谷間の県境の駅では日没からあっという間に宵闇が迫ってくる。
高山からの普通列車が猪谷駅に到着すると、低いエンジン音を響かせてキハ120系の2両編成が待っている。
秋の紅を探しながら、今日は高山本線を呑み潰した。アンカーは871D、富山までのラストスパートを担う。
朝ぼらけの岐阜駅を豊橋行きの新快速が出て行った。
ボクはと云えば、駅前のコンビニエンスストアで一杯目の缶酎ハイを求めてコンコースへと向かう。
06:53発の1711Cは新鋭のキハ25系、東海道本線を走る電車と同じ車体らしい。
7年前にこの路線を完乗したときの車両は国鉄時代のキハ40系、クロスシートを並べた旅情たっぷりの車両。
対してこの新型車両はロングシート、これで高山まで3時間?想像したよりハードな旅になりそうだ。
美濃太田を出た高山本線は飛騨川と絡んで北へ進む。まもなく名勝・飛水峡が車窓を流れる。
プシュッと音を立てて、発売したばかりの “氷結国産りんご” を開ける。すっきりした酸味がいい。
ワンマン運転の後方車両は比較的空いているので、ロングシートでも憚ることはないのだ。
1711Cは2時間を走って下呂に到着、言わずと知れた日本三名泉に数えられる下呂温泉の只中にある。
本当は岐阜05:36の始発に乗って、下呂温泉街を探索するつもりだったけど、あえなく寝坊してしまった。
っで9分の停車時間で、飛騨川河原の噴泉池を訪ねる代わりに2・3番ホームの手湯で雰囲気を味わう。
北へと向かう高山本線は緯度と標高を稼ぐから、車窓に秋が深まっていく様子が窺えて楽しい。
たぶん8年ぶりの高山駅はずいぶん変貌を遂げていてちょっとびっくり。
近代的で瀟洒なデザイン、内装は飛騨産ヒノキをふんだんに使用した暖かみのある雰囲気にまとまっている。
高山駅からぶらぶらと先ずは飛騨国分寺へ。
本堂と鐘楼門の間に樹齢1200年を超える大イチョウ、シャンパンゴールドを期待していたが早かったか。
それにしても約27メートルの堂々たる姿は、三重塔とその高さを競って圧巻なのだ。
食べておきたい “高山ラーメン” は、総和町の「なかつぼ」の開店時間に合わせて飛び込む。
5席ばかりの狭いカウンターに収まる。他に6人掛けテーブルと小さな小上がりのこじんまりとした店だ。
ビールを煽るうちに “餃子” が登場、小ぶりで野菜たっぷりのカリカリ餃子は口の中で旨味が広がって美味。
頃合いよく着丼した “中華そば” は鶏がらの効いた澄んだ魚介系スープに細縮れ麺だ。
レンゲでひと口スープを確かめたら、あっさりとしたスーぷを絡めてズズっと啜る。美味いね。
幼いころ親父に連れて行ってもらった繁華街の中華そばの味かな。母には内緒と小さな約束をしてね。
江名子川辺りを紅葉を探しながら歩いて櫻山八幡宮へ、高山祭屋台会館を訪ねるのは初めてだと思う。
飛騨の匠の豪華絢爛な屋台は一見の価値がある。いつか提灯を灯して幻想的な「宵祭り」を観たいものだ。
お馴染みの古い町並み、上三之町からぶらぶらと南に向かって歩く。だいぶ賑わいが戻ってきた秋の週末だ。
この界隈には七軒の酒蔵が在って、杉玉を眺め蔵ご自慢の酒を試しながら歩くのが楽しい。
古い町並みは赤い欄干の「中橋」に達して終わる。西へ渡ると「高山陣屋」を控えて賑やかな一帯だ。
人力車の乗場にはカップルや女性同士が列をなす。流行病を上手くコントロールして人流が回復するといいね。
旅の続きは14:34発の1853D、3つ先の飛騨古川までの20分に満たない乗車になる。
ガラガラの車両で “山車辛くち”、古い町並みの原田酒造場で求めたワンカップを開ける。
冷やでよし燗でなおよし、地元の親父たちが晩酌に嗜んでいるであろう定番の酒が旨いなぁ。
アニメ「君の名は」の舞台になった飛騨古川では90分ほどの待ち合わせ、っで、やはり町をぶらぁり。
荒城川沿いの荘厳な佇まいは真宗寺、飛騨古川のランドマーク的なスポットだ。
親鸞聖人の命日を偲んで行われる冬の風物詩「三寺まいり」で巡拝する寺の一つになっている。
石造りの瀬戸川を鯉が悠々と泳いでいる。それもかなりの数なのだ。
左手に飛騨古川を象徴する白壁黒腰の土蔵が続く。これは二軒並んだ酒蔵のもの、っで早速表に廻ってみる。
出格子の古い商家の佇まいは “蓬莱” の渡辺酒造店、藍色の暖簾をくぐって酒蔵にお邪魔してみる。
土間たたきにはシックな棚と大きなリーチインがあって、酒瓶たちを間接照明で照らしている。
女将さんに惜しげもなく試飲させていただいて思わず大人買いをしてしまう。秋の夜長の家呑みが楽しみだ。
国境の駅・猪谷行きの1829Dが入線して来た。谷間の町に夕日はまもなく沈む。
日本海へと駆け下る宮川を眺めながら二杯目のワンカップを開けよう。
飛騨古川に今一つある “白真弓” の蒲酒造場、“飛騨乃やんちゃ酒” もやはり地元で愛される定番の旨酒だ。
辛口の酒の余韻が口に残るうちにキハ25系の2両編成は終点の猪谷駅に到着する。陽はとっぷりと暮れている。
かつては神岡鉱山の亜鉛鉱石の輸送を担った神岡線を分岐していたこの駅は、JR東海とJR西日本の境界駅だ。
8分後、僅かな乗り換え客を呑み込んだキハ120系の2両編成が大袈裟な身震いをひとつ立てて走り出す。
高山本線の旅の終わり富山までは、小さなディーゼルカーに揺られてあと1時間だ。
高山本線 岐阜〜富山 225.8km 完乗
<40年前に街で流れたJ-POP>
風立ちぬ / 松田聖子 1981