社奥宮
  4. 小室浅間神社
  5. 新倉浅間神社
  6. 河口浅間神社
  7. 北口浅間神社
  8. 白山奥宮 
  9. 駒ヶ岳神社奥宮 
  10. 駒ヶ岳神社 
  11. 久志日沼前大神宮  
  12. 神神社 
  13. 来宮神社 
  14. 氣田神社 
  15. 気田神社 
  16. 白山比売神社 
  17. 大湊神社 
  18. 三國神社 
  19. 神武天皇神社
  20. 高向神社

 

【河口浅間神社】山梨

 

【新倉浅間神社】山梨

 

【冨士御室浅間神社】山梨

 

【来宮神社】静岡

 

【三國神社】福井県

 

 

《関西地方》20

  1. 丹生都比売神社 
  2. 高鴨神社 
  3. 葛城坐一言主神社 
  4. 高天彦神社 
  5. 名柄神社 
  6. 丹生川上神社上社・中社・下社
  7. 蛭子神社 
  8. 潮御崎神社 
  9. 星田妙見宮
  10. 西宮神社
  11. 廣田神社
  12. 大阪清明神社
  13. 貴船神社
  14. 天河弁財天
  15. 玉置神社
  16. 熊野本宮大社
  17. 熊野那智大社
  18. 那智大滝
  19. 熊野速玉大社
  20. 高倉神社

 

【那智大滝】和歌山県

 

【熊野速玉大社】和歌山県

 

【熊野那智大社】和歌山県

 

 

【丹生川上神社】奈良

 

【丹生川上神社上社】奈良

 

【星田妙見】大阪

 

 

【丹生都姫神社】和歌山

 

奈良県【龍鎮神社】

 

和歌山県【高倉神社】

 

《九州地方》33

  1. 宮地嶽神社  
  2. 大神神社 
  3. 篠栗南蔵院 
  4. 貴船神社 
  5. 八剱神社 
  6. 桜井神社岩戸宮 
  7. 二見ケ浦 
  8. 若宮神社 
  9. 香椎宮 
  10. 箱崎宮 
  11. 警固神社 
  12. 上色見熊野坐神社 
  13. 幣立神宮 
  14. 白川吉見神社 
  15. 三日恵比寿神社 
  16. 志賀神社 
  17. 住吉大社 
  18. 竈門神社 
  19. 太宰府天満宮 
  20. 玉垂命神社 
  21. 玉垂神社 
  22. 水田天満宮(恋木神社)
  23. 月読神社
  24. 岩戸山古墳 
  25. 大神宮 
  26. 新田神社 
  27. 龍宮神社 
  28. 野間神社 
  29. 笠沙宮  
  30. 竹屋神社
  31. 押戸岩
  32. 三女神社
  33. 妻垣神社

 

福岡県【住吉神社】 

 

 

福岡県【宮地獄神社】

 

福岡県糸島【浦姫宮】

 

 

鹿児島【新田神社】

 

鹿児島【龍宮神社】

 

福岡【大神神社】

 

福岡【志賀海神社若宮】

 

福岡県【恋木神社】 日本でただ一つの恋の神社

 

熊本【押戸石】縄文のパワースポット

 

今月は、奄美大島へ。まだまだ紹介しきれない所が沢山ある

聖なる国 日本✨

 

 

本州最南端の夕陽 

和歌山県串本潮岬


神々の島【壱岐島】Ⅴ.古えの神々

2021-11-02 | スピリチュアル

【壱岐の島】

壱岐島の古代の神々を祭る神社をいくつか紹介します。

壱岐島で一番高い岳ノ辻展望台より

【素盞鳴神社】

【水神社】

【比売神社】

【熊野神社】

【韓神神社】

【伊志路神社】

壱岐の島シリーズ6回目の投稿になりますが、一旦これで終わりにしようかと思いまとめて書いてます。

古事記の国生み神話では、イザナミとイザナギが天の沼矛で生み出した8つの島【大八島】が日本列島の始まりとされ、そのうち5番目に誕生したのが伊伎島(壱岐島)であり、

別名を「天比登都柱」アメのヒトツバシラと言う

=「天地を結ぶ路」という意味で、神代からの由縁がある島。

 

【素盞鳴神社】

長崎県壱岐市勝本町布気字明神433

スサノオ神社。創建は不明

水神社の直ぐ近く、山の登頂に祭られている小さな神社。

場所が分かりにくくカーナビではたどり着けなかったが、たまたま現れたご近所の方に道を尋ねたら親切に教えてくれた。神の導き🙏✨

「左に廃屋を見たら右に曲がり急な坂道を上る」という、

説明してもらった通り崩れかかった家があったので目印に曲がり上がる。

山の上と聞いてなかったら、上がるのにちょっとビビるぐらいの道。

 

車で2〜3分道なりにあがった奥に静かに鎮座されていた。

 

 

 

【水神社】

長崎県壱岐市勝本町布気触432


創 建 1200年以上前
ご祭神 早秋津日ノ神(ハヤアキツヒのカミ)

壱岐風土記の丘古墳館の手前で曲がる、素盞鳴神社も水神社方面から上がることができるらしい、、。


 
歴代の天皇や藩主からの崇敬を受けてきた由緒ある神社。

 

 

 

 

 

【比賣神社】

長崎県壱岐市芦辺町中野郷東触277

ご祭神 

栲幡千々姫命(トヨアキツヒメ)=豊玉姫

豊玉姫は海神「綿津見」(ワタツミ)の娘で、海の宮にやってきた天孫ニニギの子である「山幸彦」と結ばれて、ウガヤフキアエズを生んだが三年後に離れた。

『浦島太郎』伝説のモデル。

 

