村上龍の「半島を出よ」を読了。
北朝鮮の特殊部隊の9人の兵士が、福岡を制圧する物語である。荒唐無稽の感じがするが、読み進めると現実に起こりそうなくらいリアリティがある。
この本は、2005年に刊行されている。しかし、村上氏は去年の原発事故の政府の対応をまるで予見するかのようである。その対応が、余りにもそっくりでびっくりしてしまう。私たち日本人は危機に向き合い、判断し、決定することができない民族なのかもしれない。
現在の日本人は、今までの人類が経験したことのないような無暴力の世界に生きている。
それ自体、素晴らしいことで何の問題もない。出来れば世界中、日本のように安全で平和な国になってもらいたい。
しかし、現実はそうなってはいない。いまだに暴力の力で世界は均衡を保っている。もちろん、日本も見えないだけで、その均衡のなかにいる。
平和ボケした私たちの目の前に、その暴力が現れたとき、ただ何もできず呆然としてしまう。
物語の中で、兵士に息子が手拳で目を突き刺される場面が出てくる。その父親は声も出さずにその場で固まり、何もできないまま殺されてしまう。
圧倒的な暴力に対して戦うという選択肢すら、思い浮かばないのである。
その父親は、現在の日本である。子供を命をかけて守るという身体の反応ができていない。むしろ母親のほうが、そうするだろう。
この物語は、誤解を恐れずに言えば、ヒーローものである。ただ、このヒーローたちにあまり感情移入できにくい構造になっている。
それは、福岡を助けるヒーローが、多数派から疎んじられてきたアウトロー、マイノリティーのガキどもだからだ。
このガキどもは、子供の頃から圧倒的な暴力の下で生活させられてきた。それ故、暴力というものを本能的に知っている。
この社会非適応者たちが、社会を救うという皮肉な結果になっている。したがって、ハリウッド映画のようなカタルシスはない。しかし、リアルである。
私にとってあまり興味のないどうでもいい箇所も手を抜かず詳細に書かれているから、多少、冗長に感じるところもある。
しかし、多数派に流されず自分自身の頭で考えること、暴力の対峙したとき私たちはどうすればいいのかを、擬似的に体験できる。
名作である。しかし、この本はすべての人におすすめしない。