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旅の途中

にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、時には単車に跨って。

Biz-Lunch そば処やぶ@浦和「ざるそば&ミニかつ丼」

2025-06-24 | Biz-Lunch60分1本勝負

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旅の途中

旅の途中

にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。 街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、 時には単車に跨って。

旅の途中

 

駅から市役所に向かう通りに「そば処やぶ」がある。
近くに「分上野藪かねこ」という少しかしこまって伺うような店もあるけれど、
こちらの「やぶ」は庶民的でお昼に通い詰めたいような店だ。

初めましての店だから、まずは “ざる” を一枚、いや色気を出して “ミニかつ丼” を付ける。
せいろに大盛りと見紛うほど盛られた “そば” にたっぷり刻み海苔、これは嬉しい。
ほどよくコシのあるそば、甘くも辛くもないつゆ、文句なく美味い。
ボリューム十分の “かつ丼” もミニではないなぁ、これ。

Yシャツ姿の勤め人も、作業服のお兄さんも、買い物帰りのお婆ちゃんも、皆幸せそう。
多くの方に愛される、皆の美味しい店、いつまでも続いてほしいと思う。

<40年前に街で流れたJ-POP>
MANHATTAN JOKE / 河合奈保子 1985


乗換の王寺で山廃仕込の大倉と長瀧の生原酒と 近鉄田原本線・生駒線を完乗!

2025-06-21 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

民家の軒を揺らすように、お馴染みマルーンレッドの8400系3両編成が近づいてきた。
30分に1本、律儀にそして長閑に西田原本と新王子をシャトルしている田原本線だ。

3両編成が折り返す西田原本駅は田原本駅(橿原線)と広場を挟んで50〜60m離れている。
広場には両線の乗換客を狙った一杯呑める露天やらキッチンカーが出ている。

両駅がそれぞれが独立している(連絡線はある)のは、両線のルーツに違いがあるから。
この日の午後呑み潰している田原本線は大和鉄道がその前身だ。

マルーンレッドの3両編成は7駅を数えて約20分で新王寺に終着する。
ここでもローカル線あるあるで、3つの箱から出てくるのは高校生とお年寄りばかりだ。

新王子は頭端式ホームになっている。つまり鉄路は車止めで塞がれている。
やはり駅前広場を挟んで生駒線の王寺駅と向かい合って、線路は繋がっていない。
わざわざJR線をオーバーパスしてきているのに、残念な駅ではある。

案外と王寺には昼呑みできる店が多い。5方面に鉄路が延びる乗換駅でもあるからかな。
それではボクも王寺駅に移動する前に赤ちょうちんに飛び込んでみるのだ。

そしてこの店が嬉しいのは、奈良の地酒が揃っているところでしょう。
この橙のラベルは香芝の “大倉”、山廃仕込みで旨酒を醸している。
この直汲み無濾過生原酒をグラスから升に溢してもらう。トロリとした芳醇な旨味のある酒だ。
アテの “斑鳩豆腐屋の冷奴” はクリームチーズのよう、関東のモノとはだいぶ違うね、美味しい。

“奈良万願寺トウガラシの焼き”、このピリリと辛いやつで何合かいけそうでだね。
二杯目は北葛城郡の “長龍”、この雄町の無濾過生原酒はジューシーでフレッシュだ。

地酒と地産の食材を活かしたアテを楽しんだら、ミョウガを散らして “そうめん” を啜る。
この暑さでバテ気味の身体に、この冷たいのが心地良いね。

今度は大学生に混じって王寺駅の改札を通る。生駒からやってきた1021系は4両編成だ。

旅の後半を往く生駒線は、朝護孫子寺への参詣のために信貴生駒電気鉄道がルーツ。
もともとの枚方まで繋ぐ計画は実現せず、枚方側は京阪交野線として開通している。

ひとつ目の信貴山下で降りてみる。かつてここからは東信貴鋼索線が信貴山をめざした。
駅前にはコ9形という戦前の車両が展示されている。

マルーンレッドの4両編成は、生駒山地東麓に広がる住宅地の中を、ぐいぐい勾配を登っていく。
いつしか鉄路は複線になって、山中のターミナル生駒には約25分で到着する。

