花の名前・木の名前・名前の由来

草花や木についている名前の由来。誰が付けたか分からないけど、知って納得のもの、「?」のもの、いろいろあって、面白い。

天国にぶっぱなせ

2012年02月23日 | Weblog

天国へぶっぱなせ  3月10日 18時から19時 泉が岳で2000発の花火打ち上げ

「スコップダン」は震災後すぐに、活動を始めた団体です。
「困っていたら助けに行く。泣いていたら側にいる。人助けに理由はいらねぇ」
「友達を助けることをボランティアって言うか?」        
彼らの言葉の一部です。

3月10日で日にちが止まればいい。
本当にそう思います。
最近になって、震災の日付けを言葉にするのが、息苦しく感じます。
「震災」の記事を見ると、泣いてしまいます。
「行事なんてなければいいのに」と思ってしまいます。
誰に言われるでもなく、各人が黙とうすればいいんじゃないかと。
「震災の日」が近付くにつれて、「不安感」が増している人たちは、きっとたくさんいると思います。

スコップ団が3月10日に泉が岳で20000発の花火を打ち上げます。
天国へ向けて、「元気だよ」と。
その日は私も花火を見ます。
泣かずに見ることはできないと思うけど。
「ちっちゃい花火だけど、私の花火もあるからね」

 

募金先
●三菱東京UFJ銀行●

【仙台支店】
【店番】314
【普通口座】 0289305
【口座名】スコツプダン

●ゆうちょ銀行●
記号 18170
番号 8409961

他の金融機関
【店名】八一八(ハチイチハチ)
【店番】818
【預金種目】普通預金
【口座番号】0840996
【口座名】スコツプダン 

●七十七銀行(シチジユウシチギンコウ)●
【支店名】栗生支店(クリユウシテン)
【預金種目】普通
【口座番号】5044103
【口座名】スコツプダン
【SWIFT番号】BOSSJPJT

http://schop-dan.com/pg102.html


ミズメ(水目)・アズサ・梓弓・ヨグソミネバリ(夜糞峰楱)・フォレストヒーローズ

2012年02月12日 | 草花・植物

森の英雄たち〈フォレストヒーローズ〉

宮城県気仙沼市の畠山重篤はたけやましげあつ)さんが受賞した賞です。

国連森林フォーラムが創設した賞の第1号が、畠山さん。
森は海の恋人」の合言葉で植林活動を続けてきたことで、よく知られた方です。
森からの養分が川に流れてきて、海にそそぎ、プランクトンを育てる。
つまり豊かな海は、豊かな森がなければ育たない。

昨年は「アズサの木」を植えたそうです。
梓はしなりがあって、船の「櫓」の材料になるとか。

震災で壊滅的な被害を受けたのは海も同じですが、海の回復力は、想像以上に早いそうです。
海には流れがあるからでしょうか?

 

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「アズサ」も「アズアシユミ」も正式名前ではないようです。

ミズメ(カバノキ科)
建築材、家具など幅広く使われる用木です・
「アズサ(梓)」や「「アズサユミ(梓弓)ヨグソミネバリ(夜糞峰楱)」の名前で、呼ばれています。
切ると、サロメチールの匂いがします。ヨグソの名前もここからきているのでしょうが、「サロメチール」なら、それほど嫌な匂いではないと思います。

ミズメの名前の由来は、切った枝からたくさんの樹液が水のように、したたり落ちることから。
アズサやアズサユミの由来も考えてみました。考えられるのは、弓の原材料として「アズサ」が使われてので、弓をただ弓と言わず「梓弓」とい言うようになったというものです。
しかし、弓の原材料は竹やはぜ(ハゼ)。
他に考えられるのは、アズサがよくしなるので、「弓」のようだということで「アズサユミ」というい方が出来たということです。
その後「引く」にかかる枕詞として「梓弓」が用いられるようになったとは、考えられないでしょうか。