登比川神社と並び祭られている。

比賣神社の方が古く、山頂に合ったものが戦時中にこちらへ移されたらしい

ご祭神

カムヤマトイワレビコ(神武天皇)他三神

ご祭神の【その他三神】は調べても分からない。通常ヒメ神というと=海の女神が祭られていて

綿津見(ワタツミ)の娘「豊玉姫」「玉依姫」か、

宗像三女神の「多紀理比賣」「湍津姫命」「市杵島姫」などが祭られているが、名前は伏せて『三女神』『姫神』として祭られていることが多い。

隣が豊玉姫なので、こちらは三女神かもしれない。

或いは古事記・日本書記には登場しない三女神、

『トヨ姫』『タマ姫』『ヨド姫』が祭られているかもしれない。

 

 

【熊野神社】

長崎県壱岐市勝本町立石南触583-4

ご祭神 イザナギイザナミ

スサノオ尊

事解ノ男 (速玉男命)

 

 

 

公民館の駐車場から入る。静かな雰囲気でとても落ち着いた神社⛩️

 

共に祀られている事解ノ男(事海の男?)は、浦島太郎エピソードにある

失くした釣り針を探しに海宮へ行った山幸彦のことでもあると。

 

 

 

和歌山県の世界遺産【熊野古道】で知られる熊野本宮大社からの分祠のようだが、神仏習合の時代より以前の事のようで?仏教っぽさは無く本来の熊野が感じられます。✨⛩️出雲にある熊野神社と空気感が通じてる。

 

(熊野本宮は神仏習合の時代「インドの仏教の寺院【祇園精舎】の守護をしていた牛頭天王が、スサノオの化身である☝️」とされ、熊野の神スサノオは仏教の守護神牛王に変えられてしまい現在もまだちょっと仏教っぽさが漂っています。🙏😔)

 

 

 

【韓神神社】

加羅国は神功皇后側の国

カラカミ遺跡付近に祭られる韓神神社(😔画像無し)

こちらの遺跡は、国内最古の地上熔鉱炉が発見され、2000年前の製鉄文化がある。

 

韓の神とは、朝鮮半島南端の『加羅』の神のことらしい。

かつて、九州北部から朝鮮半島にかけて海峡文化で栄えた製鉄の民がいた。

2000年前は日本列島と朝鮮半島の間には、明確な国境がなかった

鉄の王キム・スロ(韓国の歴史ドラマ)の時代、、製鉄で海峡文化が栄えた当時の様子が偲ばれる。

 

【伊志路神社】

長崎県壱岐市勝本町立石西触727

道路はたに忽然とある小さな神社です。出雲とも繋がりがあるらしい、

ご祭神

スサノオ命 大己貴命、ツマツ姫 オオヤツ姫 五十鈴依姫

 

 

 

【爾示神社】

長崎県壱岐市郷ノ浦町有安触979

2回目の登場です😌

 

爾示神社に祭られる東風石(こちんだ石)

神功皇后の東風祈願により割れたとされる。

東風と書いて『こちんだ』という読むのは、沖縄独特の読み方。

 

 

 

壱岐の島には新しい神社も増えましたが、古くからの神社も残っていて

時代を超え歴史を感じるスポットです✨⛩️

 

ちなみに、壱岐の島独特の住所表記『○○触』

というのが珍しく最初は違和感がありましたが、

これは室町時代の名残りではないかと思います。室町時代は「触れ頭」という立場の人がいて、中央からの御達示を皆に触れてまわりました。

各触れ頭が伝える、集落エリアをさして「田中触」とか「○○触」とか

呼ばれていたのではないでしょうか😌

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

沢山全国の神社を巡っているのに、神社密度日本一と言われる壱岐の島は不思議と足が向くことがなかった。

今年の夏至を過ぎたぐらいから急に、

「壱岐の島に行く」という話が上がり、方方の人から

「壱岐の島の神が呼んでいるよ」というメッセージを受けていた。

「来なければ迎えに来る」とまで。😅どんなチャネリングすか?

 

しかし残念なことに、8月に予定していた壱岐の島行きがなくなってしまった。

しばらく落ち込んでいると、突然

「壱岐の島に行きませんか?」というリトリートツアーの誘いがあり

 

「迎えに来るってこういうこと?😳」と思い、二つ返事で OK!

 

その時、そのメンバーと行くというのもタイミングが決まっていたのだろう。

導かれるかのように行った。特に小島神社は印象的だった。

一緒に行った人、島で出会った人、

干潮で潮が引いてる時にしか渡ることができない小さな島での、一期一会の不思議なタイミング。

壱岐の島は、福岡港からジェットフォイルで1時間ほどの島で

そう遠くはないけれど、呼ばれる人しか行けない島。

そんな印象もありました。

 

 

 

 

 


神々の島【壱岐島】Ⅱ.小島神社

2021-09-11 | スピリチュアル

【小島神社】 (カラス島)長崎県壱岐市芦辺町諸吉二亦触

【御祭神】 スサノオノミコト イザナミノミコト

 

壱岐のモンサンミッシェルと言われ、普段は内海湾に浮かぶ小さな島にある神社。

鳥居も海上にあるが、引き潮の時だけ歩いて渡れて参拝できる。

 

 

 

参道が現れお参りできるのは、干潮時の前後2時間ぐらいがいいところ。

それを過ぎると水没してしまい海の中を歩くようになる。

お参りする前は現れていた参道がが、帰るころには海に沈みはじめていた。

 

 

 

島の裏側に神社があり、鳥居をくぐったら右から左へと周る。

 

 

岩場だが割りと周り易い。お参りして戻るまで30分程度。

鳥居をくぐると、聖域に。島が優しく迎えてくれる。

小さな島を包む様に波打ち際のリーフを歩いてく、、

 

 

鳥居から島の上まで上がると小さな拝殿がある。

 

 

創建千年二千年というような神社ではなく、比較的新しく400年前に祭られた神社だが、

 

壱岐島は【一支国】といい、二千年以上前からここ内海湾は交易で栄えてた歴史がある。

(当時はまだ島でなく岩礁瀬だったかもしれない)

