本殿(重要文化財)
文明12年(1480年)の建立。
入母屋造檜皮葺。桁行三間、梁間二間、身舎柱は円柱とし、側面後端に脇障子を設け、木部は朱塗りとする。
正側面三方に縁を設け、擬宝珠付き高欄をめぐらす。
向拝は三間の総向拝で、中央に五段の木階を造り、浜床が付く。
昭和15年(1940年)に古文書「河州烏帽子形八幡宮伝記覚」を添付して国宝申請し、同年5月14日、国宝(現行法の重要文化財に相当)の指定を受けた。
その後文化財保護法の施行に伴い、昭和25年(1950年)8月29日に国の重要文化財に指定された。
昭和40年(1965年)7月に解体修理が行われ、建立当時の姿に復元された。(昭和41年9月上棟)
本殿の向かいには、楠木正成が湊川の戦いに出陣の折、武運を祈願して植えたとされる老松の巨木「楠公武威の松」があったが、昭和9年(1934年)の室戸台風で倒れ、樹齢約600年の命を全うした。
現在はその輪切りにされたものが境内に納められている。
本殿の横には、忠尊王が戦勝記念に御参拝された時、御腰を掛けられたと言われる御座石がある。
この後、境内から烏帽子形山に登ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/db/1fe5497cec805ec0e293a419bbe26bfb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/5e/e0b91340977d6470119e3bbdc510c9e6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/6d/7b149fee0c2240f77e7cca44e64b1285.jpg)
文明12年(1480年)の建立。
入母屋造檜皮葺。桁行三間、梁間二間、身舎柱は円柱とし、側面後端に脇障子を設け、木部は朱塗りとする。
正側面三方に縁を設け、擬宝珠付き高欄をめぐらす。
向拝は三間の総向拝で、中央に五段の木階を造り、浜床が付く。
昭和15年(1940年)に古文書「河州烏帽子形八幡宮伝記覚」を添付して国宝申請し、同年5月14日、国宝(現行法の重要文化財に相当)の指定を受けた。
その後文化財保護法の施行に伴い、昭和25年(1950年)8月29日に国の重要文化財に指定された。
昭和40年(1965年)7月に解体修理が行われ、建立当時の姿に復元された。(昭和41年9月上棟)
本殿の向かいには、楠木正成が湊川の戦いに出陣の折、武運を祈願して植えたとされる老松の巨木「楠公武威の松」があったが、昭和9年(1934年)の室戸台風で倒れ、樹齢約600年の命を全うした。
現在はその輪切りにされたものが境内に納められている。
本殿の横には、忠尊王が戦勝記念に御参拝された時、御腰を掛けられたと言われる御座石がある。
この後、境内から烏帽子形山に登ります。
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