王寺での昼呑みを挟んで、田原本線と生駒線の旅を終えた午後。
厳しい支線を潰す旅は、奈良の酒肴を堪能して、案外楽しい旅になったね。

近鉄田原本線 西田原本〜新王寺 10.1km 完乗
近鉄生駒線 王寺〜生駒 12.4km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
Bye Bye My Love / サザンオールスターズ 1985


『ぶぶ漬けどうどす』からの四万十川と雪雀@大衆酒場BEETLE

2025-06-19 | 日記・エッセイ・コラム

『ぶぶ漬けどうどす』予告篇

銀座でレイトショーを観てきましたよ。

京都の老舗扇子店の長男と結婚し、東京から引っ越してきたフリーライターのまどか。
450年の歴史を誇る老舗の暮らしぶりをコミックエッセイにしようと、
精力的に義実家や街の女将さんたちの取材を始めるのだが、
「本音と建前」を使い分ける京都の文化を知らず、女将さんたちを怒らせてしまう。
京都の正しき伝道師になるべく奮闘するまどかだったが、
事態は街中を巻き込んで思わぬ騒動へと発展していく。

・・・というストーリーなのだけれど、恥ずかしながらやや未消化のまま。
もう一度観ないといけないなぁ。やはり深いぞ、京都沼。

レイトショーを出たら、当然に一杯呑んでいこうということになる。
渋く “赤星” を開けたら、この分厚い “ハムカツ” を噛み締める幸せ。
箸休めに抓む “枝豆” の塩加減が最高だね。

まどかが拘った取材対象は洛中の老舗、ボクも洛中の酒を求めたが見当たらない。
伏見の酒さえ品書きに見つからないから、今宵、海を越えて四国に渡ることにする。

先ずは土佐の “四万十川” を溢してもらう。すっきりとした淡麗辛口の純米吟醸酒だ。
アテはもう真っ黒な “肉どうふ”、沁みているでしょう。これがなかなか美味い。

ところかわって伊予の “雪雀” を注いでもらう。媛辛口はガツんと手応えのある辛口酒だ。
ちょうど “大羽いわし 塩焼き” が焼けた。ワタの苦さをを流してこの辛口が旨い。

平日のレイトショーから大衆酒場、これ結構楽しい。癖になるかも。
とりあえずは『ぶぶ漬けどうどす』をもう一度観ないかんなぁ。


札所1番 四萬部寺と定峰峠と蕎麦処ふどうと

2025-06-17 | 日記・エッセイ・コラム

青もみじに囲まれて、千鳥破風をふした入母屋造りが美しい秩父巡礼の第一番札所 四萬部寺。
「極楽之図」と「地獄之図」など観音堂の透かし彫りの匠が素晴らしい。

嵐山小川ICを降りたら県道11号を走って、定峰峠を越えて秩父盆地に抜ける。
この峠、頭文字Dっていうアニメの聖地らしい。
走り屋が集まってくるのだろうか、本気か冗談か、峠道にレッカー会社の立て看板が何枚か。

夕方から崩れそうな天気予報だから、まぁ秩父辺りに蕎麦だけ喰いに行くかと。
少し捻りを加えて、峠を一つ、札所を一つ加えて短いツーリングに出発。

秩父札所は、秩父地方に点在する三十四の観音霊場をめぐる巡礼の道、
江戸時代には関所を通らずに訪れることができる信仰の地として、庶民に人気であったとか。
本来徒歩で行くのが巡礼なのかも知れないけれど、ちょっと手軽に鉄馬で巡ってしまう。

一方、秩父地方はそばの産地として有名、盆地で痩せた土地であったり、
一日の寒暖の差が大きいことが、そばの栽培に適しているという。

四萬部寺に最寄なのが蕎麦処ふどう、この店を探し当てて訪ねるのは結構難しいかも知れない。

そばは二八のせいろと野菜天ぷら、それに小さな味噌ポテトが付いたセットを択んだ。
石臼で挽いた二八が、ほんのり香り、コシもあっていい感じだ。
地野菜の天ぷらも、カラッと揚がって、丁寧な仕事を感じさせる。岩塩で美味しい。

札所と峠と蕎麦処と、これって半日遊ぶには面白いテーマかも知れない。ご馳走様でした。

<40年前に街で流れたJ-POP>
白い炎 / 斉藤由貴


凍れる音楽と橿原神宮と出世男と 近鉄橿原線・天理線を完乗!