 

ピンポイントだが小島神社は今でも何かのポータルのように、弥生時代からのつながりを感じるスポット。

 

 

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偶然出会った北海道から来たというマグロさん

 

完全に渡れなくなるまでは多少時間があり、同じ様に干潮の時しか参拝できない福岡の沖津島(志賀島から歩いて渡る)奥津宮よりは遙かに渡り易い。

 

最近、木下レオンさんも参拝していた😮

 

ボージーストーンの様な岩

ハート岩

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


『古事記』の国生み神話では、
イザナミとイザナギが天の沼矛で生み出した8つの島、大八島おおやしまが日本列島の始まりとされている。

そのうち5番目に誕生したのが伊伎島(壱岐島)で、別名を「天比登都柱」アメのヒトツバシラと言い、天地を結ぶ路の意味で上古から神との由縁がある島。

東西15キロ南北17キロの小さな島で空港やフェリーの船着港などは点在している為、レンタカーは頼めば配車や乗り捨ての相談に乗ってくれるお店もあり、旅館に車を持ってきて貰いその場で料金を払い神社で乗り捨てること等も可能。

小さな島ならではのきめ細やかなサービスが有り難い。


タイ【ワットパクナム日本別院】千葉県

2021-08-29 | スピリチュアル

 

タイ【ワットパクナム日本別院】 千葉県成田市中野294−1

 

今回は、珍しくお寺です。千葉県の長閑な田園風景の中に忽然とあるタイのお寺(ワット)。【ワットパクナム日本別院】

 

 

 

 

とても日本とは思えないような、タイにワープしてしまった様な景色。

辺りの田園風景もタイランドに見えてしまう程の別世界。

 

 

 

仏教の国タイ

国教ではないですが、国王は仏教徒でないと国王になれないという決まりがあります。

 

ちらほらいる参拝者はタイ人ばかり、、

日本人は私だけ?場違いかなと少し気にしつつも、すれ違う人は皆、合掌して笑顔で会釈してくれる。

厳かな日本のお寺にはない、アットホームな雰囲気で、心が和む。

 

寺院の前にある小さな拝殿。

 

こちらでは金箔とお線香が用意されている。自分の体の悪いところなど、目の前にある仏像の同じ部位に金箔を刷り込んで治してもらうようにお祈りする。

 

 

お線香の立て方がいまいち分からず、隣の方のを見てたらその中の1人が

「ニホンジンデスカ?」

と、話しかけてきてくれ、カタコトの日本語で丁寧に教えてくれた。

なんか、、温かい気持ちになる。

 

全て動物たち。

 

 

静かだが日本のお寺のような密厳さはない。

日本のお寺と違い、脇侍やお不動様、観音様、薬師如来などが居並ぶということはなく、タイ国王の御写真以外はともかくブッダ、

 

ベンチに腰掛けて、

この景色の中でのんびりするのもいいかもしれない、(~‾▿‾)

 

 

 

 


タイ本国、バンコクにある人気の寺院ワットパクナムはアユタヤ王朝時代の王室寺院で、他のお寺とはちょっと違う、、

タイ本国のワットパクナムの幻想的な仏塔 見事な宇宙観

日本にこの別院があるのはありがたい、

同じ仏教でもインドや日本のお寺のように、7世紀以降〜の密教や修験道の影響がそれほど濃くない仏教っぽい仏教のお寺(ワット)。

我々に馴染み深い北方仏教(中国経由)と違い、タイの仏教はスリランカから伝わった南方仏教で小乗仏教。戒律も厳しめ、?

 

異国情緒たっぷりだけど、心穏やかにやすらぐ空間✨

本来のブッタの教えを感じる聖地


遠江国一宮【小國神社】と本宮山奥院 静岡県遠州掛川三社巡り

2021-08-04 | スピリチュアル

遠江国一宮【小國神社】 静岡県周智郡森町一宮3956−1

 

遠州三社

小国神社、事任八幡宮、龍尾神社、

一社づつ投稿していきます。

 

最初は小国神社です。

【御祭神】は大己貴命(大穴持)

大国主命の別称

 

小國(ヲクニ)とは「神の鎮まる聖地」という意味があり、

555年に本宮山に神が鎮まったことから、本宮山麓のこの地で祭祀をはじめた。

 


参道の右側に1300年前に勅使が通った参道跡があり、一般人は通ってはいけない。

勅使の通った1300年前の古参道

 

 

参道の途中、左側に池があり宗像三女神が祀られている。

ここは見どころというか、小國神社に行くなら必ずお参りして欲しいと思うところ。

 

穏やかで心やすらぐ静かな場所、、

 

境内に池をつくり、市杵島姫(弁財天)を祭っている神社は多いけど、

こちらでは末の姫・市杵島姫だけでなく


タギリヒメ
タギツヒメ
市杵島姫と


宗像三姉妹全ての女神を祀っている。女神スポット

 


そして、、さらに橋を渡った島には八王子神社が祀られている。

【八王子神社】

 

森田焼きの橋

 

水びたしになった境内

賑わっている大きな神社に行くと割とよくあるのだけど、

人払いと言うか禊の雨と言うか、この日も例によって参拝の時だけバケツをひっくり返したような大雨が降り、拝殿前に誰もいなくなってしまった。

そして、祝詞を奏上すると

何事もなかったかの様にまた青空になる。

当たり前に慣れてしまったけれど

偶然にしても不思議なことだ、

🤔

 

 

奥院までは車で30分ほど、

大洞院というお寺を目指し、その先からは横道に外れ林道を登り登山口までは車で行く。

神社で地図をいただくことができるが、登山口がわかりにくく迷ってしまった。

林道を上がり磐田市に抜けすぐの所。

舗装道から、砂利道に変わるあたりが目印。

登山口からは徒歩15分ほど山道をあがる。

 

