日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

最後のランチ

2013-10-23 22:31:54 | B級グルメ
まずはこの突飛な表題から説明したいと思います。直截にいえば、読んで字のごとくランチの記録です。ただし、世の中にごまんとあるランチブログと同じことをするつもりはありません。何度も通った思い入れの深い店を、一回完結で語るというのがその趣旨です。

前の職場にいた頃から、自分は昼食をおざなりにしないという方針を貫いています。牛丼、ほか弁、Mc, コンビニといった軽食の類はやむを得ない事情がない限り避け、飲食店でゆったりいただくということです。1000円前後出せば十分満足できるものを、1500円出せばかなり上等なものをいただけるというのが近隣の相場で、前者を中心にしつつ、月に一度や二度は後者を交えるというのが基本的な組み立てになります。
牛丼、ほか弁、Mcの三本柱であれば半額程度の予算で済むとはいえ、たかが500円、1000円の違いで満足感が大きく変わるのですから、昼に金をかけない手はありません。昼時こそ平日の数少ない楽しみの一つであり、いいものがいただければ心底満足できる反面、時間がとれずに軽食で済ませてしまったり、入った店が外れだったりすると、午後はいいようのない敗北感に支配されます。自分の日常において、昼食とはそれほどまでに重要な存在なのです。

こんな話題を唐突に思いついたのは、職場が近々移転することになったからです。たかが数百m動くに過ぎず、通勤経路もほぼ変わらないとはいえ、昼時の行動範囲は自ずと限られます。これまでひいきにしてきた名店にも、そう頻繁には足が向かなくなるでしょう。ならばこの機会に書き留めておくのも一興かと思い立った次第です。
自分の中では、最後の一週、つまり月曜から金曜の五日間をどんな順番で回るかという組み立てが既に出来上がっています。とりあえずはその順番で五軒だけ綴ってみようと思います。「最後のランチ」なる表題はこのような趣旨に由来するものです。もっとも、途中で挫折する可能性がなきにしもあらずなので、あえて最終日から綴ることにします。星の数ほどある赤坂の飲食店の中から大トリに選んだ店とは、洋食の老舗「津つ井」です。

この店の特筆すべきところは、第一には格調の高さにあります。ここでいう格調の高さとは、いたずらに華やかさを追い求めるのとは違う、上品さとセンスのよさを併せ持った高級感です。
およそ飲食店などありそうにもない閑静な住宅街の一角に佇む、黒塀で囲まれた立派な門構えは、洋食店というより割烹か料亭のようです。石畳を進んで白木の引戸をくぐれば、店内も店構えに違わず瀟洒にして上品。黒塀に合わせたような焦茶の腰壁を基調にした内装がよく、天井には巨大な一枚板がはめ込まれ、そこからは円い鋳物の枠に磨りガラスを引っ掛けたランプシェードが二つ下がります。
それに加えて心憎いのが、窓の外に造られた小さな庭です。黒塀と建屋の間に広がるささやかな空間ながら、座敷のある地下に向かって滝が流れ、木々は季節に応じて彩りを変えます。テーブル席に腰掛けその様子を眺めれば、ホールの幅一杯に広がる大きな窓が、額縁に飾った絵のように見えてくるという仕掛けです。この中庭が象徴するように、上品さと洒落心を併せ持つのがこの店の造りの特徴で、壁に掛かった年代物の柱時計、さらには壁面のくぼみに並んだこけしなどの小物もその好例でしょう。
そして、洒落心の極みというべきものが、玄関と奥手のホールをつなぐ区画にある一枚板のカウンターです。奥行きも幅も立派な一枚板には、鋸でつけたと思しき無数の線が、筋目に対し垂直に入っています。しかし、こうして完成したカウンターには唯一無二の風合いというものがあり、鏡のようなニス塗りのカウンターよりかえって味わいがあるのです。これほどの高級材なら、傷をつけずにそのまま使うのが当然にも思えるところ、この大胆さには思わず脱帽せずにはいられなくなります。

もちろん、この私が通うわけですから、ただ高級で小洒落ただけの店ではありません。2630円もする名物のビフテキ丼など、お高いものはそれなりに値が張るものの、週替わりのランチなら千円という価格設定で、近隣の相場と比べてもいたって良心的です。だからといって値段相応の割り切りが必要ということもなく、質量ともに十分で、日頃から通うならこれ以上のものは必要ないような気がします。夜もそれほどお高いわけではなく、以前座敷を借り切り飲み食いしたときには、酒代と合わせても上等な居酒屋とほぼ同じでした。行き届いた接客もさすがは老舗というべきものです。今の職場に勤めて以来、五年と少しの間に立ち寄った数ある飲食店の中でも、価格以上の満足感を与えてくれるというでは、ここが文句なしの最高峰と自信を持って言い切りましょう。
職場からとりわけ近く、小一時間で行き来できるのも重宝するところの一つです。休憩に丸一時間注ぎ込むほどの余裕はない、だからといってコンビニの軽食などで手早く済ませるのは侘しい。そんなとき、この店の広々したテーブル席でゆったりくつろぐひとときは、平日の数少ない楽しみの一つなのです。こうして最も頻繁に通ったことからくる愛着もあり、最後の一軒はここ以外にないと決めています。お高い品ではなく、普段通りの千円ランチで締めくくるということも。もちろん、職場が変わっても依然として行動範囲内には違いないので、これからも自転車を飛ばして月に一度は立ち寄りたいと思っています。

津つ井
03-3584-1851
東京都港区赤坂2-22-24 泉赤坂ビル
平日 1130AM-1430PM(LO)/1700PM-2130PM(LO)
土日祝日 1200AM-1500PM(LO)/1630PM-2130PM(LO)
月曜の祝日及び年末年始休業
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