2025-06-15 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

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旅の途中

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にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。 街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、 時には単車に跨って。

旅の途中

 

大阪線と京都線ジャンクションのポイントを渡って、橿原神宮行き急行が1番線に入線する。
クリスタルホワイトのフェイスにオレンジの急行のLEDが煌めいているのは9020系だ。

大阪・京都・橿原神宮・奈良の4方面に鉄路を延ばす大和西大寺から旅に出る。
首都圏在住の呑み人が近鉄を呑み潰すチェレンジは、結構難易度が高いけれど、
まぁ楽しく乗って呑んで食べて行きたいね。まずは橿原線から始めたい。

すでに真夏の陽が照りつける休日、急行最初の停車駅 西ノ京で途中下車しよう。
ご存知の通り、真っ直ぐ南下する橿原線の左手には薬師寺の塔頭が並んでいる。

薬師寺は法相宗の寺院で南都七大寺の一つ、薬師三尊を本尊としている。開基は天武天皇だ。
高田好胤管主以来進めてきた白鳳伽藍復興事業により、堂塔の鮮やかな朱色は平城の時代を甦らせた。

寺が創建されたおよそ1300年前から残る国宝の三重塔(東塔)も大規模修理を終えた。
大小の屋根が織りなすバランスの美しさは「凍れる音楽」とも称せれている。

次の急行停車駅 近鉄郡山は、時間の関係で途中下車を見送り。
郡山城は豊臣秀長の頃、城郭も城下町も100万石に相応しい大規模なものになったという。

続いて平端(ひらはた)で途中下車、ここは天理線の乗換駅
呑み潰しのゲームだから、こうした支線を漏れなく拾っておかなくてはいけない。
分岐のY字が広がった地点に駅があるから、橿原線から少し離れた1番ホームに
天理行き急行が緩いカーブを描いて侵入してきた。

3駅4.5kmの旅だからあっという間の終着駅。天理線は全線複線で、6両編成が15分おきにシャトルし、
日中は京都や難波から直通の急行が走っているのだから、天理市と宗教本部の実力はすごい。

天理教本部や石上神宮方面に向かって延びるアーケード天理本通を歩くと酒蔵がある。
明治10年創業の稲田酒造は、天理産の酒米で “稲天” を醸す、正に地酒の蔵のようだ。

リーチインの中に見つけた純米酒 “黒松稲天” は300mlのスクリューキャップタイプ。
これは良い、ロングシートの中でも呑めるかも知れない。
っと早速バンダナに包んだら、すっきりとして旨みのある酒を復路の電車でいただくのだ。

戻ってきた平端駅は、京都と橿原神宮や賢島を結ぶ特急の待避駅になっている。
各駅停車が発車を待つ間、ホーム上にチャイムが鳴り響いて、上下線の特急が駆け抜けていく。

次の急行停車駅 田原本のことは別の機会に触れるとして、さらに先は大和八木。
ここもまた、大阪・京都・橿原神宮・名古屋と4方面へのジャンクションになった重要な駅、
この駅は大阪線が橿原線をオーバークロスする構造になっているので、
構内には、京都方向と名古屋方向を結ぶための新ノ口連絡線が設けられている。

大和八木(八木西口)を降りると、江戸時代の旧い町家が保存される今井町を訪ねることができる。
天文年間に本願寺の勢力によって建てられた称念寺が、農民などを門徒化し、
諸国の浪人や商人を集め、周辺に濠と土居を巡らせ、一向宗布教の拠点としたのが始まりだそうだ。
その後は商工業都市として、俗に「今井千軒」とか「海の堺 陸の今井」と呼ばれるほどに発展した。

白壁の国重要文化財、古民家カフェ、レストランなどが点在し、散策するだけでも楽しい。
中尊坊通りにある “出世男” の河合酒造が呑み人の目的地だ。

ラストスパートする急行は畝傍御陵前に停車した後、橿原神宮前に終着する。
ここでは阿倍野橋から走ってきた南大阪線、それに続く吉野線と逆Yの字に合流して、
鉄路はさらに吉野方面に延びているけど、両線とは軌間が違うため、橿原線の南下はここで止まるのだ。

駅を背に500mも進むと鬱蒼とした杜と大きな鳥居が見えてくる。橿原神宮だ。
表参道から神橋を渡って第二鳥居を潜る。次第に気が引き締まっていくのが解るから不思議だ。

御祭神は神武天皇。日本書紀によると九州高千穂から東に向かった神日本磐余彦火火出見天皇は、
苦難を乗り越え、畝傍山の東南麓に橿原宮を創建し即位したとされるから、ここは建国の聖地になる。

暫し神話の時代に想いを馳せたら、現に戻って旅を締めくくる一杯と行きたい。
生憎っと飲食店のアイドルタイム、駅構内の「きはる」に腰を落ち着ける。

縁起の良い “出世男” の純米を冷えたグラスに注いでもらう。香り豊かな旨口が沁みますね。
アテにこの店ご自慢の “おでん”、“牛すじ” が美味い。あとは “柿の葉すし” をいただく。

蓋を開けてしまった近畿日本鉄道の呑み潰し、さて何日いや何年かかるだろうか。
とはいえ今回の休日。この先どんな旨い酒肴に出会えるか楽しみなのだ。

近鉄橿原線 大和西大寺〜橿原神宮前 23.8km 完乗
近鉄天理線 平端〜天理 4.5km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
にくまれそうな NEWフェイス / 吉川晃司 1985


JY18 山手線立ち呑み事情 寄 Yose@代々木

2025-06-10 | 大人のたしなみ

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旅の途中

 

代々木駅を背にして真っ直ぐ西へ、そう歩くこと10分。
首都高速4号新宿線にぶつかったら左に折れるとその店はある。
ショーウィンドーから見えるのは、LPレコードやらTシャツだから、
「ワイン ビール 酒」の赤い文字を見つけなければ、そこが立ち飲みとは気付かない。

新宿で呑んだのが2024年の3月だから、ずいぶんと足踏みしていたことになる。
立ち飲みを吞み継いで、山手線を一周しようと始めた旅、なんとかあと半周がんばろう。

配管が剥き出しになった打ちっぱなしの店内、レコード棚の奥にコの字カウンターが隠れている。
ほどよいボリュームでJAZZやフュージョンが流れている。洒落た大人の社交場的な雰囲気だ。

Hobo Brewing の1パインとからはじめる。シトラスのフレーバーが喉に心地よい。
日替わり前菜三種盛り合わせは、“クリームチーズとナッツのポテサラ”、“ワカサギの南蛮漬け”、
それに “鶏の胸肉ハムローストトマト梅肉” が平皿に並んで、どれも逸品だと思う。

日本酒は選りすぐりの銘柄を四合瓶で揃え、リーチインにワインボトルと一緒に並んでいる。
ワイングラスに注がれた阿部酒造(柏崎)の “REGULUS” は、酸味が弾けてちょっと衝撃。
これも絶品と言うべき “身欠きにしんと茄子鬼おろし” は、爽やかだけど半端ない塩っぱさで
これで2〜3合は飲めそうな、四条大宮の「OKUTE」という名店のレシピだそうだ。

小腹が空いていたから “九条ネギのカツ煮” をいただく。ちょっと京都でつながっているね。
天領盃酒造(佐渡)が注がれた。この “雅楽代 月華” も尖っている。
ラムネというかマスカットというか、軽やかでほのかに甘い、やはりワイングラスが似合うなぁ。

なぜかここで京都木屋町「suba」の味を楽しめる。
“浜名湖産生海苔と山芋卵黄(冷)” を択んで〆の一杯、この関西風の出汁は旨い酒の余韻を消さない。

次は原宿、あるのかなぁ立ち飲み、後半の半周はテンポよく呑み潰したいものだ。

<40年前に街で流れたフュージョン>
SPLASH & FLASH / 松岡直也 1985


青もみじと鞍馬天狗と貴船の川床と 鞍馬線を完乗!

2025-06-07 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

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にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。 街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、 時には単車に跨って。

旅の途中

 

青もみじからの木漏れ日を浴びながら、展望列車「きらら」が急勾配を登ってきた。
紅葉をイメージした「メープルレッド」の900系電車に乗って、貴船・鞍馬を訪ねたい。

すべての電車は出町柳始発だけど、鞍馬線は宝ヶ池を起点として叡山本線から分岐する。
駅舎がないこの駅は3面4線で、乗客は構内踏切を渡って長閑にホーム間を移動している。
壁一面が木製ベンチの鞍馬方面行き4番ホームは、開業当時からの風景かも知れない。

一つまた一つ、踏切の警報音がリレーのように近づいてきて、最後にブルーの2両編成が入ってくる。
この800系は「こもれび」編成と言って、沿線の草木や動物が描かれたデザイン電車になっている。

市原~二ノ瀬間は、およそ280本のイロハモミジ、オオモミジが繁る「もみじのトンネル」を抜ける。
初夏の日を浴びて眩しく揺れる瑞々しい「青もみじ」に、車内いっぱいに清涼感が溢れるね。

ブルーの2両編成は急勾配をグイグイ登って、宝ヶ池からは約20分ほどで鞍馬に到着する。
鞍馬線の最大勾配は50‰とかなりの急勾配だが、2両とも動力車の編成は怯むことはない。

終点・鞍馬駅では1.3mの鼻を持った大天狗が迎えてくれる。
大天狗は源義経に厳しい武術の修行をつけ、平家討伐を達せられるよう兵法の秘伝を授けた。

鯖街道を少しだけ登ると、長い階段の先に立派な門が見えてくる。
新緑に「朱」が映える鞍馬寺の仁王門は、パワースポットである鞍馬山の浄域への結界でもある。

本殿金堂には、宇宙の大霊「尊天」を象徴する千手観音菩薩・毘沙門天王・護法魔王尊が祀られる。
左右には狛犬ならぬ「阿吽の虎」が睨みをきかす。虎は本尊毘沙門天のお使の神獣だと云う。

 

「氣」を漲らせて下界へ降りてきたら、再びブルーの2両編成と巡り合わせて、ひと駅戻ることにする。

ホームに溢れる乗客(若い女性が多いかな)と入れ違いに、木漏れ日が差す貴船口に降り立つ。

貴船川を遡ること30分余、料理旅館が左右に並び出すと、やがて赤い春日灯篭が並ぶ石段の参道が現れる。
貴船神社は水の神として炎旱や霖雨の時には、朝廷が雨乞い、雨止みの御祈願されたと言う。

貴船神社本宮の御祭神・高龗神(たかおかみのかみ)は水の供給を司る神様、
社殿前の石垣からこんこんと湧き溢れる御神水に、参詣者は「水占みくじ」を浮かべている。
女流歌人・和泉式部が復縁祈願に参詣して見事成就した事から、以来恋の宮として名高い。

その辺りの話に関心が薄れてきたボクは、むしろ川床に降りて涼風に身を委ねることを択ぶ。

岩を打つ水の瀬音に包まれながら、先附と八寸をアテに冷たいビールを呷る。すっと汗が引いていく。
少しだけ白ワインをいただきながら、お造りに箸を伸ばし、ゆるりと陶板で霜降りの牛を焼く、美味いね。

二つのパワースポットを巡った鞍馬線の旅。
心身に漲ったはずの「氣」は、もしかしたら川床の酒ですでに流れてしまったかも知れない。

思いがけずまとまった休暇が取れた週末は、八瀬・貴船・鞍馬辺りを流離っている。
明日は奈良方面に足を延ばすかも知れない。

叡山電鉄・鞍馬線 宝ケ池〜鞍馬 8.8km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
ボーイの季節 / 松田聖子 1985


下鴨神社とデミグラスと濃緑の観光列車 叡山本線を完乗!

2025-06-05 | 呑み鉄放浪記 私鉄編

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旅の途中

旅の途中

にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。 街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、 時には単車に跨って。

旅の途中

 

出町柳駅の1番ホームに観光列車「ひえい」が入って来た。
神聖ささえ感じる濃緑のボディーに、大胆なゴールドの楕円がダイナミックだ。
帰宅する高校生の姿がポツポツ見える時分、叡山本線の旅を始める。

子どもたちが歓声をあげて飛び石を渡る。ドラマやアニメでお馴染みの風景だ。
叡山電車の旅の前に、賀茂川と高野川に挟まれた新緑の鴨川デルタを歩いてみたいと思う。

12万4000平方メートルもの広さを持つ原生林「糺の森(ただすのもり)」は、青もみじの参道が心地よい。
先々週は、紫の藤の房とカキツバタの花で飾りつけた牛車が「葵祭」の雅やかに演出したはずだ。