遠江の国を見渡すのに使われた国見山というだけあって展望が広がる。

 

暫らくいくと鳥居があり奥院まではもう少し上がる。

 

 

 

 

奥院(奥磐戸神社) 大己貴命の荒魂を祀る。

 

小さな社だけど、とても落ち着いていた。

 

山の頂きから深く深くアーシングする、、

 

登ってよかった。😌⛩️

 

 


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△ 

😌⛩️神社の歴史のお話しです、、

 

一宮とはそのエリアで一番の宮という意味だが、

遠江の國の一宮は二社ある😳

一宮なのに、二つあるのは全国でも数例しかなく珍しいので調べてみました。

(歴史オタクな探究心😌)

 

一宮の小國神社の創建は古い。

小國(ヲクニ)とは「神の鎮まる聖地」という意味があり、555年に本宮山に神が鎮まったことから本宮山麓のこの地で祭祀をはじめた。 

遠江國のもう一つの一宮は

掛川【事任八幡宮】

こちらも元々は本宮山にあったが、9世紀に坂之上田村麻呂が掛川に移したという。

この地方の神事の祝詞では、

【小國一宮事任神社】と宣るらしく

どちらも起源が同じ、本宮山を頂点とした【一宮】ということなのだろう、、🤔

貴族社会から武家社会、神仏習合の時代、歴史が移り変わる中で、小國神社の神領と領民は、ずっと清原氏が実効支配していた。清原氏は時の権勢者たちと結び、中世の「神仏習合」によって神社がお寺の配下に置かれる様になると天台宗本山と結びつき、この頃より「一宮」という名称が定着したらしい。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

小国神社の境内に祭られる
【八王子神社】の八の王子とは?

男神五柱、女神三柱のことらしく、

古事記に出てくる説話の神。

天照大神とスサノオの
う誓によって、お互いが生み出した子をどうするかということになり、

男神五柱は天照大神の子として、

女神すなわち宗像三姉妹はスサノオの子であるとした。

5つのストーリーがあるマルチエンディングではっきりどちらの子とは分かりにくい、

古事記で最も謎とされるエピソードだ。

 

親神様である天照大神とスサノオを祭らずに、

男神五柱、女神三柱だけを祭っているのは何か小国神社とは特別な縁があるのでは?という感じがする。

本殿よりも、

とても心を惹かれるスポットでした。

✨✨✨✨✨✨

 

最後までご覧頂きありがとうございます🙏✨

次は、事任八幡宮へ✨✨⛩️


鹿児島県 高千穂峰【天逆鉾】

2021-07-18 | スピリチュアル

鹿児島県【高千穂峰】天逆鉾


鹿児島県霧島町から登る霧島連峰にある活火山。

古事記・日本書紀に「ニニギノミコトが高千穂の峰に天降る」と記され、

高千穂の峰の頂上には天逆鉾が突き立てられている。

県境に位置し山頂は宮崎県になる標高1573 M の山。

この地に降臨した天孫ニニギの命が突き刺したたという天逆鉾が、山頂に突き立てられている。

日本神話所縁のパワースポット。

同じ、『高千穂』という名称だが、

宮崎県高千穂町の【高千穂峡】からは、車で約3〜4時間
約200 km 離れた場所にある。

こちらは駐車場から登山口に向かうところにある霧島神宮の古宮の跡地。

1255年の噴火により消失したため移し、現在の霧島神宮へとなった。

社の跡地の横から登山道が始まる。

登り1時間半
下り1時間

登山としては初級コースで

子供や老人も倍ぐらいの時間をかけて登ってるが、

やはり登山は危険が伴う。頂上付近で倒れてる方もいた。

最初はハイキングコースの様な整備された道から始まる。

次第にキツくなっていき、

後半は、ザ・登山

自分のペースをつくって、山と対話する様に登る。

休日で天気も良かったせいか、

人が多く、

上から降りてくる方の、笑顔の挨拶

「こんにちは」

に全て応えていると、呼吸が乱れ

直ぐに息があがってしまうので、

要注意だ。(地味に体力消費)


(それにしても🥲息があがり苦しそうなのに、普通に笑顔で話しかけてくる人が多いのはなぜだろう?2〜30人立て続けに挨拶したところで 呼吸困難になった🫨)

もう、

子供の挨拶だけには応え、  

大人はスルーして会釈。


時折見える景色を眺めては呼吸を整える。

登頂は木がはえてなく、荒涼とした砂利道を登る。

後半は勾配がきつくなだらかな崖を登るような感じ。

ステッキを使っている人も多かったが、

私はほぼ四つん這いのような4本足スタイルで、両手で目の前の岩をつかんで上がっていった。

道ではないため、所々に印しがついている。

登りきると、二ッ岩

火山口に沿ってなだらかな道が続く。

落ちたらしぬ。

御鉢火山の東側に寄生火山である高千穂峰が連なり、こちらの山の登頂に天の逆鉾が刺さっている。

火山火口をぐるっと半周してから、更にもう一山登る感じ。

こちらには、霧島神宮の元宮があり、最後まで登らずここで遙拝し引き返す方も多い。私もちょっとそんな気持ちになった。

元宮の社殿は788年の噴火で焼失してからは創られてにいようだ。

遥拝所

こちらで祝詞をあげ、気を入れ替え最後の登山道に挑む。

登頂が見えてきた。

登頂

諦めずに登って良かった。

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

天逆鉾の伝承には諸説あり、

天逆鉾は、古事記に記されている神話に出てくる天沼矛のことだという説がある。

天地開闢の時、イザナギとイザナミが天沼矛で海をかき混ぜて日本列島大八洲が生まれた。

一方マイノリティ説だが、

天逆鉾は、大国主神(出雲系)を通してニニギ(天孫系)に譲り国を治めさせ、その後、国家の安定を願い矛が二度と振るわれることのない様にとの願いをこめ、高千穂峰に突き立てたという伝承もある。

