カジュアル・アミーガ         本ブログの動画、写真及び文章の無断転載と使用を禁じます。

ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-44-

2008年01月18日 | 投稿連載
    愛するココロ 作者 大隅 充   
        44   
リフォームして間もないのかアイボリーの壁紙もグレーの
リノリュウムの床張りも真新しく清潔な感じのするロビーから
小さな二階席のある劇場内へ防音扉を開けて入ると、椅子まで
は新調できなかったと見えて古い椅子の上にフェルトの白い
新しいシート・カバーをかけて並べてあった。
「どうぞ。こちらへー」
若い小柄な青年が丁寧に腰をかがめて、バリトンのホール全体
に通るキレイな声でカトキチたちを出迎えた。
「支配人の向坊と言います。中央のブルーのシート・カバーの
ついた優待席へお座りください。」
「すいません。営業時間前に無理言って・・」
カトキチの、初めて見せる丁寧な口調に由香は行きかけて
思わず振り返った。
「トンでもありません。広島の岡田さんのご紹介ですもの。」
「ココハ、昔小倉昭和館トイッタ。ムカイボウサンノ、
オトウサン、ゲンチャンノトモダチ。」
一番後ろをついて来ていたエノケン一号がひんやりしたホール
の空気の中でぽつりと発声した。
「ハイ。ここを名画座としてリフォームするのにも岡田源蔵
さんにいろいろ助けていただきました。」
トオルと由香が天奥の映写室を見上げた。
最上階の映写窓からゲンちゃんが手を振った。
「父が亡くなって東京の会社勤めを辞めて引き継いでから
まだ二年も経ちません。新米です。どうぞ。今後ともよろ
しくお立ち寄りください。」
「ハイ。ハイ。どうもこちらこそ。」
カトキチが言うと由香たちもまじめに頷いた。
エノケン一号は、通路をスルスルと一番後ろへ上って行った。
それをみんな黙って見送ってからキョロキョロを館内を見回
しながら、由香、トオル、カトキチと順番に椅子に座った。
「そろそろ始める?」
天の映写窓から渋いゲンちゃんの声が場内アナウンスに乗って
聞こえてきた。
「ちょっと待ってください。」
由香が天に叫んでカトキチの方を見た。
「もうひとり伏見さんが来るって言っていたけんがやっぱ無理かな」
「ああ。フィルムの持ち主のおばあちゃん。」
カトキチが心配そうに立ち上がって呟いたのを見上げてのん気
にトオルが言った。
もう少しだけ待ってくださいと映写室のゲンちゃんに由香が
もう一度言うと入口の方へ支配人と進んで行って防音扉を開けた。
一条の外光がトオルたちの足元まで届いた。
ちょうどそのとき、表で車の停まる音がして
「いらっしゃいました。」
向坊支配人が振り返って言った。
次の瞬間ロビー・エントランスのガラス戸が開く音がうす暗い
館内の高い天井まで響いた。
今度は、開け放たれた防音扉から春風がつむじとなって吹き
込んできた。
そして次に入ってきたのが、セーター姿の久美に支えられて
ゆっくりとした足取りで場内へ歩いてくる伏見お婆ちゃんだった。
まるでモガのようなニット帽にテン毛皮の襟付きの黒のロング
コートを纏い、髪の毛は、頬のところできれいにオカッパ・
カットされて、赤い唇を突き出してホールを見回す姿がとても
四日前まで入院患者だったとは、誰も想像できない。
伏見京子はいま八十近い孤独な老婆ではなく、初舞台を踏む
青い夢を膨らませた踊り子のようだった。
「遅れてすみません。」
久美がカトキチと由香に声をかけた。
「お姉ちゃん。病院は?」
「ちょうど夜勤明けだし、伏見さんのいる若松、小倉に出る
通り道なんよ。」
支配人が久美から伏見老女を受け取り、優待席へ案内する。
「お姉ちゃんも見るの?」
「そりゃそうでしょ。エノケン見てから寝るよお。なんたって
エノケンの最後の恋人なんだもん。ワタシ。お尻触られたー。」
「何?それ。変なの。」
と姉妹で厚い防音扉をしっかりと閉めた。
「はい、はい。どうぞこちらの真ん中の席へ座ってください。」
カトキチが自分の席を老女に譲って、ひとつづつカトキチ、
トオルと横にずれて座り直した。
「ありがとう。」
老女はコートを久美に預けて、静かに座った。
由香は、トオルの隣に、久美は、老女の隣にそれぞれ席についた。
「映画館なんて、何十年ぶりかしら・・」
「そうですか・・・」
「なんだか懐かしい匂いがするわ。」
「はい・・・・」
カトキチは、丁寧に頷くと、支配人と天奥のゲンちゃんに片手
で輪っかをつくってOKのサインを出した。
「どうぞごゆっくり!」
と支配人は後ろの離れた席に座った。
「オーケー!では、『生ける刃』第一巻の始まり始まり!」
まるで地を這うような枯れているが遠くまで透る声でゲンちゃん
が映写窓から覗いてアナウンスした。
場内がすうっと暗くなり、ベルが鳴った。
六人と一台だけの閑散とした客席が時間という水の底に溶け
込んだように静まり返った。
カラカラと映写機の廻る音が聞こえてくる。
そしてスクリーンにスタンダードサイズの映像が映し出された。
「エノケン主演第一作。『生ける刃』黎明編青雲怒涛の巻。」
の字幕。
老女は、両手を膝の上でしっかりと握った。
カラカラカラカラカラ・・・・・
映写機の回転の音だけが眠気を誘うようにしている。
カラカラカラカラカラ・・・・・・・
由香は、トオルの手を握った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルソー・キャンディー~シーちゃんのおやつ手帖31

2008年01月18日 | 味わい探訪
世田谷美術館は、砧公園の真ん中にあり、贅沢な造りです。
土産物グッズ店の地下に軽食喫茶があって安くてよかったけれど
今はもうなくなったのが残念です。
世田谷美術館のホームページ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする