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国鉄 581・583系特急型電車

2010-03-24 01:02:25 | 電車図鑑・国鉄型特急用車両
高度経済成長期の旺盛な輸送力の増大に昼夜を問わず列車の増発や高速化を続けていた
国鉄が、より効率的な車両運用が組めるように昼夜兼行の特急用電車として開発した
もので日本最初の本格的な寝台特急用電車である。
昭和42年~昭和47年にかけて直流1500V/60kHz用の581系と直流1500V/50/60kHz用の
583系の2系列を合わせて434両が製造された。

登場の背景には運用車両の増大による車両基地の容量が不足してきたこと、
昼行列車の電車・気動車化による高速化が進展する中、夜行列車(特に寝台車)が
静粛性確保のため、機関車牽引の客車列車で残されたことにより高速化の限界に
達していたこと、車両の新造費用を可能な限り抑制することなどの日本の鉄道ならではの
事情があった。

構成形式と区分は以下の通り(民営化後に登場したものも含む)。

クハネ581:B寝台(電車3段寝台)の先頭車。運転室ドアと客用ドアの間に
 発電機室があるのが特徴。

モハネ581:B寝台の中間電動車。モハネ580とユニットを組む。補機搭載。

モハネ580:B寝台の中間電動車。モハネ581とユニットを組む。パンタ付き。

サハネ581:B寝台の中間付随車。

サシ581:食堂車。
クハネ583:B寝台の先頭車。発電機が大容量化により床下に移動し、逆に床下にあった
 コンプレッサーが運転室助手席下に配された。厳密にはクハネ581の改良型であり、
 583系のクハ形式というわけではない。

モハネ583:B寝台の中間電動車。交流50kHz対応になった以外はモハネ581と同じ。

モハネ582:同上。

サロ581:1等座席車→グリーン車。

サロネ581:A寝台(電車2段寝台)。急行「きたぐに」用にサハネ581の一部を改造したもの。

サロ581-100:グリーン車。JR西日本がスキー列車の「シュプール」号用に改造したもの。
 現在は急行「きたぐに」で運用中。

車体は普通鋼鉄製で寝台スペースを確保するため、車両限界いっぱいまで断面を
広げており、車高が高いのが特徴である。
先頭部分は、分割・併合に対応するため、これまでの国鉄の特急用電車の特徴であった
「ボンネット型」を廃し、貫通型となった。
貫通扉は左右にスライドして開くカバーを展開した中に貫通扉と幌がしまわれているもので
機能性と外観の良さを兼ね揃えたものとなった。
これは後の特急形電車にも影響を与えた。
なお、登場した当時は長大編成で運行されることが多く、ほとんど使用されなかったため、
晩期には隙間風対策のため、埋められてしまった車両が多い。
塗装は塗り分けはこれまでの特急用電車に順ずるが、クリームに窓周りなどを濃い目の
ブルーという本形式特有のものにした。

車内は形式記号に「ハネ」と付くものが「プルマン形」と呼ばれる中央通路式の寝台で
昼間はボックスシート、夜間は3段寝台へと変化できるものである。
本形式を設計した当時、この方式は開放型A寝台の設備であったが、3段寝台とすることで
B寝台相当とした。

座席から寝台への転換方式を大雑把に書くと以下の通りになる。

ボックスシートを背もたれと座面を引き出し、くっつける→網棚を展開し、壁面にある
中段寝台を引き倒す→網棚を元に戻してその上に上段寝台を引き倒す→カーテンや仕切り、
落下防止の柵、ハシゴ、リネンを置いて完成。

下段は昼間は4人掛けになる広さを独占できるため、好評であったが、中段と上段は
ひじょうに窮屈であった。
しかし、モハネ580/582のパンタグラフ下にある2区画は構造上、上段が設けられず、
2段寝台となっており、中段でも上空間が広い。

昼間使用時の座席状態は構造上、ボックスシートとなるが、人間工学に基づいた深い
背ずりと当時の一般用1等客車(通称:並ロ→グリーン車)に匹敵する広さを誇り、同時期の
特急用電車の回転クロスシートに引けをとるものではなかった。

