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苦難の時にこそ、われわれは隣人に対して寛大であらねばならない。そうしていれば世界はわれわれにとって寛大なものになるはず。

「街場の教育論」は目からウロコの本でした

2010年04月18日 | 
 先週の土曜日に出社したので、16日(金)は代休を頂いておりました。昨日、今日もお休みですので3連休となりました。金曜日と土曜日は非常に天気が良く、洗濯や布団を干すなどの家事を気持ちよくできました。今日は昼過ぎから生憎の雨です。二勝一敗ですね。
 今日は内田樹さんの『街場の教育論』を読み終えました。色々なヒントが散りばめられた本でした。
 冒頭の「教育の根本的改革は不可能である」というところから、もう目からウロコが何枚も落ちました。教育の根本的改革は≪ある日、一片の政令を以て「学校教育を一時停止する」といことだからです。全国の学校を閉鎖し、教員を解雇し、カリキュラムを全廃し、子どもたちに「次の学校」が整備されるまで、家で遊んでいてくれということ≫を意味するためです。毛沢東やポル・ポトは力づくで学校教育を停止させましたが、≪その結果、ほぼ一世代にわたり国民の教育水準に壊滅的な傷を残しました≫。
 政治や報道などで、何かの物事やシステムに対して「抜本的な改革が急務」と叫ばれることはよくあります。私はこれについては懐疑的でして、できるだけ現状を活かして小さな手直しを加えていく方法を選択する方がよいと考えています。教育についてもそのように思っていましたが、上にあるように「教育の根本的改革は不可能である」ということまで考えが及んだことはありませんでした。
 また、「変化を望まない人々」についても驚きがありました。ここでは、学校の卒業生の願いの一つは≪自分の出た学校が、自分が通っていたときのままであってほしい≫と書かれています。つまり、これは昔と少しも変わらない教育が行われていることを、卒業生たちは無意識に望んでいるといことです。
 私も自分自身について考えてみますと、自分の母校の変化について耳にすると、少しショックを受けることがあります。学校の編成、独立行政法人の波、お世話になった先生の退官、校舎棟の改築、学生寮の変化等々。自分の心の奥底を覗いてみますと、私はこれらの変化を少しも望んでいないことに気がつきました。「改革が必要」と叫びながら、実は「変化を望んでいない」という屈折した状況……。
 これらのことについて心のアンテナに引っかかった方は、ぜひともこの本を読んでいただきたいと思います。はっきりいって面白いですし、非常に貴重な論が語られていると思いました。


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2 コメント

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ぜひ読んでみたいです (mayuri)
2010-04-21 00:04:19
『街場の教育論』
ぜひよんでみたいです。
「教育の根本改革は不可能」
言われてみれば確かに!!
「変化を望まない人々」
自分はどうなのか??
ちょっと自問自答してみました。。
あの時のままでいて欲しいという郷愁は
正直私の中には
あまりありませんでした。
自分に肉体ですら
数年前の自分とは
細胞全部が入れ替わっていて
自分であってあの頃と同じ自分ではない。。
そんな気がいつもしています。
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Unknown (moritomoaki2001)
2010-04-21 23:28:48
筆者の内田さん自身が実際の大学の先生であるため、
現場の教職者として様々な葛藤や不満が心の中でうずまき、成熟し、
この本が出来上がったのだと思います。切り口が独特です。
私の友人には教育関係の人が何人かいるので
彼らの意見も聞いてみたいと思いました。
色々と考えさせてくれる一冊でした。内田樹さんの本は面白いです。

変化の望むか望まないかについてなのですが、
大学生の頃に住んでいた香川県の高松市は、
訪れる度に市街地のお店や光景がどんどん変わっています。
こういうときに私は寂しいなあ、と思ってしまう性格です。
また、自分が知っているものが残っていると、
「再会した」ような嬉しさを感じます。
少しノスタルジックな気分に浸るのが好きなんですかね。
自分自身のことを考えると、私はあまり変わっていないと思ってます。
当然、変化していないワケがないのですが、
変わったときがいつなのか境目が分からず、ずっと連続したものが
断絶せずに、続いてるようなイメージを抱いています。
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