先日の東京新聞のTOKYO発の中で、「オフイス街に栽培工場続々」と、例の大手町の「パソナグループ」の本部ビル内の水耕栽培菜園の話ですが、またまた水耕栽培での誤解を招くような記事が載って居ました。 実は今から70年以上前の「ハイドロポニックス」の誕生の陰でも、農業大国であったアメリカで誇大情報が流れて大騒ぎになりました。
―パソナアーバンファームーより
今日、日本でハイドロポニックス(水耕栽培)と言う言葉を知らない方は居ないと思いますが、土壌を離れて作物を生育させる水耕栽培には今尚課題があり、植物工場と呼ぶには一部の葉物野菜などに限られ、簡単には野菜なら何でもとはならないのが実情です。
そのハイドロポニックス(水耕栽培)、1930年代のアメリカで誕生したのですが、どんな経緯で一大センセーションを巻き起こしたか、ご存知の方はそう多くは居ないのではないでしょうか。
―古くて新しいハイドロポニックス―
その発端となったのは、かの有名なカルフォニア大学、バクレー校の農業試験場でした。当時の農業試験場では1920代からの重要な課題の一つとして、水耕栽培技法によって植物を育成しながら植物の栄養生理についての応用研究が行われていました。
―カルフォニア大学農業試験場―
其の目的は、作物と土壌との相互関係で、農地で発生する多くの複雑な問題をより効果的に処理して作物の成長を制御している基本的な要因に就いてより優れた知見を得る事にありました。
―University of California Berkeley Entrance Gate-
そこには、多くの研究関係者が従事していましたが、ある時、其の中のドクターの一人、W..F.Gercike先生、実は彼が水耕栽培のハイドロポニックスと言う用語の命名者ですが、其の彼が、当時まだ学術的な研究のみで用いられていた培養液による栽培法が、商業目的に適用出来るのではないかと発想し、其の目的の為の特別な装置を考案して栽培法を発展させたのです。
1930年代この開発結果の情報が洩れて、新聞、とりわけ其の日曜版、大衆人気雑誌などを通して広く一般に伝えられる結果に成りました。土壌以外の媒体装置で作物が育つという話、多くの人々を魅了してやまず、やがて途轍も無い誇張話が、商業目的の水耕栽培法についての熱心な信奉者達によって広まってしまったのです。
其の上、さらに、アマチュア園芸家が水耕法は新しいホビーカルチャーになると探求をはじめました。
さあー、そうなると大変です。 商業栽培関係者からアマチュア園芸家まで、水耕栽培法の一般的な適用法の詳しい話を求めて、何千と言う問い合わせが、カルフォニア大学、バクレー校に殺到しました。
―NFT耕の施設栽培写真―WEBPhotoesより
ところが、当のW..F.Gercike先生、「これは、自分の私的時間をつかって達成した私的な研究の開発結果であり、一般には公開できません」と断ったのです。
勿論、先生が育てたのはトマトです。報道された写真で見る其の高さは、なんと25フイート(7.5M)にも達する成長ぶりで、そんな事で話しが収まる筈がありません。
その結果、W..F.Gercike先生はカルフォニア大学、バクレー校を去る事になりました。一方、カルフォニア大学は、水耕栽培法についての沢山の質問が寄せられてしまって、「W..F.Gercike先生が居なくなりましたのでお応えできません。」では済まないのです。
学内では、確かな情報を提供する為には、独立した水耕栽培法についてのカルフォニア大学の評価書の作成が望まれると言う事になりました。そして、学部長の要請で、プロフェサーD.R.HoaglandとD.I.Alnonの両研究者が追加試験をして、「養液による作物栽培の一般的課題」の名で配布用の回報原稿を用意することが決まりました。
―ハイドロポニックストマト栽培―
其の回報が1938年に発表され、其の中には、水耕栽培の実体を明らかにして、当時の世相で広まった水耕栽培の途方も無い話を真剣に否定する内容が具体的に記述されています。
例えば、どんな事であったか、その情況を彷彿させるこんな記述があります。
“水耕栽培勧誘者は、新しく、時間と資金の究極の機会となる職業として、無土壌栽培法が開発されましたと、まったく根拠のない話を作り上げて来ました。”
“また、短期間の講習で新職業につけると一般人を確信させようとしています。”
“水耕栽培で簡単に家庭での食料が作れるような印象を与えて来ました。”
“水耕栽培についての広まったうわさ、主張や推測話は、私ども研究者の最大限の想像力をもってしても、どうにも説明の付かない話であります。”
“殆どの主張は、事実上まったく不正確な間違った誘導であり、植物生理学の基本原理さえ無視し、裏切るものです。”
又、「その具体例をあげれば」と、こんな事が話が載っています。
―将来は、大きなアパートの居住者は、必要な野菜食料の殆どを屋根の上で育てられるようになるし、大都会の高層ビルなら、農場をビル内に作って大量の新鮮な果物や野菜の供給が可能になる等―
又、或る大衆紙の日曜版では、家庭の主婦が、キッチンの納戸を開けて、電灯で育てた水耕トマトの蔓からトマトをもぎ取って料理するイラストが載っている等―
さらに広まったうわさは、ニューヨーク市内の有名なレストランチェーンが必要な野菜をすべて其の地下室で育てるようになる等―
其のカルフォニア大学から出た回報の1950年の改訂版、CIRCULAR347を、ネット上のpdfで入手いたしました。世界最大の農業国であったアメリカ合衆国の水耕栽培の黎明期を知る貴重な学術資料です。
その中でも特筆すべきは、発表された特に高い窒素とカリの濃度の均衡培養液と呼ばれる養液栽培の要となる独特の肥料要素の高精度な組成であり、Hoagland Solutionと呼ばれ、今日でも水耕栽培の培養液の基本的な組成となっています。
其の水耕栽培原理から、ヒントを得て家庭園芸用に考案した栽培法が新プランター栽培です。2階のベランダ―から収穫したトマト「アイコ」と「おどりこ」ですが、見てください。
―新プランター栽培のトマト「アイコ」と「おどりこ」―
尚、この話、3年程前に別のブログサイトで一度発表したのでご覧になった方も居られると思いますが、今般の新聞記事、水耕栽培について一般の方の誤解を招き兼ねない、歴史は繰り返す喩えを思わせるような話ではと敢えて再掲させて頂きました。
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