つれづれなるまま(小浜正子ブログ)

カリフォルニアから東京に戻り、「カリフォルニアへたれ日記」を改称しました。

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上海にて

2011-12-26 14:03:51 | 日記

(上海の街並み;伝統的な里弄式住宅の後ろに高速道路・高層ビルがどんどん建ってゆく)
上海へやって来た。
日本も、アメリカも、ついでにヨーロッパも財政危機に陥っている時に、ここだけは発展を続ける国の経済の中心だ。私はこの街の歴史、このエネルギーを生み出した上海社会の秘密を考察することから研究を始めた。90年代の初めに留学して以来、毎年何度か上海を訪れては、急速な街の変わりように目を見張っている。
今年は欧米にも眼を広げようと思ってアメリカで過ごした後の、ほぼ一年ぶりの上海だ。
中国で最も富裕な上海でも、物質的な生活水準は、まだまだアメリカや日本には及ばない。しかし経済発展しつつあるこの街のエネルギーは、今のアメリカや日本にはない。現在はちょっと景気に蔭りがあるようだが、それでもモノは高いものからどんどん売れてゆき、富裕層の消費意欲をかき立てる新しい商品の開発はまだまだ止みそうにない。上海で働いてもう十年になってしまった、という日本人の友人複数に会ったが、ここではどこよりもビジネスチャンスが多いとなれば、おいそれと離れられないだろう。
ところで今回、この間ずっとフォローしていたtwitterやFacebookが中国では繋がらないことを確認した。ブログもgooは大丈夫だが、見れないものも多いという。これまで見れたものが見られないのはたしかにツラい。ただ、中国の友人たちはそういう規制のかかった状況を与件として、自分なりに必要な情報を入手することに努力している。日本のマスコミも当てに出来ないことがしみじみわかった今年は、マスコミは「党の宣伝のためのくちばし」と公言している中国の方が正直かも、等と皮肉に思ったりしてしまう。アメリカでは、「中国の人々は情報統制されていて可哀想」と、自分たちはそうでないという優越感を示しながら言う人も多かった。しかし正確な情報を得るために努力が必要なのはどこでも同じで、問題はむしろその自覚がなくなることの方ではないかと思われる。(でももちろんtwitterやFacebook等の規制はない方がいいけれど)


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経産省前テントひろば

2011-12-18 13:16:30 | 日記
久し振りの一時帰国。
京都のシンポジウムのディスカッサントを務め(英語で発言! ワタシ的にはちょっとしたチャレンジ)、大阪の実家に顔を出して、東京で一週間。それから上海へ調査に行く、という慌ただしい日程。
半年ぶりの東京は、あわただしい師走の街模様だ。6月に戻った時は、まだ震災の余波と節電で非日常の雰囲気だったけれど、さすがにもう落ち着いている。節電も、毎日の生活に織り込み済みになった感じで、東京の生活は、非日常の日常化が完了した(?)
この間国外にいて、政治は混迷を深めるばかりで、脱原発に舵を切ることが出来ない日本の状況にはらはら、いらいら、ひりひりしていた。諸悪の根源(?)の経産省前では、福島からやってきた女性たちなどがテントをはり、原発が止まるまで脱原発を訴え続ける、という。
で、せめて東京にいる間に自分の態度を表明し、頑張っている人たちに連帯と支援の気持ちを伝えよう、と思ってスケジュールの合間に霞ヶ関にやってきた。経済産業省の前の角にはテントが見えて、すぐわかる。アメリカ土産のチョコレートの差し入れとカンパを置いて、2時間ほどテントで座り込み(?)に参加。福島から来て十月十日の座り込みを始めた椎名さんなどとなんとなくおしゃべり。私が行った時は、わりと人が少なかったけど、前日はコンサートなどしてにぎやかだったとか。
マスコミは報道しないけど、脱原発への動きはいろいろある。ねばり強く、頑張りたい。(もうちょっとオサレに、たくさんの人にアピールする方法を開発できればいいんだけどな)
経産省前テントについては、下のブログに「テント前日誌」あり。「経産省前テントひろば」等でも検索可。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/755d863afc877ad3a76a78bf85c59245
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Occupy Stanford