文字通り戦いをやめ「鉾をおさめた」という平和の証だ。

どちらかというと、私はこちらを支持したい。

最初、天逆鉾を知った時は「何故、わざわざあんなに高い所に剣を突き立てたのだろう?」

と、そんなことをするのが不思議だったが

実際に登ってみて、なんとなく分かった気がした。

征服の証か、降伏の証か、

この頂きから見渡せる全ての世界では、もう鉾は振るわれることはなく、平和である。

そんな祈りがこめられていたのではないだろうか・・・。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

出雲族から天孫族への国譲りも諸説ある。

大国主命、大國魂、スサノオ、ニギハヤヒ・・・それぞれ存在が重なり異なる。

大国主神(出雲系)の神剣といえば、出雲に入婿したスサノオがオロチ族を退治して手に入れた天叢雲剣(アマノムラクモ)が有名だ。

後に、ヤマトタケルが拝受してからは【草薙剣】と呼ばれ天皇の三種の神器の一つとなり熱田神宮に祭られてるらしいが、、(・o・;)

天逆鉾はまた別のものだろうか…、

等と考えていたら、広矛という鉾があった。

大国主の別名【大物主】(オオナムチ)の神器は広矛という鉾である。

九州南端の鹿児島県大隅半島方面から上陸した大物主勢力は、ここで鉾を納めたのだろう。

しかし、

現在、山頂に刺さっている剣はレプリカ。

1866年に坂本龍馬が新婚旅行の折に引き抜いてみせたが、その後火山の噴火により壊れてしまったと言う。


尾張國一宮【真清田神社】

2021-06-07 | スピリチュアル

愛知県一宮市真清田1丁目2−1

【真清田神社】尾張国一宮、ますみだ神社

(一宮=その地域で一番の神社。ちなみに有名な熱田神宮は尾張国三宮です)

【御祭神】天火明命

元々、真清田神社の御祭神は国之常立神だったとのことだが、
明治~天火明命に改められた。

【楼門】

 

恋を叶える神社 【服織神社】

 

本殿の右に祭られている服織神社は、一宮のおりひめ様と云われ

縁結びの赤い糸を結んで恋を祈る。

 

真清田神社は歴史は深く、謎が深い。

尾張國一宮になったのは中世以降~のこと、

現在の、ここ愛知県一宮市の由縁と云われています。


【一宮】というと、その地域で一番の神社のことで、
尾張國一宮、伊賀國一宮、武蔵國一宮、陸奥一宮といった感じで、全国にそれぞれの神様が祭られています。

たいがいは、大己貴命(大国主)か、海の神様・山の神様、そして製鉄など産業の神様が祭られています。

天孫降臨以前の、その土地その土地の縁のある古い神々です。

こちら真清田神社に祭られている

天火明命は、尾張國を開拓した尾張一族の祖。

(ニギハヤヒ)

今回は、神社でなく御祭神

天火明命=ニギハヤヒの、話しが長くなります。

 


天火明命の名で祀られてる神社は少なくて珍しい、

全国の一宮の中では、天火明命の神名でお祭りしているのはここ真清田神社だけです。

(他、別名で籠神社)


境内の中でいくつか社がありますが、

それぞれ雰囲気が全然違います。

今の形になるまでに紆余曲折の
習合の歴史があったことが感じられます。

龍神様

 

古代、大和からやってきた尾張一族が、この地に根を降ろし創建したのが始まりらしいですが、尾張一族は物部氏同様にニギハヤヒを祖としています。

ニギハヤヒという神様は、謎の多い神様。

ニギハヤヒとニニギは、

古事記では兄弟
日本書紀では親子
先代旧事記では同一人物とされていて、謎が深い。

天火明命の別名の様ですが、何れにしろ天孫族のニニギの命の兄弟神とされてます。

 

ニニギの命による天孫降臨より前にいた神々の中では、

ニギハヤヒは代表的な存在。

フルネームでいうと、

天照国照彦櫛玉ニギハヤヒの命で、ローマ皇帝の様に長いお名前です。

しかし、多くのニギハヤヒを祭っていた神社では天御中主や国之常立神に置き換えられてその名は封印されてしまったそうです。(~明治以降)

そのうち

天照国照彦櫛玉国常立ニギハヤヒとか、

もっと長い名になるかもしれません、(*_*;

Wikipedia などでは天孫族ニニギと別系統であることが殊更強調されていますが天孫ニニギノミコトの兄弟神ではなく、私は親子であるという説、

少数派である説がはまるように感じています。

或いは義理の親子かもしれません。

たくさん神社巡りをしてますと、こうした古事記だけでは説明がつかないような神々たちの系譜を感じることがあります。

こちらは、そうした古事記をこえた神々の存在を感じる神社かもしれません。

多分、行く人によって感じ方や感じる場所は様々だと思われます。

 

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【箱根神社】の女神様

2019-07-17 | スピリチュアル

箱根神社

神奈川県箱根の芦ノ湖畔にある神社。本殿右には【九頭龍神社】新宮が祭られていて、縁結び、女子力UP、安産祈願など女性の崇敬を集める神社として知られる。


箱根神社と九頭竜神社新宮が通常「箱根神社」と呼ばれてるが、

箱根神社元宮、九頭竜神社本宮、白瀧神社、合わせて五社ある。


箱根神社拝殿

九頭竜神社新宮

【箱根神社元宮】は背後の駒ケ岳山頂にあり、箱根神社から湖畔の神社通りを抜け箱根園まで行きロープウェイで行く。

【九頭竜神社本宮・白瀧神社】は更に奥の湖畔にあり箱根園から森林の歩道を30分ほど歩いて(または船で)行く。

1日くらいかけて、歩きで五社全て回られる方もいる。


九頭龍神社元宮


駐車場も少し待ったが停められた。17時には入口が閉ってしまう。




神社から芦ノ湖湖畔に降りたところに平和の鳥居があり、撮影の為の行列が並ぶ、外国人観光客が多くこちらの方が待ち時間は長い。



平和の鳥居


平和の鳥居を通過する芦ノ湖遊覧船



湖上の鳥居


九頭竜神宮本宮は5キロ近く離れた所にある。箱根神社前の神社通りを湖畔に沿って進むと箱根園に出る。箱根園駐車場に車を停められ、車ではここから先は行けない。森林公園の中をのんびり歩けば20~30分?ほど。

