水の丘交通公園

鉄道メインの乗り物図鑑です。
※禁無断転載!使用に際してはコメント欄にて
用途を申告してください。

東武鉄道 100系電車

2011-11-19 23:05:35 | 電車図鑑・私鉄電車(関東)
名車として知られ、長く親しまれた1720系特急用電車「DRC(デラックスロマンスカー)」
の老朽化に伴う置き換えのために登場した車両である。
平成2年~平成3年にかけて6両編成×9本=54両が製造された。
製造を担当したメーカーはアルナ工機と東急車輛である。
車両愛称として「SPACIA(スペーシア)」と命名された。
編成の組み方は浅草側から順に以下の通り。

100-1形+100-2形+100-3形+100-4形+100-5形+100-6形

旅客案内での号車番号は逆方向の100-6形から順に付けられる。
車番の見方は十と一の位が編成番号、ハイフン以下が連結位置番号となる。
全車が電動車で-2、-4、-5に集電装置と主制御装置、-1と-6に補助電源装置、
-1、-3、-6に空気圧縮機などを搭載している。
平成2年にグッドデザイン賞、平成3年に鉄道友の会「ブルーリボン」賞を受賞した。

車体は東武鉄道の車両で初めてのアルミ合金製で軽量化と低重心化が図られた。
また客室への騒音対策のため、床板をDRCよりも厚くしている。
先頭部分は非貫通の流線型となっており、現在の目で見てもシンプルながら
流麗なスタイルとなっている。
塗装はジャスミンホワイトにサニーコーラルオレンジとパールルビーオレンジの
オレンジの帯、窓周りはブラックである。
行き先表示及び列車名表示は車体側面にあり、字幕式となっている。

客室は銀座東武ホテルの内装デザインを手がけたロバート・マーチャント氏により
デザインされ、6号車(100-1形)が4人用の個室、他が一般客室となる構成である。
4人用個室は6号車に4人用のものが6部屋設置され、この車両だけ通路が海側(浅草方面
列車で進行方向左側)にある。
個室内は4人向き合わせのソファと天然大理石を用いた大型テーブルが設けられて
いる。
ソファの肘掛は背もたれにしまうことも可能である。
通路側壁面には空調や照明の強弱を自由に操作できるパネルも設置されている。
この他にビュッフェへの直通呼び出しボタンがあったが、こちらはシートサービス
終了と共に撤去された。
また、窓の日除けとして電動ブラインドに厚手のカーテンとレースのカーテンを
設置していたが、こちらも通常の横引きカーテンだけになった。
一般客室は左右2列配置の回転式リクライニングシートで前後間隔が1100mm、
2面回転式フットレスト付きでJRのグリーン車に匹敵する設備を有する。
テーブルは肘掛内蔵で座席を向き合わせにしても使えるように配慮されているほか、
窓枠の框も幅広であり、飲み物のなどの小物を置くのには不自由しない。
荷棚の各座席上部にはスポット空調と読書灯が備わるほか、客室で入口上部には
LEDスクロール式の旅客案内装置を備える。
運行当初はオーディオサービス用のスピーカーを座席ヘッドレスト部分に埋め込み、
イヤホン無しでもBGMやラジオ放送を楽しめたが、現在は撤去されている。
3号車(100-4形)浅草側にはビュッフェがあり、飲み物や弁当、軽食の販売が
行われている。
登場時~平成7年まではオーダーエントリーシステムを用いたシートデリバリーも
実施していたが、現在はワゴン販売になった。
このため、ビュッフェは実質的に車内販売基地となったが、暖かい軽食の販売は
今も行われているため、機能はしている(該当のメニューを購入する場合は
乗客がビュッフェカウンターに赴く必要がある)。
このビュッフェに隣接して飲み物の自動販売機、電話室(カード式公衆電話を設置)
の他、サービスカウンターがあり、平成15年まではスチュワーデス(女性客室乗務員。
一般に航空会社の女性客室乗務員を指すが東武鉄道でもこの呼称を使用していた)
による観光案内などが行われていた。
なお、床面は全車がカーペット敷きとなっており、全体に高級ホテルを意識した
意匠をとり入れている。
トイレと洗面所は1・4・6号車(100-1形、100-3形、100-6形)でトイレは洋式と和式、
その向かいに洗面所という構成である。
洗面所には姿見を、一部のトイレには和式・洋式ともベビーベット(おむつ交換用)を
備える。
ドアは4号車以外(100-3形)の各車両1箇所ずつで扉は車体に段差を作らないように
するため、プラグドアを採用した。

主制御装置はGTO素子を用いたVVVFインバータ制御で日本の私鉄特急車で初めての
採用となった。
ブレーキ抑速ブレーキ付きの発電・回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキである。
台車は軸箱支持をSUミンデン式としたボルスタレス台車でモーターの駆動方式は
TDカルダン(中実軸平行カルダン)駆動方式である。
当初は横揺れ防止のヨーダンパーを備えていなかったが、平成3年に投入された
編成から装備され、それ以前の編成も装備するようになった。
全車両電動車で60km/h以上での定速度運転機能のほか、設計最高速度130km/h、
営業運転でも120km/hの高速運転が可能である。
併せて定加速領域が100km/h近くまでとかなり広くとられ、速度制御もジャーク制御を
用いることで起動加速時やノッチオフの時の電流量を徐々に調整することが可能であり、
加速・減速時の前後衝動がほとんど発生しないのも特徴である。
運転台は10000系電車などに準じたツーハンドル式のものを採用している。
なお、これらの豪華な内装と製造後20年を経て今なお通用する高性能な機能から
製造コストは1編成あたり13億4600万円と1両あたりの製造コストで新幹線N700系
並みとなっている。

運用は「きぬ」及び「けごん」で車内放送では車両愛称を含めて「スペーシア~」と
案内されるほか、日光・鬼怒川特急を併せて案内するときはそのまま「スペーシア」と
案内され、最早、東武日光・鬼怒川特急の代名詞となっている。
平成18年からは特急「スペーシアきぬがわ」としてJR東日本宇都宮線・湘南新宿ライン
経由で新宿までの乗り入れを開始した。
この乗り入れに伴い、106~108編成にJR用の各種保安装置及び切替スイッチ取り付け、
座席番号表記をJR方式のものを追記、6号車へのグリーン車マーク貼付け(4人用
個室はJRではグリーン個室として扱われる)、自動放送装置、旅客案内装置の更新と
方向幕交換などの改造を受けている。
これらのうち、特にJRが使用している信号炎管用の煙突は外観上、目立たないように
屋根の頂上部を凹ませて設置している。
既に登場から20年以上が経過しているが、置き換えの計画は無い。
ただし、平成23年度の事業計画でリニューアルが発表されている。


