いいたい放題

 右でも左でもない風来坊が、社会・経済・政治などの問題について、
好き勝手に、支離滅裂に、傍若無人に書き込むブログ

理由(わけ)が判らない

2007-05-27 | Weblog

 ここまで明らかになったのに、聖公会の主教や司祭は何故、黙っているんだ?2ちゃんねるの書き込みも止まったな。やはり、ヤラセだったのか?それとも、誰か一人のモノローグ的会話だったのか?書き込みの時刻の後ろにあるIDはパソコンが2台あれば別のIDになるそうだから、会話を捏造することもできる。

 それにしても、ここまでの事件を隠蔽しようとしていた人々を、これまた隠蔽しようとするってのは信じられないな。「恐ろしい」という言葉では言い表せないくらいのことだ。今日も教会で御ミサの後に友人たちと話をしたが、みんな呆れてたぞ。「『準強制猥褻』なんて言葉は知らなかったんだろう」と法学部を出た奴が行っていたよ。一般人は知らないよ。しかし、この世の現実をしっかりと見ていなければならない主教や司祭が、この言葉を知らなければ困るだろ。特に、女性の人権に関わる重大なことだからな。しかも、相手は児童だ。「刑事裁判だったら、たぶん執行猶予は付かない」と言ってたのもいたぞ。「たとえ謝罪したとしてもだ」とも付け加えた。

 これは祈りだけで解決できるようなことではない。
 これから憲法改正の議論が始まる。しかし、沈黙している日本聖公会の主教や司祭はまったく発言できないだろ。あるお坊さんが「殺すな、殺させるな」と書かれたTシャツを着て歩いていらっしゃったが、日本聖公会の主教や司祭がやったら、笑い話だ。「平和」という言葉を口にした瞬間に、思想性が音を立てて崩れていく。右翼タカ派は大喜びだ。「平和を作り出す人々は幸いである」という聖書の御言葉を説教することもできないな。一人の女性が、いや児童が徹底的に傷つけられたのだから。そして、刑事時効は過ぎてしまったが、明らかなその準強制猥褻行為を見逃してきたのだからな。

 「もういい加減で観念したらどうだ?」とみんなは言いたくならないか?
 児童に対する準強制猥褻とか児童に対する性的虐待で、検索してみたらいい。かなりの数のサイトがヒットする。そして、そこを読んだらいい。そうしたら、H司祭の犯したことがどの程度の犯罪かということが判る。ショックを感じたら、まず聖書を開いて、福音書を読んだらいい。それから祈ったらいい。祈祷書の代祷も読み返したらいい。その後で、司祭のこうした過ちが見過ごされて良いものかが判ると思う。
 昨夜、俺の友人からメールが届いてた。奈良地裁へ行くそうだ、裁判記録を閲覧しに。彼奴は、H司祭の「神学的」弁明のところをどうしても読みたいそうだ。そして、彼奴は必ず、それに対する反論を書くだろうな。勿論、公開すると思うぞ。相手は神学館の教授だったそうだが、教授に反論してはいけないという理屈はない。そんなことが起こったら、学問は停滞する。

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