眺めのいい部屋

人、映画、本・・・記憶の小箱の中身を文字に直す作業をしています。

「星新一」の思い出 …… 「ボッコちゃん」「ブランコのむこうで」「声の網」

2024-07-14 14:03:27 | 映画・本

星新一作品を半世紀ぶり(もっとかな)に読みました。

生前、自称「活字中毒」だった父は、書斎の作りつけの本棚に
さまざまな本を無造作に並べていて、読める本は持ち出して
読んでもいいという、暗黙の了解がありました。


「ようこそ地球さん」とか「マイ国家」といったタイトルを
今も覚えています。

当時中学生だった姉が選び出して、自分が読んでから
小学生のわたしに回してくれた気がしますが、経緯はオボロ~

覚えているのは、「おとなの読む本」とは思えないほど
こどものわたしにも面白く、わかりやすかったことです。


当時、読める本が手近にあるのは嬉しいことで
わたしはそれらを何度も繰り返し読みました。

やがて、父が星新一を買わなくなってからは
読む機会は無くなりましたが
輪郭のクッキリした、ひとつひとつ、白く光っているような
とても短いお話のことを「ショートショート」というのだと
教えてくれたのは誰だったのか…


最近、図書館で偶然目について
これまで読んだことのなかった『声の網』を借りました。

星新一作品を読むのは、半世紀ぶりかそれ以上。

でも、読んでみて、もう驚いたのなんの!

(インターネットじゃあなかったけれど)
電話がネットワークに繋がって…という
現代の「ネット社会」をまさに予言するような小説。


驚きついでに、ちょっと前に新聞の書評欄で見かけた
「星新一の思想 ~予見・冷笑・賢慮のひと~」(浅羽通明/著)
も借りて、その分量に目を白黒させながらも
いつのまにか全部読んでしまいました。


「星新一」愛に満ちたその本の中で、紹介されていた作品から
自分の好みに合いそうなものを、図書館で探して
比較的初期のものも含めた自選集「ボッコちゃん」と
「ブランコのむこうで」(旧題:「だれも知らない国で」)を
ゆっくりゆっくり、読みました。


作品が古びて読まれなくならないよう
「ダイアルを回す」は「電話をかける」という風に
手を入れ続けたという努力の結果でしょう。

50年前の小説たちは、今のわたしにも違和感はなく
明瞭、平易、ニュートラル?な言葉づかいで
「輪郭クッキリ、なめらかに白く光る」
きれいな小石を並べたように見えるのは
昔の記憶通りでした。



……退屈な文章を、長々と書いています。

たぶんこれは、私のアタマの中だけで行き来する
亡くなった父親との会話なのでしょう。


父は星新一とは同い年(今回初めて知った)で
同時代を生きた人です。

星新一の新しさ(ユニークさ)を理解し
SFにはたぶん興味がなかったと思われるのに
その作品を真顔で褒めていました。

父は手塚治虫も、その初期の頃から
気に入っていたようで、「リボンの騎士」を
妻や娘に勧めたりしてた…

そんな光景がどこからともなく
浮かんでくるのです。


何のことはない、星新一の本を読むことは
わたしにとっては、こどもの頃の
父の記憶を探すことだったのかもしれません。

だからこうして、ダラダラどうでもいいことを
いつまでも書き続けていたくなる…


この辺りで終わりにします。



そういえば、あの父の本棚には
本当に色々な本があって
「戦犯最後の死刑囚」とかいうような
戦争絡みのものも多かったけれど
ちょっとエロティックな小説?もあったかも。

わたしはそういう本も勝手に持ち出して
読んでいました。でも…

星新一ははっきり覚えているけど
そういう小説は覚えてない。

星新一の方がオモシロイと思うような
年令だったのか、好みの方向?だったのか
今となると、ちょっと謎です(^^;

 



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