○ビュッフェを備える100-3形。ビュッフェなどがある部分の側面に「SPACIA」の
 ロゴが入る。


○6号車の個室。これは東武博物館に展示されているモックアップ。


○JR湘南新宿ラインを行く「スペーシアきぬがわ」。奥の跨線橋は西武池袋線。
 ちょっと離れているが東武日光線の車両と東武東上線の車両が池袋で顔を
 合わせる事になった。



○ヘッドマーク2種類。昨今はこのようなヘッドマークを付けて運行される機会が
 多い。
 前者は外国向けの日本観光キャンペーン時のもの、後者は東日本大震災後の
 応援メッセージである。
 東武鉄道では震災後、福島県などからの避難者を逸早く積極的に採用した。

名古屋市交通局 100形電車

2011-11-17 19:05:19 | 保存車・博物館
名古屋市交通局が同市で初めての地下鉄路線となる東山線の開業用に導入した
車両である。
昭和31年~昭和38年までに40両が製造された。
製造を担当したメーカーは日本車輛である。
編成の組み方は藤ヶ丘側(開業時は栄町(現・栄)側)から順に以下の通り。

開業時:100形(奇数)+100形(偶数)

引退時:100形(奇)+500形(奇数)+500形(奇)+700形(奇数)+700形(偶数)+100形(偶)※
※編成によって若干異なる。

全車電動車でユニットは組まない構造となっており、走行に必要な機器は
一揃い搭載している。
路線延伸による増備車として100形と同様の構造の中間電動車で簡易運転台を有した
500形、本形式で特殊な車体構造だった部分(後述)を通常の構造に改良した200形及び
600形をベースに製造された中間電動車の700形が存在した。

車体は普通鋼鉄製で車体側面構体を床下機器まで包むようにしたボディマウント
構造を採用した。
本形式の製造にあたって市電の「無音電車」と呼ばれる電車をベースに開発したため、
車体の大きさが15.5mと小型である。
塗装はウィンザーイエロー一色で名古屋出身の画家・杉本健吉氏により選定された。
この塗装は東山線及び名城線の鋼鉄製電車にも引き続き採用され(名城線はウィンザー
イエロー+パープルの帯)、「黄電」の愛称で親しまれた。
行き先表示は試作車である101号車で方向幕の搭載が検討されたが採用されず、
高畑延伸までは黄色の縦長の方向板、高畑延伸後は正方形で黒色に黄色文字の方向板
(いずれも2つ折)を貫通扉下部に掲示していた。

車内はオールロングシートで車体が小さいことから圧迫感を与えないように連結部の
通路幅を広くとった。
また、網棚についても同様の理由と乗車時間が短いという判断から敢えて設置を
見送っている。
側面窓は上段下降・下段上昇の2段窓でドアは片側3箇所の片引き戸である。
これらの窓やドアの配置も開発ベースとなった路面電車のものに準じている。

主制御装置は抵抗制御でブレーキは発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキである。
台車は軸バネ支持をウイングバネとした下揺れ枕式コイルバネ台車で
モーターの駆動方式は直角カルダン方式である。
車輪には防振ゴムを挟み込んだ弾性車輪を採用し、走行音の低減を図っている。

最初に製造された101号車は市電下之一色線下之一色~中郷間にてテスト走行を
実施し、開業に向けた量産にデータを残した。
開業後は東山線に投入され、昭和35年~昭和37年まではATOの試験走行を
栄町~名古屋間で実施している。
昭和40年代後半から路線の延伸と利用客の増加で東山線は激しく混雑するようになり、
その中でも特に混雑した藤が丘側先頭車(奇数車)の戸袋窓が客の圧力による
破損が相次いだことから、鉄板への張り替えが実施されている(200形も同様)。
昭和50年代に入り、老朽化が進んだことと車両冷房化のため、後継の5000系が
就役し、昭和63年までに全車が引退した。
本形式のグループのうち、中間電動車・700形の両引き戸車については経年が
まだ新しいものが多かったため、一部車両を先頭車250形として改造し、
平成11年まで運用された。
この先頭車化改造は日本の地下鉄で平成23年現在唯一のものである。

廃車後、107号と108号が藤ヶ丘車庫で保管されていたが、平成12年に日進工場に
オープンした「レトロでんしゃ館」に移設され、公開展示されている。
また、市営交通資料センターには本形式の運転台が展示され操作することが
可能である。


○車内。網棚が無く、蛍光灯が屋根の肩部と側面幕板の接合部に設置されている。
 天井にある丸いものはファンデリア。


○運転台。


○台車。駆動方式は直角カルダン方式である。ちなみにこの台車は135号車の
 ものである。


○ボディマウント構造を採用した床下部分。本形式最大の特徴といえる部分。
 機器の点検の際は側面のカバーを開けて点検しなければならず、抵抗器からの
 放熱もこもりやすかったことから200形・600形から通常の吊り下げ方式に
 変更された。


○打ち子式ATS。東山線の他、東京メトロの銀座線や丸ノ内線でも使用されていた
 保安装置。赤信号になるとバーが起き上がり、台車にあるトリップコックに
 当たって緊急ブレーキをかけるもの。原始的だが、物理的に車両を止める
 方式としては最も確実な方法だった。
 ちなみに東山線では現在、保安装置としてCS-ATCを使用している。

お知らせとご案内:タビノワ予告です。

2011-11-15 22:10:30 | お知らせとご案内
来週の火曜日(11/22)から土曜日(11/26)まで4泊5日で関西に行ってまいります。
年内最後の遠征です。
予定は以下の通りです。

初日
東京~300系「ひかり」~新大阪~JR京都線~大阪~大阪環状線~鶴橋~近鉄大阪線
~大阪上本町・・・ホテル・・・上本町六丁目(上六)→市バス→天王寺駅→阪堺電車→
我孫子道or浜寺駅前あたりを周遊。モ161形が撮れれば良し!→阪堺電車→天王寺駅
→大阪環状線・阪和線・おおさか東線・桜島線を撮影しつつ→鶴橋→近鉄大阪線→
大阪上本町

2日目
大阪上本町~近鉄奈良線・近鉄京都線~丹波橋~京阪本線~京阪三条/三条京阪~
地下鉄東西線~山科~JR琵琶湖線~近江八幡~近江鉄道八日市線~八日市~
近江鉄道本線~豊郷・・・聖地巡礼・・・豊郷~近江鉄道本線~彦根~JR琵琶湖線~
石山~京阪石山坂本線~浜大津~京阪京津線・京阪本線~天満橋~地下鉄谷町線
~谷町9丁目

3日目
現在のところ朝一で近鉄の鮮魚電車を撮影後、神戸方面に向かい、山陽電鉄方面を
予定。午後は阪神・阪急の定番コース。

4日目
大阪上本町~近鉄奈良線・近鉄橿原線~橿原神宮前~近鉄南大阪線・長野線~河内長野
~南海高野線~橋本~南海高野線~天下茶屋~新今宮~難波~以降未定

5日目
市営地下鉄と各私鉄ジャンクション駅で撮影→新大阪~700系「ひかり」~東京

なんで初日に彦根辺りで泊まらないか?→米原下車のトクトクきっぷが
 何故かないから。
 名古屋までぷらっとこだまで出て在来線で出る手段があるが、大荷物で座れないのは
 ちょっとなぁ。
 あと大阪で泊まるホテルはチェーンの会員なので使わないと勿体無い。
 つーか、「プラっとこだま」にスルーされる滋賀県って・・・。

豊郷や浜大津に寄る理由→12月3日に映画館で僕と握手!
 京阪は該当車両が見当たらない場合、錦織車庫まで出向く予定。
 近江鉄道、モハ220形が走ってきたらいいなぁ・・・と妄想中。

もう何度も関西回ってるだろ→記事を作るたびに写真が足りないことに気付いて
 向かわざるを得ないのだよ。素人図鑑とはいえ、できるだけビジュアルは
 増やしたいし。
 というか、前の関西での新車ラッシュが20年前だし、京阪や阪急、大阪市を中心に
 車両の動きが見られるので、とりあえず何でも撮影しておこうかと。

JRは?→やっぱりちょっと軽視せざるを得ないかなぁと思ってます。待たずに撮れる
 連中を適当にスナップしようかと。207系の量産先行車、最近走ってる?
 余裕があれば梅小路と思ったけど今回もパス。

まぁ、こんな感じです。いつも通り、旅の模様を上げていきますのでよろしく
お願いします。

大阪市交通局 10系電車/10A系電車

2011-11-14 22:58:29 | 電車図鑑・地下鉄
谷町線で想定されていた急行運転用の試作車両として登場し、その計画が局の有力者の
鶴の一声で葬り去られた後、旧型車のトンネル内での発熱が問題視されていた
御堂筋線に転用・量産化されたものである。
昭和48年に試作車(20系として登場)4両編成×1本=4両が登場し、昭和54年~平成元年
まで量産され、合計で9両編成(当時)×26本=234両が製造された。
製造を担当したメーカーは日本車輛、東急車輛、日立製作所、近畿車輛、アルナ工機、
川崎重工である。
編成の組み方は江坂・千里中央側から以下の通り。

試作車
・2001+2301+2401+2501(20系時代)
量産当初(8連)
・1100形+1000形+1300形+形1200形+1600形+1400形+1500形+1800形
あびこ~なかもず延伸(9連/1900形新造組み込み)
・1100+1000+1900+1300+1200+1600+1400+1500+1800
輸送力増強工事完了後(10連/1700形組み込み)
・1100+1000+1900+1300+1200+1600+1700+1400+1500+1800

20系時代の試作車は全車電動車、10系の電動車は1100形、1100形、1300形、1200形、
1400形、1500形(1100形は制御電動車)で付随車は1600形、1700形、1800形、1900形
(1800形は制御車)である。
後述するリニューアル改造で主制御装置をチョッパ制御からVVVFインバータ制御に
換装した10A系では1100形と1300形が付随車(1100形は制御車)化、1900形が電動車化
されている。
1200形と1600形の連結面には簡易運転台があり、分割が可能である。
10連化の際、組み込まれた1700形は経年の高い第1~3編成のうち元試作車を含む
4両(1101・1801・1102・1103)を除く23両を改造の上で登場しており、元先頭車である
1716号車(←1802号車)と1717号車(←1803号車)は運転台撤去の上で組み込まれたため、
屋根上の冷房装置の取り付け位置が若干異なる。

車体はアルミ製で先頭部分にはFRPで作られた装飾枠が取り付けられている。
正面は貫通扉が左に寄ったものとなり、運転席の窓の拡大化が図られている。
試作車と量産車ではヘッドライトの位置などが大きく異なり、一見してそれと分かる
ものとなっていた。
塗装は試作車登場時はアルミ地の無塗装で正面下部に波状加工したアルミ板を
取り付けていたが、御堂筋線投入時に正面下部と側面を赤とし、正面は窓下の
車番周りに白線が入れられた。
行き先表示は字幕式で正面のみにある。

車内はロングシートで試作車ではFRPにレザーを張った大阪市営地下鉄独自の座席
(通称「カチコチシート」)が投入されたが、既に同じ座席を採用していた在来車種で
苦情が相次いでいたことから、量産車から自動車用のシートを参考にしたものに
変更された(試作車も後に改造)。
冷房装置は新造時より取り付けており、日本の第三軌条方式の地下鉄電車として
初めて採用した。
大阪市営地下鉄はトンネル断面を小さくするため、第三軌条方式を多用しており
(平成23年現在、堺筋線、長堀鶴見緑地線、今里筋線以外の全線が第三軌条方式)、
屋根上に余裕が少なく、冷房装置の搭載は困難を極めたが、新規に薄型の冷房装置を
開発して搭載を可能とした。
この冷房装置は極力上にはみ出さないようにしたため、客室側に張り出しており、
冷房装置のある車内両端の天井は低くなっている。
なお、末期に製造された1900形は後継の20系(現行のもの)と同等の冷房装置と
なったため、更に薄い冷房装置を搭載しており、車内側への張り出しが少なくなった。
ドアは両引き戸で片側4箇所設置、側面窓は2段窓である。

主制御装置は電機子チョッパ制御で第三軌条方式の電車として国内で初めての
採用となった。
ブレーキは回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキである。
このブレーキ装置は30系電車で採用した発電ブレーキ併用電気指令ブレーキを
回生ブレーキ対応に改良したもので後に登場する車両のブレーキのベースとなった。
台車は軸箱支持を積層ゴム式としたダイヤフラム式インダイレクトマウント空気バネ
台車である。
車輪には波打車輪を採用し、曲線通過時の軋り音の低減を図っている。
モーターの駆動方式はWN駆動方式である。
運転台はデスク型ツーハンドル方式である。

既述の通り、当初は谷町線の急行列車で第三軌条方式の鉄道路線では初めての
100km/h運転が可能な車両として開発され、試運転で良好な成績を収めたが、
谷町線での急行運転自体、話が流れ、一時宙に浮く形となった。
しかし、最新の技術を詰め込んだ本形式をそのままにする訳には行かず、
当時、増結に次ぐ増結と車両の抵抗器の発熱、地下水の汲上げによる水位低下で
トンネル内の高温化が問題となっていた御堂筋線へ投入されることになった。
運行開始当初は8連で運用され、あびこ~なかもず間延伸時に9連に増結された。
その後、各駅の10連対応改良が完了した後、10連に組み替え、最終的に23編成×
10本にまとめられている。
平成10年~平成23年にかけて第5編成以降を対象に車体更新改造を実施した。
主な内容は車体のクリーニング、帯の張り替え(赤帯→赤に白線)、正面塗装塗り替え
(上半分ブラック、白線の下に赤の細帯2本を挟んで下半分赤)、内装の張り替え、
座席の張り替え(オレンジ→赤)、車椅子スペース新設、ドア開閉チャイム設置、
LEDスクロール式旅客案内装置設置(各車端部)、座席中央部へのスタンションポール
設置、側面方向幕設置、制御装置基盤交換(チョッパ制御車)、主制御装置のVVVF
インバータ制御化(平成18年以降施工。第17編成以降が対象。IGBT式)、
運転席窓上部へのシンボルマーク設置(チョッパ車=accc 10SERIES CAR/VVVF車=VVVF
10SERIES CAR Rebirth)などである。
車体更新の間、所要本数に対し、1本分不足するため、第4編成が未更新のまま
残されていた。
今後、30000系の登場と御堂筋線への投入開始に伴い、チョッパ制御車の置き換えが
開始される予定である。
なお、最後まで未更新だった第4編成は平成23年3月末で廃車となり、解体されたが、
1100形1104号車の運転台部分は保存され、イベントの際に公開されている。


○車体更新前の1124編成。


○車体更新後の1122編成。


○チョッパ制御のまま更新された編成のロゴ。


○VVVFインバータ制御に更新された編成のロゴ。


○全面広告車。過去には複数存在したが、現在はこの編成のみ。
 なお女性専用車は全車広告車となっている。

ゆりかもめ 7000系電車

2011-11-11 19:07:35 | 電車図鑑・特殊鉄道
東京臨海新交通「ゆりかもめ」が新規開業(新橋(仮)~有明間)した際に導入した
車両である。
平成7年~10年にかけて6両編成×18本=108両が製造された。
製造を担当したメーカーは日本車輛、東急車輛、新潟鉄工所、新潟トランシス、
三菱重工である。
編成の組み方は豊洲側から順に以下の通りである。

7001+7002+7003+7004+7005+7006

千の位の「7」は臨海副都心を示し(臨海副都心が東京第7番目の副都心である為。
東京臨海高速鉄道りんかい線の70-000系も同じ理由)、百の位と十の位は編成番号、
1の位は豊洲側からの号車番号となる。
例えば7011号車なら「7000系第1編成の1号車」という意味になる。
広義の意味では設計や機器類が変更された7200系も7000系に含めるが、
今回は狭義の意味での7000系を紹介する。

車体は海岸沿いを走る関係で、日本の新交通システム用の車両として初めての
オールステンレス製とされた。
正面部分は「く」の字型でFRPのカバーで柔らかな印象とし、非常用の脱出口として
正面向かって右側に貫通扉が設けられている。
塗装は窓周りがブラック、側面にブルーとホワイトの細帯が入る。
第1~15編成までは車番(編成番号)下にブロック状に5色(赤、黄色、緑、青、水色、
紫)のライン、第16~18編成は正面中央部にストライブ状に5色のラインが入れられて
いる。
正面向かって左と側面に大きく書いてあるのは編成番号である。

車内は第1~15編成が4人向き合わせの固定式クロスシート、第16~第18編成は
一部をロングシートとしたセミクロスシートである。
運転席部分は通常は無人運転を行うため、開放されており、この部分は1:2配置の
固定クロスシートである。
ドアは片側2箇所、片開きで第1~第15編成がプラグドア、第16~第18編成は
外吊式引き戸となっている。
旅客案内装置は車内天井部分にLEDスクロール式のものを設置している。
車椅子スペースは折畳み座席付きで2・5号車に設置されている。

主制御装置はサイリスタ位相制御でブレーキは回生ブレーキ付き電気指令式
ブレーキである。
側方案内輪は片側2輪で走行輪はゴムタイヤである。
運転台は片手操作式のワンハンドルマスコンで通常はカバーがかけられているが、
早朝・深夜の定期列車の一部や乗務員訓練などで使用する。
この場合、「展望席」は使えなくなる。

東京臨海新交通「ゆりかもめ」開業と共に運行を開始し、以来主力車両となっている。
沿線でイベントがあると車体にラッピングを施すこともある。
現在、休日を中心に「ゆりかもめ」の混雑は激しく、オールクロスシートの車両では
輸送力に問題がある為、平成25年以降、置き換えが検討されている。


○第1~15編成の車内。


○第16~第18編成の車内。7200系第21~26編成も同じ。


○第17編成。正面のラインが変更された。


○広告がラッピングされた第9編成。

熊本電気鉄道 200系電車

2011-11-10 22:37:31 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
車体や機器の老朽化が著しく進んだモハ500形電車(元静岡鉄道クモハ100形。
同社長沼工場製の軽量車体に旧型車の機器を組み合わせた車両。昭和36年~41年製造。
昭和51年・昭和54年譲受)の置き換えのため、南海電気鉄道の22000形「角ズーム」を
譲り受けたものである。
平成10年に2両編成×1本=2両が入線した。
編成の組み方は御代志側から順に以下の通り。

モハ201+モハ202

南海時代の旧車号は以下の通り。

モハ201号←南海モハ22003号 モハ202号←南海モハ22004号

南海時代の概要は以下の通りである。

◇南海22000形電車の概要◇
南海高野線で運用されていた大運転(難波~極楽橋間直通列車のこと)用高性能車の
21001形「ズームカー」の増結用車両として昭和44年~昭和47年にかけて
2両編成×16本=32両が製造された。
製造を担当したメーカーは東急車輛である。
編成の組み方は高野山側から以下の通り。

モハ22000(奇数)+モハ22000(偶数)

車体は普通鋼鉄製で南海本線向けの7100系電車を17m・2ドアに縮めたような
スタイルとなっている。
全体に角ばったデザインになったため、丸みを帯びたスタイルの21001形「丸ズーム」に
対して「角ズーム」と呼ばれることもある。
車内はロングシートで側面窓は一段下降式である。
冷房は昭和47年導入車から新造時より装備し、それ以前の車両も1980年代に冷房化
改造を済ませている。
扉は既述の通り、片側2箇所で乗降時間短縮のため、両引き戸となった。
主制御装置は抵抗制御でブレーキは抑速・発電ブレーキ併用電磁直通式空気ブレーキ
である。
台車は軸箱支持をウイングバネとした下揺れ枕式コイルバネ台車でモーターの
駆動方式は中空軸平行カルダン方式である。
21001形の老朽化に伴い、1990年代以降2000系が登場し、同形式への連結対応改造と
車体更新も一部の車両で行われたが、性能上の相性が悪く、旧型車が多く残る支線へ
改造の上で転用されることになった。
この改造から漏れた4本が平成9年~平成10年に廃車となり、この中のうち22003編成が
熊本電鉄に譲渡された。

以下は熊本電鉄譲渡後の状況である

◇熊本電鉄200系の概要◇
熊電に入線するにあたって、西日本鉄道筑紫工場内にある西鉄産業にて各種改造が
行われた。
主な内容は客用ドアの3ドア化と運転室側ドア移設(全て両引き戸)、側面見付け
変更(d2D6D2→d1D3D2D2。※d=乗務員扉/D=客用扉/数字=窓の枚数)、
ヘッドライト移設(正面中央上部→左右窓下)、方向幕のワンマン表示化、
方向幕移設(正面向かって左窓上→正面中央上部ヘッドライト跡)、
塗装変更(ブルーの濃淡に赤帯、境目に白線)、内装・座席の全面張り替え、
ワンマン機器取り付け(整理券発券機・運賃箱・電光式料金表・自動放送装置・
バックミラーなど取り付け、ドアスイッチ移設)などである。
後年にはATSを装備し、車号を201A及び202Aに改め、同時に正面下部にスカートを
設置している。
かなり大掛かりな改造を受け、ほぼ原型は失っている状態であるが、元の雰囲気は
どことなく感じることが出来る。
運行開始当初は藤崎宮前~御代志間で運用されることが多かったが、平成11年~
平成13年にかけて6000系が追加されると予備車に回ることが多くなった。
平成21年以降は5000系の老朽化が進んできていることから、輸送力過剰ではあるが、
上熊本~北熊本間の列車に投入される機会が増えている。

土佐電気鉄道 100形電車

2011-11-08 21:15:50 | 電車図鑑・路面電車
老朽化が進んだ500形電車(昭和29年に投入された元・高性能電車の試作車。
後に200形と性能を揃えられる)の置き換えのために導入された車両である。
平成14年に3体連接車1本が導入された。
製造を担当したメーカーはアルナ工機(→アルナ車両)で同社の開発した次世代型
路面電車「リトルダンサー」シリーズのLタイプ(ロングボディ型)である。
編成の組み方は以下の通り。

101A-101C-101B

低床化のため、主要機器は全て屋根上に載せられた他、動力付きの台車を極力編成の
両端に寄せて配置している。
台車は1車体1個で3箇所に設置されている。
購入に際しては国、高知県と沿線自治体からの補助金が投入された。

車体は普通鋼鉄製で正面は大きな1枚窓の流線型となっている。
塗装は台車より上がホワイト、それより下はエメラルドグリーンである。
行き先表示は正面と側面にあり、いずれも字幕式で「ごめん」、「いの」などの
区間制運賃区間直通列車で伝統的に掲示される土電独自のひし形の系統板は
本形式では使用しない。

車内はA号車とB号車が固定式クロスシート(高床部分の一部)とロングシート(低床
部分と運転席直後)、C号車は2人向き合わせの固定式クロスシートである。
ドアはA号車とB号車に1箇所ずつ、片側2箇所で全て片引き戸でC号車に扉は無い。
ドア付近はノンステップであるが、A号車とB号車には台車上にも座席があり、
C号車も座席と床面に段差があるほか、C号車とA・B号車の連接部分にも段差がある。
なお、B号車には車椅子スペースを設置している。
側面窓は引違い式、若しくは上段引違い式である。

主制御装置はVVVFインバータ制御方式(IGBT式)でブレーキは発電・回生ブレーキ併用
電気指令式ブレーキである。
運転台は右手操作式ワンハンドルマスコンとなっている。
台車は動力台車が軸箱支持を積層ゴムとしたインダイレクトマウント式金属バネ
台車で駆動方式はTDカルダン方式、C号車の台車はボルスタレス式台車を
使用している。
集電装置はシングルアーム式でC号車に搭載されている。
これらは土佐電気鉄道のみならず、高知県の鉄道車両として初めてである。