グリーン車(当初は1等車)はこれまで通りの2列-2列配置のインアームテーブル・
フットレスト付回転リクライニングシートである。
A寝台→グリーン車という「電車A寝台」も企画されたが、スケジュールの都合で断念された。
急行「きたぐに」のサロネ581はA寝台だが、これは3段寝台を2段寝台化したものである。

ドアはサシ581以外の車両に各1箇所ずつで2枚折り戸、ステップ付である。

食堂車もこれまで通りであるがFRP製の座席や折畳み可能なテーブルが初めて採用され、
後の食堂車に影響を与えている。
なお、これらの座席車も車体断面は同じとされたため、天井がとても高く、
開放的であった。
窓は騒音防止のため固定式の2重窓で日除けのカーテンは寝台展開時に邪魔になるので
窓と窓の間に内蔵したブラインドを仕込む方式を採用した。
この他、寝台部分に小窓を設置している。
トイレと洗面所は食堂車以外の各形式に設置され、トイレを2基、洗面所を3基備える。

主制御装置は抵抗制御でブレーキは抑速ブレーキ付き発電ブレーキ併用電磁直通式
空気ブレーキである。
台車はインダイレクトマウント式空気バネ台車である。
これらの走行機器は在来線特急用で全国に投入された485系と同じで、同形式との
連結も可能であり、実際に連結されたこともある。

最初に運用された列車は新大阪と博多を結ぶ特急「月光」、新大阪と大分を結ぶ
特急「みどり」で配置は南福岡電車区であった。
このことから「月光」形の愛称で呼ばれる事もある。
「ヨン・サン・トオ」こと昭和43年10月1日のダイヤ改正では東北本線の電化完成により、
特急「はつかり」、「はくつる」、「ゆうづる」にも投入され、北は青森から南は九州まで
幅広く活躍し、国鉄の特急ネットワーク形成に大きな足跡を遺した。

しかし、長距離・高速走行による車両の老朽化の進行が早く、寝台から座席に転換する
作業要員の確保、寝台の窮屈さ、回転リクライニングシートの普及による内装の劣化などが
問題となり、新幹線の延伸による在来線特急の衰退と共に徐々に勢力を減らしていった。
昭和60年から食堂車のサシ581から廃車が始まり、国鉄分割民営化までに同形式は
全て引退している。
また、遊休化した車両の一部は普通列車に転用されることになり、北陸本線の419系、
東北・九州地区用の715系に改造されている。

分割・民営化後はJR北海道、東日本、西日本に継承された。
JR北海道のものはサハネばかり7両が国鉄末期に青森から転じたが、全く使われること無く
平成2年までに廃車となり、一部の台車がリゾート特急気動車に流用された。

JR東日本のものは「はくつる」、「ゆうづる」、「はつかり」に継続して使用されたほか、
急行「津軽」でも使用された。
平成5年のダイヤ改正で「はつかり」、「ゆうづる」の定期運用から撤退し、平成6年には
本形式最後の定期特急列車となった「はくつる」が客車化され、定期運用からは
完全に撤退した。
その後は臨時列車などに使用されている。

JR西日本のものは主に急行「きたぐに」で使用され、現在、本形式が使用される
最後の定期列車となっている。
平成3年に延命改造を受けて水色に紺と水色の帯という塗装になったが、平成9年ごろから
現行のホワイトにグレーとブルーのものに変更された。
「きたぐに」は寝台の快適性を望む客が多く、北陸新幹線金沢開業との兼ね合いから新車を
導入できないため、今なお、本形式を使わざるを得ない状況が続いている。

引退した車両のうち、715系クハ715-1となっていたクハネ581-8は平成10年の廃車後、
しばらく保管された後、平成15年に登場時の塗装に復元され、九州鉄道記念館に
展示されている。
この他にもサシ581やサロ581を中心に民間に払い下げられたものが存在するが、
既に大半が解体されており、現存するものも状態はかなり悪い。


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