潮風の夏めく北国街道へ 笑子
しおかぜのなつめくほっこくかいどうへ
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出雲崎の道の駅「越後出雲崎 天領の里」に駐車して散策へ
【道の駅の名前の由来】
出雲崎は、元和2年(1616)佐渡からの金銀の陸揚げ港として
越後で初めて代官所が置かれた直轄地「天領」となったから
越後で初めて代官所が置かれた直轄地「天領」となったから
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/33/6b0a9e5f9b4d366acd1c59a53b676b92.jpg)
北国街道を少し歩きます
佐渡金銀の荷揚げや北前船の寄港地で北国街道の宿場町として栄えた出雲崎
廻船問屋街や旅館街が立ち並び、それに伴い遊廓も発展していきました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/63/58d31ad198facc5eafcc7257ff6ea3ab.jpg)
様々な業種が集まり近隣の農家の二男、三男は「天秤棒1本持って出雲崎へ行け」
といわれるほど働き口に不自由ないところだったそうです
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/80/91bed9583bbf117a75e442a907e7c93d.jpg)
当時の人口はこの小高い丘と日本海に挟まれたわずかな平場に
約2万人もいたと言われ人口密度は越後一だったそうですよ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/72/b271e38ebf346b66461a6816bc5d181a.jpg)
多くの人が居住できるようにということと
当時は間口の広さに税金を掛けられていたことから
二間や三間半といった間口が狭く奥行きの長い妻入り家屋が軒を連ね
約4㎞にも及ぶ妻入りの街並を形成しました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/6d/6a95f3342f387afda14ec27e3f73c140.jpg)
味わいある路地を巡るのもぶらり旅の楽しみの一つです
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/e6/789031163187d8ca52e39507334938d7.jpg)
風情がありますね。
行ってみたいです。
地蔵さんの路地…趣たっぷり。
歩きたいな☆☆
今も昔も 節税対策! やっぱり大事な事よね~
風情あります 4kもの長きにね~
大収穫の旅に・・ もう旅は 難しい歳に
なりましたから、良い風景をありがとうです
どこも大層賑わったようですね。
そして、人が集まる場所には
遊廓というのも定番だったようです。
応援ぽち
ここは良いですね。
私は一日中いられますよ。(笑)
もちろん写真撮ってね。
栄えた町なのですね。
間口が狭いのって京都なども一緒ですよね。
ここが新潟なんですね。寂しさも含めて
今はその名残ともいうべき場所がいくつかありますね。仕事に不自由のない場所で昔は賑わっていたので
賞ね〜〜凸2
それで奥行きの長い妻入り家屋が軒を連ねたんですね
面白すぎます(^^♪
風情ある路地もいいな~
こういう所歩くの大好きです。
☆
風情ある街並みですね。
路地も素敵です。
以前私は海野宿を歩きました。
情緒あふれる街並みに魅了され
古き良き日本を再発見した旅でした。
出雲崎方面はあまり行ったことがないので新しい発見だらけです。
賑わっていた出雲崎も今は静まり返った風情のある街になってしまいましたね~インバウンドも易経内容で…ゆっくり散策が出来る街ですね。
味わいのある街並みですね
時間を忘れて日常を忘れ歩けますね
今でも時代劇の撮影が出来そうな雰囲気が良いですよ(笑)
狭い街でも人口が多いというのは、それだけ仕事もあったのでしょうね^^
まだ、こう言う地域があるというのは素敵☆
いつまでも変わらないでほしいものです。
ポチ☆彡×2♪
本当
味わいある路地を
巡るぶらり旅
良いですよね~
様々な発見があったり・・・
良い旅ですね(^^)
出雲って見ると、つい島根を想像するけど
越後にも、出雲崎があるんですね!!
街並みもなんかノスタルジックな雰囲気が
素敵です♪
北国街道を歩いたことがあります
働き口があるってすごいですよね
路地の石畳がいいですね~
金沢までは行ったことがあるのですが・・・
海沿いを北上してみたくなりました。
良い旅してますねぇ。
潮の匂いを歩いてみたくなります
石碑石仏いしだたみいい雰囲気!
北国街道、歴史国道になっているのですね。
素晴らしところですね。
追分から越後へ抜ける道なのですね。