試運転やお披露目運転後、一般の営業運転に投入された。
沿線などから車両愛称を募り、「ハートラム」と命名されている。
登場以来、土佐電気鉄道の看板車両であり、一日乗車券や自社発行のパンフレットの
表紙を飾った他、桟橋車庫構内や改築前の後免駅などに本形式を模した飲み物の
自動販売機を設置したほどの意気込みであった。
ダイヤについては1編成しかないため、決められており、各電停及び土佐電気鉄道
ホームページに掲載されている。
基本的に5日に1回、点検のため運休することになっており、その場合は通常型の
電車が投入される(大規模な点検や修理が入る場合は前もって告知が別途案内される)。
本形式の導入に伴い、一部の安全地帯の嵩上げが行われ、本形式出入口との段差を
少なくしたが、対応工事を行っていない電停では在来車よりは乗りやすいものの
多少の段差は生じており、それに対応するため、可搬式の昇降スロープを
搭載している。
電停の構造上、長く高知駅前電停への乗り入れができなかったが、高知駅の改築に
伴う同電停の改修で乗り入れが可能となった。
但し、平成23年現在も定期列車で高知駅前に乗り入れることは無く、基本的に
市内線の運賃均一区間を往復していることが多い。
平成19年ごろよりある病院の広告電車となっており、平成22年ごろまでは赤色に
ハートをあしらったものであったが、現在は上半分がライトブルー、下がホワイトで
C号車にホワイトのストライブラインが入るものに変化している。

えちぜん鉄道 MC-6001形電車・MC-6101形電車

2011-11-06 23:25:45 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
京福電気鉄道福井支社の鉄道事業を引き継いだえちぜん鉄道が、老朽化した
旧型車の置き換えと、京福時代に起きた2度の正面衝突事故で失われた車両の
代替として、愛知環状鉄道100系電車電車を譲り受けたものである。
平成15年にMC6001形2両が、平成16年~平成18年にMC6101形12両の計14両が
それぞれ入線した。
基本的に単行運転用なので決まった編成は組まない。
新旧の番号対比は以下の通り(えちぜん鉄道車号←愛知環状鉄道車号)。

MC-6001号←103号 MC-6002号←105号
MC-6101号←101号 MC-6102号←102号 MC-6103号←104号 MC-6104号←302号
MC-6105号←301号 MC-6106号←303号 MC-6107号←107号 MC-6108号←109号
MC-6109号←105号 MC-6110号←106号 MC-6111号←304号 MC-6112号←305号

車体は普通鋼鉄製で旧番が100番台の車両は100形で制御車の200形と編成を組んだ
片運転台の制御電動車であったが、えちぜん鉄道への譲渡にあたって、100形の
連結側に200形の運転台を接合して両運転台化している。
旧番が300番台の車両は元々増結・救援用に登場した300形電車であったため、
この改造は実施していない。
MC-6106号、MC-6111号、MC-6112号は平成4年製造、他は昭和62年製造で
製造を担当したメーカーは全車が日本車輛である。
譲渡時の改造を実施したのは名鉄住商工業と阪神電気鉄道尼崎工場である。
運行開始当初、スノープロウを付けた程度であったが、平成16年ごろまでに
スノープロウと一体の大型のスカートを取り付けて、降雪時の除雪能力を
向上させている。
塗装はホワイトにブルーのグラデーションラインで正面貫通扉と側面ドアは
イエローとなっている。
行き先表示は正面のみで字幕式である。

車内は愛知環状鉄道時代のままのセミクロスシートでドア付近の2~3名分が
ロングシート、他は4人向き合わせの固定クロスシートでヘッドレストがあるのが
特徴である。
シートモケットの色はピンク系からブルー系のものに張り替えているほか、
最初に投入されたMC-6001形では優先席をオレンジ色のモケットとしている。
冷房装置は製造時より取り付けられているほか、扇風機は国鉄車両から流用した
個別のスイッチで作動するものを装備している。
ドアは片側3箇所、全て片引き戸である。
旅客案内装置は当初は乗務員室後方に運賃表示器とLEDスクロール式のものを
装備していたが6103号車以降は液晶ディスプレイ式のものとなった(それ以前の
車両も改造)。

主制御装置は抵抗制御(電動カム軸・永久直列式・弱メ界磁・空転検知装置つき)で
ブレーキは発電ブレーキ併用電磁直通式ブレーキである。
台車は軸箱支持を円筒ゴム式とした空気バネ式ボルスタレス台車でモーターの
駆動方式は中空軸平行カルダンである。
モーターは当初、愛知環状鉄道時代のMT-46形という国鉄101系が使用していた
モーターを搭載していたが、直流600Vでこれを起動させると本来の性能の
半分以下しか発揮できないことが判明した(MT-46形モーターの端子電圧は375V。
1500V÷4=375V→600V÷4=150Vとなる)。
このため、回路に手を加え、力行時には4つあるモーターのうち、3つを回して出力を
確保することにした。
これにより1個あたりのモーターのパワーが向上しているが、それでも在来形式に
比べると低く、ダイヤ上も問題があったことから、平成15年にMT-54形という
JR東日本の113系などで使用されていた強化型のモーターに換装された。
MC-6101形は当初よりこのモーターを装備している。
なお、MC-6101形も力行時は3個モーターとなり、発電ブレーキ使用時は
全モーター(4個)使用となる。
また、MC-6101形では補助電源装置の静止型インバータ化、冷暖房の強化などの
改造も受けており、今でこぞ同じ機器を使っているが、MC-6001形と形式が
分けられた。
運転台はツーハンドル式で愛知環状鉄道時代からワンマン運転を考慮した構造と
なっていたので一部機器を取り替えた以外、そのままである(愛知環状鉄道では
ワンマン機器は搭載していたものの使用せず)。

平成23年現在、えちぜん鉄道の主力車両となっており、終日運用されている。
ラッシュ時にはMC-2101形電車と混じって2両編成で運用されることもある。
ワンマン運転対応であるが、日中はアテンダントによる乗車券発券、各種案内対応が
行われている。
MC-6001形は2両連結で運用されることが多かったが、平成23年7月末~9月末にかけて
相次いで検査入場したため、単行で走る姿を久々に見ることが出来た。


