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 桐生スバル☆☆☆座   

映画好きの座長がWEB劇場・桐生スバル座を始めましたが
東日本震災で故郷FUKUSHIMAが悲惨な状況で帰れないネ~

天狗の輪行その5・・尖った精神vs鹿沼・気ままの街

2011年01月04日 | 天狗の輪行
 さてさて、八溝山の峠道を横断して平坦な関東平野縁辺の街・鹿沼に至った水戸天狗党一行の脳裏に、
八ッ「溝」とは言わないが、せめてもう一ッの思考的「溝」が刻まれたらと座長は思う。
 それは結果的には裏日本敦賀まで持続させた固く尖った水戸学精神に、「この西上進軍はモシカしたら?・・」
と躊躇させる溝を刻む事であります。

 既に後期水戸学の会沢正史斉は開国論へと「峠」転向し、水戸藩士を散々酷使した薩長サムライは後に
盗幕府転換し、「大菩薩峠」中里介山は著書で「人生は旅である・・峠があって、そこには回顧、低廻、希望、オアシス、
中心、要軸がある・・」と記述しと、「峠」区切り思考は日本人の陰なる思考形態であります。
 そもそも、座長自身が起伏の多い八溝山麓の窪み空間で育ちましたので、カールフッセ型の「山のアナタの空遠く~」と移り気、変化好きの思考タイプ・・・それ故、水戸天狗党の様な確固とした信念の持続は苦手であります。

 ところで、座長が手にした鹿沼市パンフレットの表題は「鹿沼市・気まま」。
そこで日変わり気分のフリーター市民の街??との酷評されぬように弁護の写真を掲載します。


           
 鹿沼市から見える尖った山ー古賀志山        ここ鹿沼は二宮尊徳翁の気風が残る所
  尖った勤王精神を鼓舞したか?           次の例幣使街道今市宿にある碑文!
                            「翁曰く 人、生まれて学ばざれば生まれざると同じ
                                 学んで道を知らざれば学ばざると同じ
                                 知って行うこと能はざれば知らざると同じ・・略 」



   

天狗の輪行その4・・・葛生町の会沢(正志斎)峠を越える。

2011年01月03日 | 天狗の輪行
 さてさて、前回ブログでは「ルビコン川」ならぬ利根川を越える座長決断にて、天狗党京都西行で初めての
戦死者2名を出した深谷市に至り、加えて明治維新を生活底辺から経済構築した「渋沢栄一記念館」を満喫しました。
 
 生活底辺からの明治民権運動・・と声高に定義する鳩ポッポ世代ですが、それはリストラ江戸士族が率先暴走した
就官運動にすぎず、国策ヤクニン事業用租税に寄生せずに一般庶民の小銭を集めて銀行業務ー私企業創立を推進した
渋沢栄一の成果は、「大正民権デモクラシー」となって実を結びます。
 
                  

 さて、水戸天狗党は源蔵火事の栃木町を避けて金崎宿から会沢峠を越えて葛生町へ抜けますが、
その後彼らを悩ます困難な「峠越え」の中でこの峠だけが愉快な走破でありました。
この「会沢峠」とは水戸斉昭ブレーンだった鎮派開国派の会沢正志斎を踏み越える事を意味したわけですから
            ・・・行軍太鼓の響きも高らかに!!

 会沢正志斎は文政7年(1824年)5月に水戸藩大津浜に上陸した英国人12人(大津浜事件)への尋問から
翌年『新論』を著わす事で後期水戸学の基を創りだしました。すると水戸城下には吉田松陰並びに真木和泉守、
西郷隆盛、など尊攘志士が修学に集まり、「水府の風」が全国の維新サムライ達に吹き荒び・・維新騒動へと至ります。

 座長が注目するのは、その後に開国論へと転向した会沢正志斎サムライの勇断であります。もし、「風」に流されない
独尊精神のこの「気風」が持続したならば、東条軍事内閣に追従する事も無かったのである。



