長崎県諫早市〜雲仙方面のスポットの紹介です。
【諫早神社】九州総守護
✨ご祭神
天照大神/大己貴命/少彦名命
北海道の神社の様に、
⛩️【伊勢神宮】に祀られている天照大神と、
⛩️【出雲大社】に祀られている大己貴命(大国主命)
天孫系・出雲系二柱の神様が一緒に主神として祭られているのは珍しい、、😮少彦名命は、大国主命と共に国造りをした神様。
✨創建1300年前
古事記が誕生した頃。行基という僧が、古事記の九州誕生のエピソードにちなみこちらに守護として祀ったのが創建。
元は、⛩️【四面宮】といい、古事記の
日本列島と八百万の神々をお生みになられた『イザナキ・イザナミ】の夫婦神の国うみ神話では、
「筑紫の島(九州)を生む。四つ面があり、面ごとに名がある」とある。
九州の四方をさす四面とは
筑紫の国 / 豊の国 / 肥の国 / 熊曾の国
の4つの国らしく、九州総守護の所以だそうです。
(宮崎県日向の国?どこいった🤔)
テゲテゲ
(または、熊曾の国でなく
筑紫の国『白日別』
豊の国『豊日別』
火の国『速日別』
日向の国『豊久士比涅別』と言う、、🙄)
雲仙【温泉神社】
他の雲仙方面にある四面宮は、明治の神仏分離より温泉神社(うんぜん神社)と名を改めこちら諫早の四面宮は、諫早神社(いさはや)に改名した。
雲仙市【岩戸神社】👺
ここは、、😳、、凄い、、
諫早市【川頭神社】
川頭遺跡の近くにあるひっそりとしたスポットです。
ここも、、😳
🛸先月は、北海道⛩️と九州の諫早⛩️に行き、
(しばらく神社巡りは行かないかな?)と思ってましたが、
先週🚀いきなり思い立ち🤩春分弾丸ツアーへ。
土日で、気多神社→白山比売神社 → 元伊勢籠神社・真名井神社→厳島神社
そして、、春分の日🌸に、出雲大社→鏡作天照魂大神社→伊雑宮→伊勢神宮
を周りました、、
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春分🌸弾丸ツアーの振り返り、「その2」
ちらっと【ユダヤ渡来説】日ユ同祖論的なお話しです😌
歴史ヲタクな話しをダラダラと書いてますので、
興味のある方だけお読みください🙏本当にダラダラ書いてます😂
諫早神社はもとは【伊佐早神社】ともいい【イザヤ】
のことだという。ある方に
諫早市のイサハヤという名称も【イザヤ】が語源であると聞き、😳
🛸思い立って諫早に行きました。
(イザヤ=ユダヤ教の預言者)
ユダヤ渡来説では、日本神話のイザナキ・イザナミも、西アジアのイザヤ夫婦のことであり、高天原とは『タガーマハラー』のこと。👳👩🚀
諫早は何とも言えない独特な雰囲気でしたが、他のユダヤ説がある神社と比べ、「神仏習合」=日本古来の神々は仏教の神であるとされた時代の仏教色が少し残ってる様に感じました。
西暦700年代聖武天皇の時代は、仏教僧の行基によって日本中のパワースポットが仏教で封印された時代とも考えられます、、🤔
僧行基は日本中を巡り布教と開墾により力をつけ、権力者となり、日本で初めて大僧正になった怪僧です。
前の飛鳥時代は、役行者とゆ〜山岳仏教の開祖が布教を行い国民を役務に就かせ、行き過ぎはあったにせよ、開墾事業は国の公共事業の域を出ることはなかったですが、行基など奈良時代になると仏教勢力が主導となり財産を蓄えていった。
神仏習合も、信仰の変化というよりも
神人(領民)、免税地である『神田』等、神社の領地を仏教勢力が乗っ取るという目的があったかもしれません、、
聖武天皇は「仏教に心酔していた」ように語られがちですが、野心的な奈良仏教の力を借りてでも、守らなければならない事情があったかと思われます😔しかし、遂に「仏教の下僕です」と宣言させられます。
神仏習合で仏教による新たな支配層が形成され始める黎明の時代。
(それにしても仏教の人々の凄さよ😳)
そして、
今月連休、🚀弾丸ツアーで周った『元伊勢籠神社』奥宮の方はそうした仏教っぽさはあまり感じられないです😌
どちらかというとユダヤ教?
奥宮【真名井神社】のマナとは、旧約聖書に出てくるモーゼが降らせた食べ物【マナ】のこと。(真名井神社の御神体は『マナ』と云われ)
関係あるかは分かりませんが食物の神「豊受姫大神」が祭られています。
真名井神社は以前は、ヨサノ宮と言われたらしいが、
これちらも『ヨシュアの宮』に思えてくる🤔
(ヨシュア=モーゼの後継者)
『厳島神社』の海上社殿を造営した平清盛ら平氏も、渡来ユダヤ人の末裔と云われてます。
何気なくあちこち周りましたが、、何やら振り返ると
【旧約聖書】に一脈相通じている神社ツアーだった気もします。⛩️✨
全てではないと思いますが、周った神社は海人族(アマ族)の足跡でもあったかと思います、、😌
『海のシルクロード』と呼ばれた南海ルートで、西アジアから渡ってきたユダヤ支族もいたかもしれません。
紀元前アッシリアの侵攻により
散り散りに世界各地に逃げた古代ユダヤ10支族を探してきましたが、
(または秘宝を探し)
日本神道と、ユダヤの数々の共通点を見出し🧿
ユダヤでは既に古文書でしか知ることの出来ない祭りごとの形が、日本神道の中に浸透し、連綿と受け継がれていた事に驚きました。
『日ユ同祖論』とまではいかずとも、神社に残るにユダヤ支族の足跡は感じずにはいられません。
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古代、アジア大陸で居場所を失った民族達は様々な苦労をして
アジア世界の果て、
東の果てにあるという東海を渡った大きな島を目指して逃げてきました。
東アジアはまだ人が少なく、西のエジプトやローマ、中央の中国、南のインドなどの様な帝国や大文明がなく、まだ日本という国もない上古の頃、
西アジアのユダヤ教
南アジアのインド仏教徒
だけに留まらず
東南アジア、中国江南地方の
稲作文化を持つ巫術的な信仰から
西北アジアのスキタイ族の特徴まで
様々な信仰を持つ人々が、アジアの果て、東の果てまで逃げてきました。
失われたアジアの伝統は、日本列島に守られ
古代からある
神社や遺跡には、日本開闢以前からのそうした微かな流れも感じます。
長崎県の諫早神社(イサハヤ)と、三重県の伊雑宮(イザワ)、
振り返れば語印が似てる、
この二つの神社の違う感じはとても印象的でした。
⛩️😌🙏
私は、御朱印集めというのをしませんが、
御札を時々、頂きます。
今回、伊雑宮では剣祓いを頂きました。
ちなみに、御札は元々『剣祓い』といって先が三角になっている剣の様な形をしてたもの、
角祓いという長方形の御札は後世できたそうです。
本当に😂とりとめのない話しを
最後まで読んで下さりありがとうございます。
✨✨⛩️
🤩⛩️さぁ、今週末は日光と宇都宮の
二荒山神社に行ってこよう🚀🚀✨✨✨
✨✨✨🚀
😌行ってきました、、
宇都宮二荒山神社
ご祭神
豊城入彦命、大物主命、事代主命、
日光二荒山神社⛩️
ご祭神
大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命、
同じ二荒山神社という名称ですが、
微妙に祭られている神様が違いました😮