○車内。ヘッドレストが出っ張った独自のクロスシートが並ぶ。
 中ドアにはサイクルパス用の固定器具(自転車を固定するバンド)が設置された。


○運転台。


○運転室後方。上部のディスプレイに運賃表や行き先表示、停車駅案内などが
 表示される。日中はこの辺りにアテンダントが乗務する。


○ラッシュ時に走る2両編成。ちなみに現在この辺りにはテキ6(えちぜん鉄道ML-6)用の
 保存庫が建設されている。


○雪に埋もれるMC-6101形。今年1月の豪雪は本当に凄かった。

秩父鉄道 5000系電車

2011-11-05 22:43:01 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
18m×4両編成の2000系電車(元東急7000系)の置き換えによる列車の冷房化と
車種の統一(20m×3両編成)を図るため、東京都交通局から地下鉄三田線で
運用していた6000形電車を譲り受けたものである。
平成11年に14両を譲り受け、このうち3両編成×4本=12両が就役した。
残った2両は部品供給用である。
編成の組み方と新旧車番対比は羽生側から順に以下の通り。

デハ5000形+デハ5100形+クハ5200形

デハ5001+デハ5101+クハ5201←6191・6196・6198

デハ5002+デハ5102+クハ5202←6241・6246・6248

デハ5003+デハ5103+クハ5203←6251・6256・6258

デハ5004+デハ5103+クハ5204←6261・6266・6268

部品供給車:6141・6148(入籍せず)

譲渡前(都営地下鉄時代)の概要は以下の通り。

◇東京都交通局6000形電車(地下鉄用)の概要◇
都営地下鉄6号線(→三田線)の開業用に導入された車両である。
昭和43年~昭和51年にかけて6両編成×28本=168両が製造された。
製造を担当したのは川崎車輛(→川崎重工)、日本車輛、アルナ工機、
日立製作所である。
編成の組み方は三田側から以下の通りであった。

6001+6002+6005+6006+6007+6008

全車電動車で車番のうち百の位と十の位で編成番号、一の位が連結位置となる。
例えば第1編成の三田側先頭車(1号車)は「6011」号となる。
8両編成を想定していたが、最後まで末尾3・4が欠番の6両編成であった。
車体はセミステンレス製で登場時は赤帯、昭和45年増備車からラインカラー制定で
青帯となった。
正面は貫通型で東武東上線との直通計画があったため、同社の8000系電車をベースに
万が一の踏切事故を想定した高運転台とされた。
車内はロングシートで当初は冷房を搭載していなかったが、昭和63年以降に
実施された車体更新時(施工は京王重機)に6121編成・6151~6281編成は後に冷房を
搭載している。
ドアは片側4ドア・両引き戸で最終増備の6127・6128編成は戸袋窓が無い。
主制御装置は抵抗制御、ブレーキは発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキである。
台車は軸箱支持を油圧円筒案内式としたダイレクトマウント式空気バネ台車で
モーターの駆動方式はWN駆動方式である。
補助電源装置には日本の鉄道車両で初めてSIV(静止型インバータ)を搭載した。
開業以来、長く三田線の主力車両として活躍したが、平成5年~平成7年にかけて
6300形電車の導入により非冷房車の置き換えが実施された他、平成11年に
営団(→東京メトロ)南北線・東急目黒線との直通開始に伴う、
ホームドア導入とATOによるワンマン運転開始に伴い、全車が引退した。
当初は本形式も同対応改造を実施する予定であったが、改造費用が新車の
購入費用に匹敵することが分かったため、耐用年数との兼ね合いから置き換えられた。
引退後は秩父鉄道のほか、熊本電気鉄道、インドネシア・ジャボタベックへ
一部車両が譲渡されている。

以下は秩父鉄道譲渡後の概要である。
◇秩父鉄道譲渡車の概要◇
秩父鉄道へ譲渡されたのは編成表のとおり、第19編成・第24~第26編成のうち、
1の位が1・6・8号となる車両である。
製造年は5001編成が昭和47年、5002~5004編成が昭和48年で製造を担当した
メーカーは全車がアルナ工機である。
いずれも都営時代に車体更新と冷房化改造を受けている。
入線に当たっては旧6xx8号車の電装解除・制御車化、中間車へのパンタグラフ設置、
ワンマン機器設置(自動放送装置、運転席へのドアスイッチ設置など)、
ドア開閉連動チャイム設置、暖房増強、ドアの半自動・2/4カット(両端閉鎖。中2つの
ドアだけ開放する。急カーブの存在する上長瀞駅等で使用)、局章(イチョウマーク)
撤去と秩父鉄道社章取り付け、ブレーキシューをレジンから鋳鉄製に交換、
列車無線装置・保安装置の秩父鉄道用のものへ交換などである。
原則として各駅停車で他の車両と区別無く運用される他、急行「秩父路」用の車両の
予備が無い場合は急行運用にも就く。
秩父鉄道では急行料金を徴収しているため、本形式運用の急行でも徴収される。


○車内。都営時代からの変化は少ない。


○熊谷駅を発車する5004編成。去る平成23年11月1日午後、樋口~野上間を走行中の
 羽生行き各駅停車で運用中の本編成が鳴動中の踏み切り(遮断棒付き)に
 整備不良によるブレーキ故障で侵入し、線路に落輪・停止したダンプトラックと
 衝突して、先頭のデハ5004号車(写真)が脱線し、先頭部分を大破した。

JR東日本 485系電車 東武鉄道直通特急「日光」・「きぬがわ」用編成

2011-11-02 12:15:07 | 電車図鑑・国鉄型特急用車両
平成17年7月1日~9月30日にかけて福島県会津若松市を中心に開催された「あいづディス
ティネーションキャンペーン」に合わせて新宿~会津若松間で特急「あいづ」を運行する
ため、また、平成18年3月18日より開始された東武鉄道日光線・鬼怒川線への直通特急
「日光」・「きぬがわ」の専用車両として登場したものである。
元は仙台運転所に所属し、磐越西線の快速「あいづライナー」で運用されていた
485系交直流両用特急型電車A2編成(←青森運転所・特急「はつかり」用A7編成)を
2回に分けて改造したものである。
編成は下り方向(東武日光・鬼怒川温泉側)から順に以下の通り。

