秋の澄んだ空気のせいだろうか、ずいぶん早くから電車の警笛が聞こえる。何分も経ってから、
無人駅に隣接する踏切の警報音が鳴り始める。っと大袈裟に車体を揺らして鶴来行きがやってきた。
橋爪門続櫓から菱櫓をつなぐ2層2階の五十間長屋、白い土壁と瓦が朝日に輝いて美しい。
さすがは加賀藩前田家百万石の居城らしく威風堂々としている。続く二の丸御殿の復元整備が待ち遠しい。
金沢城を背にして、静かな朝の香林坊・片町を抜けて犀川大橋を渡ると「にし茶屋街」は案外近い。
「ひがし」や「主計町」と比べるとひっそりした「にし」だけど、美しい街並みを見ることができる。
木虫籠(きむすこ)と呼ばれる出格子の茶屋からは、今にも芸妓さんの三味線が聴こえてきそうな風情がある。
にし茶屋街から泉用水に沿ってぶらぶら歩くこと5分、小さなターミナルに行きあたる。
今回呑み潰すのは北陸鉄道、白山比咩神社(しらやまひめ)をめざして先ずは石川線に乗ろうと思う。
窓口でお得な「1日フリーエコきっぷ」を求めたころ、タイミングよく鶴来行きの2両編成が入線してきた。
アルミの装いに纏う帯は、紅から橙に変わっているけれどこれは東急車両、金沢にお嫁に来たんだね。
線路の状態は必ずしも良くはない。橙帯の2両編成は左右ばかりか飛び跳ねるように上下にも揺れている。
ちょっとしたアトラクションのようで子どもたちは楽しいらしい。途中の額住宅前駅で上り下りが交換する。
稲刈り後の田んぼが青いのは小麦か大麦か、果実の畑も見えて、いつの間にか車窓には田園風景が広がる。
右手に手取川が近づいて来る。田園風景の先に町が見えてきたら終点の鶴来駅だ。
鶴来駅の駅舎は昭和2年に建てられたもの。大正ロマンというのだろうか、和洋折衷の瀟洒な駅舎は
往時の賑わいを想像させる。昭和初期のこの駅からは辰口温泉を経て北陸本線の寺井駅を繋ぐ能美線、
さらには白山下駅まで延びる(金沢と名古屋を結ぶ些か大それた計画の)金名線が乗り入れていた。
駅正面の白山市観光案内所でレンタサイクルの貸し出しを受けて、鶴来の町並みを流してみることにする。
鶴来では “萬歳楽” の小堀酒造店が江戸時代から、“菊姫” はさらに昔から、白山の雪解け水で旨酒を醸す。
土産に “菊姫” を何本か仕込んで満足、いずれこのページで家呑みとして紹介するかも知れない。
白山(2,702m)に源を発した手取川は、ここ鶴来を扇頂として肥沃な扇状地を広げている。
一方ここから上流の手取川は渓谷となる。すでに廃止された金名線はこの谷間を17kmほど遡って走っていた。
加賀一ノ宮・白山比咩神社(しらやまひめ)に詣でる。ご神体は白山、山頂に奥宮が鎮座しここは本宮にあたる。
主祭神の1柱は白山比咩大神=菊理媛神という女神さま、後の2柱の伊奘諾尊と伊弉冉尊を仲直りさせたとして、
縁結びの神とされている。地元では “恋のしらやまさん” と謳って恋する女子旅を招いている。
北陸鉄道では和菓子券や辻占券を付けた「恋のしらやまさんきっぷ」を販売している。なかなかセンスがいい。
参道の立寄り処は蕎麦屋と相場は決まっている(と勝手に思っている)が、「おもてや」はちょっとお洒落な
ランチスポット。店頭で販売する “大判焼き” が人気で、若者や七五三の家族連れが列を作っている。
明るいcafe風のテーブルで “キリンラガー” を呷りながらランチを択ぶ。突き出しに漬物の小鉢が置かれた。
“ハントンライス” は金沢のB級グルメ、オムライスにタルタルソースたっぷりの白身魚のフライが乗っている。
デパートのレストランの賄い料理が原型といわれ、北陸新幹線の延伸開業を期に脚光を浴びつつあるそうだ。
ケチャップソースとタルタルソースの意外なコラボレーション、何よりボリュームたっぷりのランチを愉しむ。
恋する女子旅に紛れ、B級グルメを食す、いつもの呑み鉄旅と勝手が違う石川線の旅を堪能している。
北陸鉄道石川線 野町〜鶴来 13.8km 完乗
<40年前に街で流れたJ-POP>
野ばらのエチュード / 松田聖子 1982