九頭竜神社本宮



箱根園駐車場から湖岸の方に出ると船着き場からは、モーターボート便もでていて往復1000円。帰りの時間は指定して迎えに来て貰う。





湖上の鳥居は、湖岸の平和の鳥居と違い、芦ノ湖内に立っていてひっそりとしている。何れにしてもモーターボートでしか近づくことはできない。


九頭竜神社本宮の下にある社から湖に降りていく小さな階段があり、一番下から屈むように遥拝できる。


◇◇◇◇◇

箱根神社のオススメは、安産祈願の神木



九頭竜神社新宮の手前に入り口があり、ひっそりとしている。






うろの中には、女性の神様が宿る。

参考画像 高麗姫さま。



写真の様な端正な顔立ちをした神様。

たくさんの子供たちを守る為に自ら木の精となって、ここで産まれてくる子供たちを守り続けてきた。

箱根神社創建以前よりここで人々に崇敬され、

源頼朝が、妻の北条政子の安産を祈願し、

そして今も、訪れる子供たち、生まれくる子供たちを静かに守り続けている。

箱根神社が創建された場所は古来より信仰の聖地であったが、相模湾に面した大磯にある『高来神社』(旧高麗神社)からの分社により、ここ箱根の芦ノ湖に遷されて、現在の箱根神社になっていったという。

どちらもニニギ尊ら皇祖神を祭られている。

西暦668年、中国北東にあった『高句麗』が唐に滅ぼされると、和国(日本)には高句麗からの亡命者が大勢渡来してきた。

高句麗の若光王が、大磯(神奈川県)に上陸し、上陸拠点に高来神社(高麗神社)が祭られた。

高来神社



高句麗からやってきた民達は東国の開発に力を注ぎ、やがて箱根へ、関東に帰化していった。神奈川・東京~埼玉にかけては、高来神社、調布、府中、狛江、高座、高麗山、駒形、駒ケ岳など高麗由来の名称が多く残る。

高句麗の若光王は、

716年に大和朝廷より【高句麗王】の姓を賜り、

武蔵の国に『高麗郡』が設置され初代高麗郡主となった。


高句麗若光王とその妃・高麗姫


今はもう高句麗の歴史を感じさせることもなく、ただひっそりと静かに子供たちを見守っている。




【九頭竜神社本宮】徒歩でゆく

九頭竜神社本宮へ歩いて行くには、神山通り(セラピーロード)を抜けて、九頭竜神の森入り口から入る。入場料500円で、夕方5時にしまってしまう。



のんびり、湖岸の道を行くのもいい❣️

あと🤔500円+でモーターボートでいくのもありかもしれないが、

九頭竜神の森へ入るとすぐに白瀧神社がある。





損害を与えた九頭竜を調伏したと書かれてるけど、龍というより瀬織津姫のように見える(*_*)




湖畔の道はセラピーロードというだけあります。
ゆっくり歩きたくなる道。





夜の平和の鳥居


雲見浅間神社【磐長姫】

2019-01-01 | スピリチュアル


静岡県松崎町
南伊豆【雲見浅間神社】
御祭神【磐長姫】(伊波乃姫)


磐長姫は、古事記『天孫降臨』の神話の中に、妹の木花開耶姫と共に登場する。

国ツ神である大山津神の娘。

全国各地の浅間神社にまつられている木花開耶姫と比べて、磐長姫をまつる浅間神社は少ない。

東名高速から伊豆縦貫道を抜け、南へ直進し天城方面へ。天城越えはせず、西伊豆岸側に出て海岸線沿いに更に南下すると、険しい海岸線に、ポツンと突き出る様に「烏帽子山」が現れる。



この標高162mの烏帽子山という山は、地底深くのマグマが地上に現れてできた岩山で、山全体が神域。



参道の階段を登ると拝殿があり、更に320段の階段と山道を登ると頂上に奥宮と小さな展望台があり、頂上から駿河湾を望む眺めが絶景。


駿河湾



拝殿は閉まってて、扉を開けて中に入り参拝する。



70キロほど離れた静岡県沼津にいる宮司さんが週二程通って管理されているらしく、普段はこちらには誰もいない。お札などが欲しい場合は、連絡してお願いするようだ。




320段の急勾配だが、登りきった右側に拝殿(女宮)があり少休憩。



ここからは、山道だが頂上まで一気に上がる。きつくてもせいぜい15分ほど。








岩山の頂上にへばり着くように奥宮が建っている。





ニギハヤヒ


宮の脇から展望台へ上がる。展望台と言うより、小さな見晴らし台。



岩山の頂点で、1帖も無く、それだけに圧巻だ。





眼下は絶壁、落ちたら怖い。



吾ながら信じられないが、10年前に来た時は柵を越えてしまいこの岩の先端に乗り瞑想をしていたことがあった。

危険だ。





富士山からは雲がかかって見えないことから雲見という。

『九州に降臨した天孫族のニニギの命は、笠沙の岬で美しい木花開耶姫と出会い一目惚れをし、結婚を申し込んだ。

木花開耶姫の父・大山津の神は喜び、木花開耶姫だけでなく姉の磐長姫も共に嫁がせた。

しかし、姉の磐長姫は醜かった為にニニギの命は送り返してしまった。

磐長姫を送り返された大山津の神は

「木花開耶姫は花の精、花が咲き乱れる様に華やかに栄えます。共に嫁がせた磐長姫は岩の精、その栄えが岩の様に固く揺るぎないよう長久の思いをこめました。しかし、磐長姫を返されたことにより、天津神の御子の寿命は花が散る様に短く儚いものになるでしょう」と、言った。