クハ481-1017+モハ485-1058+モハ484-1058+モハ485-1055+モハ484-1055+クハ485-334

号車番号は特急「あいづ」時代はクハ485-334号側が1号車であったが
特急「日光」・「きぬがわ」になって以降はクハ485-1017号が1号車となった。
モハ485形には主制御装置、モハ484形には交流区間対応の変圧器、整流器と
集電装置を2基備える(但し、「日光」・「きぬがわ」では直流電化区間のみの走行となる)。
改造前はクハ481-1017号はグリーン車付きのクロハ481-1014号車であったが、
グリーン客室を撤去して全て普通席に復元された(クロハ481-1014号は昭和62年に
クハ481-1017号の運転台側の客室にグリーン席を設置した改造車)。
改造を実施した工場は郡山総合車両センター(仙台支社)である。
各車両の製造年と初期配置は以下の通り。なお、モハ485形とモハ484形はお互いに
ユニットを組み、同じ製造番号なので2両で1行にまとめた。

クハ485-1017号:昭和54年・青森
モハ485&モハ484-1058:昭和53年・青森
モハ485&モハ484-1055:昭和54年・青森
クハ481-334:昭和51年・青森

車体は普通鋼鉄製で485系シリーズでは後期に製造された分類に属する。
先頭部分はショートノーズ・非貫通型で、運転席窓下にあったシンボルマークを
撤去し、半月状の凹みを設けてテールランプを設置した。
また、運転席屋根上のヘッドライトを撤去、通常のヘッドライトをHIDに置き換え、
形状を変更している。
「あいづ」で運用された時はヘッドマークが残され、運転席の窓もそのままと
されたが、東武鉄道直通特急への転用の際に運転席窓を曲面1枚窓とし、
ヘッドマークが撤去され、独自のスタイルとなった。
塗装は東武鉄道の特急用車両である100系電車「スペーシア」に合わせて
上半分がホワイト、下半分がオレンジ、間に赤帯と窓周りがブラックという
塗り分けになった。
これは特急「あいづ」の時点で東武鉄道直通特急への転用が決まっていたので、
この塗装とされている。
行き先表示と列車名表示は側面にあり、全て字幕式である。

車内は左右2列配置の回転式リクライニングシートで3号車(「あいづ」時代は4号車)に
車椅子対応の1人席を設けている。
この座席は特急「つがる」や特急「北越」で運用中の485系3000番台車に準じた仕様の
もので座面スライド機能と背もたれ裏にテーブルを設置している。
座席間隔はゆとりを持たせるため、また直通相手の「スペーシア」に合わせるため、
オリジナルの910mmから1100mmへと大幅に拡大された。
但し、側面窓は原型のままであるため、一部の座席では窓と窓の間の柱に阻まれ、
外が殆ど見えない「ハズレ」席と逆にほぼ窓1枚を占領できる「アタリ」席ができて
しまった。
中間車の一部では座席間隔の拡大に伴い、半端に余ったスペースに大型荷物置場を
設けた。
客室全体はブルーを基調に仕切り扉や網棚などに木目やゴールドを用いて高級感を
出した。
また、天井部分は空調の張り出しを吊天井の内側に納めて平面状とし、
フラットな形状に変更している。
客室とデッキの仕切り扉は木目調のものとなり、自動化されている。
洗面所とトイレは2・4・6号車(※・東武鉄道直通時は1・3・5号車)にあり、男女共用の
個室は全て洋式となった。
ドアは片側1ドア・片引き戸で変更は無いが、ステップは新宿駅での乗降に配慮し、
埋め込まれている。
東武鉄道直通に備えて更に3号車(※「あいづ」は4号車)に車掌室を改造してオムツ
交換台を設置した多目的室を設けている。

主制御装置は抵抗制御、ブレーキは発電・抑速ブレーキ併用電磁直通ブレーキで
変更は無い。
台車は軸箱支持をウイングバネ式としたインダイレクトマウント式空気バネ台車で
モーターの駆動方式は中空軸平行カルダンである。
運転台についても基本的に変更は無いが、東武鉄道との直通開始に伴う本改造時に
同社対応の保安装置や列車無線取り付けとそれらを操作するための
JR/東武切替え装置が運転席後方に設けられた。
また、車内放送に自動放送装置を設置している。

運用は既述の通り、平成17年7月~9月末までのキャンペーン中に土曜・休日に新宿~
会津若松間の特急「あいづ」1往復に平日は郡山~会津若松間の特急「アクセスあいづ」に
用いられた。
同運用終了後、東武鉄道直通運転用に再改造を郡山総合車両センターで実施し、
平成18年3月18日より新宿~東武日光・鬼怒川温泉間の特急「日光」・「きぬがわ」で
営業運転を開始した。
この運用の開始に伴い、所属も仙台車両センターから小山車両センター(大宮支社)に
転属となり、編成番号はG55・G58編成となった。
本編成は1編成しかないため、検査などで運行ができなくなった場合、東武鉄道100系
電車「スペーシア」が代走となり、列車名に「スペーシア~」を冠して運用に就いた他、
波動輸送用に本編成と同じ塗装に塗り替えられ、東武鉄道対応機器を搭載した
189系電車「彩野」編成(クハ189-2+モハ189-45+モハ188-45+モハ189-43+モハ189-43+※
※+クハ189-511)もこれに加わった。

一見して(知らなければ)国鉄型車両のイメージは薄らいでいるが、車体や機器の
老朽化は如何ともしがたく、故障運休や「彩野」の代走が目立ってきたため、
特急「成田エクスプレス」で運用されE259系の導入で役目を終えた253系のうち、
最後に導入された200番台車(6両編成×2本)を改造して本編成と「彩野」を置き換える
ことになった。
平成23年4月16日より、これを実施する予定であったが、同年3月11日に発生した
東日本大震災により、列車そのものが運休。
その後約1ヵ月後の4月29日より、列車の運行が再開されたが引き続き本編成が
運用に就き、平成23年6月3日まで運行された。
引退後は郡山総合車両センターに回送されて留置されている。


○特急「あいづ」時代と国鉄時代のオリジナルの姿。
 ついでに189系「彩野」編成も加えて描いてみました。
 今回はコピックが無かったので無色彩です。相変わらずヘタクソですみません!