大神神社の摂社「檜原神社」は、天照大御神を、末社の「豊鍬入姫宮」は崇神天皇の皇女、豊鍬入姫命をお祀りしています。
第十代崇神天皇の御代まで、皇祖である天照大御神は宮中にて「同床共殿」にお祀りされていました。
同天皇の六年初めて皇女、豊鍬入姫命(初代の斎王)に託され宮中を離れ、この「倭笠縫邑」に「磯城神籬」を立ててお祀りされました。
その神蹟は実にこの檜原の地であり、大御神の伊勢御遷幸ののちもその御蹟を尊崇し、檜原神社として大御神を引続きお祀りしてきました。
そのことより、この地を今に「元伊勢」と呼んでいます。
檜原神社はまた日原社とも称し、古来社頭の規模などは本社である大神神社に同じく、三ツ鳥居を有していることが室町時代以来の古図に明らかであります。
萬葉集には「三輪の桧原」とうたわれ山の辺の道の歌枕となり、西につづく桧原台地は大和国中を一望できる景勝の地であり、麓の茅原・芝には「笠縫」の古称が残っています。
また「茅原」は、日本書紀崇神天皇七年条の「神浅茅原」の地とされています。
更に西方の箸中には、豊鍬入姫命の御陵と伝える「ホケノ山古墳」があります。