梓弓などというゆかしい名前を持っているのに、夜糞などという名前も持つという不思議な樹木です。

梓弓 ま弓つき弓 年を経て
 わがせしがごと うるはしみせよ

梓弓 引けど引かねど 昔より 
 心は君に よりにしものを      「伊勢物語」

     原発廃炉に向けて

 

 


福島第二原発も、女川原発も「炉心溶融」は、「紙一重」だった

2012年02月09日 | 脱原発・原発廃止へ

昨日ニュースで報道された「福島第二」。
今朝の「読売新聞」の見出しは「炉心溶融紙一重」というものでした。

 震災当時から現場を指揮してきた増田尚宏(なおひろ)所長(53)は、報道陣に対し、「(大惨事を招いた)福島第一原発と同様の事態まで、紙一重だった」と震災直後の緊迫した状況を振り返った。

 第二原発とメルトダウン(炉心溶融)に至った第一原発の距離はわずか約12キロ・メートル。襲来した津波は第一原発の13メートルに対して第二原発は9メートルだったが、海岸近くにある原子炉を冷却するための海水ポンプの機能が奪われ、原子炉4基中3基が一時危険な状態に陥った。しかし、外部からの高圧送電線が1回線生き残り、中央制御室で原子炉の温度や水位などのデータが把握できた。必要な対策を見極め、事故4日後の3月15日までに全号機で冷温停止にこぎ着け、放射性物質は外部に漏れなかった。「原子炉の状態をつかめなかった第一原発とは大きく違った」と増田所長は指摘する。ただ、復旧までの道のりは険しく、総力戦だった。

更に、「もし災害が平日でなかったら……」とありました。
金曜だったので2000人の作業要員がいた。だから、1トンもあるケーブルを人力でつなぎ合わせることができた。
休日なら40人ほど。そんな時間帯に災害が発生したら……。

第一だけでも恐ろしい状況になっているに、もし第二もだったとしたら……。

更に「宮城県の女川原発」
幸いにも自動停止しましたが、こちらも「紙一重」の状況には、変わりありませんでした。
3.11で、5系統ある電源のうちの受電可能だったの「松島幹線2号」のみ。
そして4.7の余震時も5系統の電源のうち今度は「牡鹿幹線1号」のみ。
非常に不安定な電源設備だと思います。

津波の高さは女川町全体では20メートルまででしたが、原発は13メートル。
原発が耐えられる高さは14メートル。高さをクリアーしても建屋の中には水が入り、2号機は水没。
1号機は火災発生。(14:57に火災報知機動作。20:23消火)
報道されていないものも含めると600件以上の不具合なそうです。
もう少し高い津波が襲ったとしていたら……。もし火災の消火活動が長引いたら……
やはり「紙一重」だっとのだと思います。

こんな危険な原発を止める最も簡単な方法は、原発周辺の「住民・自治体の不同意」だと思います。
再稼働の条件の中では、大きなウエイトを占めているこの「同意」という条件をクリアーさせないことです。



法螺貝(ほら貝)届く

2012年02月07日 | 3.11東日本大震災

震災と原発事故で大きな被害を受けた「南相馬市」
「南相馬市立大甕(おおみか)小学校」では、失業式にホラ貝を吹く伝統があるそうです。
「ほら貝」が足りなく、練習に困っているという記事を読んだ方お二人が、学校に贈ったという記事が新聞に出ていました。

ほら貝というと、山法師が、修行の時に吹くシーンしか連想していなかった私ですが、震災後南相馬市の神社で奉納された行事をテレビで見ました。

この時の奏法が、ほら貝の口を下に向ける「人がなくなった時」に使う奏法でした。
その時聴いた、低い悲しい音がずーっと耳に残っています。
今まであまり興味も持たなかった「ほら貝」に、伝統の中に息づく神聖な行事であることを感じました。

「相馬野馬追」もまだ見たことがないので、機会があれば、ぜひ行ってみたいと思います。