磐長姫は、恥じて雲見に隠れた。

木花開耶姫が祭られる富士山からは雲で見えなくなり、妹は姉を見ようと背伸びをしたため、富士山は高くなった。』

この地方では、雲見浅間神社にお参りする時は、木花開耶姫が祭られている富士山や浅間神社を憚る。





「祝う」とは、「岩う」で、石がいつまでも不変であるとのことから発したとも云う。

堅固に変わらぬ存在の価値を感じる。

本当は美しい磐長姫✨








大阪 サムハラ神社

2017-01-22 | スピリチュアル

大阪市西区の町中に忽然と鎮座している小さな神社。





【御祭神】天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神

総称して「サムハラ」とのこと。

この三神は、八百万の神々とは別柱で、天之御中主神は神道における唯一の創造主とされている。


聖書でいういわゆる創造主である、天の御中にまします主(エホバ)と同じよ〜な響きがある。洋の東西は違っても、創造主は天の中の唯一の存在なのだろうか。





サムハラ神社の指輪は、お守りの御利益があるということで有名で、入荷と共に完売してしまい、常に入荷待ちの状態らしい。月に一度か二度しか入荷せず、たまたま参拝した日がその入荷の日だった。(もちろん売り切れた後)






「サムハラ」とは身を守る言霊のようなもので、その言葉自体が護符となるようだ。





サムハラはサンスクリット語の「シャンバラ」ではないかとの説があるようですが、ふと神奈川県の「サガミハラ」や「サムカワ」を連想します。作家の金達寿によると「サム」とは、古朝鮮語で、「私達の家」を指すそうで、朝鮮半島かの渡来人によって開拓されてきた関東にはそうした由来の地名が多く残っているらしいです。


しかし、この 「サムハラ」 とは、古代日本語であるカタムナカタであるとのこと。

まだ万葉仮名よりも以前、ホツマツタエの時代よりもまだ遡る言語で、遙か昔しから日本列島に存在していた言葉。奥院が岡山県津山市にあり、豊臣秀吉の家臣が「サムハラ」と書かれた石碑を発見し、その神字を書き写して戦に臨んだところ矢や鉄砲が当たらなかったことから広まったとのこと。




時の彼方から伝わってくるような長大なエネルギーを感じる。










北海道 アイヌ・モシリ【二風谷】    アイヌの聖地

2014-03-02 | スピリチュアル
  • アイヌ・モシリとは「人間の住む静かな大地」という意味。 二風谷

    北海道の沙流川にある二風谷にはオキクルミカムイという神様が黄金の乗り物に乗って降臨したとの伝説がありアイヌの聖地と云われる。

    冬の北海道、11月~3月くらいまではパワースポットと呼ばれるたいがいの場所は雪に閉ざされ立入ることができなくなってしまう。できればストーンサークルや洞穴にも行ってみたかったが、アイヌのアシリ・レラさんが住むこの二風谷にまずは来れて良かった。

     
     萱野茂アイヌ民族資料館やっていなかった。

     コタン



    沙流川流域は多くのアイヌコタン(村)があった場所でカムイの伝承地が存在する。約8000年前から人が居住し、石斧の素材である緑色片岩の流通が始まった。(※1万6500年前から続いた日本先住民縄文人と最も近しいのがアイヌ民族の様だ)


    沙流川

    毎年8月には【アイヌ一万年祭】が行われている。


    神器 トゥキ・イクパスイ

       

         どことなく鹿児島の隼人族のトライバルにも似ている。


    日本最大の丸木舟

    チセ(住居)




    「イランカラプテ = こんにちわ」




    【義経神社】
    アイヌ文化博物館から下流へ10分程オキクルミ像の近くにある源義経を祭る神社。
    鳥居



    参道には源氏の白旗が並ぶ。
    兄の頼朝に疎まれ奥州平泉で亡くなったとされる源義経は、実は北海道へ逃げ落ちたとの異聞があり、その足蹠らしきものが続いている。

    社殿

    しかし、ここ義経神社はもともとアイヌの英雄神オキクルミを祭っていた地だった為、江戸時代にきた幕臣により、義経に置き換えられたとの説もある。そうした伝承がこの地に残ることも、ここが聖地であるからなのだろう、、

    一方、オキクルミという神(カミ)こそが源義経であるとの説もある。

    判官贔屓という言葉が妙に切なくもある。(中央から追われた源義経=判官をひいきにするという、弱者敗者の立場に立つという様な意)


    北海道には大陸北方とのつながりもあり、朝鮮の白頭山の火山灰がこの地に積もっているそうだ。となりの朝鮮半島は7000年くらい前は人が住んでいない時期もあったが、それよりもずっと昔から人が住み続けているという事自体に、無類の貴重な価値を感じる。



    日高山脈  あいにくUFOとの遭遇はなかった。

    ピラ= 崖


    アイスバーン

    【銀の匙】の帯広から車で3~4時間



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             「人間らしい 人間」


冬の中禅寺湖 日光二荒山神社【中宮祠】

2014-01-19 | スピリチュアル

栃木県 日光二荒山神社【中宮祠】


中禅寺湖北岸、男体山(二荒山)山麓に鎮座する。


男体山の山頂にある二荒山神社奥宮と、日光山内にある二荒山神社本社の中間にあるので、中宮祠と呼ばれる。

【御祭神】 

大己貴命(大国主命)
田心姫命(多紀理姫)
味耜高彦根命(アジスキタカネヒコ)

