曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(5)

2014年01月21日 | 連載小説
(5)
 
みんなの杯は重なっていく。
「最近右肩が痛くてなぁ。2時間練習するとけっこうキツいんだよな」
ドラムのタクちゃんがしかめ面で言う。誰にともなく言ったのだが、しかしメンバー全員40過ぎで、体の不調には思い当たるフシがある。自然と話はそっち方面に流れる。
「なんだかさ、ベースが重く感じるようになったよ、以前よっかさぁ」
と言うのはカズ。
「おれけっこう歌詞忘れちゃうんだよな、この頃。あんだけ歌って完全に覚えてるはずなのに、フッと出てこなくなるときがあるんだよなぁ」
と、これはボーカル・リズムギターのE。彼は体重増加にも悩んでいた。
キーボードのイチは腰痛と痛風で何度かスタジオを欠席している。それぞれに故障が出始めていた。
「そうかぁ。となるとダック、まともなのはFだけか」
とカズが言う。本当につまらないところでどうでもいいダジャレを挟み入れやがると思いながら、Fは手を振って否定した。
「んなことないよ。おれもいろいろガタがきてんだよ。なんかすごく疲れやすくなってるし」
「疲れぇ、そんなのみんなそうだよ。朝起きられねぇもんな」
反対にカズに否定されてしまった。
 
沈んだ内容の話に、ちょっとの間沈黙がおとずれる。
「まぁ、な、男が齢取ると減ってくんだよ、なにもかもが。体力も、健康も、収入もさ。歯とか髪の毛とかもさ。でもさ、一つだけ増えるもんがあるけど、分かるか?」
イチがみんなの顔を見ながら言う。
「え、なんだろ、体重かな?」
Eが腹をさすりながら言う。
「そうか。たしかにそれも増えるなぁ。いやね、確実に増えるのってなぁな、『家庭内のルール』なんだよな」
「ほぉ、なるほど」
F以外の3人が頷く。Fを覗いて皆既婚者なのだ。特にイチが言うと説得力があった。
「しかもそれって自分で増やしたわけじゃないから、なかなか身に付かねぇとくる。で、怒られる回数まで増えちゃうことになるんだよな」
再びF以外の3人が頷く。
「まったく、話す中身の濃さまで減ってくなぁ」
カズが自嘲気味に笑いながら呟いた。そして景気の悪い話を吹き飛ばすように、お代わりを告げた。
 
その晩は終電で戻り、シャワーを浴びる気力もなく布団に入った。他の4人は、かわいそうに、こうはいかないのだろうな。さっきの居酒屋での話を思い出しながら、Fは布団の中でもぞもぞと靴下を脱いだ。そして枕元にポンとほっぽり投げた。
 
枕元のCDを、この時間なので小さい音でかけた。酒といえば連想されるのがドアーズだったので、6枚のアルバムの中から最も気に入っている『Waiting for the sun』をかけて眠りに就いたのだった。
 
(つづく)