曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・はむ駅長(14)

2014年01月18日 | ハムスター小説
 
女性はもう一杯、お湯割を作る。
「あぁ、さえない。枯れすすきって言うんでしょ、あの一面。寒々しいわよね」
と、ガラスの向こうの景色を見ながら、呟くように言った。
「はいはい。でも一歩引いた味があるんですよ。それともお酒呑むと見方が違うんですかね」
羽祐はちょっとだけ返答にトゲを含ませる。
「あら、お客さんにあんまりな言い方じゃないの」
「お客って…。知ってますよあなたの正体。本社の事務の人なんでしょ」
「えっ、誰から聞いたの?」
「誰だっていいでしょ。こんなローカル駅の待合室で晩酌してればイヤでも広まりますよ、噂が」
「ふぅん。でも勤務時間外なんから、立派な客よ」
「う、まぁ、たしかに、そうですね」
すこしたじろぎながら、羽祐が答える。女は酒が入っても物腰は柔らかく、特段の迷惑がかかっているわけではない。むしろこの駅に、華やかな印象を与えているはずだ。
そしてこうやってポンポンと言葉をやりとりできるのも、羽祐にとっては大きな気分転換になるのだ。ある意味貴重な時間だった。
 
女は今度、小さい水筒を出した。同じ銀色の保温が効くタイプだが、中身が違った。
コップに注がれると、ワインの豊かな香りが広がった。
「いいでしょ、ホットワイン」
羽祐は小部屋に入って荷物からタッパを取り、女に差し出した。
なに? という目を、女は上に向ける。
「昨日作ったつまみが余ったから持ってきたんです。直箸で取ってないですから食べてください。いつも呑むだけでしょ。食べながらの方が体にいいですよ」
「え、ありがと。でも羽祐クンも呑むんだ」
「家で、ちょっとですけどね」
ワインの香りに誘われたのか。巣に戻った駅長が起きて顔を覗かせた。
「駅長さん、まるでいい湯だなって感じね」
女がつまみを食べながら、笑みを浮かべた。