森の緑の中に見えていた「朱」の点が徐々に大きくなって、東西に回廊を巡らせた立派な楼門に至る。
下鴨神社は、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と玉依媛命(たまよりひめのみこと)を祀って
少なくとも2100年の時を超えてこの地にある。

昔ながらの老舗が残る京都の洋食文化は、お茶屋や置屋が集まる花街と大きく関わっているという。
下鴨神社近くにも人気の洋食屋があると聞いて、開店時間に合わせて飛び込んでみることにした。
女性二人連れと母娘の後に並ぶこと10分、1回転目のテーブルを占めることができた、Good job!

浅井食堂のランチは、コーヒー・紅茶の代わりにグラスワインを択ぶことができる。
ボクは迷わず赤を注いでもらって、ゆったりと飲みながら料理を待つのも楽しい。
デミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグが、二尾の海老フライを従えて登場。
濃厚なデミグラスと、爽やかな酸味のタルタルを交互に口に運んで美味しい。

お腹を満たしたところで出発進行、行先表示板には「八瀬比叡山口」のLED。

叡山本線は延暦寺参詣ルートとして1925年に開業した。以来比叡山観光の京都側の足となっている。

途中の宝ヶ池駅では、貴船・鞍馬方面へ向かう鞍馬線と分岐する。
乗り換えて来た子たちは中学生だろうか。私学が多い京都では中学生の電車通学も珍しくない。

三宅八幡駅を過ぎると電車は33.3‰の急勾配で山裾を駆け上がる。
樹木や笹が茂る山深い雰囲気の中を複線の鉄路が延び、電車のモーターが唸りを上げる。
っと、新緑に溶け込むようなグリーンの710系が、あっという間にすれ違って行った。

急勾配を上り切ると終点の八瀬比叡山口駅、構内を覆うドーム状の屋根はヨーロッパの終着駅のよう。
大屋根を支える無骨な鉄骨の柱、無数に打たれたリベットの重厚感が時代を感じさせる。
薄暗くもある終着駅に停車する濃緑の電車、車側灯の赤いランプがノスタルジックな雰囲気を醸すね。

駅舎は開業当時のものらしい。無粋な自販機がなければ、さぞかし美しいと思う。
暮れれば淡い橙を灯すであろう丸ランプの下に、右横書きに「驛瀬八」は開業当時の駅名だ。
目の前を流れる高野川を渡ると、叡山ケーブルの八瀬駅があって、これに乗ると比叡山頂まで
連れていってくれるはずだが、比叡山を越える旅はまた次の機会に。

賀茂大橋を背にして数十メートル東へ、雰囲気ある町家の「旬菜 田中でたなか」で今宵の一杯。
厨房と向き合う6席のカウンター、拘りを感じさせる陶器が並んで、ほっと落ち着く雰囲気だ。

“おばんざい” の五種盛りを並べたら、冷えた “マルエフ” を手酌でグラスを満たしながら、
「おつかれ生です」って新垣結衣が注いでくれたら、なんて妄想してみる。
おばんざいは、“なす揚漬” と “小松菜おひたし” が美味しかったなぁ。

重厚な陶器に氷を敷き詰めて “ゆば豆腐のお刺身”、これがまた舌の上で蕩けて美味しい。
東近江は畑酒造の “大治郎” は、滋賀の吟吹雪を醸した酸味のある濃醇なやや辛の酒です。

お品書きに鱧をが並ぶ。「夏は鱧」って言うからね。いや本来祇園祭の季節だからちょっと早いか。
“はもと賀茂なすの揚げだし” を択んで、少し早い京都の夏を味わう。
愛知の “米宗” は山廃仕込みの酒、味が濃い揚げだしのような料理にも上手に付き合ってくれる。 

〆に “ちりめんさんしょう ごはん” を食す。これもまた京都らしいでしょう。
山椒の効きは控えめで、寧ろ甘味が強調される。お茶漬けにでもしましょうか。
「ぶぶ漬けどうどす」っていけずなフレーズを思い出して、思わずニヤけてしまう出町柳の夜だ。

叡山電鉄・叡山本線 出町柳〜八瀬比叡山口 5.6km 完乗

<40年前に街で流れたJ-POP>
16 Beat / 杏里 1985