味耜高彦根命は大己貴命と田心姫命の子。
日本神話では、天孫降臨の為、高天原から葦原中国(=出雲)の平定に遣わされたが下照姫と結ばれ復命しなかった為に返し矢で殺されてしまった天若日子アメノワカヒコ(父・天津国玉神)とそっくりで、葬式の時には生き返ったかと間違えられてしまったエピソードがある。


 
日光東照宮~車で小一時間程、つづら折りが続く【いろは坂】を登ってゆくと、忽然と鳥居があらわれ中禅寺湖へと着く。



登りの路面はやや凍結してて、ヒヤヒヤしながら多少スライドしつつもチェーン無しで登った。

 湖畔

 駐車場

男体山頂(2,486 m)にある奥宮への登拝口があり、5月には開山祭りが行われ、白装束の人々がここから一斉に登ってゆく。
(この時の祝詞詠唱はハキとした棒読みで、平安風の祝詞と違い韓流の詠唱を思いおこさせられる)

  鳥居

       男体山

男体山を背に中禅寺湖に向い祭られている。山開きの頃には、登山口側に小皿に嫌なことを書き叩きつけて割る厄落としがあり結構賑わっているが、冬は立入れない。



神門

稲荷社

男体山と女峯山・太郎山とで【日光三山】と呼ばれ、山自体が御神体であり、
日光東照宮横の二荒山神社本社に遥拝所がある。

【男体山】 父・ 大己貴命(おおなむちのみこと)  
【女峯山】 母・ 田心姫命(たごりひめのみこと)
【太郎山】 子・ 味耜高彦根命(あじすきたかひこね)

冬は登山することができないため、神社の門は固く閉ざされてしまっている。


張りつめた冷たい空気と雪につつまたれた静謐さに、
より一層、近づき難い崇高な尊厳を感じる。

冬、入ることができない【中宮祠】は、凛とした静寂を心静かに感じるスポットだ。




日光二荒山神社中宮祠 栃木県日光市中宮祠2484-4 


本文とは関係ないですが、
月夜の不思議な写真~画面真ん中あたり



月光がたまたまスペクトル分解されたせいか? 光の女神が現れた様にみえる。





高千穂3.【高千穂神社】日本発祥の聖地Ⅰ. …と、パワースポット

2013-11-28 | スピリチュアル


高千穂神社

【創 建】 
紀元前後~垂仁天皇の時代

【御祭神】 
高千穂皇神(高智保)六柱十社大明神

瓊瓊杵尊(ニニギ)
木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)

彦火火出見尊(ヒコホデミ)
豊玉姫命(トヨタマヒメ)

鵜葺草葺不合尊(ウガヤフキアエズ)
玉依姫命(タマヨリヒメ)

【四皇子社】には神武天皇とその兄弟、三毛入野命(みけぬのみこと)五瀬命(イツセノミコト)、稲氷命(イナヒノミコト)、佐野命(サノノミコト)が祭られ、
【荒立神社】にはアメノウズメ命とサルタヒコ六神が祭られている。



高千穂神社のように、天孫として降臨したニニギの命と、ニニギの命の子ヒコホデミ命、孫ウガヤフキアエズ、曾孫にあたる神武天皇まで、日本建国の皇祖皇族が全て祭られている神社は他に知らない。

天照大神の岩戸隠れやニニギの命の天孫降臨を由緒とする神社は多数あるが、
日本でここだけという、稀代の世紀を超えた【皇室発祥の聖地】の畏みがある。


鳥居


 

狛犬は源頼朝による寄進

 
参道

 
御祭神である三毛入野命の、鬼八退治の伝説の彫像が社殿に彫られている。

鬼八はこの地方の豪族で岩窟の隠れに住み、三毛入野命に殺されたが蘇り再び退治されたとの伝説があり、死後も霜を降ろすと恐れられた。(鬼八塚には17世紀近くまで少女が生贄にされていたらしい)鬼八を切った剣は鬼切丸という宝剣として今も残る。

 
四皇子社荒立神社


秩父杉 (源頼朝公)

高千穂神社は皇室発祥の聖地として鎌倉幕府からの信仰が厚く、源頼朝の代参畠山重忠によって秩父杉が植樹された。


鎮石 

第11代垂仁天皇の勅命により我国で始めて伊勢神宮と高千穂宮が創建された際に用いられた鎮石との伝承。


神楽殿
神楽殿では夜神楽が毎晩奉納されているとのこと。(\700)



◆◇◆◇◆

天孫族が侵攻するにあたって、高千穂くしふる峰は隠れ易く攻めやすく、

第一の宿営地として降臨するのに適した場所だったのではないだろうか?と思う。

高天原からくしふる峰をつたい高千穂境へ、阿蘇へ日向へと、

そして、日向の国から東へ支配を広げ日本建国へと続いていく。

土着豪族を討ち天孫族四代に渡ってこの地に建国の足場を築いていったであろう

日本建国の黎明が偲ばれる。


日本の古都、故郷と言うとつい奈良・京都を連想しがちだが、

一地方から始まり建国への足踏みが聞こえてくる様な宮崎県高千穂の方が
  
むしろ、日本の故郷としてのリアリティをひしひしと感じる。

高千穂の森は歴史を深く、深呼吸するような気分だ。


神代から人代へとうつりかわり、

みことの尊号も 

【命】ミコト⇒ 【尊】みこと⇒ 

【皇】スメラミコトへと

変わってゆき神話と史実が交差する。

     
【日本神話】から【日本建国】へと移りゆく、日本誕生の聖地。

高千穂神社 宮崎県高千穂町三田井1037




◇◇◇◇◇
高千穂町トンネルの駅から暫く先へ行き、
脇道をあがって行くと高千穂の山々と阿蘇外輪を見渡せる高台にひっそりとある。人知れず浄化のエネルギーが溢れるスポット。

 

 







 高千穂~阿蘇外輪を見渡す夕陽


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