天狗の輪行その3・・・「年の瀬」でなく「時代の峠」を歩んだ水戸天狗党

2011年01月01日 | 天狗の輪行
 さてさて、1992年から続く不景気な「年の瀬」を無事に過ごされた皆様に、オメデトウ申し上げます。
しかしながら、セイゼイ人が渡れるほどの浅い「瀬」を渡る事に騒ぎ続け、遂には「失われた20年間」という
平成無策の歴史を創りだしてしまった鳩ポッポ団塊世代を座長は嫌悪するのです。

鳩ポッポ団塊世代達は、次世代を担う若者達に
     (A)豊かな団塊老人達が大量貯金する結果で資金流れが細くなった川の瀬で・・
     (B)ユトリ教育の結果で新技術や伝統の流れがチョロチョロ流れる川の瀬で・・・
     (C)子供減少の結果で日本固有DNAが途絶える川の瀬で・・・
     (D)わずかに残った若者用水流も福祉国債で吸い上げられた川の瀬で・・
小石、大石を積み上げる労苦を強いるのであります。(これを国債地獄コクサイの河原の責め苦という)。

 今回は雄大な利根川を渡って深谷市「渋沢栄一記念館」に至った時、維新明治期にサムライ達が行動した
時代の峠」越えを実感した訳です。そこで、せめて団塊世代の前の世代(戦中派)の方の苦労に報いるべく
「今月の謡uta」を贈ることと致しました。

               

H23/01/01  Utatteru#10   別サイト OZUの声(←クリック)から

      窓際の人形     元歌:青い目の人形  
                     作詞:本居 長世  作曲;本居 長世


  算盤(ソロバン)片手のおじさんは 昭和を支えた戦中派 
    ・・・・・・・・・・・
    お客の顔見て やっとくれ





 天狗の輪行その2・・・京都への西上行軍路でテーマ七件

2010年12月31日 | 天狗の輪行
 さてさて、水戸天狗党の京都西上行軍ルートを自転車で追体験する旅が12月末に終了しましたので、
そこで得た印象を今後ブログ展開します。水戸天狗党の宿泊日付を記載しましたが昔はモット寒かった?!

 
                  
  11/5 矢板大宮宿: 減点80点の町・・・関川夏央が減点増加? 写真は大宮神社と町遠景

                  
 11/6 今市小林宿; 幕末の3大哀行軍・・・鳩ポッポ慶喜の犠牲・・写真は日光遠景と東武電車内の平成ハトポッポ

                  
  11/7、8 鹿沼金崎宿; 尖った精神・・・公家のユスリ・・写真は尖った山と金崎民家

                                   
 11/9 葛生宿: 田中正造・・・小太り男の天皇独り直訴・・・写真は田中邸内と葛生町
                    
 11/10 梁田宿; 梁田WARの町・・・       関八州夕焼け

                  

 11/12.13太田宿: 八木節の太鼓と天狗の太鼓・・・写真は色地蔵と新田ノ荘
 
                
 利根川を越えて深谷へ・・渋澤栄一の功績・・写真は東京に背を向ける立像と贈呈人形 


関八州を天狗輪行・・・その1(夏は栃木リンチ、冬は水戸天狗党

2010年12月17日 | 天狗の輪行
 さてさて、座長はヤフーオークションで東武鉄道株主乗車券(年末まで有効)を入手しましたので、
再び、折り畳み自転車にて「関八州輪行取材」に出かけます。

           

 今夏はアノ猛暑の中、「栃木リンチ殺人事件 ←クリック」の現場取材でJR石橋駅から東へ30km横断したのですが、
今冬は「水戸天狗党」の京都西上行軍ルートの自己確認走行です。

 作家山田風太郎が『魔群の通過 天狗党叙事詩』を書くとき、彼らの行軍を毛沢東の延安西進=「長征」に
準えましたが、座長は徳川幕藩体制を崩壊させる「切腹」行為と認識しつつ自転車ペダルを踏み込みます。

 もし、赤城山のカラッ風で倒れた自転車の側で白髪男性が呆然として居たら・・・ソイツが座長です。