2011-12-07 08:58:23 | 日記

日本でも報道されているように、アメリカでは9.11十周年の次の週からNew Yorkのウォールストリートで始まったOccupy Movementがこの間ずっと続いている。
1%の金持ちがますます豊かになり、99%の人々の生活が脅かされている状況への異議申し立てとして始まったこの運動は、具体的な獲得目標がよくわからないままに、格差の広がる中で多くの人々の共感をへて全米のあちこちの都市に広がった。カリフォルニアでも、サンフランシスコやオークランドの広場を占拠していたのだが、オークランドで公安と衝突して負傷者を出し、人々の怒りをかき立てたのは11月のことだ。オークランドはバークレーの隣町だが、ベイエリアでは治安の悪い-つまり貧しい人が多い-街として知られているところで、そこでこの運動がとりわけ盛り上がるのは納得できるものがある。
同時に、カリフォルニアでは州財政が(アメリカの国家財政と同様に)破綻しそうになっていて、財政改善のためということで州立大学の学費は、この数年、年に20%というレベルでの値上げが続き、修学継続困難な学生もたくさん発生していた。バークレー校ではOccupy Movement と呼応した学費値上げに抗議するOccupy Berkeley が少し前から多くの学生を巻き込んで広がって話題になっており、そして先週、デイヴィス校で、学費値上げに反対して平和的に座り込んでいる学生たちに対して、大学の公安部門が催涙弾を発砲するという事件が起きた。これは多くの人々の怒りを巻き起こし、デイヴィス校では大学当局に抗議する大規模なデモが起こっている。
しかし私立大学であるここStanfordでは、そういう世間の波風は人ごとのように、これまでキャンパスの中に特に動きはなかった。
ところが、今週になって、StanfordでもOccupy Movementが始まった。とはいってもきわめて小規模なおとなしいもので、Meyer Libraryという建物の一階のオープンな学習スペースにある机の一つを三人の学生が占拠してチラシなどを配っている、という程度だ。机の前には“We are 99%”という小さなプラカードもあった。きっかけは、先週の学内新聞Stanford Dailyの記事に反発してのものらしい。
Meyer Libraryには東アジア図書館が入っており、私はそこへ行く時に彼らの机の横を通ったのでそれを知った。が、そうでもなければ普通に学内で生活していると気がつかない程度の小さな動きだ。チラシを見ても、特に具体的な要求があるように見えない。今のところ大学当局も特に問題視して対応はしていないようだ。
裕福な家庭の学生の比率が高いStanfordではOccupy Movementに大きな共感は集まっていないということなのか、あるいはみな勉強に忙しいのか。学生よりもむしろ、昔運動の経験のある教員の方が興味をもって成り行きを見守っている感もある。
残念なことにまもなく私は一時帰国してしまうので、その後の動きを自分でフォローできないのだが、StanfordのOccupy Movementがどのように展開するか、興味が持たれるところだ。
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クリスマス・シーズン

2011-12-06 08:51:38 | 日記

12月に入った朝、間借りしている家の玄関にはクリスマスのリースが登場した。クリスマスは、アメリカ人の多くを占めるキリスト教徒にとって、一年で一番大切な行事。大家のマージェリーは息子の家族がクリスマスにやってくるのを心待ちにしている。日本のお正月に匹敵する、家族が集う大事な祀りだ。マージェリーによれば、これからクリスマスの当日まで、だんだん準備していくのだという。
気がつけば、ダイニングのテーブルクロスもクリスマス模様になり、食卓の上の置物はサンタクロース、上では電灯を受けて天使が光っている。暖炉の前の置物も、ヨセフとマリアと飼い葉桶の中の嬰児(みどりご)イエスに羊飼いたちや三賢人のイエスの誕生セットのぬいぐるみに変わった。踊り場には、マージェリーが30年前にお母さんと作ったクリスマスツリー模様のカレンダーのアップリケが掛けられ、毎日カレンダーのポケットからツリーの飾りを取り出して飾ってゆくのだとか。
この家はかなり大きな家で、マージェリーと家族の思い出の品があちこちに飾られているのだが、季節にはクリスマスにちなんだものがたくさん出てくるようだ。日本のお正月は、元旦からだんだんにお正月気分が抜けてゆくが、こちらでは12月に入るとクリスマスへ向けてだんだん盛り上がってゆくらしい。
この週末には息子一家がやってきて、ツリーをしつらえるという。とても興味はあるのだけれど、私は一時帰国して家族とお正月を迎えるので、クリスマスには参加できない。日本のお菓子をツリーの下に置くプレゼントとして託して、半年ぶりの日本に向かった。一月に戻ってからクリスマスの様子を聞くことにしよう。
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