更に奥に入ると説明版と社が現れました。
ここは、丹生明神が初めて天野に入った所と伝えられています。
丹生告門(にうのりと)は、和銅三年(710年)に書かれましたが、それには丹生明神が、三谷の岩口の滝の神として現れ大和方面より九度山、古沢を通り小都知の峯よりここに降りてきたといいます。
その後、紀伊の北部を巡り、今の神社の地に祀られたと
記されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/d2/60944bebeee1258b306b56cb4c52f9e5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/95/106c52a08ba4f61421e178509b3608d3.jpg)
ここは、丹生明神が初めて天野に入った所と伝えられています。
丹生告門(にうのりと)は、和銅三年(710年)に書かれましたが、それには丹生明神が、三谷の岩口の滝の神として現れ大和方面より九度山、古沢を通り小都知の峯よりここに降りてきたといいます。
その後、紀伊の北部を巡り、今の神社の地に祀られたと
記されています。
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